246 味の比較
翌朝になって、ようやくセリスから解放されると身支度をして朝食を摂った後に結局戻って来なかったシズクがいるであろう場所に向かうことにしました。
朝になって起こしに来てくれたのはマリちゃんでしたが、私とセリスの姿を見てセリスがとても機嫌が良いと判断したのか、セリスに血を吸わせて欲しいとお願いしていました。
とても機嫌のよいセリスは、「もう少しこのままでいたいので、その間でしたら好きにしなさい」と言ってマリちゃんの好きにさせていました。
しばらく見ていたのですが……裸で抱き合う2人に起こしに来た少女がベットの傍らで片方の首筋にかぶりついて血を飲んでいる光景です。
いつまでも続くかと思えてきたので、私がそろそろ着替えたいと言うとセリスがマリちゃんの頭を掴むとマリちゃんが痛がって口を離します。
頭を押さえながらマリちゃんが涙目で「セリスお姉様に頭を掴まれるのはすごく痛いので、出来れば言葉でお願いがしたいですわ……」と言っていますが、セリスは無視をして私を着替えさせた後に自分も身嗜みを整えています。
セリスの幸せタイムが終わったので、いつも通りに私以外は無視状態です。
そんなことがありましたが、シズクが向かった場所にはマリちゃんが案内をしてくれています。
果たして、私が知っている人が何人生き残っているのでしょうね?
私の目的は話してありますので、メアリちゃんから町を出る前にもう一度戻って来て欲しいと頼まれました。
私もエルナのいる場所までの案内をナオちゃんに頼まなければいけません。
吸血鬼は町の守護のお仕事をしているのですから、その代表であるメアリちゃんには改めてお願いをしたいですからね。
マリちゃんに案内されて辿り着いた場所には何故か見覚えがある建物です。
他の街並みは中世風なのにここだけ武家屋敷になっているよ!
立派な門にも『守護番』と書かれた看板が……これであちらの世界の漢字で書かれていたら完璧ですね。
そして、門をくぐると死体がいっぱい!?
よく見れば生きているみたいですが……どうしてこんな惨状に?
近くの人に声をかけるとシズクが道場破りをしてきたそうです。
この人は、元御庭番の生き残りだったので、ミリちゃんに案内されてきたシズクが自分達の棟梁だと気づいたみたいですが、シズクから「現在の実力が知りたいので、相手をします!」とか告げて襲って来たとか。
仕方なく対応したみたいですが、みんな謎の必殺技で片っ端から倒されてしまったそうです。
その間にミリちゃんが何をしていたのかと聞くとお菓子を食べながらシズクを屋敷の案内をしていたとか……仮にも同じ仲間なんだから、シズクを止めるかしないのかな?
まあ、お菓子で買収されて水先案内人みたいなことをしていたのだと思いますが、ミリちゃんには極上のお菓子でも与えておかないと寝返る確率が高そうなので、後ほどもっと美味しい物をちょっとだけ与えて私の敵にならないように仕込んでおきましょう。
倒れている人達をセリスにお願いして癒しながら、進んで行くと広い所に出たと思ったら隻眼の剣士とシズクが対峙しています。
あれはギースさんですね。
かつてはお屋敷の掃除が趣味みたいにことを言っていましたが、あの長い長剣の刀を自在に扱っている時は別人のようの貫禄もあります。
あの人は元は密偵の暗殺者なのに忍者というよりも侍タイプなので、正面から堂々と斬り込んだりするからこっちの方がお似合いです。
私の見たところでは、間合いを詰めようとするシズクを近づけさせずに対処しているので素晴らしいですね。
私も槍を使った戦闘なら、近いことはできますが、シズクには何故か接近されて間合いに入られてしまいます。
これを見ているとシズクに対しては長剣の方が有効なのかと思えるのですが……私にはあそこまでの切り返しはできないので魔術を併用した戦いじゃないとダメですね。
ちなみに練習とかで、それをやるとシズクの情け容赦ない攻撃が来るので、武器を使った戦いにおいては魔術は使えません。
ぶっちゃけ『ヘキサグラム・シールド』と『シャドウ・アンカー』で手数を増やせば近接戦闘でもシズクの攻撃は対処できるんだけど……あっちも同じ手が使えるから最終的には負けてしまいます。
私が唯一勝っているのは、使う魔法に対してマナを余分に籠めることで威力だけは上回れることだけど、どうしても勝てません。
確実に勝てる方法はあるにはあるのですが……そこまでする事態にはならないと思いますからね。
「棟梁! ぽてとちっぷすがなくなったから、おかわりが欲しい!」
セリスがせっせと道場の脇に倒れている人達を癒している横で、ミリちゃんがシズクにお菓子の要求をしています。
当然ですが、シズクは戦いに集中していますので無視をしています。
よく見れば、ミリちゃんの足元にはお菓子の袋がいくつか散乱していますね。
食べ終わったゴミはちゃんとかたずけないといけませんよ?
シズクの無視とお菓子が無くなったことで、私が入り口にいることに気付いたのか、私の方に高速でやってきます。
「シノアお姉ちゃん! ぽてとちっぷすを下さい!」
シズクが無視をしているから、私におねだりに来たよ!
落ちている袋を参考に別の味のを渡しました。
「ありがとう、シノアお姉ちゃん! だけど、これ袋が小さいから少ない……」
いや、それ量は少ないけど高くて美味しいのなんですよね。
シズクが渡していたのは、安くて増量のものです。
私と違って、お小遣いが限られていますので、自分で買う物はお値打ちで量がある物になる傾向がありますからね。
「まあまあ、試しに食べてみるといいですよ?」
ミリちゃんは半信半疑で袋を開けて食べ始めましたが……どうかな?
「これ、さっきまでのより味が濃くて美味しいよ!」
うむ、ちょっとしか値段は変わらないんだけど、お気に入りのようです。
「それはそんなに美味しいのですか?」
ミリちゃんが感激?している内にマリちゃんがミリちゃんの手元から袋ごと奪って食べています。
なんというか、いつもとは違う光景ですね。
「それはあたしのだよ! 返して!」
「とても美味しかったですわ。これは返しますわ」
元々中身が少なかったから、マリちゃんが残りを全て食べて空っぽの袋をミリちゃんに返しています。
これはきっとシュークリームの時のお返しですね。
「中身がないよ! 全部食べるなんて酷いよ!」
いや、それをミリちゃんが言うの?
渡したら渡しただけ全部食べ尽してしまうし、他人の物も横から盗んで食べてしまうのに自覚がないとは恐ろしいですね。
「ミリーナがいつも行なっていることですわ」
「そんなの知らないよ! 気が付いたら手が勝手に動いているだけなんだから、あたしは悪くないよ!」
ほぉー、ミリちゃんの手は自ら意思を持って行動する癖があるようです。
自己満足の為に素晴らしい言い訳ですね。
「でしたら、あたしの手も勝手に動いただけですわ?」
マリちゃんも反論しましたが、その考えでいくと間違っていませんね。
そうなると姉妹揃って手癖が悪い事になるのでは?
「マリーナは、話しかけてきてからあたしから奪ったから全然違うよ! もう、マリーナなんて知らないんだから!!! いいもん! それならシノアお姉ちゃんにもう一回出してもらえばいいんだから、シノアお姉ちゃん! おんなじのをちょうだい!」
言い争いを適度に切り上げて再び私におねだりをしてきました。
ここであげてしまうのは簡単なのですが、気軽にあげていると効果が薄くなるような……私が迷っているとミリちゃんの頭上に刀の鞘が振り下ろされましたよ。
「痛いよ!!!」
「ミリーナは何をしているのですか?」
いつの間にかシズクがミリちゃんの背後に立っています。
その背後にはギースさんがやれやれと言った感じで眺めています。
「棟梁、聞いてよ! マリーナがあたしがシノアお姉ちゃんから貰ったぽてとちっぷすを取って食べたんだよ!」
頭を叩かれたことよりも自分が食べ物を奪われた被害者であることを訴えています。
食べ物の前では、叩かれたことなど些細なことなのですね。
そして、シズクがミリちゃんの手元にある空っぽの袋を見ています。
溜め息をつきながら掛けたお言葉は……。
「ミリーナ、それを食べ過ぎると体に良くないので今後は控えなさい。お姉様も簡単に味の濃い物をあげてしまうのはよくありません。それともうお菓子の時間は終わりなので我慢しなさい」
おおっ……なんかシズクがお姉さんみたいな事を言っています。
もしかしたら、シズクはミリちゃんの事を手の掛かる妹として扱っているのかもしれませんね。
「ええっ! あたしはあれが食べたいよ!」
「我慢しないと、私の血を飲ませてあげませんよ?」
おや?
いつの間にシズクはミリちゃんに自分の血を飲ませていたのですか?
「ううっ……それは嫌だ……棟梁の血はすごく美味しいから飲めなくなるのはもっと嫌だ!」
「それでしたら、我慢をしなさい」
「わかったよ……後でマリーナに仕返しを絶対にするんだからね!」
いや、それを宣言してしまうと警戒されるよ?
純粋な戦闘能力なら、ミリちゃんの方が上かと思うけどマリちゃんの方がおつむは上ですからね。
「ミリーナの仕返しなんてたかが知れていますわ。それよりもシズクの血も美味しかったのですか?」
マリちゃんとしては、仕返しよりも血の味の方が気になるみたいですね。
「うん! すごく美味しかったよ! 棟梁にズタボロにされたあとに血が足りなくて動けなかったんだけど、棟梁の血を飲ませて貰ったら美味しいどころか体調が完全回復どころかもっとよくなったんだよ!」
「あら、そうなの? あたしもセリスお姉様の血を飲んでからは体調がとても良いと思っていましたわ」
どうも私達は吸血鬼にとっては美味しい飲み物扱いになってきましたね。
マリちゃんがちょっと考え込んでいると私の方を見てきました。
なんとなく嫌な予感が……。
「レンがシノアお姉様に夢中になってかぶりついていましたが……もしかしなくてもシノアお姉様の血も美味しいのですよね?」
マリちゃんの私を見る眼が変わってきました。
次の台詞は私の血をちょっと飲ませて欲しいと言い出しそうです。
しかし、マリちゃんはレンの事を呼び捨てにしているんですね?
吸血鬼の支配階級とかよく分らなくなってきましたよ。
「気になるのでしたら、ちょっとだけ味見をしてみますか?」
取り敢えず袖を捲って左腕を差し出しました。
私の場合は別に減るのはマナだけなので問題はありません。
マリちゃんが私の腕にかぶり付いてちょっと吸った後に口を離して一言。
「とても美味しいです……セリスお姉様とはまた違った美味しさを感じますわ! なんと言えば良いのかしら……例えるのでしたら、とても濃縮された味わいが自然な感じで体に沁み込んで来るようですわ!」
マリちゃんは、どこかの味の評論家ですか?
なんでもいいのですが、私は高級食材と認定されたようです。
その言葉を聞いてミリちゃんも私の右手の袖を捲ってかぶりつくとこっちはすごい勢いで吸ってきます!
こちらは私のマナがわかるぐらいに減っているよ!
その様子を見ていたシズクがまたしてもミリちゃんの頭上を刀の鞘で叩いています。
お蔭で離してくれたけど、こっちは食欲と同じで加減がありませんね。
「いい加減にしなさい!」
「棟梁、痛いよ!!! あたしの頭を叩きまくるのはマリーナだけでもう十分だよ!」
「そのうちに頭が良くなるかもしれないので、これも修行と思えば良いのです!」
それで頭が良くなるのでしたら、試してみたい気もするのですが……その前に脳に障害が発生してしまうような?
てか、そんな痛みを伴う修行はしたくありませんね。
「そんな修行はいらないよ!」
「お姉様も余分な物を与えないで下さい。特にミリーナは舌が肥えると増々欲求が高まるので、注意をして欲しいのです」
いや、ミリちゃんは勝手に私から吸ったので、私は立場的には被害者のような?
まあ、マリちゃんに味見させたんだから、させてあげないと不公平になるから構わないんだけどね。
それにしてもミリちゃんは美味しい物に貪欲だねー。
「棟梁! シノアお姉ちゃんがくれる物に余分な物なんてないよ!」
「とにかくです! お姉様の血を吸うのはもうダメです!」
「なんでなの!? シノアお姉ちゃんの血もシュークリームと同じぐらいにすごく美味しいよ!」
私の血はカスタードの成分でも混じっているのでしょうか?
ちょっと痛いけど、口の中で舌を強く噛んで治癒を遅らせて自分の血を味見して見たけど……普通に鉄分の味がするだけのような?
吸血鬼になるとこれが甘く感じる感覚にでもなるのでしょうね。
比較対象はどうでもいいとして、私の血を餌にすればミリちゃんの忠犬心じゃなくて、忠誠心が得られそうです。
「ミリーナは、長く生きている割には我が儘すぎます! 罰として当分は私達の血はあげませんので、反省をしなさい!」
「あたしだけお預けだなんて酷いよ! シノアお姉ちゃんはそんなことは言わないよ!」
シズクに怒られて私の方を救いの目で見つめてくるミリちゃん……ここで「私はミリちゃんの味方だよ! 」と、言いたいのですが……。
振り向いたミリちゃんの背後にいるシズクの目が甘やかすなと言っています。
ここでシズクを敵に回すのは得策ではありません。
可哀想ですが、ミリちゃんには我慢を覚えてもらいましょう。
「残念だけど、ミリちゃんの棟梁はシズクなんだから、シズクの許可がないとちょっとね……」
「そんな!!!」
「まあ、お菓子の類はたまにあげるから、血の方は頑張った時に御褒美でなら良いと思います。シズクもそれなら良いですよね?」
完全に駄目というのは私にはちょっと無理なんですよね。
私としては、ミリちゃんは味方にしておいた方が面白そうだしね!
「そういうことでしたら、仕方がありません。ですが、お姉様も簡単に褒めたりしないでください」
「だって」
話を聞いていたミリちゃんの目が輝いている感じがしてきました。
落ち込んでいたけど、いまの話だけでとても嬉しそうです。
確定じゃないし、私のさじ加減で決まると言っているのにね。
「わかったよ! シノアお姉ちゃんに褒められるようにいっぱい頑張るよ! まずは何をすればいいの!」
早くもお代わりが欲しいのか、私に仕事の依頼をされたがっているようです。
私としては、今晩の夜の相手を所望したいのですが……みんなの前で頼んだら、セリスは拗ねそうだし、シズクはそんな暇があるなら剣を振って雑念を払った方がいいとか言ってきそうです。
シズクにこの手の話を振ると剣術のみの試合で勝てたら、好きにしても良いとの言質を貰っていますが……勝てたことなんてありません。
お仕置きで叩かれ過ぎると途中から心境が変化するので、そっちのけがあるのは確実です。
私は懐かしい人達に会いに来たはずなのに何をしているんでしょうね?




