後日談 2 友達(表)
「今回も勝てなかった……僅か一点差ですか……」
張り出されている順位表の一位には「桂昌院 雫」と表記されています。
続いて僅か一点差で、二位の場所には私、「龍宮 楓」の名前が続いています。
「流石は雫さんですね! いつも自信が無いと言いつつもトップを守り抜くなんて素晴らしいです!」
「そんなことはありません。たまたま運が良かっただけなのです」
私の背後で、当の本人が友人に褒められているようです。
毎回のように言っていますが、たまたまなんてあり得ません!
ましてや運などと言う言葉で片付けてしまうなんて、もっとあり得ません!
「それにしても今回も理事長が考えた最後の五問の問題が特殊過ぎて難しかったのですが、雫さんは分かりましたか?」
「多分ですが、半分ぐらいは正解していると思います」
別の生徒が雫さんに質問をしています。
私は最後の理事長が考えた問題は全て正解をしていると思っています。
半分などと言っていますが、私は信じてはいません。
「私の専門分野ではありませんので、鉱石に関わる問題とあまり聞かない鉱石の元素記号の問題は必ず一問は出るのが厄介です」
「私は、鉱石関係の問題は捨てています。他の問題に知っている内容なのを祈るだけです」
理事長からの最後の問題には必ず鉱石関係の問題が出題されます。
そちらの方面を専攻でもしていなければ理解ができない問題です。
私もあまり聞かない元素記号を勘でいくつか覚えて来るだけにしています。
「すると……残りの雑学の問題は知っていたのですね?」
「ええ……たまにお姉様に付き合わされていますので、自然に覚えてしまったのだと思います」
雑学の問題と言っていますが、完全にゲーム関係の用語です。
この問題に正解するには、テストの数日前までに理事長が特にやり込んでいるゲームを熟知していなければいけません。
これだけは、身内である雫さんがとても有利かと思うのですが、雫さんは普段から物静かで読書を好みとてもゲームをしているとは思えません。
私が自宅に招かれた時も読みたいものがあると告げて理事長の御誘いを断り自室に籠っていました。
断られた理事長も「目的があるとはいえ、詰まらない勉強を頑張るなー」と、言っていました。
雫さんは、自宅に帰ってからもずっと勉強をしているようなのです。
私も頑張っているのですが、僅かの差で未だに勝つことができません。
前置きが長くなってしまいましたが、私の名前は龍宮楓と申します。
現在、この国のとある団体の半分を支配下に置いている黒龍会と呼ばれる組織の会長の孫娘です。
数年前までは、構成員二十人程度の規模の小さな組でした。
ある人物に関わってしまったことで、配下にされて急速に大きな組織に変貌したのです。
昔は弱小組織の娘程度の扱いでしたが、いまは一応はお嬢様と呼ばれる部類に入っています。
親の職業柄、小さい時から孤独な生活を過ごしてきました。
中学の頃まで、人様に迷惑をかけることが日常でした。
しかし、そんな生活も現在私が通っている大学の理事長であるシノアさんが現れたことで全てが変わってしまいました。
最初に出会った時は興味を持たれなかったのですが、ある時に私の好奇心が原因で取引を持ち掛けてきたのです。
その内容は、私に品の良い成績優秀な優等生になれとの話です。
自慢にもなりませんが、私は勉強など大嫌いです。
得意とする事は相手が誰であろうと売られた喧嘩を買っていた事です。
最初はふざけるなと言い放って断ったのですが、言う通りにすれば私の家を助けてくれると提案をしてきたのです。
当時は大きな組の傘下に入る事を拒んだことで、私の家は日々怪我人が出ていて困っている状態でもありました。
私も危険な目に遭いましたが、偶然にも現れたシノアさん達に救われたこともありました。
その時にシノアさん達の強さを知っていますが、いくらなんでもこの辺りで大規模な組織を相手に無事で済むわけがありません。
冗談で、私の家の脅威を取り除いてくれたら提案に従うと約束をしたのです。
それを聞いたシノアさんは「今の内容は制約魔術にかけていますので、約束は決して覆りませんからね?」と、言われました。
それよりも制約魔術とか、強いけどオカルト思考なのかと思いました。
しかし……その後は、近辺の組がどんどんうちの傘下に入ってきたのです。
正直、私の家よりも格上の組織までも傘下に入らせてほしいとお願いまでされたのです。
そして、数か月後には小さな組がこの辺りでは大規模な組織に生まれ変わったのです。
シノアさんの背後にいた男性に定期的に何人か連れていかれると男女問わずに変わってしまいました。
どこかの映画に出てくるような屈強な軍人のような強さと礼儀作法を叩きこまれて戻ってくるのです。
もう1人雰囲気の恐ろしいメイドの方に連れていかれた女性も同じように変わってしまうのですが、こちらは礼儀作法に関しては更に完璧です。
気になるのは、メイドの方を恐ろしく畏怖していることだけです。
そんな軍隊みたいな構成員が増えると同時に組織の規模はどんどん大きくなりました。
僅か二年も経たないうちにこの国で最大の武闘派集団と呼ばれるに至りました。
そして……再び私の前に現れたシノアさんが話しかけてきたのですが、その言葉を聞いた時から私の中の意識が変化したのです。
その言葉とは「約束通りに楓さんの家を助けました。ここまで大きくなれば、大抵の者達は楓さんの家には手を出せません。今度は楓さんが約束を守ってもらいますよ?」と、話しかけられたのです。
最初は疑っていましたが、本当にすごい方だと思いました。
私がシノアさんの言葉を認めたことで、私の何かが変わったのです。
頷いて別れた後に染めていた髪を元に戻し、優等生に相応しくないと思う物を何故か処分してしまったのです。
言葉遣いも荒っぽい発言が出来なくなりました。
心では思っていても口にしてはいけないと考えてしまうのです。
その後は、したくもない勉強に励んで気が付けば一年の時は問題児だった私は、高校を卒業する時には卒業生代表にまでなっていたのです。
こんなのは私じゃないと思いながらも認められることに満足してしまう自分がいるようになりました。
卒業式が終わって自宅に戻るとお爺様と一緒にシノアさんが待っていました。
久しぶりに出会ったシノアさんは、私より少し幼い感じだったのですが、二年前と変わらない姿でした。
そう言えば、この人の年齢を知りません。
もしかすると、見た目は幼いのですが、成人している大人の女性だったのかもしれません。
少しだけ驚いている私の全身を見渡すと……最後に胸の辺りに注目しています。
私の胸を見ながら「いい感じに育ちましたね……ちょっと欲しくなってきました」と呟いたのです。
ちょっと意味が分からなかったのですが、本能的に危機感を覚えて腕で前を押さえようとしたのですが、両手を掴まれて押し倒されると突然キスをされたのです!?
その様子を見ているお爺様は特に反応をしていなかったのにも驚きましたが、必死に抵抗をしていたのですが何故かはねのけられません。
私よりも小柄の体なのにどこにそんな力があるのか不思議に思いました。
長いキスが終わると……「シズクの競争相手にするつもりでしたが、それだけにしておくのはもったいないと思いました。このまま私の愛人になりませんか?」などど、意味の分からないことを尋ねられたのです。
当然お断りをしたのですが、愛人になる代わりに制約魔術を緩めてくれると言ったのです。
二年前にも聞いたオカルト思考の言葉だと思ったのですが、私が変わってしまった強制力の事を考えれば信じられます。
詳しく内容を聞くとあの言葉には私の願いを叶える代わりに私に対して相応の対価を払わせる代わりに行動が変化させられるとのことです。
現在も組織拡大中なので、私はそれに見合うように優等生を演じなければいけないそうなのです。
このまま組が大きくなり続ければ、私の意志とは関係なく更なる優等生を演じることになるらしいのです。
それが本当なら、私の本当の意志は表に出られないことになります。
いまも昔の言葉遣いで抵抗したいのですが、そんな言葉は発せられません。
その事実を知ったことで、今までに人前で泣いたことなど無かったのに涙が止まらなくなりました。
それを見たシノアさんは、困った表情をして離れると新しく取引を持ち掛けてきたのです。
制約魔術を解除する条件として、シノアさんが新たに設立した大学に入学して、ある人物に学業で勝つことです。
その大学では、受けたい人だけが受けられるテストを毎月実施するそうです。
強制ではないのでしたら、受ける人なんていないと思います。
しかし、その無意味なテストを受けて平均点以上になれば魅力的な恩恵が受けられる仕組みにするそうです。
恩恵の内容を聞く限りでは受けた方が得なのは確実です。
私は一応、何故か受けてしまっていた某有名大学に受かっています。
行く気は無いのですが、このままでは真面目な大学生活を余儀なくされてしまいます。
それにこんな時期に開校した大学に通う生徒どころか人が集まるわけがありません。
大抵の人達は進路が決まっているはずです。
私が疑問に思ったことを問うと、五日後に開かれる受験を受ける予定者はかなりの人数でした。
以前からネットで宣伝をしていたらしいのですが、私は勉強漬けの毎日を送っていたので、その辺りの事には疎かったのです。
定員は少なめの五百人にするそうです。
恐らくですが、滑り止めの予定で取り敢えず受けるだけ受けようと考えている人達だけになると思いましたが、次の内容を聞いて考えが変わりました。
最大のメリットは、合格すれば卒業するまでの四年間の学費は全て免除されるなどと言うあり得ない待遇です。
更にすごいのは某有名大学の名のある教員があちらこちらから引き抜かれて集められているどころか私でも知っているような有名な人物まで講師として招かれる予定になっているのです。
私は信じられなかったのですが、シノアさんが部屋にあったテレビを付ければ五日後の試験の話題がニュースとして流れています。
更に持参していたノートパソコンを開いて招かれる講師のインタビュー情報や動画まで見せてくれました。
フェイクニュースかと思ったのですが、これが真実なら受ける受験者の数が多いのが頷けます。
しかも、開校したばかりの大学なのに国からのお墨付きにもなっているのです。
どんな手を使ったのか分かりませんが、あり得ない話です。
私が無言で驚いているとシノアさんが私の肩に手を置いて耳元に呟きました。
「私は、目的の為でしたら、どんなくだらないことでもお膳立てをします」
「くだらないお膳立てですか?」
私が聞き返すと理由を教えてくれました。
シノアさんには、私と同い年の妹分の少女がいるそうです。
その子に嫌がらせをする為に大学を作ったそうです。
聞いていて増々意味が分かりませんでした。
続けて聞いていると過去に色々とあったらしく、今その借りを返しているそうなのです。
年齢的に幼少期に何かあったのかと思いましたが……そんな小さなときのことを根に持って仕返しをするなんてシノアさんは、とても執念深い人だと思いました。
そして、やる事が無駄にスケールが大きすぎます。
これだけの事をするのにどれだけの資産と人脈があれば可能なのでしょうか?
講師陣の中にはお金では動かないと言われている人もいます。
私が疑問に思うとシノアさんは「誰だって一つぐらいは秘密や隠しておきたいこととかあるのですから、金がダメならそちらの方面から攻めるだけです。完璧な人間などこの世に存在しません。そんな聖人みたいな人がいたら逆にどんなことをしてでも堕落させたくなってしまいますよ」と言い出す始末です。
話を聞いて無理矢理に納得することにしましたが……同時にシノアさんがとんでもなく迷惑な人だと言うことも理解しました。
そこまで話を聞いて理解したことは、私はその妹さんの対抗馬にされた訳です。
話を聞くと学力的にはほぼ同じだと言われました。
なので、入学して最初のテストで勝てば真面目な優等生なんてやめて残りのキャンパスライフは好きにしても良いとの言質も貰いました。
更にその妹さんにテストで勝ち続ければ勝った回数だけ私の願いを可能な範囲内で叶えてくれると言い出したのです。
怪しげな話ですが、実際にここまでできる力を有しているのですから、大抵の願いを聞いてくれそうです。
しかも、私が全勝すれば卒業するまでの四年間で四十八回もシノアさんに何かをしてもらえます。
現在、世界的にも影響力を持っている人物にそれだけの権利が貰えるのは大きいです。
私が失った二年間を帳消しにもできます。
そう思って、シノアさんとの新しい取引を承諾したのです。
だけど現実は……。
「流石は楓さんですね。もう少しで負けるところでしたが僅差の勝利ですが、ホッとしました」
「今回は自信があったのですが、僅かに及びませんでした」
なにがホッとしましたですか!!!
そう言いながらも毎回僅差で負けているのは私です!
大学に入る前に雫さんとは顔合わせをしています。
シノアさんの自宅に招かれた時に紹介をしてもらったのです。
あちらはどう思っているのか分かりませんが、シノアさんからは友達になってあげて欲しいとも頼まれています。
私を雫さんに紹介する時にシノアさんは、雫さんに「この子がシズクのライバルになる子です。昨日も言いましたがこの子に負けないように頑張ってくださいねー」と告げてます。
友達になるようにと紹介しつつもライバルとして戦えと言っているのです。
それを聞いた雫さんは笑顔で私に負けないように頑張りますと言いました、
続けてシノアさんが私が某有名大学に受かっているのにそれを辞退してシノアさんの大学に通う話をすると雫さんの私を見る目が変わります?
なんとなく余裕のようなものが消えたのです。
私と握手をした時も小声で「私の生活の為にも絶対に負けられない相手を用意してきたわけですか……」と呟いていました。
なんとなくですが、雫さんもシノアさんと何かしらの賭けでもされているのか大学生になっても過酷な勉強生活が約束されているのかと考えました。
そして、その予想は正しくあちらも必死なのか、私の努力は今一歩負けています。
いまも余裕そうな笑顔で話しかけていますが、結果を見てとても安堵しているのが分かります。
まだ半年ほどの付き合いですが、そのぐらいの変化には気付けるようになったのです。
上品なお嬢様を演じていますが、なんとなく嘘くさい所があるのです。
もしかすると私と同じような立場なのかと勘繰ってしまう時があるのです。
その答えは、意外にも早く知る事が出来ました。
雫さんに自宅に招かれると家に入った瞬間に化けの皮がはがれてしまったのです。
その姿は、優等生のお嬢様ではなく、どこにでもいるような少女です。
部屋に案内されると私には興味の無いアニメや漫画の本が散らばっているお嬢様とはかけ離れた部屋です。
私の部屋は昔は普通に整理された質素な部屋でしたが、いまはどこかのお姫様が使っているような部屋になっています。
シノアさんが、私の実家に来る度に改装をしていくのです。
それは部屋の装飾から、服装に至るまで全てです。
昔の私なら嫌悪してしまうような少女趣味全開の部屋になっています。
服装に関しても普段の私なら絶対に着ないようなヒラヒラの服ばかりにされています。
私が身に着ける物は全てシノアさんが決めていると言っても過言ではありません。
拒否がしたくても私には何故か断れないのです。
これが、シノアさんが言っていた制約魔術と言うものの強制力なのでしょうか?
私は、幽霊とかオカルト的な事は信じない方なのですが、今の自分の変わりようを実感している身なので信じるしかありません。
そして、今回もテストで雫さんに負けてしまったので、数日のうちにシノアさんが訪れるはずです。
私を励ます為と言いながら、関係を迫ってきます。
心は拒みたいのですが、体は拒否ができないからです。
愛人になる代わりの制約魔術を緩めてくれると言う言葉に同意してしまったからだと思います。
これ以上は自分を変えたくないと思って頷いたのですが、今度はシノアさんの誘いを拒めなくなってしまったのです。
こんなことに興味など無かったのにシノアさんに触れられると期待してしまう自分がいるのです。
雫さんにテストでは勝ちたいのですが、負けてしまっても良いと考える自分もいるのです。
最近になって思うのですが、昔の自分がどんな自分だったのか思い出せなくなっています。
少なくともこんな真面目な優等生ではなかった筈です。
「さて、今回の結果はどうなったのかなー」
私と雫さんの間に無言の空気が流れている所に新たな人物が現れました。
いつの間にか周りの人達が道を作って三人の人物を通していたのです。
その人物とは理事長であるシノアさんです。
そして、背後には家によく出入りをしているボディガードのような雰囲気のガルドさんと、この場に似つかわしくないメイド姿のセリスさんです。
女性陣はガルドさんに熱い眼差しを送りながら騒いでいます。
私も憧れていた時期がありましたが、ガルドさんの裏の仕事を知っているので、好きにはなれません。
男性陣はセリスさんとお友達になりたいなどと話し合っています。
私はセリスさんの本性も知っているつもりです。
見た目は綺麗な方ですが、内面は別物です。
シノアさん以外には容赦と言うか情けの欠片もない人物です。
私のお世話をしてくれている専属の女性がいますが、セリスさんに躾けられた一人です。
詳しいことは決して話してくれないのですが、一度だけ私が日頃の労を労う形で酔わせた時に少しだけ口を滑らしたのです。
その内容が本当でしたら、とても恐ろしい人物です。
不意に口を滑らしてしまったことに気付いた彼女は私に必死に聞かなかったことにして欲しいと懇願してきました。
次の日の朝に姿を見なかったので、私はもしやと思い慌ててシノアさんに直ぐに連絡をして彼女を助ける事には成功しましたが、それ以降は私の質問には答えてくれません。
もう一度酔わせようともしましたが、二度目は通じませんでした。
ただ一つだけ、私に感謝の言葉と警告をしてきました。
その内容は、「楓お嬢様、この度は本当にありがとうございました。ですが、今後は深入りしないと約束してください。知ることにより今の生活を全て失う可能性を捨てきれないからです」と言われました。
もしも男性陣の誰かが近づけば、明日には消えてしまうかもしれません。
私がそんなことを考えていると不意にセリスさんと目が合いました。
その目には余計なことは考えるなと言わんばかりの目です。
まるで私の考えていることが筒抜けなのかと思いました。
確証は無いのですが、この人は何らかの方法で相手の考えている事でも読み取れるのかと思います。
張り出されている結果を確認したシノアさんが去って行く時に私の傍を通ったのですが、その時にセリスさんが私の服のポケットに何かを入れました。
入っていたのは手紙のようでしたが、その内容は「お前の考えている事は全てお見通しです。シノア様の愛人でなければ消される存在である事を幸運に思いなさい」と記載されていました。
その手紙を読んで私は心臓でも掴まれた気分でした。
たった今考えていた事すらお見通しなのですか?
ここまでくると私の考えが間違っていないと確証を得られた気分です。
「大丈夫です。もしもの時は、私が何とかしますので、楓さんは何も心配することはありません」
いつの間にか私が持っていた手紙を雫さんが持っていたのです。
そして、内容を読んだ雫さんが話しかけたのです。
「雫さんはどこまで知っているのですか?」
「それは秘密です。ですが、楓さんは私の大事なお友達なのですから、どんなことがあってもお助けいたします」
片目でウインクをしながら優しく話しかけてくれました。
周りの子達「私も雫さんにそんなことを言われたい」などと言っています。
あの子達はお気軽に考えていますが、真実を知ればそんな悠長な考えは吹き飛ぶと思います。
恐らくですが、雫さんは全てを知っているのかもしれません。
「ありがとうございます。もしもそのようなことになった時はお力をお借りしたいと思います」
「はい、頼りにしてくださいね」
雫さんは見た目は幼い雰囲気を残したままですが、なんとなく頼りになる存在です。
私にだけは素の自分を見せてくれますので、私も信じられるのです。
たまに私に何かのイベントのお誘いもしてくれるのですが、生憎とそちら方面は興味がないのでお断りをしています。
興味があるとすれば、雫さんの自宅にある稽古場で見せてくれた剣術の練習風景です。
その姿に見惚れた私もたまに教えてもらっています。
たまにシノアさんが現れたりするとセクハラ行為的な事をしてくるので困るのですが、シノアさんも雫さんに劣らない剣術の使い手でした。
ただ、寸止めで必ず私の胸ばかり攻撃してくるので、途中から雫さんと謎の試合を始めます。
練習が終わるとそのまま押し倒そうとするのも問題です。
雫さんからは、シノアさんに襲われそうになったら助けてくれると言われていますが……既に手遅れです。
これだけは、話す訳にもいきませんので内緒にしています。
今日は理事長としてのシノアさんが私を自宅にお呼ばれしましたので伺うことにしました。
内容はテストの結果が惜しかったけど何かご褒美に欲しい物はないかとということでした。
特にないと言うと「じゃ、体で払うことにします」と言いながら私はシノアさんにされるがままです。
いつの間にか期待する自分がいるのですが、嫌いではありません。
事が済むとシノアさんが一つのサイトの書き込みを教えてくれました。
その内容は……優等生のフリをしている雫さんが、ノーパンでバイトをしているのではないかと言う疑惑の書き込みです。
直接雫さんの名前が書いてあるわけではないのですが、お店の場所の範囲と今年から開店している事と味の評判や従業員の制服が可愛くて話題になっているお店と言えば一つしかありません。
しかもその中で一番幼く見える店員を指定しています。
あの店で一番幼く見えるのは雫さん以外に居ません。
本人は傷つくかもしれませんが、ロリ店員と呼ばれているみたいです。
その証拠に歩く姿が微妙にエロく感じるらしいのです。
どこかの変態さんは、下着の線が見えないからなどと言っています。
スカートの記事もそうですが、あのヒラヒラの衣装からそんなことが分かるのですか?
私には理解ができないのですが、この人物は女性が下着を身に着けているかの見極めができると言うことで有名な人らしいのです。
私には呆れた特技としか言えないのですが、世の中には特殊なことを極めた変態が存在しているのだと思うことにしました。
この時間なら、まだお店で三十分ぐらいは話ができるはずです。
シノアさんは面白そうな表情を浮かべて「調べてくるといいよー」と言い残して、そのままベッドに再び潜り込んでしまいました。
気になった私はお店に着いてから、いつも通りの注文をして雫さんを正面の席に座らせました。
彼女がコーヒーを飲もうとしていましたが、私は直球で聞くことにしました。
「雫さんに聞きたいのですが、バイトの時は履いていないと言うのは本当なのですか?」
「なんで楓ちゃんが知っているのですか!?」
まだコーヒーカップを掴んだだけでしたのでこぼさずには済みましたが、明らかに動揺しています。
「外で素の喋り方になるなんて、この噂は本当のようね」
「噂とはなんですか?」
真面目な顔をして真剣に聞いてきました。
私は自分のスマホに残してある履歴を辿って見せてあげました。
「ここに書いてあるからよ」
私からスマホを受け取って真剣に読み始めました。
あまりにも集中しているのか、声を掛けたり目の前で手を振っても反応がありません。
普段なら些細な事でも必ず反応するので、いわゆる隙と言う物が雫さんには無いのです。
これだけしても反応が無いのでしたら、直接確かめても気付かないかもしれません。
こんなことをしても良いのかと思ったのですが、普段からシノアさんに体を許して以来は私の性に対する観念が変わってしまったのかと思います。
テーブルの下に潜り込んで可愛らしいスカートを捲り上げると……そこには剥き出しの物がありました。
噂は本当だったのです。
納得しつつもつい眺めていると違和感を感じました。
雫さんは私と同い年のはずです。
見た目は幼くとも年相応にある物がありません。
他意は無いのですが、私の脳裏には、何故か草木の生えない高原が思い浮かびました。
私の息が触れた所為か雫さんがテーブルの下でスカートを捲っている私と目が合います。
気まずくなり何事も無かったようにスカートを下ろして元の席に戻りました。
私が照れていると雫さんから声が掛かります。
「楓さん……何をしているのですか?」
先ほどまでは動揺をしていたのに冷静さを取り戻して質問をしてきます。
いつもと違うのは微妙に冷めた目をしています。
あの目はたまにシノアさんに向けてしている目です。
もしかすると私はシノアさんと同類と思われてしまったのかもしれません。
「真偽を確認しただけです。まさか本当だったとは驚きですが、もう一つ凄いことを発見しました」
「何を発見したのですか?」
取り敢えず思ったことを直ぐに聞いてしまいました。
余計な事を言ってしまった為に雫さんの追撃が来ます。
隠しても仕方かないので普通に質問をしてみることにしました。
「雫さんは今年で十九歳になりましたよね」
「はい、先月のお誕生日の時に楓さんにも祝ってもらいました」
「その……雫さんって、見た目は幼いだけと思いましたが、あそこも綺麗なままなのですね……」
「……」
素直な感想を述べると雫さんは黙ってしまいました。
自分で発言しておきながら、意味の分からない表現までしています。
これは流石に呆れてしまったと思うのですが……雫さんの追撃はそこで終了いたしました。
「取り敢えず見なかったことにしてください」
少しだけ頬を染めて、それだけを伝えてきました。
私としては、スカートを捲り上げた行為に対して責められる覚悟をしていたのですが、微妙なラインで五分に持って行けたようです。
「まあ……雫さんの新しい秘密が知れたと言うことにしておきます」
私の精一杯の強がり発言です。
本来なら、謝罪しなければいけないのですが、そのような流れにならなかっただけです。
その後は雫さんと閉店までお話をして別れました。
今日は遅くなると思って、迎えの車を呼んでおいたのでそれに乗って帰宅します。
帰り道で雫さんの新たな秘密が知れたのですが、明日はどうしてあんなことをしているのかを問い詰めたいと思います。
もしかすると雫さんには露出狂の性癖があったりするのかもしれません。
最近は性に関する知識が増えてきたので、その手の趣味がある子もいる事を知っています。
シノアさんは百合ですが、雫さんは露出狂だったなんて……そう考えると私がお手伝いをしてあげれば雫さんも開放的になれるかもしれません。
そんな妄想を膨らませながら後部座席に大人しく座っていると、突然大きな衝撃に見合われます!?
何事かと思えば後方から大型車が突撃してきたのです。
前方にも大型車がいるのですが、挟まれてサンドイッチ状態になっているのです。
幸いにして桂昌院グループから支給された特殊な車だったので、乗っている人には被害はありませんでしたが、いつの間にか車の周りには武装した集団が取り囲んでいます!?
防弾仕様の車でしたが、事故の影響で割れていたガラスの間から、運転手を狙い撃ちして射殺してしまうとドアを無理矢理にこじ開けて私を助手席から引きずり出して何かの確認をしています。
私が黒龍会の会長の孫娘である「龍宮 楓」と再確認すると頭を強く殴られて意識が遠のいていきます。
次に目覚めると椅子に縛り付けられて猿轡をされて喋れない私と一緒に何かの動画撮影をしています。
内容は、孫娘である私を辱めて殺されたくなかったら、要求に従えと言う内容です。
この者達の要求は現在黒龍会が所有している土地をいくつか明け渡せとのことです。
そんな要求をされてもお爺様の判断だけではできません。
黒龍会を実質的に支配しているのは桂昌院グループと言うよりも正確にはシノアさんです。
私の家の組織は表面上の裏の仕事をする担当なだけなのです。
そのことを知っているのは本家の人間と一部の幹部のみです。
私は、最初の方から深く関わっていたのでいたので知っているだけですが、ここまで組織を大きくする約束を冗談で約束をしてしまったからとも言います。
撮影が終わると私の猿轡を外して、喋れるようにしてくれたので、こんな馬鹿な事はしないように警告をしました。
私が必死に説得をするとやかましいといって何度も頬を叩かれました。
私は知っているのです。
シノアさんは見た目は幼い少女ですが、恐ろしく強い人です。
当時は弱小だった私の家が抗争をしていた時に不利な私達を助けてくれたのですが、その時の相手を全て皆殺しにしています。
大きな鎌で銃弾を全て弾きながら簡単に人の首を刎ねていったのです。
一緒に居たガルドさんも不思議な剣で相手を焼き殺していました。
その場に違和感ありまくりのクマの着ぐるみの人物に手を当てられるとその部分に穴が空いて殺されているのです。
そして、私達に手を貸すので裏の仕事の顔になって欲しいとお爺様に話を持ち掛けたのです。
助けてもらったばかりか協力までしてくれると言うので承諾したのです。
その後は私の家の者を強化訓練と称して鍛え直すと同時に周りの勢力を壊滅させていったのです。
そして、ある時に不思議なことに気付いたのです。
それは、今までに殺してしまった筈の人が生きていて私達黒龍会の兵隊になっていたのです。
当時は、一番怖かった人がいたのですが、とても丸くなっていたので詳細を聞いてみたのです。
最初は話してもらえなかったのですが、私が目の前で貴方の首が刎ねられているのを見ていると告白したのです。
その時のことを思い出したのか、少しだけ語ってくれました。
あの人達には人知を超える力があるので決して逆らってはいけないと言うことです。
従ってさえいれば、仮にに殺されることがあっても運が良ければ生き返る事ができるそうです。
ただし、時間制限があるらしくそれを過ぎてしまうと蘇生は不可能らしいのです。
その話を聞いていた時にシノアさんに取引を持ち掛けられたのです。
秘密を喋ってしまった人は、その場に現れたシノアさんにすごく怯えていましたが、今回だけは見逃すと言われて現在は黒龍会の幹部にまで昇格しています。
そして、その秘密を知った私に「この世界には好奇心は猫も殺すとか言うことわざがあるみたいだけど、そうなりたくはないですよね?」と問いかけてきました。
あの頃は学も無かったので意味が分からなかったのですが、これ以上探索するのは危険だと感じました。
そして、私をじっと観察すると「数年後に使えそうですね」と呟いてから私に取引話を持ち掛けたのです。
最初はいくらシノアさん達が強くても簡単には無理と思っていました。
しかし……たったの二年で私の家はこの辺りでとても大きな組織になりました。
そんな人達に挑むなんて無謀過ぎます。
シノアさん達の秘密は喋れませんが可能な限りの説得をしましたが聞く耳を持っていません。
しばらくして、御爺様が要求に従うとの返事が来たらしく私の拘束を解いてくれました。
お爺様が私1人の為に独断で判断ができるとは思わないのですが、私を解放してくれたのかと思ったら、逃げたかったら自力で逃げて見ろと言われました。
こんな数十人に囲まれている状態で逃げる事なんてできません。
要するに私の役目が終わったから生かして返す気が無いのかもしれません。
彼等からすれば、約束が果たされるまでは、私を監禁していることにすればいいと考えているのかもしれません。
そんなことは、不可能だと伝えても信じてもらえないと思いましたが、私にいま出来る事は時間を少しでも稼ぐことです。
そうすれば、例え私が殺されていても生き返らせてもらえる確率が上がります。
そうなった時の私が本当の私かは分かりませんが、この状況で助かる可能性はそれしかないと考えたのです。
落ちていた鉄パイプを拾って雫さんに教えてもらっている構えをするとリーダーらしき人物の興味がこちらに向きました。
同じく鉄パイプを拾って構えると中々様になっている気がしました。
聞けば、その構えの流派に負けてやけになって傷害事件を起こして今の仕事に就いたそうです。
一度負けたぐらいで、勝手に問題を起こして表舞台に出れなくなっただけのお話です。
私がその話を一笑してしまったことで、「そうだよなー」と言いつつも私を滅多打ちしてきたのです。
雫さんとの稽古と違って寸止めも無ければ鉄パイプで殴られているので、叩かれる度に物凄く痛いです。
私がそれでも手にしている鉄パイプを離さなかったので、右手の手首を激しく叩かれると気持ち悪い感覚と共に右手首から先が動かせなくなりました。
今の衝撃で骨が折れてしまったのかと思います。
その後は周りの者達に回されて気絶すると指の爪をはがされて目覚めるの繰り返しです。
そんな状況でも私が諦めていない目をしていたのが気に障ったのか、片目にナイフを突き刺されて体の一部が引き抜かれた感覚を味わいました。
次はもう片方の目を失うかもしれませんが、最後に雫さんに会いたいと思うと倉庫の扉が開いて夜空が見えます。
そして、私が知っている人物がどこかの時代劇に出てくる姿で現れました。
次に気付いた時には私は雫さんの腕の中にいたのです。
朧げな意識の中で私の目線が高くなっていることに気付きました。
落ち着いて周りを見渡せば、あの一瞬で私を抱き上げて倉庫に積んであった荷物の上に移動をしています。
私は確認をするように雫さんに問いかけました。
「もしかして雫さんですか?」
私の言葉を聞くと頷いて返事をしてくれました。
「そうです。遅くなってすみませんでした……後は私が何とかしますので、待っていてください」
雫さんがいると言うことはシノアさんも来ているはずです。
諦めなかったのですから、私は助かると確信をしています。
「ええ、信じます。最後に助けて欲しいと思ったら来てくれたのですから……」
私をその場に寝かせると下に降りて私を甚振った者達を次々と倒していきます。
雫さんが、言葉を紡ぐと本の中でしか読んだことのない不思議な現象を起こしています。
本人は忍法と最初に宣言をしていますが、どう見ても私には魔法の類にしか見えません。
雫さんにもオカルト的な不思議な力が使えたのです。
お嬢様を演じていた雫さんがシノアさん達と同じくこんなに強かったのだと確信したのと同時に私の為に雫さんが人を殺してしまっているのです。
これは雫さんが私の代わりにしているのですから、瞼が重くても見届けなければいけません。
もしも雫さんが責任を感じてしまう事があれば、私の罪でもあります。
そして……あんなに沢山の人数が居たのに勝負はものの数分で終わってしまいました。
私を鉄パイプで散々叩いて右手をへし折った相手とは少しだけ会話をした後に雫さんが甚振るようにして相手を殺しています。
最後には命乞いをしていた相手を容赦なく痛めつけてから殺してしまいました。
理由は分からないのですが、私の為に怒ってくれているのだと思います。
そのまま見ているとシノアさんがジャージ姿で現れました。
片手には戦斧型の槍を持っていますが、服装と合っていません。
何か口論を始めたかと思うと私の体はいつの間にか誰かに抱き抱えられてシノアさんの背後に居ます。
振り向いたシノアさんが私の頭上に片手を翳すと温かい光に包まれる感じがすると私の体から痛みなどの苦痛が無くなりました。
寝ているフリをしていましたが、うっすらと目を開けると両目が見えます。
痛みが無くなった私の体をシノアさんが確認をすると、どこからか取り出したシーツで私の体を包みます。
あいつらに破られたので、私は何も着ていなかった事を思い出しました。
この状況で目を覚ますと恥ずかしいので眠ったふりを続けたいと思います。
すると……二人が別の口論を始めてしまったのです。
私に対する処置についてです。
「ここからが本題です。私には記憶操作などはできません。彼女が受けた仕打ちを考えれば記憶を消す方が望ましいと思います。アルカードには記憶の改ざんもしくは、特定の記憶を消すことができますがどうしたら良いと思いますか?」
「それをするとどうなるのでしょうか?」
「改ざんの方は、時間限定と考えれば本日の夜の記憶だけ無かった事にして、今まで通りに普通に自宅に帰って眠ったことにできます。ただし、なんらかの衝撃で記憶が戻る可能性もあります。今夜だけの記憶を完全に消す方が望ましいのですが、本人の抵抗があると余計な記憶まで消しすぎてしまうのです。楓さんは精神面が強いので恐らく未知の攻撃に抵抗すると考えられます。なので度合いによっては数年ぐらいの記憶が抜け落ちてしまう可能性があると予測します」
「本当にそうなるのですか?」
「アルカードがこの世界で私達に敵対した者に対して実験をしていますので間違いありません。部分的な完全消去とかの方が都合が良かったのですが、そこまでは無理だったのです」
どうやら私の記憶をどうするかで悩んでいるようです。
確かに酷い目に遭いましたが、それだけです。
これだけの人数に襲われたのは初めてですが、私は喧嘩をして初めて負けた相手に強引に襲われています。
道具のような扱いを受けましたが、経験したことの規模が大きくなっただけと思えばよいのです。
だから、私の答えはこうなります。
「私の記憶はそのままで構いませんので、消さないでください」
「起きていたのですか!?」
「初めから意識はありました。シノアさんにこんな力まであるなんてとても驚きましたが、雫さんがとても強いこともこの目でしっかりと見させてもらいました」
「でも、あんな酷いことをされたことを覚えているなんて……きっと、トラウマになると思うので忘れた方が良いと思います」
「あそこまで痛い思いをしたのは初めてですが、昔は喧嘩でよく殴られていたのでその延長に過ぎません。それにシノアさんに比べたらあんな下手なやつらにされた程度ならシノアさんが忘れさせてくれると信じています」
これは強がりでもない私の本音です。
普通の人なら、耐えられないと思いますが、私は平気です。
シノアさんも私は精神面で強いと言っています。
時間さえ稼げば助かる可能性は高いと信じていたのですから、私は問題と思ってはいません。
それに私が出来なかったことは雫さんが全てやり返してくれました。
だから、こんな状況ですが悪い気はしません。
その晩はシノアさんに連れていかれて本当に朝まで寝かせてもらえませんでした。
こんなに眠くても大学には行きなさいと言って雫さんと出かける事なりました。
雫さんからは、「いくら防音設備が完璧でも声は控えた方が良い」と警告をされました。
その後は、自宅に帰ると殺されたはずの運転手の者が出迎えて私に謝罪をし始めたのです。
何もできずに申し訳ありませんと何度も謝るのですが、過ぎた事なので忘れて欲しいとお願いをしました。
お爺様に聞かれても、あの晩のことは誰にも話すつもりはありません。
あの後、私達の組織と小競り合いをしていた私の拉致を実行したと思われる南陽組に関わっている者達は一夜にして全員消えてしまいました。
この辺りでは、大きな規模の組織と聞いています。
どちらにしても、もう存在しない組織です。
真っ先に最近対立していた黒龍会に疑いが掛けられましたが、誰一人として動いた証拠が得られなく警察も何もできないそうです。
実際に動いていないのですから、証拠も何もありません。
そんな大掛かりな神隠しのような事件も知らないうちに話題に上らなくなりました。
今考えるとシノアさんの提案を受けたのは正解でした。
私が断れば別の組織を援助していたはずです。
そうなれば今頃消えているのは私達だったのかもしれません。
私の運が良かったのかシノアさんの気まぐれが私を見初めたのかは分かりませんが、今がある事を感謝したいと思います。
最近では、護身術とまではいかないのですが、雫さんやシノアさんに剣の稽古をしてもらっています。
お爺様も護身術などを勧めてきたのですが、雫さんの剣術を見ていたら私もそちらの方が良いと思ったのです。
追いつくなんて不可能だと思いますが、自分の身ぐらいは守れるだけの腕前にはなりたいと思っています。
大学を卒業した後は、それそれの道を歩むことになり私達もたまに連絡を取り合うぐらいになってしまいました。
いつしかいつお迎えが来てもおかしくない歳まで私は生きています。
私の友人たちも今は先に逝ってしまってしまって曽孫が毎日のように会いに来てくれるのが唯一の楽しみになっています。
「それで、その雫さんという方がおばあさまのの一番の友人だった方なのですか?」
「そうですよ」
「そんな超人みたいな人がいるなんて信じられないのですが、偶然にも昨日ですが、同姓同名の方と友達になりました」
「まったく同じと言われると興味が湧きますね」
「この方です。桂昌院 雫と言う方です。初めて出会ったはずなのですが、私を見つけると迷わずに近づいてきて話しかけると友達になりたいと言ってきたのです」
手にしている映像機器には、私が知っている雫さんが映っています。
「この方は桂昌院家の人で間違いは無いのですね」
「はい、間違いはありません。その日の帰りにたまに連れていかれる桂昌院家の本宅へ案内されました。普段は身嗜みを整えているシノア様もいらっしゃいましたが、その時はだらしない姿でしたので驚きました。噂では四代目として名前だけ継承している身分と聞いていますが、桂昌院グループのトップなのにあれでよいのかと疑問に思いました」
「紅葉。見た目で人を判断してはいけません。そういう人物は普段は本性を隠しているかもしれません。どちらにしても桂昌院家の方達とは仲良くするのですよ」
「お父様やお母様にも言われていますので、そうするつもりです。だけど、シノアさんは私を見て最初に言った言葉は、「五年後ぐらいが食べごろかなー」とか言い出したのです。私にはどういう意味なのか分からなかったのですが、おばあさまには意味が分かりますか?」
「そうですか。では、五年後に再びお会いすれば分かると思います。そろそろ帰る時間のはずだから暗くなる前に帰りなさい」
「分かっています。それでは明日も来ますので、今度は友達になった雫さんのことをお話したいと思います」
そう言って病室に1人になるといつの間にかに窓が開けられていて以前に見た事のある忍び装束の少女が立っています。
「お久しぶりです雫さん。風の噂でお亡くなりになったと聞いたのですが、生きておられたのですね」
「楓ちゃん、お久しぶりです。一度戸籍をリセットする為に死んだことにしたのです。それにしても私が本人だとよく分かりましたね」
「シノアさんとは長いお付き合いをさせてもらいました。私が歳を重ねてもシノアさんの姿が変わらなかったのです」
「楓ちゃんがいつまでお姉様の愛人をしていたのかは追求しませんが、私に見た目と年齢について世間から誤魔化すように言っていたのに自分は何もしませんでした。いつも「私は永遠の美少女なのですから、問題はありませんよ?」などと自分勝手なことも言っていましたが、私がいくら偽装していても楓ちゃんと繋がっていたらバレてしまうのは当然です」
「いつの時かは忘れましたが、シノアさんに若さの秘訣を冗談交じりに聞いたことがあります。その時に「私は実は不老不死なんですよねー」と冗談交じりの言葉で返されましたが、私は真実だと思っていたのです。だから、雫さんが遠くの異国の地で亡くなったと聞いても連絡だけは続けていたのです」
「本当は、このまま死んだことにしておくつもりでした。だけど、お姉様から楓ちゃんの死期が近いと教えられたのです。いまの楓ちゃんになら理解をしてもらえると思いますが、お姉様には人の魂を見る事が出来るのです。以前は見えるだけだったのですが、魂の輝きなども分かるらしいのです。だから、少し前にお姉様が楓ちゃんに会いに来た時に楓ちゃんの命が残り少ないと教えてくれたのです」
「この歳になって、新しい事が知れるとは長生きはするものですね。もう少しお話をしていたいのですが、少し眠くなってしまいました。お別れの前にその小太刀だけはお返しいたします」
病院なのに無理を言って私のベッドの正面に一振りの小太刀が飾ってあります。
私がそこそこの腕になった時に雫さんが御守りとしてくれた小太刀です。
「最後まで持っていてくれたのですね。では、返してもらいますが、この小太刀の名前は楓としたいと思います。そして、もう一つ提案します。永遠の命が得られるとしたら手に入れたいと思いますか?」
「とても魅力的なお話ですが、私は十分に生きました。後悔はありません」
私が若かりし時なら考えたかもしれません。
「わかりました。この小太刀には魂を宿らせることが可能でした。だけど二つだけ問題があります。一つは魂だけしか移せないので、意識だけの存在になってしまいます。もう一つは、この小太刀を一定の期間を身に着けていることです。今の楓ちゃんなら、条件は満たしていますが、それでも望みませんか?」
「お気遣いはありがとうございます。体が無いと雫さんやシノアさんに何もできなくなってしまうので、やはり辞退します」
「楓ちゃんは強い人です。普通なら死の恐怖から逃れる為にこの手の話に必ず乗ります」
「強い雫さんに最後に褒められただけで、私は満足です」
「さようなら、楓ちゃん。私の初めての友達になってくれてありがとうございました」
「ええ、さようなら」
私が目を閉じて再び窓の方を見ると雫さんの姿が消えています。
残っているのは微かに感じる風だけです。
とても眠くなってきたのですが、最後に雫さんに会えてよかった。
曽孫の紅葉が雫さんの良き友達になる事を切に祈りたいと思います。




