219 北方の侵略者
大きな大会とか聞いていたから報酬は高額だと思ったのに……どうして戦い大好きな人は戦うだけで満足するのですか!
明日の生活を得る為にもお金は必須です!
はぁ……なんかもう疲れたよ。
「賞金という報酬が無いのでしたら私はもう帰りますね。あっ、表彰とかするのでしたらシズクだけ置いていきますので安心して下さい」
「お前はこの状況で帰れると思っているのか?」
「えっ!?」
「ジェレミアの方からお前が上で何をしていたのかは聞かせてもらったぞ。しかも現在も残っているお前の関係者が派手に暴れたそうだな?」
あれ?
確か戦う前に1人殺しちゃったと言った時は不問にしてくれると言った筈ですよね?
そうなると、私はここに来た為にグランさんにあしらわれていた可哀想な乙女のはずです。
得意の魔術が跳ね返されるから戦力外だし、誰かさん達と違って傷の1つも付けられないでシズクの為に我が身を犠牲にしただけです。
誰も言ってくれないから心で思っておきますが、私って不幸な美少女さんですよ。
それにしても先ほどジェレミアさんは何も教えてくれないとか言っていたのに……しっかりと上の特等席での出来事は、私とアルカードが繋がっているように、念話で教えてもらっているみたいです。
アルカードに状況を念話で聞くと、現在もジェレミアさんの相手を継続しているみたいです。
ここにジェレミアさんがこないようにそのまま足止めをお願いしておきました。
上で暴れていたのはガルドとアルカードの筈なので、このまま適当に誤魔化して私は無関係を貫きたいと思います。
「私には何の事だかさっぱりわかりません? 第一にあそこにいた私とセリスは、ここにいるから知りませんよ?」
「お前は動揺もしないし、表情一つ変えずに平気で嘘を吐くな? どこぞの口が上手い商人の方が似合っているので、やはりお前は乙女とは程遠い存在だな」
また否定されたよ!
知らないふりをしていて、乙女の定義みたいなこともちゃんと理解しているじゃん!
脳筋だと思っていたのに、地味に知識があるとみました!
何も得られないのでしたら、何とか逃げ出す算段を考えますか。
「それでどうしたいのですか?」
「ふむ、そうだな……」
グランさんが考え込んでいると、会場の端で控えていた人達の方が慌ただしいですね?
伝令らしき人が、あそこにいる確か私のお店で会計専門の付き添いだったラヴェルさん達と話をしていると思ったら、こちらに来ますよ。
「グラント様、申し訳ありませんが緊急の案件が御座います」
いつも仕方がないといった感じで支払いをしているラヴェルさんがグランさんに跪いて意見具申をしているみたいですね。
「何があったのか?」
「それは……」
国の部外者である私がいるから聞かせられないのでしょうね。
ちょうど良いので、これ幸いと退散を致しましょう!
「あー、私がいるとまずいみたいなのでこの辺りで……」
「構わん申せ」
うん、だめかー。
「それでは申し上げます。北の国境の砦がロードザインの軍勢の襲撃を受けているとの連絡がありました。現在防戦中との事ですが戦況は芳しくありません」
なんと北の帝国が侵攻してきたようです!
不戦協定とかあったと思ったけど?
取り敢えず状況を知る為にこのまま大人しく聞いていましょう。
「ザインの奴は、これまで一向に動かなかったのになぜ今になって動いたのだ?」
「それよりも不戦の誓約があるので攻めてこれないはずですが、あの化け物を敵に回すつもりなのでしょうか?」
「奴は誓約を交わしていないのかもしれんな」
「そのような事は初耳なのです」
「あの誓約は当時争っていた国の象徴と交わしたに過ぎない。あ奴はエレーンが力を付け始めた頃からどの国とも争わずに自国の防衛に徹していた。もっとも奴の国に戦いを挑むにはわしら単体の国では不利だからな」
「では……」
「ザインの奴は誓約魔術に縛られていないという事だ。あの魔術で約束をすれば如何にわしらといえど破ることはできない。アスリア様が定めた心理が働いている内はな。して国境の守備部隊はどのくらい持ちそうなのだ?」
「各砦はなんとか持ちこたえているとの事ですが、中央の砦は壊滅したとの報告が入っています。煉獄の悪魔と呼ばれているバールゼフォンが手を貸しています」
「あいつか……あれが相手では戦えなどとは言えんな。ジェレミアの眷属はどうした? 念話で話しかけているのだが返事が帰ってこないのだ。他国に攻められた時は好きにしても良いといってあるのだが」
「他の砦は国境の砦が攻められた時にジェレミア様の眷属が目覚めたお蔭で被害は最小限に抑えられたのですが中央の砦に関しては一緒に消されています。突破した部隊はそのままこちらの王都の方に向かっているとの知らせです」
「まあ、相性が悪いから本体でないとまともに戦えんだろうな。シノアよ、お前の悪魔に戦う事を止めてこちらに来るように頼めんか?」
なんだか劣勢みたいです。
どうもあちらの高位悪魔が攻めてきているので、ジェレミアさんが直接戦わないと話にならないみたいです。
きっと私がアルカードに足止めを依頼しているから出向けないのだと思いますが、グランさんも知っている悪魔なので恐らくはアルカードと同じ古の悪魔なのでしょう。
まあ、実力の方も同格だと思います。
そういう事でしたら、足止めしなくてもあっちに行ってくれるので足止めは不要なのでアルカードを呼びましょう。
ですがその前に……。
「グランさんの要望はわかりました。だけど代わりにアルカード達の件を不問にする事を条件としたいのですが宜しいですか?」
困っているのは分かりますが後々の為に貸し借りは無しにしておかないとね!
あのまま話を続けていたら、私に不利な貸しでも約束させてくるかと思ったからね。
「致し方がない。お前の要求を呑むことにする」
「言質を取りましたからね! では、ちょっとお待ちください」
(もしもしアルカードさん、戦闘を止めてこちらにこれますか?)
(構いません。状況はジェレミアから聞きましたので、ジェレミアの方も停戦を求めています。後はシノア様のお言葉を待っていた所です)
(それでは、こちらに来て下さい。何かがあった時にアルカードが側にいると安心ができますからね)
(畏まりました。直ぐに向かいます)
そう返事をすると直ぐに私の背後に転移をしてきました。
ついでにクロさんとアイリ先生とガルドも一緒です。
グランさんの方には地面からジェレミアさんが現れたけど、あれも転移とかなのかな?
もしくはこの国限定でどこにでも現れる事ができるのかもしれませんね。
「旧友と遊んでいる所を悪いがバールゼフォンの相手をして欲しい。あいつが相手では殆どの者は焼き殺されて話にならん」
「分かっているわ。貴方達がもう少し時間を掛けてくれれば、あいつの影の陣地が削れそうだったのに残念だわ。あの騒がしい娘を人質に取れば話ができると思っていたのに……」
アルカードが押されかけているのかな?
レベルは同じだけど何か違うのかな?
私がちょっと疑問に思った所でアルカードからの念話がきましたよ。
(少々危ういところでしたが、丁度良い時に奴が攻めてきたのは幸いでしたぞ)
(もしかして、アルカードが不利だったのですか?)
(残念ながら、貯め込んでいた魂を使って数で押してきたのです。私と違って現存している悪魔の中ではかなり魂を貯め込んでいるかと思いますぞ)
(魂を使うってどうするの?)
(我らは魂を力や能力に変換する事が可能ですぞ。質の高い魂はより多くの力とする事ができますので、闇雲に手に入れるだけでは意味はありません。質を考慮するのであれば時を経た魂を最も欲します。若くても恐ろしく欲望の高い魂は時間に匹敵しますぞ)
(それだったら、他の悪魔だって条件は同じだから時間の差はないと思いますが?)
(私は今以上にそれほど力に興味がないのですが、少なくともジェレミアは暴食と呼ばれるほどに力を蓄えておるのです)
要するに暴飲暴食の塊とでも思っておきましょう。
同じ実力と思っていたのですがアルカードは現在の力に満足しているので数の暴力とかには不利みたいですね。
騒がしい娘とはアイリ先生の事だと思いますが、私としてもアイリ先生が人質に取られたら……多分ですが、要求を呑んでしまいそうです。
北の国の悪魔さん様様ですね。
「いまも引き連れてきているザインの使徒の部隊と一緒にこちらに向かってきている。現在待機しているクライブの部隊を連れて向かって欲しい」
「いらないわ。いまも私の眷属で邪魔をしているわよ? 私の食べ残しが欲しければ急いで向かわせることね」
「ならば良いがお前の眷属が減るだけだぞ?」
「この下らない平和の間に私がどれだけの数を増やしたと思っているの? 久しぶりに本来の契約通りに魂が食べられるのだから私は攻めて来るのは歓迎だわ。ゼフォンに片っ端から焼かれて消滅しているのが面白くないけど、あの時とは違って貯め込んだ私の力で押し切って見せるわ」
「部隊は向かわせるが、奴の相手だけは任せるぞ」
「前回は押し負けたけど、今回は逆に喰い尽くすつもりよ。それじゃ、私も行くけどその子を逃がしては駄目よ」
そう言うとジェレミアさんは地中に沈んで行きましたが……あれで国の好きな所に移動ができるのかな?
転移魔術みたいに消えないけど、あれはあれで便利そうですね。
私が感心していると、グランさんの目がこちらに向いたのですが、ジェレミアさんが捕まえておけとか言い残していったから何か言ってきそうですね。
私がちょっと警戒をした所で試合会場全体にもの凄い負荷が掛かりました!?
アルカードだけは立っていますが、私を含めて全員が地面に押し潰されています!
これは範囲重力魔術です!
私の捨て身の攻撃でやっと動きを止めたグランさんまでもが膝を突いてなんとか耐えているのです。
グランさんが頭上を見上げるので何とか頭を横にして上を見上げると誰か浮いています?
見た感じは漆黒のマントを羽織った好青年といった感じですが、下にいる者達を見る目に私は何故か恐怖を感じます!?
私は今までに何かが怖いと思ったことはないのですが、何故だか体が覚えているような気がするのです。
そして同時にあの人をよく知っている気がします。
私の頭の中でノアの舌打ちが聞こえますが……取り敢えずはかなりやばい予感がしますよ。




