208 強さの一端
突然の勧誘話のお蔭で集中が途切れてしまいましたが、改めて対峙すると斬り込む隙というものがありません。
先ほどはあちらも私を試していた節がありましたので、私もどのように対処をするのか知る為に斬り込めたのですが……私を納得させる為に実力差を見せることにしたのだと思います。
しかし私の居合抜きが獣王グラントに通じるのでしょうか?
先程ゲンゾウさんも使っていたと言っていたので、恐らく見切られてしまう可能性が高いと思います。
先ほどの攻撃でも私は決して手を抜いてはいません。
あのまま片腕を斬り落とすつもりで斬り込んだのです。
欲を言えば返す刀で体の方にも傷を負わせればと思っていました。
ですが結果は私の剣筋は読まれて刀を手の平で強引に叩くなどという行動で私の攻撃を抑え込むと同時に蹴り飛ばすなどという動作ができるとは予想外でした。
これは私の強化された速度を上回っている証拠です。
とっさに私が常に全身に纏っている『エア・アーマー』の魔法を蹴りを受ける側面に集中したのですが、あれ程の威力です。
獣王グラントの攻撃に反応ができていなければあの程度では済まなかったのですが、防御に専念すれば次はまともに受けたりはしません。
なので私が現状で最速で攻撃ができる居合抜きで挑もうと考えたのですが……何を私は弱気になっているのですか!
セリスお姉ちゃんに負けてから強敵と戦って勝った気がしないのが原因です。
先の試合でゲンゾウさんに勝ったのにこうなっていたら私が負けていたなどと考えてしまうのがいけないのです。
獣王グラントの手の内を見る為に挑んでいるのです!
いまはどのタイミングで斬り込むかですが……相手はこちらをずっと見たまま構えています。
どれくらいの時間が経ったのか分かりませんが背後で何か割れる音がした時に獣王グラントの視線が私の背後に一瞬だけ向いた瞬間に斬り込みました!
いつものように必殺技の名前を言わずに無言の動作で斬り込みましたが……何か硬い物に当たったかと思うと私の持っている刀の刀身が折れています!?
「まさかお姉様の自信作のムラマサが折れるなんて!」
「娘よ、わしの時は無言なのか?」
獣王グラントに指摘されましたが、ゲンゾウさんにも警告されたので、かっこよく必殺技の名前を言うのを今回は止めて確実に当てることだけを選んだのです。
視線を移動なんてさせるから狙いは首にしたのですが遅れて反応をしたのに獣王グラントの腕が邪魔をしてガードされましたがそのまま斬るつもりだったのに私の刀が腕でガードしただけで折れてしまったのです。
よく見れば獣王グラントがガードに使った腕から大量の毛が生えていますがまるで部分的に獣化した感じです。
もしかしたら、名前通りに獣王グラントも何かの獣の姿に変化できるのかと予測しますが私の刀を折った体毛で全身を覆ってしまったら、並の武器では傷も付けられないのかもしれません。
鞘に戻った刀は折れていますので武器を二刀の小太刀に切り替えてそのまま獣王に斬りかかりますが今度は深く斬り込まずに素早い連続攻撃で攻撃すると躱すか腕で弾く行動をしています。
今回は足にも警戒をしていますので、相手の攻撃をしっかりと見てこちらも対応するとゲンゾウさんの攻撃に比べれば何とか回避はできています。
こちらもダメージらしきものがまったく与えられませんがこれなら打撃を受けなければ何とかなりそうです。
ですが、受けてしまえば私の防御力では一撃であの状態になってしまうのですから、先ほどから『ヘキサグラム・シールド』を盾として作り出して躱し切れない攻撃はマナの盾を緩衝材代わりにして小太刀で受けています。
1枚では大して意味がないのですが、2枚重ねれば重い攻撃を受けた感じで済みます。
3枚重ねて普通に剣で打ち合っている重さになります。
そして、獣王グラントの拳は私の刀を打撃で受けれる強度があることです。
これは私の刀をへし折った腕といい刀を打撃で受ける拳なので足の方も同じなのかと予測します。
そうなると体のどこに攻撃が通るかになりますが……思い付くのは眼ぐらいです。
眼と言えば、もしかすると初手の攻撃を読んだのは獣王グラントの勘なのかもしくは『天眼』のような能力をもっていたのかもしれません。
このまま戦いを長引かせる事は可能ですが、この状態を続けるには私のマナが足りません。
あちらは私の攻撃を受けながら余裕の表情なのでこのままでは決め手に欠けてしまいます。
先程ゲンゾウさんとの戦いで見せてしまった分身攻撃が何となく通用しそうな気がするのですが何かが私に警告してきます。
ですが、このままでは小競り合いだけでマナの回復が追いつかないので勝負に出るしかありません。
ダンジョンなどでパーティーを組んでいるのでしたら、セリスお姉ちゃんという最高の後衛がいるので支援と回復を考える必要はありません。
盾役として前面に立ってくれているエルナお姉ちゃんがいれば私は遊撃のアタッカーとして効率的に戦うことができます。
中堅で前衛と後衛ができるお姉様と狙撃手とカミラお姉ちゃん。
地味ながらも魔術による範囲攻撃で敵の数を減らしていくキャロお姉ちゃん。
バランス的には後衛よりなのですが、いざとなればキャロお姉ちゃん以外は接近戦もできる強みのあるパーティーです。
いま対峙している獣王グラントにこの6人で挑めば十分に勝機はあると思います。
特にエルナお姉ちゃんがお姉様の眷属になれば獣王グラントの攻撃も耐えられると思います。
今は私1人なので過程の話をしても仕方ありません。
私の折られた刀が通じないのですからマナで作り出した剣も恐らくは通じないと思うのですが、駄目元で試してみます!
「我を守りし星の結界よ 我が剣と盾と成せ ヘキサグラム・シールド!」
獣王グラントの正面からの打撃で最後の3枚を緩衝材にして破壊されて後方に飛ぶと同時に今度は6本のマナ剣の形で作り出しました。
そして、即座に地を蹴り攻撃を仕掛けます!
「秘剣! 舞姫!」
無言で実行するつもりでしたが、やはり自分で考えた技の名前を言った方が私には性に合っています。
マナの剣は折れてしまったムラマサと同じ形状をしていますが本体の私が2刀の小太刀なので残像で分身しているように見えますが本体は丸わかりです。
私の攻撃が通じないのは承知していますが、狙うは獣王グラントの目です。
ここだけは鍛えることはできないのですから、小太刀でも突き刺すぐらいは可能と信じます。
そして、私の攻撃に大して獣王グラントは何故か残念な表情をしています。
どういう意味なのでしょうか?
「娘よ、それは悪手だな」
言っている事の意味がわかりませんがマナの刀に対してまったく動じない獣王グラントにマナの刀が触れるとマナの剣に変化して私に向かってきます!?
とっさに届いていないマナの刀を盾に変化させましたが、既に4本はこちらに向かってきている状況だったので、2つは相殺しましたが残りの2本は私の両足を貫いてそのまま地面に縫い付けています!
これは一体!?
「娘よ、残念だったな。わしとしては純粋な戦いがしたかったのだがな」
「くっ……私の足に刺さっている剣の制御ができません! 一体何をしたのですか!」
「わしに攻撃魔術は利かぬぞ?」
「それは……魔術無効でも持っているのですか?」
「わしはな、攻撃魔術に関してだけは跳ね返す能力があるのだ」
「そんな能力があるのですか!?」
「だから、わしを殺すには武術による戦いでしか倒すことはできん。わしに攻撃魔術を使用すると相手に跳ね返すかお前が作り出した剣などは逆に操ることができるのだ」
この国の人達が派手な魔術による戦いよりも接近戦に偏っていたのは獣王グラントを参考にしていたからなのでしょうか?
これはお姉様のような魔術で戦おうとする者にとっては天敵とも言える存在です。
受けた魔法をそのまま相手に返すなんて個人能力で反射ができるのは詐欺過ぎます!
「だから、武力押しの魔王と言われていたのですか……」
「ん? 世間ではそのように言われているが、わしは単に魔術が使えんだけだぞ。ただし、ある程度の魔術は習得だけはしておるので跳ね返すことができるのは習得している魔術に限定されておる」
それでも習得している魔法だけは反射ができることになりますが、何が通用するのかを確かめるのに高威力の魔法を使うのは危険過ぎます。
これは魔導士が戦いを挑めば自滅するのが確定です。
だからと言って、接近戦を挑めば私の攻撃が通じない程の防御力を誇るのですから、どれ程の威力が必要なのですか?
魔法と併用することで能力を高めている私には悔しいのですが現状の私では手傷すら負わせられないことになります。
ですが、今回はここまで分れば次に戦う事があれば何らかの対抗策を考える時間はできます。
残念ですが動きを止められているこの状況が引き際と考えます。
ここで終わりにしておけば死んで消滅する所は見られないしマナが尽きて行動不能になる所も知られなくて済みます。
「無念ですが私の負けを認めます」
「もう良いのか? お前はまだ戦える力が残っておるとみえるが?」
「そうしたいのですが、私の攻撃は通じないし自慢の足もマナの剣に貫かれて地面に拘束されている状態なので貴方がその気なら今まともな一撃を貰えば私は死んでいます」
「そうなのだがわしとしてはまだ終わってしまうのは困るな」
そう言うと足に刺さっているマナの剣が微妙に揺れ動くので刺された傷口がすごく痛いです!
思わず声を上げて何とか刺さっているマナの剣を破壊しようと小太刀で斬りつけたのですが弾かれるだけです。
私の作り出した時よりも強度が上がっています!
「何をするのですか! 私は負けを認めているのですから、これ以上の事は王として相応しくない行動と思います!」
「お前の言う事はもっともだが、お蔭でお前の姉がその気になったぞ」
私が叫び声を上げた時に背後でまた何か割れる音がしたと思いましたが頭だけ後ろを振り返れば突き出した観客席から、お姉様が翼を出してこちらに向かってきています!
「あの娘は天魔族でもあったのか。なるほど、あの一族ならわしを倒せる可能性はあるな」
「お姉様どうして……」
「わしは目が良くてな、この距離でもお前が傷を負ったりすると観客席のシノアの奴がかなり動揺しておったのが見えていたのだ。ゲンゾウに斬られた時からあの娘はガラスにへばり付いておったから余程お前の事が心配だったのであろう」
これは試合なのですから見ていればいいのですが……何だかんだと言いながら私の事を心配してくれているのはとても嬉しいです。
ですが……私が不甲斐ない為に滅びたはずの一族が存在することが獣王グラントどころか観客にも知られることになりました。
しかし、天魔族は死んだ同族の英霊の魂を多く保持していないと個の戦力としては真価を発揮しません。
現状ではサテラさんとステラさんしかいませんが、その2人も仮初の体で顕現していますので呼ぶこともできません。
あの2人を英霊として召喚ができればマナの供給さえ途切れなければ攻守は万全とも言えます。
「では、お前の姉とも一戦交えるとするが今度は姉妹で協力して掛かって来てもよいぞ」
そう言うと私を拘束していたマナの剣が消滅しました。
全力で治癒をしていますが骨を切断されいたので私には治癒に時間が掛かります。
早く治さないと立つこともできませんがお姉様に念話で魔法が通じない事を知らせたいのですが、お姉様は上空から攻撃するつもりなのか私と距離が開いているので私の声が届きません。
私も飛ぶことができれば距離を縮めれるのですが、私がお姉様に近付くには魔法で足場を作るしかありませんがこの足では……。
上空のお姉様が何かを唱えているのは分かりましたが強力な魔法で無い事を祈るばかりです。




