93 カミラのお悩み3
まだ夜が明けきらない時間ですが、私の思った通りの時間に目覚めたようです。
シノアと離れてから試してみたのですが、自分で眠る時間を決めてから眠ると、決めた時間に必ず目が覚めるようです。
先ほどから時間を決めては寝たり起きたりを繰り返しています。
この体には本来は睡眠などは不要なのですが、自らの意思で意識を落とす時間を設定すると、その間だけは睡眠状態になります。
逆に、眠ってしまうと指定された時間までは決して目覚めないので、もしも眠っている間に何かされたら、場合によっては大変な事になるかも知れません。
なので、この国にいる間は眠ったふりをして、ずっと起きて警戒をする事にします。
いつもでしたら、可能な限りはノアさんと夢の中で会う約束をしているのですが、シノアがいないので会う事が出来ません。
ノアさんが言うには私の魂の一部が移動しているらしいのですが、ノアさんは私の魂はシノアに融合されたと言っていたのですから、何となくおかしく感じるのです?
その点を質問すると、忘れたとかそんな事を言ったのかな? などど言うのです。
それ以上の追求をすると、私のマイナスポイントが激しく増加されて酷い目に遭うので、二度と質問はしませんが、そう考えるとこの体はどうなっているのでしょうか?
もう1つ困った事があります。
それはシノアと繋がっていないので、私の心にある衝動が感じられるようになったのです。
シノアには言ってませんが、私の場合は誰かを殺したい衝動に駆られるのです。
ノアさんは、私が精神的に弱いと判断した為に自分の負の部分と融合させたと教えてくれました。
本当は昨日の者達も殺してしまえと誰かがずっと心に囁いて来るのです。
エルナ様に対しては何も感じないので、恐らくは私に対して悪意や敵意などを持つ者に対してのみ起きる感情なのかも知れません。
まだ離れて数日なのに、こんな状態になるなんて思ってもみませんでした。
こんな調子では、気が付かない内にこの国で悪意などを向けられたら、誰かを殺してしまいそうなのです。
そうなった場合は、アルカードさんに私を殺してもらおうと思っていますが……酷い目に遭った事はあるのですが、まだこの体になってから死んだ事が無いので、生き返るとわかっていてもすごく怖いです。
ノアさんの話では、私が死んでしまった場合は、一定の時間が経過すると核と呼ばれる物を残して、この体はマナに変換されて消滅してしまうそうなのです。
そうなってしまった場合は、シノアが直接関与しない限りは復活が出来ないので、単独行動で死亡するのは極力避けるように言われています。
核だけの状態になってしまうと、シノアも感知出来る範囲まででしか私を見つける事が出来ないので、場合によってはそのまま目覚めない可能性もあるのです。
この問題があるからこそ、本来は眷属を作り出す事にノアさんは反対をしているのです。
お蔭で、私が簡単に死なないように、それは過酷ないじめ……ではなく稽古を付けてもらいましたが。あの頃は死んだ方が良かったと思う時もありました……。
疑問に思ったのは、訓練をしている時にノアさんが呟いた「中々思い出さないなー」と言う言葉なのです?
教えられている戦い方は、私の知っているシノアの戦い方と全く違っていて、まるでシズクさんの御庭番の方のような暗殺者のスタイルなのです。
シノアは生物の首を刎ねるのに拘りますが、私が教えられている戦い方は、速やかに相手を無力化するか相手を初撃で仕留めるスタイルになっています。
昨日の者達との時でも、擦れ違いざまに囁いて来る言葉は「相手の喉笛を斬れ」なのです。
宿に戻る時も「敵対する者を始末できないとは……」と最後に聞こえたのですが……まるで私の中に別の人格が存在している気がするのです。
警告だけはされていましたが、この事をノアさんに質問をしても恐らく答えてはくれないと思います。質問をしたら、確実に理不尽な目に遭う事は予測できます。
シノアには話していませんが、私には1つだけ切り札とも言える力があります。
しかし、その力を使った場合は私の魂がどうなるか分からないので、使うぐらいならそのまま死んだ方が良いかも知れないと警告は受けています。
もしかしたらですが、私の中にあるこの感情か人格が表に出てくるのかも知れません。
「おはようございます、カミラ殿。まだ眠っていると思っていたのですが、いつもよりもお早いですな」
いつの間にか扉の前にアルカードさんがいます。私は近距離の気配だけなら、ノアさんの力で強化されているので、すぐに気付く筈なのですが、アルカードさんが声を掛けるまで全く気付けませんでした。
太古の悪魔との事ですから、気配を消す事は私よりも数段上なのでしょう。
「おはようございます、アルカードさん。シノアから聞いていると思いますが、私には睡眠は不要なので、特に眠る必要はありません」
「カミラ殿は我らに近い存在ですからな。少々不都合はありますが、魂の情報強化さえすれば私とも互角に戦えると予想しております」
「私はアルカードさんとまともに戦える気がしないのですが、いつかその強さに届くのであれば、安心出来ます。今の私はシノアの力を弱めてしまった存在ですから」
「ふむ、現時点では、魔術を除けばカミラ殿の方がシノア様よりも優れていると思います。これはシノア様が成長なさった時の姿が楽しみですな」
「今はエルナ様が起きてしまうといけないのでこの辺りにしますが、その内にアルカードさんには色々とお話をお聞きしたいと思っています」
「カミラ殿でしたら、私の知る限りの事をお答えしますぞ」
「ありがとうございます。取り敢えずは着替えをしたいと思いますので、布を巻くのを手伝ってもらえるでしょうか?」
「畏まりました。では、姿の方も変えます」
「いえ、そのままで結構です。アルカードさんは色々と手慣れているし、とても紳士なので……」
「では、そのままでお手伝いをさせていただきますな」
恥ずかしいと思いましたがアルカードさんは私の背後から手際よく巻いてくれます。私の肌には直接触れないように器用に手伝ってくれます。
髪を解いて、私を男性らしく見せるようにメイクをしてくれます。お屋敷のメイドの方達が密かに想いを寄せているらしいのですが、私も側に居て欲しい気持ちになります。
「ふむ、髪を縛ってみましたが、こうして見ると女性が喜びそうな若い美形の剣士に見えますな。私の眷属になった娘は、容姿よりも性格の方が、行動力が男勝りでしたな」
「手伝ってもらって、ありがとうございました。アルカードさんの眷属になられた方は普段はどこにいるのですか?」
悪魔とは召喚されない限りは別の空間にいると聞いていますが、中にはそのまま召喚主の魂を得た後も、条件を満たせば、そのまま留まっている個体もあると聞きました。
「あの娘は、どこかの国で魂の回収をしながら、好きな事をしていると思います。私との繋がりは切れていませんのでいつでも呼べますが、お会いになりますか?」
「いえ、呼ばなくてもかまわないのですが、その方は悪魔ではなく淫魔なのに魂を回収するのですか?」
「基本は悪魔なのですが、性質が淫魔寄りなだけです。魂を回収しないと自分を強化出来ませんから、大抵は気に入った者に交渉を持ちかけて最後には魂を得ている筈です」
すると……どこかの国で今もどこかで活動している事になります。元は大公家の方と確か言っていましたが、エルナ様達を見ていると、身分の高い方ほど自由な方が多いのですね。
「おはようございます、カミラじゃなくて、カミル様」
「エルナ様、おはようございます」
「……カミル様、私を様付けで呼ぶのは止めて下さい」
「しかし……」
「わかりました。これは独り言なのですが、お屋敷に戻ったら、カミラさんに惚れている騎士がいますので、カミラさんの恥ずかしい記録を見せる事にします。あの映像を見たら目が覚めるのか、新たな発見をして増々カミラさんに好意を持つか楽しみですね?」
「止めて下さい! エ、エルナ。早く起きて着替えて下さい!」
「やっと素直になってくれて私はとても嬉しいのですが、シノアがいないので、代わりにおはようのキスをしてくれたら許してあげますよ?」
「……あの……ちゃんと名前で呼んだのですから、それは止めませんか?」
「嫌です。それに考えてみたら、私はカミラじゃなくて、カミル様とまだキスをした事がありませんので、丁度いい機会ですよね?」
「……申し訳ありませんが、そのような事をする必要は無いと思われますが?」
「私はお屋敷のメイドの子で、可愛い子とは、一度は必ずキスをしているのですよ? リンに仕込まれていますので、私のテクニックは中々のものなのですよ?」
私に更なるショッキングなお知らせが……エルナ様が可愛い子にそんな事をしていたなんて……聞きたくなかったです……。
「シノアも最初の頃は事務的にしかしてくれませんでしたが、最近では少しづつ私の良さに気付いて積極的になってくれたので、少しづつ小出しにした甲斐がありましたね?」
シノアは自分が良いと判断した事に対しては疑いを持つ事を知らないのです……困った事に……。
「とにかく、私のお願いを聞いてくれないと必ず実行しますので、きっとカミル様に拒否権など存在しませんよ? 何人かに知られても構わないのであれば問題はありませんよ?」
私の事を好きになってくれている方が何人もいる事は大変うれしく思いましたけど、私のどんな恥ずかしい映像かは知りませんが、そんな物を見られる訳にはいきません。
何故、この世界はエルナ様にあのような魔法を授けたのでしょうか……。
「それでは、失礼致します……」
これは……随分と手慣れています……もしかした、ノアさんよりも上手と思いました。
「はぁ……カミル様とは初めてしましたが、とてもお上手でしたね? どこで練習をなされたのですか? 受けと見ましたが、かなり慣れていないと出来ませんよ?」
……つい、ノアさんにされている時と同じ行動をしてしまいました……ノアさんは何でも私で試したがるので、私はされるがままなのです。
お蔭で余計な知識も無駄に体験させてもらいましたのです。夢の中の方が濃厚な人生経験を体験をしています。
「言われた通りにしましたので、これ以上はお答えしません。それよりも早く着替えて、朝食にした方が良いかと思います。私としては、外出せずにこのままここに居たいのですが……」
「仕方ありませんね。それでは昨日の内に選んだ服を出して下さいね」
「では、私は下で朝食の段取りをして来ますので、着替えたらお越しください」
アルカードさんはそのまま部屋を出て下に向かわれたようですが、扉越しに宿屋の娘さんの嬉しそうな声が聞こえます。
私の聴力は少しだけ強化されているので、廊下の方から聞いてはいけない会話が聞こえるのですが。聞かなかった事にしましょう。
朝食を終えてから、改めて市内を回る事にしました。この国はフェリス王国に比べて活気がありません。
仮にも女神が自ら統治しているのですから、もう少し活気があっても良さそうなのですが……。
時折身分の高そうな者達がいるのですが、ちょっと翡翠眼で見てみると、レベルは低いのですが、この国の使徒ではありませんか!
そのまま周りを見回すと、少しでも裕福そうな者達は全て使徒になっています。
昨日の騎士達と同じ女神の直属の者達はレベル100から200の者達がかなりいます。
中には鑑定持ちの者もいました。エルナ様はともかく、私のレベルをあの者達の倍にしておいたら、ちょっかいを掛けてくる者はいないので、助かっています。
エルナ様はお店で買い物をしながら、聞き込みをしています。支払いは全て私なのですが……これは誰に請求すれば良いのか分かりません。食べ物なら良いのですが、衣服も買って私に丸投げするのは出来れば控えて欲しいのですが……。
それにしてもエルナ様は甘い物ばかり食べています。
私が指摘すると、少しだけ食べては私に「美味しいから残りはカミル様に差し上げますので、食べて下さいね?」と言って渡してくるのです。
私は、いくら食べてもマナにしか変換されないので、問題はありませんが、エルナ様はお腹に余分なお肉が付いても知りませんからね?
アルカードさんに指摘された地域を除いては大体の所を回りました。特に情報は得られませんでしたが、私は滞在している4日間で、無駄な出費で頭が痛いです……何かの時の為にこつこつと貯めていたのに、こんな形で散財するなんて思ってもいませんでした。
いつもセリスさんかシノアが全ての支払いをしてくれていたのです。私が出そうとすると「私はこう見えてもリッチなので、お金の心配はありません」と言ってくれます。心苦しいとは思っていたので、セリスさんに相談すると「私の金銭感覚も既に崩壊していますので、カミラさんも気にしないでそのまま貯めておいて下さい」と言われています。
その時にシズクさんも居たのですが「お姉様は色々な版権みたいな物があるので、お金持ちですよ? 私もサラさんの依頼を受けると沢山のお金が貰えるし、カシムさんと色々と事業を拡大していますので、広まる前に儲けてしまおうと思っています!」と、言っていました。
私も何か出来れば良いのですが……シノアの厨房に行けば、出入り禁止にされてしまうし、裁縫などは私は苦手なので、需要があるとすれば怪しい新作の衣装を着てお屋敷を歩くぐらいです。
シノアからは、なるべくエルナ様の側に居て欲しいと言われているので、エルナ様と行動するようにしていますが、たまに理不尽なお願いをされるのだけは許して欲しいと思っています。
昨日は、奴隷市場でとても可愛いエルナ様好みの少女が売られていたので、エルナ様に買って欲しいなどと言われたのですが、金額が半端無かったのです。
気になってその子を見てみると、高レベルの妖精族だったのですが、職業が盗賊なのです。
私も気になったので少し聞き込みをしたのですが、あの娘は定期的によく見かけるので、すぐに飽きられて売られるのではないかとの事です。恐らくですが、売った後に買い手を襲うなどしている詐欺に違いありません。
他の者は、大抵は胸に令呪が刻印されていますので、すぐに見分けが付くと思うのですが、エルナ様の基準は可愛い子の一点ですから……。
何とか説得したのですが、本当にもう少し自重して欲しいのです。
何も情報が得られないまま7日目になりました。最早観光をしに来たと思うようになりました。
本日は可愛い少女が接客をしてくれると有名な怪しい料亭に来ています……奴隷市場にいた方がエルナ様が熱心に幼い少女に興味を示しているので、そのようなお店があると教えてもらったのです。
悪い人ではなかったのですが、エルナ様に余計な事を教えてくれました……可愛らしい亜人の子がメニューを持って来てくれたのですが、値段がかなり割高です!
わけのわからないメニューもありますが、この一晩お持ち帰りなんて物があるのですが……ここは如何わしいお店ですよ!
当然のようにエルナ様は選んでいますが、勿論却下させてもらいました。
私が支払うのですから、強く反対すれば仕方なく諦めてくれますが、この趣味は何とかならないのでしょうか?
簡単な食事をして、会計を済ませると何故か金額が増えています?
明細をよく見ると、エルナ様がおさわりをした子の分だけ謎のサービス料金が発生しています!
これは、ノアさんに見せてもらった映像のお話に出く来るボッタクリバーと言われる物ですね……こんな商売が成り立つなんて、とんでもない国です。
仕方ないので素直に支払いを済ませると何やら騒がしいのですが。トラブルは勘弁して下さい。
奥の扉から誰か吹き飛ばされて転がって来たのです。この方は初日に出会ったリックさんと仰る方です。
「クソ……てめぇ話が違うじゃねえか!」
「あれは、あの時の身請けの金額です。貴方の妹は中々の人気でしたから、値上がりしたのですよ?」
「ふざけるな! 俺が居ない間に騙して奴隷に落としやがって!」
「それは私にお売りになった女神様の騎士の方に言って下さい。私は正規の手続きであの娘を買ったのですから、それを買い戻したいのであれば私から買うしかありませんよ?」
「金貨80枚と言っていたのにどうしてこの短期間で5倍になっているんだ!」
「実はある貴族の方がとても気に入られて購入したいと仰られているのです。その娘をお貸しした時もとても満足されたらしく多めにお支払いをしてもらいましたからな」
「貴様……俺の妹に体を売らせやがったのか! ぶっ殺してやる!」
「今しがた私の護衛に腕をへし折られた貴方に私を殺せると思うのですか? 他のお客様の迷惑なのでこの際ですから始末してしまいますか」
「止めて下さい! ご主人様、わたしなら何でも致しますので、お兄ちゃんを見逃して下さい。お兄ちゃんも私の事はもういないと思って下さい……」
妖狼族の娘のようですが、リックさんは亜人なのでしょうか?
リックさんをよく鑑定をして見れば同じ妖狼族です。耳は兜で隠して尻尾も見えないようにしていただけなのですね。
娘さんは足を引きずっています。片方の足首の辺りに包帯が巻いてありますから、足の健でも切られているのかも知れません。
亜人の方は基本の身体能力が高いので、誓約魔術で奴隷にしていても抵抗する場合がありますから、余計な事を考えないようにする為に、体の一部の自由を奪ってしまうと聞いています。
この子をよく見ると年齢が9歳で職業が娼婦にされています。こんな幼い子供までそんな事させるなんて、まだエルナ様の可愛い子を愛でる趣味の方が遥かにましです。
「分りましたら、さっさと出て行ってくださいね。3日後には、この娘はお得意様に売る事になっているのです。それまでに金貨500枚を用意出来たら、貴方にお売りしても良いですよ?」
「残り3日でそんな大金が作れるわけが無い……くそったれが!」
「では、私がその子を買います。カミル様、宜しいですね?」
「えっ!? し、しかし……」
何となく怒っているのはわかりますが、本気ですか?
「お嬢様の申し出はありがたいのですがこの娘の身売り先はもう決まっているので……」
「では、私は金貨1000枚出します。それでしたら、そのお得意様よりも倍の値段なので文句はありませんよね?」
「この娘に金貨1000枚も出すのですか? それでしたら、喜んでお譲り致します!」
「それでは、商談成立ですね? カミル様、この者に支払って、この娘の権利を貰って下さい。令呪があるようなので、私に命令権を移すのは忘れないで下さいね?」
「仕方ありませんね……金貨を1000枚も出すのは手間なので、大金貨10枚で宜しいですか?」
私は仕方なく最近になって、両替をしてもらって手に入れた大金貨を支払いましたが……いつかオリハルコン硬貨になるのを夢見て貯めていたのに、私の手から離れて行きます……。
この方は商売をしているだけなのですが、私の心には殺意が湧いてきそうです……。
「確かに受け取りました。それではこの契約書にマナを通して下さい。それで、お嬢様にこの娘の支配権をお譲り出来たはずです。確認の為にその娘に何か命じて下さい」
「この契約書にマナを流せば良いのですね? 何となくですが私とその子が繋がった感覚がしますので、商人としての貴方を信じる事にします。娘さん、貴女のお名前を教えて下さいね?」
「ナオと言います……ご主人様」
「私はエルナと申します。ご主人様ではなく名前で呼んで下さいね? 歩きにくそうなのですが怪我をしているのですか?」
「これは……」
「お嬢様、その娘は私に売られる前に女神様の騎士様から逃げ出そうとしたので、片足の腱を抉られているのです。治療はしたのですが、満足に立てなくなってしまったのです」
「わかりました。それでは私にしっかりと掴まっているのですよ?」
娘の元に行くとお姫様抱っこで抱いています。とても嬉しそうですね。
「それでは、行きますので、リックさんも付いて来て下さいね?」
「あ、ああ……」
あっけに取られたのか怪我をしている腕を押さえてリックさんも付いて行きます。
エルナ様は軽く威圧しながら、金貨を上乗せなんてしていますが、私のこつこつ貯めている貯金が激しく減りました……とても激しく……。
実は私は、いま借金状態なのです!
シノアから、弓と短剣の代金を聞いたら……私の貯金を根こそぎ奪われてしまったのです!
流石に全部は可哀想と言って、所持金の半分だけ払わされて、残りの足りない分は借金にしておくと言われたのですが……エルナ様と一緒にパーティーに参入したので、私の所持金額も知っているはずなので、絶対にわざとに決まっています!
他の皆さんの物は預かっているお金から差し引いていると言ってますが、私だけ別に貰っていたのが裏目に出てしまったようです……。
いつも無償で誰かに色々な物を上げているのに私だけ……シノアの大事な鉱石や素材を惜しみなく作った物と言われては私も反論はしにくいのですが、金銭面で私を攻撃している事は明白です!
セリスさんに相談した事もあるのですが……私達の全てはシノアの物なのだから、問題は無いと言われただけなのです。
私も何か副業でも出来れば良いのですが、シノアやシズクさんのような事は出来ませんし、シノアから離れる訳にもいかないので実質何も出来ないのです。
シノアの事ですから、更にお金を浪費させて私に改めて借金をさせて欲しいと言わせたいだけと思いますが……もしかしたら、私をアイリ先生のようにしたいだけなのかも知れませんね……。
そのまま宿まで戻ると、私は再びリックさんの腕の治療をしています。ついでに事の成り行きを聞くと、元々は亡くなった父親に借金があったのですが、ようやく返済の目処が立った時に新たな借金があるとナオさんに告げられたそうなのです。
リックさんがその時にいればそんな証文は偽物だと気付けたのですが、病気で臥せっている母親には聞かせたくなかったので、ナオさんが独断でサインしたのが奴隷の契約書だったようです。
その事を知ったリックさんが家の状況が厳しい中で、何とか売られた金額を仲間からも集めて引き取りに行こうとした時に私達が遭遇したわけです。
しかし、一度でも奴隷に落ちてしまうと、令呪の枷があるので二度と元には戻れないのです。これを解呪する為には上級誓約魔術が使えなければいけません。
現在では滅多にいないので、事実上は解呪が不可能なのです。
しかし、私達には1人だけ最高レベルの使い手がいます。シノアでしたら解呪は可能になりますが、素直に解呪してくれるかは別です……。
「俺がいればそんな物に騙されなかったのに……」
「お兄ちゃん、ごめんなさい。お母さんに心配を掛けたくなかったから……」
「それで、エルナ様だったよな? ナオをどうするつもりなんだ?」
「お兄ちゃん! エルナ様は私のご主人様になったのですから、そんな口の利き方はいけないよ!」
「ナオちゃん。私は構いませんよ? 可愛い子が悲しんでいるのですから、助けるのは当然ですよ?」
「あ、ありがとうございます、エルナ様。しかし、あんな大金を私の為に使ってしまって私はどうすればよいのでしょう……とても私には支払いは出来ません……」
「問題有りません。ナオちゃんが宜しければ私のお屋敷で可愛いメイドさんをしませんか? リックさんもこの国に住みにくければ御両親と一緒に私の国に来る事をお勧めします」
「ありがたい申し出だが、病で臥せっている母さんは旅に耐えられるような体力は無いから、俺は無理だな。お屋敷のメイドなんて言うからには、あんたは貴族なのか?」
「一応、フェリス王国の公爵家の長女などと言う肩書がありますよ?」
「隣の国の大貴族の令嬢様だったのか!? なんでそんな方が護衛1人でこんなところにいるんだよ!?」
「カミル様は、護衛ではありませんが……いまの役はそうでしたね」
「役だと? よく見ればあんたはあの時の胸のでかい娘か……上手く化けたもんだな」
私の印象が胸の大きさだけなのですか……あの騎士達を追い払った方が印象に残ると思ったのですが……。
「あれは私とシノアの物なので、他の者に触らせる事は認めませんよ?」
申し訳ないのですが下らない事を宣言するのは止めて下さい。
シノアは私の扱いが段々と酷くなっていくし、エルナ様は私をクッション扱いをするのですが。私に運の数値なる物があるとしたら、もしかしてマイナスなのかも知れませんね……。
「私の話は、その辺りで終わりにして下さい。それで、貴方の母親の病気とはどんな物なのですか?」
「病名はわからないんだが、少し前から過労で倒れてからは、起き上がれなくなってしまったんだ。医者に見せても分らないとしか言わなくて少しづつ弱って行くんだ……」
「ふむ、それは病気などではなく、呪いの類ではないのですか?」
「あんたは誰だよ!?」
いつの間にかアルカードさんがいるのです。突然話に加わるのは止めて下さらないと、場合によっては誤解を受けてしまいます。
「これは失礼いたしました。私はお嬢様の家に仕える執事の1人です。少し前と仰りましたので、貴方達妖狼族が多少の病気程度で倒れるなんて考えられないと思ったのです。貴方達の種族は生命維持に関しては生命力が高いと私は記憶しておりましたな」
「それでは、アルカードさんなら、診察をすれば判断出来ますか?」
「見ればわかります。例え病気の場合であっても、以前にその手の者の手伝いもしておりましたので、その辺りの医者以上の知識も持ち合わせておりますぞ」
悪魔なのにお医者さんの経験もあるのですか……アルカードさんのお話を聞いていると、悪魔のイメージが何でも経験している便利屋さんに思えてきました。
一度、アルカードさんに本来の悪魔の活動内容などを詳しく聞いてみたいです。
「あんたなら、わかるんだったら、頼む! 俺の母さんを見て欲しいんだ! 治るんだったら、俺は何でもする!」
「執事のお兄さん、私からもどうかお願いします。何も出来ませんがエルナ様に頑張って奉仕しますのでお願いします……」
「アルカードさん、私からもお願いできますか?」
「ふむ、私はシノア様からエルナ殿の頼みは可能な限りは聞くように頼まれておりますので、問題はありませんぞ」
「リックさん、それでは、早速向かいたいと思いますので案内してくれますか?」
こういう時のエルナ様の行動力はすごいので、シノアは普段はエルナ様の好きにさせているのです。
ですが、時間的にエルナ様をあまり外出はさせたくないので、ここは私とアルカードさんだけで行くのが望ましいかと思います。
エルナ様はいつもの大剣を持っていませんし、この国は少々治安が悪いというか、女神ヴァリスの使徒と認められていれば、大抵の事は使徒の者が正しいと判定されてしまうのです。
初日に私に絡んで来た、ろくでもない者達も女神の使徒というだけで、全て認められるのです。
ギムさんがこの国を狂っていると言っていたのは、恐らくこの事を言っているのかと思います。
「申し訳ない。案内するが今からでもいいのか?」
「私とアルカードさんで、付いて参りますので、エルナ様とナオさんはお留守番をしていて下さい」
「カミル様!? 私とナオちゃんも行くつもりなのですが、何故なのですか?」
「足の不自由なナオさんを連れて行くのは、何か有った時に困ります。それに呪いの類であった場合は、解除したら相手にわかってしまって危険が及ぶ可能性がありますので、エルナ様はナオさんと2人で待っていて欲しいのです。例えばエルナ様の好きなお風呂にでも入って寛ぐのも宜しいかと思います」
「それはとても魅力的なお留守番ですね……わかりました。ナオちゃんの心を癒していますので、そちらはお任せします。ナオちゃんは私とお風呂に入りましょうね?」
エルナ様は、嬉しそうにナオさんを抱きかかえてお風呂の方に行きました。可愛い子がいると誘導がしやすいですね。
「そう言えば、お風呂の方は大丈夫なのでしょうか?」
「お二人がいつ戻って来ても良いように状態維持の魔術が掛けてありますので、いつでも適温になっております。エルナ殿は入浴が好きですから、これは最優先と指示されております」
シノアの入れ知恵でしたか。
多少の機嫌が悪くても、お風呂に入る提案をすれば納得してくれますが、それは表面だけで、しっかりと覚えているので後々に蒸し返すのですから怖いのです。
それにこのまま連れて行けば、こんな時間ですが、途中でどこかの開いている洋服店に入ってナオさんの服を買おうとする事は明白なので、私のお財布の為にも留守番をしてもらうのが望ましいのです。




