350 これは説得なのかな?
「そろそろ落ち着きましたか?」
エルナが言葉を掛けてきましたが、私はどうしてしまったのでしょうか?
私の前には動かなくなったユリウスとその傍らで私に似た少女が泣いているだけです。
いつもなら、少々残念だった程度で私は次の行動に移れるはずなのに気持ちの切り替えができないのです。
ユリウスのことは好ましいと感じていましたが、私が気付かなかっただけで失ってはいけないものを失ってしまった気分です。
エルナが死にかけた時とは違った感情が私を支配しているのですが、これは何なのでしょうか?
違いますね。
私が気付かないフリをしていただけで、私もユリウスのことが好きだったのだと思います。
相手に向けられる感情を強く感じられることで、ユリウスからの真っすぐな想いに応えたいと本当は思っていたのかと思います。
なのにそれに目を瞑り誰かにユリウスの存在を消してもらおうと考えた挙句に最後は自分の手で殺してしまったことに私はすごく後悔をしているのかもしれません。
ユリウスの魂は私の中に眠っていますので、眠ることで会うことは可能です。
だけど、いまの私には会いに行く勇気がありません。
これが、自ら望んでユリウスと戦って倒したのであれば「残念だけど私が勝ちましたね!」とか言って会いに行けたかもしれません。
なんとなくいまの私にはその資格がないような気がしてしまうのです。
きっと夢の中で出会っても、ユリウスは何も言わずに私を出迎えてくれると思いますが……その優しさが逆に私を責めてしまうかもしれません。
ユリウスの亡骸の傍が泣いている私に似た少女を見ていると何故かとても羨ましい気持ちになります。
私もあの子のように泣けたらどんなにいいのかを想像するのですが、私の目からは涙なんてものは出ません。
どんなに悲しいお話を見たり聞いたりしても私には涙を流すなんて衝動が湧き上がらないのです。
唯一心が動かされるのは、エルナが死に瀕した時です。
いまは、私の眷属となったことで、そこまでの衝動が湧き上がらないのですが、殺されかけたりすると近い感情にはなります。
私も泣いているこの子のように素直になりたいです。
ああ、そうか。
私にも人並みにユリウスに対して、異性として隣に居て欲しいと感じ取っていたのですね。
そんな感情はないと思っていたのですが、最後まで想いを曲げなかったユリウスの心に私は惹かれていたのでしょう。
だから、どうしても自分の手で殺したくないと思っていたのに、それを自分の手で終わらせてしまったことで私の気持ちが、その場から動けなくなってしまったのかと思います。
普通はこのような状況から、どうやって気持ちを切り替えて立ち直ればよいのでしょうか?
わかりません……こんな気持ちになるなんて想像もしていなかったからです。
どれだけの時間が流れたのか分かりませんが、私がこの状態になってから、エルナが最初の言葉を掛けた以外は黙って背後から私を優しく抱きしめてくれています。
このまま何も考えずにずっとこうしていたいのですが、そんな感傷に浸っている時間はありません。
いまも私の中に沢山の魂が流れ込んできます。
アルちゃん達が外で戦っているのですから、私がこのまま停滞している訳にはいきません。
昔は、自分とエルナ以外はどうでもいいと思っていましたが、今の私には守りたいと思う存在もいるのです。
そして、この戦いの始めたのは私なのですから、結果がどうあれ終わらせる必要があります。
そうして自分がやるべきことを確認しているとようやく気持ちの切り替えができるようになりました。
「もう、大丈夫みたいです。心配を掛けまして済みません」
エルナに声を掛けながら左手で私を抱きしめている腕に手を掛けました。
「立ち直ってくれたのなら良かったのです。それにしてもユリウスさんの想いがここまでシノアに影響するなんて想定外でした。最後に無理なことをさせてしまって、ごめんなさいね」
いつもなら、必ず私の正面で目を見て話すエルナが背後から、抱き着いたまま話しかけています。
エルナからは申し訳ないと言う気持ちがとても伝わってきます。
「エルナはユリウスの願いを叶えたにすぎません。むしろ誰かの手でユリウスを倒そうとした私の方が問題なのです」
「そう考えてくれているのでしたら、少しは安心をしました」
そう私に話しかけると腕を離して、私の横に並びました。
「ですが、今回の事で、シノアに大変な弱点があることが判明してしまいました」
「私の弱点ですか?」
いっぱいあり過ぎだと思いますよ?
「シノアは、心の底からの想いにはとても弱いと言うことです。今までは、その弱点が私だけと思っていたのですが、ユリウスさん程の想いなら私と並んでしまうと言うことです」
「私は、エルナを一番に考えていますよ?」
「私もそう思っていますよ? ですが、シノアがこれ程動揺してしまうのですから、認めないわけにはいきません。悔しいのですが、ユリウスさんがシノアの二番目と認めたいと思います」
エルナは、満足そうなユリウスの表情を見ながら仕方がないとばかりの表情をしています。
いつもなら、浮気はダメとか男性は絶対に許しませんとか言うのに珍しくユリウスのことは認めたようです。
たわいのない会話のお陰なのか、私も次の考えができるようになっていますので、これからのことを考えましょう。
「ところで、この子は誰なのですか? 私にとても似ているのですが……」
どちらかと言うと髪の色を考慮するとノアのそっくりさんです。
ただ、ノアが誰かのために泣くなんて想像ができないので、完全な別人でする。
ノアだったら、私と違って僅かな感傷もないから、むしろ笑っているイメージの方が強いです。
私に言わせれば、ノアは自分以外には完全に無関心とも言えます。
「この子は、アスアちゃんと言います。ユリウスさんの側近もしくは護衛さん兼恋人(仮)だった子ですよ」
「そうなのですか」
「そして、いまは私の五人目のインテリジェンス・ウェポン兼恋人になったのですよ」
そうするとエルナに渡していたアレを使って強制的に自分のものにした訳ですね。
私に似ていると言う理由で選ばれたのかと思いますが、一度しか使えないのにもう使ってしまうとはね。
エルナのことですから、選びに選び抜いてから使うと思っていたのに決断が早かったですね。
「誰がお前の恋人ですか……私は、お前なんかの恋人ではありません!」
私たちの会話を聞いて即座に反応しました。
まだ、目に涙を貯め込んでいる状態ですが、しっかりと拒絶をしていますよ?
「でも、慕っていたはずのユリウスさんではなく、私のピンチを救ってくれましたよね?」
「あれは……姿は変わっていましたが、突然意識が外に出られたと思ったら、ユリウス様の背後に居たからです!」
「そして、ユリウスさんの援護をするのではなく、致命的な攻撃をしたのですよね?」
「お、お前があんなことをユリウス様に言わせるからです! 信じていたユリウス様にあんな事を言われて私はどうしても許せなかっただけです!」
「結果的には私の為に動いてくれたのですよね?」
「そ、それは……」
「仮にも愛していた人を裏切って私の味方をしてくれたのですから、私の恋人になるのを承諾したのと同じなのではないのですか?」
エルナがピンチだったので、私は見ているだけでしたが、その時の状況は見ています。
そうなるように仕向けたのは間違いなくエルナです。
誰かのような妄信的な性格でなければ、本人から言われているのですから動揺するに決まっています。
「それとこれとは違います! お前があんなことを聞かなれば、私は……」
「大丈夫ですよ? いまはいろんなことが一度に起こりすぎて混乱しているだけなのです。貴女の悲しみは必ず私が埋めてあげますので、私を信じてくださいね?」
「お前が、それを言うのですか!? そもそもの原因を作った張本人ではないですか!!!」
本人が実行した後の強制アフターケアも込みでやっていますからね。
目的の為でしたら、自分の行動を正当化してしまうのですから、そんなことを言っても無駄と思うよ?
「ですが、結果的には変わらなかったので、私がその思いを断ち切らせてあげたのですよ?」
「迷惑なお世話です!」
「なんにしても貴女の心は私の物です。これは私が存在する限りは未来永劫代わる事のない事実ですよ?」
「私は、絶対にお前のものになんてなりません!」
「ここに来るまでは、あんなに喜んでいたのに難しい子ですね?」
「あ、あれはお前ではなく覇王の所為です! 私はお前に何かされた覚えなどありません!」
確か調教中とか言っていた気がします。
その調教をしていたのは覇王さんで間違いないみたいですね。
私は覇王さんからは体罰しか受けた事が無いので、そちらの方面はよく知りません。
だけど、エルナが言うには覇王さんはかなりのテクニシャンだそうです。
お堅い武人と思っていたのにそっち方面も免許皆伝らしいので、人は見かけによらないですね。
「分かりました。では、落ち着いたら、私自身が素直になるまでお相手をしてあげますので、楽しみにしていてくださいね?」
「それでも絶対にお前になど従うものですか!」
いや、無理だと思います。
心以外の主導権を握られているのですから、抵抗なんて難しいと思います。
せめて対等の条件でもないと無理じゃないかな?
「そんな態度を取られると私も頑張りがいがありますので、楽しみにしていますね? それで、今後のことは後ほど夢の中でしっかりと話し合いをするとしますが、アスアちゃんに聞きたいことがあるのです」
「お前に話すことなんてありません!」
「聞きたいのは、女神アスリアのことです。この城のどこにいるのですか?」
長い謎の会話が終わって、ようやく本題の質問になりましたね。
ユリウスの側近なのでしたら、所在を知っているかと思いますが、話してくれるのでしょうか?
案の定ですが、黙って顔を背けています。
当たり前ですよね?
「知りません。例え知っていても、お前になんか絶対に言いません!」
顔を背けて不機嫌な口調でお答えを頂きました。
当然の反応かと思います。
「私がダメなのでしたら、シノアが聞けば良いのですか?」
すると私の方を向いて舌打ちをすると話しかけてきたのですが……。
「なんで、私がこいつに話さなければいけないのですか! しかも私はこいつの身代わり扱いなんです! 私の方が可愛いはずなのにこんなアホみたいな表情をしている奴に話すことなんてありません!」
アホみたいな表情とか言われましたよ……殆どそっくりそんなのに私の扱いがアホな表情扱いとか酷い言われようです。
どうでもいいことなんだけど、アホ呼ばわりされたのは初めてのような?
いや、そんなことよりムカつく筈なんですが、ユリウスには選ばれているので女としては勝っていると思って今は耐えたいと思います。
それにしても私って、いつも誰かの争いなのにいつの間にか巻き込まれて酷い罵声を言われる羽目になっているような?
私がアホ面(特に表情なんて変えてないから)で頬をかいているとエルナがアスアと言う子に近づき顎を掴むと濃厚な口づけを始めました!?
こんな状況なのに何を始めるのやら……しばらく様子を見ているとアスアと言う子の目が蕩けてきましたね。
エルナが口を離すとあんなに反抗的だったのに物欲しそうな目をしています。
うーむ……心は反抗的でも体は既に堕とされ気味のようです。
ましてや、エルナのマナで構成されている体なのですから、感度なんてエルナの好きに調整が可能な筈です。
要するにエルナに囚われた時点で、心以外は既にエルナのものなのです。
マナで作られた体とは言え肉体は最初から好感度と言うか熟練度は最大状態にされているのですから、余程の精神力でもない限りはその快楽からは逃れることは不可能です。
あの食べること以外は無関心なミリちゃんが耐えられないのですから、余程の精神力でもないと数日というよりは数時間で陥落するのでは?
「続きがしたいのでしたら、知っていることを教えてくれますか?」
「……本当に知らないのです」
「本当ですか?」
「……女神アスリア様と面識があるのは、ユリウス様と地下に籠っているマコトだけです」
「マコトとは、誰なのですか?」
「……私達と同じく女神アスリア様の肉体を得ていた者の1人です」
「質問を変えます。この浮遊島には地下があるのですか?」
「……あります……そこの支配者を気取っている変わり者です。私達の中でも何か特別な待遇でも与えられているみたいなのですが、滅多に私達と会うこともありません」
「では、その方の元に行けば女神アスリアの所在が分かるのですか?」
「……わかりません……あいつは私達のことを同格とは見ていません。むしろ私達を見下しているような奴だったので、私は嫌いです」
「では、地下に行くにはどうすれば良いのですか?」
「……行ける場所は限られています。玉座にある転移石を使えば奴のいる場所に直接行けます。他の方法は、罪人と判断された者を転移させる場所が城の外にあるのですが、ここからでは距離がありますが、そこから入ると奴が作り出した亡者の群れが待ち構えています。この浮遊島の地下は亡者で埋め尽くされているぐらいです」
女神アスリアの所在を知っている者がこの浮遊島の地下に居るみたいですが、そこは亡者で溢れかえっているとか、とんでもない所ですね。
仮にも女神が住む場所の地下がそんな不浄な所で良いんですか?
最早、女神と言うよりは邪神とかに名称を改めた方が良いような気がするんですけど?
「ここから一番近いの玉座ですが、どうしますか?」
ここまで聞き出してから、エルナが私に話しかけてきました。
当の本人はご褒美とばかりに続きをしているんだけど、この子の精神が堕ちるのも時間の問題なような気がしてきました。
差し当たっての目的地は地下と言う訳ですが、行くしかないみたいですね。
「では、玉座の方に移動しますか」
私がそう言うとエルナが行為を止めて頷きました。
そこで、質問もされていないのにアスアと言う子が注意を言ってきたのです。
「あそこに行くのはお勧めしない。あそこにはマナが僅かにしか存在しません。行くのを止めはしませんが、マナを使い切ったらお前達はお終いです」
まじですか!?
この世界にマナが存在しない場所があるなんて初めて知りました。
完全にないとは言っていませんが、そんな状態の場所に私達が行くとなると移動するだけでマナを消費して戦闘なんてしたら、回復が間に合いません。
「お前達のもう一人の仲間はあそこに飛ばされたはずです。今頃は行動不可能になって、マコトに倒されているに決まっています」
シズクが飛ばされた場所は地下だったのですね。
しかもシズクが大嫌いな亡者のエリアとか冷静に戦えるかも怪しいかと思います。
あんなに強くなったのに幽霊とかが未だに克服できていないから、私が悪戯をする唯一の手段なのです。
怖がらせて粗相をした動画や写真を撮っておいたんだけど、誰かさんにデーターをコピーされてシズクが言いなりになっていたのは申し訳ないと思いました。
「それで、マコトと言う者はどんな奴なのですか?」
「お前なんかには教えたくないのですが、私はあいつが嫌いなので殺されてもなんとも思いませんので教えてあげます。あいつはお前が腰に差しているのと同じ形の武器を使っています。確か「刀」とか言う武器です」
するとシズクの相手は、ゲンゾウさんのような侍タイプなのかと思います。
「奴が得意とする剣を収めた状態で繰り出す攻撃は私も躱すのが精いっぱいの攻撃です。それを連続でやられると対処が間に合わない程の速さの使い手です。しかも奴には特殊能力があるので、短期決戦で仕留めないとまず勝てないです」
「特殊能力ですか?」
「奴は対戦相手の能力を減退させる力を持っています。相手次第ですが、長期戦になると絶対に勝ててないです」
それは厄介な能力持ちですね。
対戦相手にマイナスのデバフを掛けるとか同格の相手との一対一の状況だったら、対策なしで挑んだら確実に負けます。
まあ、事前に情報を聞いていれば対処の仕方はありますので何とかなるかと思います。
本来なら、亡者の群れを撃破して辿り着いてから戦うことになると思うのですが、直接相手の場所に移動できるのでしたら問題はありません。
ちょっと卑怯ですが、エルナと私で一気にカタを付ければ何とかなるかと思います。
問題なのはシズクのことです。
いくらマナの回復速度が私達より上でもそんな状況でしたら、回復が追いつかない状況になるかもしれません。
そこに同じ剣士が現れたら、シズクのことですから正々堂々の一騎打ちをするに決まっています。
更に時間を掛けたような戦いをしてしまえば、シズクの不利は免れないと思います。
「話は分かりました。玉座に向かったら、速攻で移動して、そいつをさっさと倒してしまいましょう。もしくは戦闘不能状態に追い込んで女神アスリアの情報を引き出すのが得策なのですが、そんな場所に長居をするのは危険なので話さない時は即座に殺して撤収が望ましいかと思います。勿論ですが、シズクの回収も優先します」
状況としては、シズクが苦戦しているか勝利をしていれば問題はありません。
そうでなければ、シズクは倒されて核の状態になっているはずなのですから、回収をしてから玉座に戻って復活させたいと思います。
そうと決まれば即座に行動をしたいと思ったところで違和感を感じます?
その違和感とは、この子と話している内にユリウスの亡骸が消えているのです!?
ついさっきまでは、そこにあったはずなのにどうなっているのですか?
私の感覚ではユリウスを刺した時に確かに私に流れてくる魂を感じました。
なので、ユリウスの魂は私の中にあるはずなのです。
では、ユリウスの亡骸はどこに?
まさかとは思いますが、ユリウスが死んだことで、亡者として操れるようになったとか?
だったら、そのまま襲えばいいのですがも消えてしまっていますからね。
どちらにしても、そいつに会う為に玉座に向かうのですから、行ってみるしかないようです。




