348 価値観
「それにしては、待ち合わせに相応しく場所ですね」
辺り一面血だらけの状況で、さわやかに挨拶されてもね。
私も大して気にしませんが、男女の再会の場所からはかけ離れすぎていますよ。
「君の手下の悪魔がここに居た者たちを食い散らすからいけないんだよ。食べるのは構わないけど、もう少しマナーを教えた方が良いよ」
部下が殺されたのに気にしていないとは、価値観が完全に変わっています。
昔のユリウスは、身分に関係なく仲間に対しても思いやりがあったはずです。
「それでは、なるべく綺麗に食べるように言っておきますが、殺された者達のことは何とも思わないのですか?」
一応は、死体を残さずに食べつくしているので、食べ残しはありません。
ただ、血痕まで残さずにと言うのは難しいかもしれません。
どちらにしても敵としてあらわれた奴らなんか、どうでもいいからね。
私は昔からこの考え方をしていますが、ユリウスは私が現れる千年近くの間にどう変わったかです。
「この者達は、女神アスリア様の庇護下に付いただけだよ。あわよくば気に入られて、僕達のように取り立てられるとでも期待でもしたんじゃないかな? どうすべきか考えたけど、せっかく居るのだから、ある程度の指揮が任せられる者に城の防衛や配置などは君に倣って全て任せたよ。」
「私に倣ってですか?」
「君は自分の趣味を優先して、それ以外のことは全て他の人に任せていたよね?」
うーん……そう言われると反論ができません。
毎日会っていた訳でもないのに私の行動をよく理解しているよ。
もしかして、ユリウスってストーカーの部類に入ってしまうとか?
だけど、その趣味の範囲に仕事も含まれているので、完全に委任している訳ではありません。
「言い訳としては、適材適所の人達に任せていただけです」
「じゃ、僕も同じだよ。僕の望みは君だけなんだから、後のことはできる者に任せただけだよね?」
確かにその通りです。
そんな所まで同じにしなくてもいいのにね。
訂正するのも面倒なので言いませんが、私の趣味の範囲は広いよ。
だけど、ユリウスの場合は、フェリス王国の王位ではありませんが、女神アスリアの代理人となれば、この世界の代表なのですから、事実上のトップです。
王位を目指していたのに代理とはいえ世界のトップなのに運営を丸投げするなんてユリウスにも怠慢の素質がありますね。
「その辺りのことは分かりました。それよりもエルナはどうしたのですか? いきなり飛ばすなんて、私だけ自分の前に呼ぶつもりではなかったのですか?」
「そのつもりだったんだけど、代わりにエルナさんが現れたんだよ。扉を開けて入る瞬間を狙ったのに君が来ないから、僕は結構がっかりしたよ」
「エルナは昔から勘がいいですからね。私とユリウスが逢引するなんて事態は許せないと言っています」
「困った人だよ。しかも予想ができているのに僕の前に来るなんてね。この短期間で、僕に対する勝算のめどでもあるのかな?」
ユリウスに対する手札は与えました。
初めからエルナが強さを求めていれば、あの時も敗北まではしなかったと思います。
逆にあそこで手酷く負けたからこそ強くなってくれたので、良い経験だったと思います。
「どうでしょう。それでエルナはユリウスが待っていた場所に現在もいるのですか?」
「僕の護衛に任せて残してきたよ。エルナさんの実力が変化していなければ、今頃は拘束されて大人しくしていると思うよ」
「ユリウスの護衛ですか。護衛と言うからには、そこそこ強いのですか?」
「そうだね。ダンジョンで捨てた者達よりはましだと思うよ」
要するにアスリアの肉体持ちの者達ですね。
その場に何人いるのか知らないけど、いまのエルナでしたら、何とかなるでしょう。
エルナ本人の力だけでは、特殊能力持ちの少々できるパワー型の剣士です。
そこに私が作り上げた武器にその身を宿したナオちゃん達を護衛として数の不利を補いました。
更にエルナの技量を高める為に覇王さんの魂を分割して、いつでもその実力を引き出せるようにしました。
本来、私の過去の魂を表に出すには何らかの代償が必要です。
大抵は、人格の変化です。
セリスは、全くの別人と言っても差支えがありません。
過去の私の元の人格は壊れているとか狂っている的な人格だったらしいのですが、その影響なのか融合が進んで大人しそうな性格から、私に対する妄信的な危ない人に変わりました。
カミラも押されると弱い所もありますが、強気な性格になっています。
融合している過去の私が危険人物とか言われていましたからね。
実際は、違ったんだけどね。
今のところ影響が全く出ていないのは、シズクとグロリアさんです。
シズクに関しては、不老不死になっただけで、過去の私の力の影響が何もないからなのです。
もっとも、最初の私の力を知る者がいないので万能な存在だったと言われています。
覇王さんに聞いたことがあるのですが、最初の私の影響で封じられた枷が何かわからないそうです。
そして、覇王さんが知る限りどの時間帯にも一切表に出てこないので、会話したことすらないそうです。
今回はシズクに宿っているのですから、その片鱗が見られるのかと思われていたのですが、特に変化も無いのです。
なので、性格すら不明なのです。
グロリアさんに関しては、時間がそれ程経過してないのもあるのですが、元々誰とも関わり合いにならない性格だったので、力の系統は引き継げても無関心なのだと言われています。
覇王さん曰く、どの時間でも非協力的な存在だとか。
逆に人格に影響を及ぼさないから無難な存在とも言えます。
あちらの世界に残してきたノアの依り代になっている2人目も無関心とのことです。
エルナの場合は、覇王さん自身が影響を及ぼさないようにしているからです。
だけど、本格的に融合してしまうとエルナ本来の人格が変化するのを好ましくないと覇王さんは考えているので、なるべく眠っていたそうです。
私が思うには、幼女大好きな性格が縮小されて武を重んじるシズク好みの剣士になりそうですね。
むしろいまのエルナの人格の方がちょっと危ないのですからね。
もしかしたら、誰が見ても真っ当な人物になるかもしれません。
幼女好きから、子供を守るに変化したりしてね。
そして、私の中に残っている最後の1人は、状況次第では協力してくれるとのことです。
槍術に関してはサテラの影響が大きいのですが、何をしても変化がなかった私の全体的な能力が底上げされているので、協力してくれているのだと思っています。
過去の私に比べて時間経過と言う経験値がない代わりに過去の積み重ねで得た戦力を持つに至ったのです。
強さの限界が決まっているこの世界で、今の私達が負けるなんて要因は限りなく無くしていると考えています。
女神の肉体を得たぐらいで強くなった者達に負けはしませんよ。
「その程度でしたら、安心を致しました。エルナが予測不能な行動を起こさない限りはね」
「するとエルナさんは急激に強くなったことになるんだけど、何をしたんだい?」
「知りたければ、エルナと再戦をしてください。きっと以前とは違うと思いますよ?」
実質はエルナ以外の力が大幅に増強されたんですけどね。
もしもエルナと1対1で、戦う状況になると手段は違いますが、私と同じになっただけです。
エルナ1人と戦うと考えていると実質は5対1になります。
正々堂々と戦おうとするシズクから見たらインチキ以外なんでもありません。
まあ、エルナは私と同じく勝てば良いと考えていますからね。
「君がそう言うのであれば、間違いはないんだろうね。なら、あの2人が時間稼ぎをしている間に僕の力が君に届くのか試すことにするよ」
そう告げると下げていた剣を構えなおして、改めて私と対峙します。
「私と戦うつもりですか? てっきり私を説得でもすると思っていましたよ」
私も戦斧を構えて戦う姿勢を見せました。
「そうしたいけど、君が納得するはずがないからね。君はどんな状況に陥っても死んでも意志を曲げないのは分かっているよ。だから、僕が勝ったら僕の傍にいると約束して欲しいんだ」
本当にユリウスは私のことが分かっていますね。
例え私が負けることになっても決して意志を曲げません。
だけど、約束を交わした場合は可能な限りは叶えます。
条件次第でしたら、ユリウスの願いを叶えても良いと私が思い始めているのです。
お互いに武器を構えて対峙しているのにユリウスから感じる想いは真剣そのものです。
こんなに真正面から純粋な想いをぶつけられては私に断ることはできません。
「いいでしょう。ユリウスが勝ったら、私はユリウスの傍にいると約束します」
「時間は掛かったけど、君にその言葉を言わせることができただけでも僕は満足だよ。だけど君に勝って、その先をつかみ取って見せるよ!」
ユリウスが動き出すのと同時に周りに展開している無数の剣も一斉に私に向かってきます。
誰かさんなら、批判ものだけど自身が持てる全力で来るのは正解です。
即座に私も闇魔術『ヘキサグラム・シールド』を展開するのと同時に『シャドウ・アンカー』で、飛んで近づく剣を拘束もしくは叩き落して自身に対する接近を許しません。
肝心の本人には近づかれてしまいましたが、ユリウス本人との打ち合いになっています。
なんとかユリウスの剣を届かせないように中距離の間合いを取ろうとしているのですが、引き離せません。
そこにユリウスが呼び出した無数の剣が襲ってきているのですが、闇魔術の制御はサテラに任せていますので、私自身の実力でユリウスと打ち合っている状況です。
ステラさんからも指示を求められましたが、ヤバくなったら防御と回復をしてくれればいいので、取り敢えず様子見をお願いしてあります。
それにしてもこちらは3人体制なのにユリウスは中々の実力です。
あの呼び出した剣はどういう仕組みで操っているのでしょうか?
ちょっと気になったので、隙を見て拘束した剣を手元に近づけて触れてみたのですが、特に意志を持った武器ではありません。
単純に標的に斬りかかる動作しか命じられていない剣のようです。
触れたことで、剣の特製や強度も理解しましたので、ユリウスと打ち合いながらも拘束して移動できない剣は、戦斧を振り降ろす軌道上に移動させて順番に叩き折っています。
何本か破壊したところで、新たに追加でもすると思ったのですが、再召喚をする素振りも見られません。
もしかしたら、予め存在している剣を呼び出しただけなので、元の数は増えないのかもしれません。
私はてっきり特殊魔術の類で無限に呼び出せるのではないかと警戒していたのですが、いまのところはなさそうです。
或いは、もっと数が減ってから再召喚するのかもしれませんが、その時はユリウスが纏っているマナが大幅に減ればマナで作り出していることが分かるので、何度も召喚ができないことが明白になります。
「僕もそれなりに強くなったと思っていたけど、未だに君に届かないんだね」
打ち合っている最中に襲ってくる剣をそこそこ程減らしたところで、ユリウスが話しかけ来ました。
「そんなことは無いと思いますよ?」
ユリウスの表情には余裕を感じられますからね。
召喚している剣を破壊させて減らされているのに気にもしていません。
どう考えても私に見せていない手があるに違いありません。
私には相手の感情が感じられるのですから、いくら表向きは冷静さを保っていても焦りや不安などを感じてしまえば感じ取れるのです。
ユリウスからは、それらの不安要素をまったく感じません。
むしろ今の状況を楽しんでいるように感じられます。
お互いに武器を交えて戦っている状況なのにユリウスから感じられる感情は、私に対する純粋な好意なのです。
それ故に私は、ユリウスを傷つけたくないと思っているぐらいです。
私が本気ならば、魔術をフルに使って殺しにいけば良いのです。
相手に合わせてまともに剣と槍で戦う必要はありません。
現時点でのユリウスの評価は、無数の剣を操る剣士です。
これだけでしたら、私の敵ではありません。
剣の腕は辛うじて私だけの実力でも対処ができます。
魔術の制御に回っているサテラの力を借りれば、上回ることが可能と思います。
例え、こちらが傷を負うような状況でもステラさんが勝手に回復してくれます。
不意打ちで背後から攻撃魔法を受けるような状況になっても防御関係も任せていますので、こちらの想定を上回る攻撃でも受けない限りは私が負ける要素はありません。
現時点でのこちらのマイナス要素は私には「ユリウスが殺せない」と言う要素だけなのです。
私の心がユリウスを好ましく思っている以上は、私にユリウスは殺せません。
女神アスリアが私に対する相手として選んだ人材は正解です。
せめてロイドさんのように戦うからには相手を殺すと定めて挑んでくれれば、私にもユリウスを殺すしかないと考えられるのです。
相手の感情を読み取る最大の利点が私の最大の欠点とも言えます。
そして、敵意が少しでも向けられないと相手が殺せないなんて致命的な欠点とも言えます。
このまま膠着状態が続くかと思っていた所に無数の短剣が現れて、ユリウスを狙い撃ちをしてきました。
私の攻撃に使っていた剣の半数をその対処に回して、私との距離を取ると攻撃してきた相手に対して意識を向けました。
「これは、丁度良いタイミングに到着いたしましたね?」
私が来た通路とは逆の方角から現れたのはエルナです。
自身の周りに無数の短剣を展開させて何故か嬉しそうな表情をして現れたのです。
普段から知らないフリなどをして傍観癖のあるエルナが嬉しそうな表情を隠さないのは、この短時間で何か欲しい物を手に入れた時です。
大抵は好みの幼女に手を付けた時なのですが、この城にそんな幼女がいる訳が無いと思うのですが、居たのかな?
「僕としては、ちょっと早い登場だね。あの2人はどうしたのかな?」
「勿論、私が倒してしまいましたよ?」
「あの2人が倒されるなんて、シノアの言った通りだね」
「シノアは、私のことをなんと言っていたのですか?」
「僕に負けた以前とは違うとだけ教えてもらったんだよ」
「そうですか。では、あの時の続きをしたいと思いますが宜しいですか?」
エルナが私とユリウスを交互に見た後にユリウスに再戦を申し込んでいます。
私が構えを解くとユリウスも納得したのかエルナと向き合いました。
「シノアと続きをする為にはエルナさんを何とかしないといけないみたいだから、申し出を受けることにするよ。ところで、僕の影武者のアシュアはともかくアスアも殺してしまったのかい? 例えアシュアが倒されてもアスアの方は戦いにくいのかと思ったんだけどね」
「アシュアさんと言う方は男性なので、問答無用で殺しました。アスアちゃんは殺しはしませんでしたが、私が美味しくいただきましたよ?」
よくわからないんだけど、敵を美味しく頂いたのですか?
エルナが美味しく頂くなんて表現するのは、好みの子を落とした時です。
仮にもラスボスの城で、趣味を優先するなんて思考がブレないですね。
「君はあんな状況で彼女を手籠めにしたのかい? それに殺していないのなら、生きていると言うことでいいのかな?」
ユリウスの口から手籠めなどと言う言葉が出ましたよ。
私のことだけではなく、エルナのことも理解していますね。
エルナを釣るのでしたら、可愛い生贄を置いておけば良いのです。
例え罠でもお構いなしに進むはずです。
「私の大事な切り札を使って私の物にさせてもらいました。男性から贈り物なんて不要と思っていましたが、今回の事はユリウスさんからのプレゼントとして受け取っておきますね? だからと言って手加減などはしませんので、私のシノアに近づくことは許しませんよ?」
「どんな切り札を使ったのか知らないけど、エルナさんの行動パターンを考えると碌な事ではないのは予測できるよ。彼女のことは気に入っていたんだけど、エルナさんの毒牙に掛ったのなら、もう用済みかな」
「なんとなく私が悪く言われている気がしますが、私が気に入った以上は大切にしますよ? それも永遠に可愛がってあげますので、時間を掛けて私のことをお姉様と呼ぶように躾けたいと思っています」
「それはシノアに対する願望なのかな?」
「違いますよ? 同じ姿でしたら、別方面も見たいと思ったのです。私はいまは参加ができませんが、いまもしっかりと躾中なのです。ここに来るまでの間は声だけで我慢しているのですが楽しみでもあります」
私に似ているのかな?
よくわからないのですが、私に似ている子が調教中らしいです。
私は、どちらかと言うとされるよりする方が好きなんですけどね。
「ちょっと言っていることが分からないんだけど、エルナさんが相変わらず異常な事だけは分かったよ」
「それは一般の価値観ですよ? 私の価値観は私が決めます。理解すればこれが正しい愛の形なのですよ?」
「そうだね。価値観なんて人それぞれだから、僕も自分が信じる価値観を貫くよ」
そう告げてエルナに対して剣を構えました。
対するエルナも大剣を構えていますが、何か楽しい音楽でも聴いている感じで、笑顔のままです。
エルナが使った切り札については分かりましたが、そのアスアと言う人物に使ったみたいですね。
あれを使うなんて余程相手を気に入ったのかと思います。
いま召喚されているのはマリちゃんだけですから、今頃はエルナの精神世界で、他の3人にそのアスアと言う子が無茶苦茶にされているに違いありません。
そして、恐らくその状況の声だけを聞いているのだと思います。
そんなBGMを聞きながら戦いに挑むのはエルナぐらいです。
完全に思考がそっち方面に傾いています。
私も大概ですが、エルナは重症を通り越して末期レベルですからね。
そんなエルナを尊重する覇王さんもおかしいと思うんだけど、過去の私なので何も言えません。
それはともかくエルナの登場で、私がユリウスと戦う事態は回避ができました。
個人的には、これで勝敗を決してもらいたいところです。
当然、エルナに勝ってもらいたいんだけどね。
それにしてもアスアと言う子は私似の可愛い幼女なのかな?
エルナが気に入るのですから、反抗していることを考慮しても可愛いらしい幼女と予測します。
だけど、ユリウスが気に入っているとも言っていました。
しばらく会わないうちにユリウスもそっち方面に走ってしまったのかと思うとなんだか複雑な気分になってきました。
取り敢えず、いつかエルナがお披露目してくれたら分かるので、楽しみにしておくことにしておきましょうか。




