225 シズクの世界にこんにちは その2
「アルカード様、お味の方はどうでしょうか?」
今晩の食事にはとても自信があるのですが……アルカード様の感想は……。
「ふむ……美味しく出来上がっていると思いますぞ」
「本当ですか!」
「アイリ殿の料理の腕はかなり上達しておりますぞ。これなら良き妻になれると私は思いますぞ」
良き妻!
いま、良き妻と言われました!
「嬉しいです! それなら私はもう十分にアルカード様の妻として恥ずかしくない女性の高みに登れたのですね?」
「ふむ、アイリ殿は十分に魅力的な女性に見えますぞ」
「アルカード様の口からそんなことを言ってもらえるなんてアイリは幸せです! 今晩にでも私の全てをアルカード様の物にして下さい!」
褒めてもらう度にアルカード様にお願いをしているのですが、答えはいつも決まっています。
「ふむ、私は構いませんがシノア様の許可がありませんとアイリ殿に何かをすることはできません」
これです……私の想いがどんなに強くても最終決定権はシノアさんにあるのです!
平和な世界に来たのにどうしても許しがでないのです……私の気持ちを知っているのに認めてくれないだなんて、シノアさんはとても意地悪です!
いまの私はアルカード様と釣り合いが取れるように全てを捧げたのに……いつまで待てばよいのでしょうか?
アルカード様は絶対にシノアさんの命に従ってしまうと分かっていますが、それでも僅かな可能性に賭けてお願いをするのです。
「私達の愛の前にはシノアさんの許可なんていりません! 私を……アイリをアルカード様の物にして下さい……お願いします……」
「ふむ……アイリ殿の想いは分かりましたがアイリ殿の全てはシノア様のものです。なので我が主であるシノア様の許可がなければ私の一存ではどうすることもできません。ましてや私はアイリ殿を保護するように命じられているのですぞ」
「私の保護をするのでしたら、結婚をしてしまうのも含まれると思います。アルカード様がシノアさんの命令を優先するのは分っていますが……私の想いはもう限界なのです! こうなったら、今晩こそはシノアさんの許可を貰って正式に結婚させてもらいます! そして数日後には素敵な結婚式をあげて新しい新居でアルカード様と2人っきりの甘い生活を……」
「アイちゃんはこの家の家政婦なので新しい新居など不要です。そんなことよりも早くご飯にしますよ」
私が部屋に引き籠もっていると思ってアルカードと毎日飽きもせずに新婚ごっこをしていますね。
シズクの実家でもあるこの家は古くからの由緒正しい結構大きい屋敷でもあるのです。
アイリ先生のお仕事はこの家の家政婦さんです。
こちらの世界は平和な世界なので、戦いに関係する事はもう止めて花嫁修業がしたいと言うからこの大きな家の掃除や洗濯などの家事全般を全て任せているのです。
金銭面に困っていた時に元々この家で働いていた家政婦さんは全て辞めてもらっていたので、丁度良いから全てを任せたのです。
最初の内は不慣れでしたが家電製品の便利さに感動をして調子に乗って失敗もありました。
ですが、アルカードが陰ながらサポートをしているので、本人はこの家の家事を完全にこなしていると思い込んでいる始末です。
アイリ先生よりも直ぐにこの世界の便利さを理解したアルカードが完璧だからこそこの家の管理が完璧なのです。
買い物にしてもアルカードの指示通りにしているだけなので、金銭管理もできていないのに結婚とか無理なのでは?
アルカードには他の仕事も頼んでいるのですが、私よりもこの世界を熟知しているので一番頼りになる存在です。
飛ばされた時にアルカードはパーティーに入っていなかったのですが、私が飛ばされると分かるといつの間にか私の影の中に潜りこんでいたのです。
主のピンチよりも別の世界に行ける方がアルカードにとっては重要だったらしいのですが……まあ、どちらにしても手が出せないのですから仕方ないけど自由度の高い悪魔ですね。
結婚に飢えたアイリ先生も私のパーティーメンバーでしたから当然一緒です。
そしてこの平和な世界でアイリ先生の願望が暴走している訳です。
「い、いつから聞いていたのですか!?」
私の言葉を聞いて間抜けな事をアイリ先生が聞いてきましたが聞きたいのですか?
「処刑台の前で味の評価を聞いている時からですよ?」
「私が勇気を出してアルカード様に聞いている時からではないですか! それに処刑台とはなんなのですか!」
「だって、いまの会話ってよくドラマとかで2人っきりの時に言いそうなセリフですよね? なのにこの部屋にガルドがいるのに無謀な愛の告白もどきをしているから公開処刑みたいなものでしょ?」
「いつの間にガルドさんが居たのですか!?」
アホな子が部外者がいることにやっと気付いて、ソファーで寛いでいたガルドを見て声を掛けています。
「俺は最初から居たが、いつもの告白が始まったので気を利かせて静かにしていただけだ。まあ、俺は気が利く男だから気配も可能な限り消していたが、アルカードにはまったく意味がなかったがな」
「ガルドさん……いつものとはなんなのですか?」
「健気なあんたが必死にアルカードに愛を囁いている案件だ。アルカードに褒められる度に同じような事をしているんだが、何故か俺はその場にいつも居合わせているから聞いていないふりをしているんだ」
流石はガルドです。
アイリ先生の報われない愛をサポートしてくれるなんて素晴らしいですよ。
しかも気を利かせて気配を消しているとはね。
私だったら、からかうか冷やかすの二択なのに大人の対応ですよ。
「そ、それでは……私のアルカード様に対する秘密の想いを……」
「あれが秘密なのか? 普段の生活態度を見ていても恐ろしくわかり易いと思っていたのは俺だけなのか?」
毎日のように露骨な愛情表現もどきというか愛に飢えた獣みたいな行動をしているのに自覚がないとは、愛は盲目というのはこれを指すのでしょうか?
大体、私達が居るのにあんな恰好をしているのですが、この家の人以外が見たら痴女と思われても仕方がないんだけどね。
そんなことよりも遅い晩ご飯にしたいと思います。
「取り敢えず食事にしませんか? ライザさんも着替えたらすぐに来るはずですからね」
頭を抱えているアイリ先生に声を掛けながら、いつもの癖で尻尾を引っ張ってあげました。
「シノアさん! 私のアルカード様に対する愛の証である尻尾を引っ張るのは止めて下さい!」
何が愛の証ですか……自分の欲望に素直になって悪魔になった癖に。
要するにこれ以上老けたくないから今の自分の姿を維持する為にアルカードに頼んで悪魔にしてもらったのです。
アルカードは私の許可があれば叶えると言ったので、私は面白そうなので反対はしませんでした。
本人は気付いているのか知らないけど悪魔は完全に滅ぼされない限りは不滅なのですから、私が存在する限りは永遠のペットになってしまったのです。
人のままでしたらいずれは死んで解放されたのに、自ら私に一生着いて行く選択を選ぶなんて私は感動をしたぐらいです。
契約魔術は存在が滅しない限りは決して破れない恐ろしい契約なのです。
なので、あの世界では約束がとても重い契約なんですよね。
だから、エレーンさんと交わした契約をアスリアの使徒達は破れなかったのです。
ただ一人魔王ザインだけは例外でしたが……。
そんな事よりも私の可愛いペットを可愛がらなければいけません。
「私のペットとしての自覚が芽生えたから生やした尻尾の間違いではないのですか?」
「違います!!!」
「だって、妄想とかしている時に引っ張ると直ぐにご主人様に反応するから、便利な紐が付いたなーと思っている所です」
「便利な紐でもありません! それと毎回のように言っていますが、私の尻尾は感じやすいので気軽に触らないで下さい!」
「へぇー、これそんなに感じるのですか? じゃ、こうしたらどうなるの?」
毎度の事だけど、お約束の言葉を聞いたので尻尾を両手で掴んで優しくしごいてあげました。
すると変な声を出してその場に崩れてしまいましたね。
「お、お願いですから……止めて下さい……それ以上されると本当にまずいのです……お願いします……」
まあ、これ以上するとまた床の掃除が大変なことになるので止めておきましょう。
最初の頃は足元に水溜りが出来る事件もありました。
何回もしている内に私も加減を覚えましたから、いまはそこまでは滅多にしません。
「ちゃんと服を着て尻尾をしまっておかないからです。他の人に見られても良いのです? それにシズクの両親がいたら軽蔑の眼差しで見られますよ?」
私が尻尾から手を放すと尻尾を丸めて両手を後ろに回して隠しているというか押さえています。
顔が真っ赤というか、涙目で私に反論をしてきましたよ。
「普段はちゃんと着ています! シズクさんの御両親は本日から出張に出掛けましたのでしばらくはお戻りになりません! なので私の魅力的な体をアルカード様に見てもらおうと思ったのです! 昨日見ていた動画のお話ではこの姿で迫ると相手の男性が確実にその気になってそのまま愛の営みを……」
アホか。
それは作り話です。
しかも悪魔のアルカードにそんな常識が通用する筈もありません。
何の動画を見ていたのか知りませんが、この家には他に何人もいるのに、まさかとは思うけどアルカードが普通の人間でその気になっていたら、それこそ私達が情事の現場を目撃していたことになるんだけど、分っているのかな?
愛って恐ろしいな……。
「1つ言っておきますが、この家にはシズクのお父さんとガルドとクロさんとアルカードの4人の男性がいるのですから、その辺りは考えているのですか? まあ、アルカードはいいとして……」
「シズクさんの御両親がいるときには絶対にしません! 今晩はクロードさんも真由美さんと一緒というかシズクさんの御両親と一緒ですから大丈夫です! ガルドさんは人ではなく剣なので見られてもノーカウントです!」
「あっそう。じゃ、私達はいいのですか?」
「真由美さんとシズクさんとライザさんは気を利かせてくれるので、邪魔をしてくるのはシノアさんだけです!」
要するに私以外は察して席を外してくれると思いこんでいるみたいです。
そして真由美さんというのはシズクの本当のお姉さんです。
普段は私が以前に経営をしていた喫茶店の仕事をしています。
私が引き籠もってしまったので、お店の店長を任せています。
シズクが休日の時と学校が終わってからバイトをしているお店がこの喫茶店でもありますので、シズクの大事な課金資金のお店でもあります。
ライザさんに任せている宝石店のバイトでもいいのですが、見た目が中学生のままのシズクではちょっとね……。
そして真由美さんは最初の頃はアイリ先生と一緒にこの広い家の家事などをしてくれていましたし、いまもお休みの時に家にいる時はアイリ先生の手伝いというか面倒を見てくれる素晴らしい人です。
まあ、言ってればアイリ先生の先輩みたいな感じです
ちなみにクロさんはシズクのお姉さんの真由美さんの婚約者になっていますので、ゆくゆくはこの家の跡継ぎになる予定です。
ライザさんと違って中々言葉を習得出来なかったのですが、シズクのお姉さんの真由美さんに毎日面倒を見てもらっている内に仲良くなったのです。
精神修行の一環とかでこの家の剣術も習っていたし、この世界の人よりは十分な強さも持っていますからね。
シズクとしても後継者問題を押し付けられるので、クロさんがお兄さんになるのを反対もしなかったみたいです。
お姉さんの真由美さんはクロさんが別の世界の人という理由で構っている内になんか気に入ったみたいです。
クロさんはセリスに好意を寄せていましたが、その本人にまったく相手にされていなかったし、セリスは殆どこの家にいないのでようやく諦めた感じですね。
まあそんな事よりもアイリ先生の格好の方が問題なのですよ。
「アイちゃんの言い分は分かりましたが、明日からはちゃんと家政婦らしい服を着ることを推奨します。ドラマや動画の観過ぎなのはいいけど殆ど裸エプロンみたいな恰好をしているからですよ」
「裸ではありません! 流石にそこまではできなかったので下に水着を着ています!」
「水着ね……それ殆ど紐ですよね? アイちゃんはこの世界に来てから段々と痴女に近付いてきましたね」
「私は痴女ではありません! アルカード様に振り向いて貰う為の努力をしているのです! 大体シノアさんはいつもシズクさんのお古のジャージ姿なのにも問題があると思います! 引き籠もってゲームばかりしていないで、もう少し女の子らしくした方が良いと思います!」
「どうしてそこで私の服装の話をするのか知りませんが、この世界では自宅に引き籠もる時はこれが正装なのです。知らなかったのですか?」
単に私が気に入って愛用しているだけです。
私とシズクは体型に違いはないので、最初の頃はシズクの服を流用していたのです。
中でもシズクが学校で使っていたこのジャージという服が私の普段着として中々いいのです。
シズクが高校生になった時に中学の服はついでに全て貰いましたので、たまにシズクの中学時代の制服姿の時もありますから、ずっとではありませんからね。
「そんな正装はありません! 私だってこの世界の常識はある程度学びましたので、今更シノアさんの嘘に騙されたりはしません!」
最初の頃は散々騙してからかっていたのですが、流石に5年近くもこの世界に住んでいるのですから、余計な知恵が付きました。
「まったく昼間に仕事をさぼっている時にドラマや動画ばかり見ているから不要な知識まで覚えましたね」
「私はさぼったりなんてしていません! ちゃんとこの家の家政婦さんの仕事をこなしています! この家は結構広いお屋敷なので掃除だって私1人でするのは大変なのです! それとどうして私が昼間に休憩を兼ねてドラマなどを見ているのを知っているのですか?」
そんなのは当然です。
私はこの家の自宅警備員も兼ねているのですから、アルカード程ではありませんが見張っているのですよ?
なので実はこの家の至る所に隠しカメラが仕込んであるのです。
私の防犯システムは完璧なのです!
「私は部屋に籠もっていますが、この家のあちこちにカメラが仕込んであって、私の部屋で一括管理をしているのです」
「どこにそんな物が……私は掃除をしていますがそんな物は見たことがないのですが……」
監視カメラをわかり易く設置したら、泥棒に入られたりしたときに丸わかりではありませんか。
本来は防犯の為に見える所に設置するのですが、私はその泥棒さんのご来店を期待しているのです。
私は意外と富裕層に知名度があるし、その私がシズクの実家である桂昌院家に在宅していることは周知の事実です。
もはや没落確実と言われていた桂昌院家が全盛期以上に復活したのは有名になっています。
私が経営している事業も全て桂昌院グループを筆頭にしていますので、買収されたゲーム会社なんかも全てこちらです。
なので、管理する人材は桂昌院家の身内から登用をしたから、私はこの世界でもシズクの恩人なのです。
おまけに私が高額な宝石や貴金属を自宅に保管しているとの噂になっているので、頻繁に変な人が現れます。
そう言うことなので、この家には地味に不法侵入者の類が来るので地味に役に立っています。
ついでに……。
「アイちゃん程度にわかる設置はしていません。ついでに私からも警告します。たまに激しくある行為に耽っていますが、声は控えめにして下さい。私がゲームに集中できないので煩いんですよねー」
ナニとは言いませんが、部屋を防音仕様にして欲しいなんて言うから全角度から撮影ができるカメラも設置しておきました。
これで部屋で何をしているかは全て分かります
「!? せっかく音が漏れない部屋にしたのに意味がありません! そんな事よりもなぜ私の部屋にも設置しているのですか!」
「私の大事なペットの監視はご主人様の義務なので当然です。ついでに動画も録画してあります。観たいのでしたら、録画データーの一部を私のスマホにコピーがしてありますから、そこのテレビに出しましょうか?」
「止めて下さい! それとその録画データーは全て消して下さい!」
「ええー、この数年間のデーターなので隠し撮り動画で販売ができるぐらいにあるので勿体ないですよ? 深夜にその手の動画を見て真似ているものもあるので面白いから消すなんて問題外です」
「私のそんな動画まで撮っているなんて酷すぎます!」
「何でもいいからそろそろご飯にして下さい。いい加減に飽きたので前座の漫才は終了です。これ以上騒ぐと目線だけ修正してネットに流すかもしれませんねー」
「シノアさんは鬼ですか! そんなものがネットに流出したら私のこの世界での人生が終わってしまいます!」
「だから、アイちゃんはこの世界でも既に詰んでいるのですよ? そんな事よりも早くご飯をよそって下さい。冷めない鍋だから長々と付き合っていましたが、今度は逆に煮詰まって味が沁み込み過ぎますよ?」
「うぅ……わかりました! 早く食事を終えて部屋にさっさといって下さい! 片づけをしたら私の部屋をしっかりと調べないといけません……」
改装した時に吸音壁の処理の時に壁の中に隠蔽していますから、壁をぶっ壊さないとわかりません。
先ほどの私の提案を許可して映像を見れば角度からどの辺りに仕込んであるかは気付けたのに拒否するからヒントもありません。
他に調べる方法はあるんだけど専門家でもないアイリ先生に発見する事は不可能かと思います。
まあ、録画データーは古い物から上書きされてしまうから過去のデーターなんて無いのですけど、そんなことも知らないだろうしね。
それよりも今晩は味噌鍋だったみたいですが……私とアイリ先生の不毛なやり取りの所為で気が付けば鍋に具がないよ!
気付けば既にライザさんも席に座ってみんな黙々と食事をしているというか終わりに近いよ!
具が無い鍋とか……私はご飯に汁だけ掛けて食べろということなのでしょうか?
年代物の土鍋なので通常よりもとても良い味が沁み込んでいるのですが……アイリ先生のお蔭で私の今晩の食事は雑炊です。
食に満たされた世界なのにおかしいな……。




