200 受けて立ちますよ?
「中々良く見える場所ですね。何となく偉い様になった気分ですよ」
「そうだろう。最上段でこの場所だけが突き出しているので、会場全体も見渡せるぞ」
「おまけに正面のガラスの一部だけが拡大して映し出されているなんてどんな仕組みなんですか?」
「わしもよく知らんが聖魔術を使った光の屈折を利用していると聞いているが、わしには不要なので来客用だな」
「聖魔術の光の屈折……何となく私には理解ができましたよ」
「ほぅ? お前は聖魔術も使えるのか? もしくはお前の背後に控えておる娘も可能なのか?」
「私に聖魔術の才能なんて欠片しかありません。セリスは確か使えないけど、アホな知り合いが意外と上手く使っていたのを思い出したのです」
「あの魔法は制御がしきれないと正確に映せないのでアホでは無理と聞くぞ」
「グランさんの口からアホとか聞けるとは来た甲斐がありましたよ」
私の隣にいるのはグランさんこと獣王グラントです。
ジェレミアさんが連れてきてくれた見晴らしの良い転移先とは、獣王グラント専用の特等席ですよ。
地味に広い室内に豪華なお部屋です。
そして、周りには当たり前のように側近がいっぱい……アホか!
いきなり魔王の側近が勢ぞろいしている室内に連れて来られたよ!
古参の使徒の顔が見れればいいと思ったけど、いすぎです!
戦闘方面に偏った獣人の使徒が何人か居るけど全員私よりレベルが上じゃん!
現在、この室内には私とセリスとここに連れてきてくれたジェレミアさん。
そしていつもと違うちょっと立派な服装をしているグランさん。
その隣に立っているのは以前に見た魔導士らしきおじ様。
左右の壁側には側近と思われる使徒が5人と4人づついます。
数が半端なのは私達が転移して来た時にひと騒動があったので、減ってしまったのです。
私が原因みたいなものなので、申し訳ないと……思っていませんが、お蔭でジェレミアさんの実力が見れたので知らない人だったけどご冥福を祈ります。
だけど、魂を喰われていたら……次の来世ってあるのかな?
取り敢えず何があったのかというと……。
「着いたわよ」
「ここが見晴らしの良い場所ですか……気のせいでしょうか? 私の前に大ぐらいの常連さんがいますよ……」
「よく来たな娘よ。必ず来ると思っていたから待っていたぞ」
私の目の前になんか偉そうな格好をしたグランさんがいます。
いや、この国の魔王なんだから偉い様なのは当たり前ですが、お店に来た時と同じ感覚で話しかけてもいいのですか?
完全に無意味なのですが「実は余が獣王グラントだ」とか言って正体を暴露とかが定番なのかと思っていました。
結局これが地だったのですね。
そして問題なのは大きなマナに完全に囲まれています!
見渡せば長椅子に座っているグランさんとその椅子の横に立っているいつぞやの魔導士の恰好をしたおじ様と私と同じか上のマナを持っている人が5人づつ左右にいるんだけど長椅子が立派な椅子だったら、ここは玉座か謁見の間ですか?
ちょっと状況的に詰んでいる感じがするんだけど、もしかして私は嵌められたとか?
まったく平然としているアルカードはともかくクロさんとアイリ先生がいるのですから、これ戦いになったら逃げ切れるかな……。
しかもセリスは転移して到着すると直ぐに周りを見渡して状況把握をしたのかと思ったら、何人かに対して冷たい目で睨んでいます……理由は分かりますがいきなりそんな態度を取ったら目を付けられるよ。
ここは代表として、私だけでも挨拶をしておきましょう。
確かお茶会でエルナがこんな感じで挨拶をしていたはずですから、真似をしてみました。
ウェイトレス姿のままだけど両手でスカートの両端を摘んでこんな感じだったかな?
「えっーと……本日はお招きいただきありがとうございます。ジェレミアさんが試合が観易い場所に連れてってくれるというので来たのですが……」
軽く頭を下げつつも片目は開けてグランさんの方をチラ見していますが……。
「うむ。お前は必ず来ると思っていたので、行くと言い出したらジェレミアにここに連れて来るように頼んでおいたのだ。ここは試合会場が一番よく見えるのでわしと一緒に観戦しょうではないか」
私が珍しく女の子らしい挨拶をしたのにいつもと変わりません。
少しぐらいはそんな仕草もできるのかと言ってくれても良かったのですが……あの認識では駄目でしたね。
今更なのですが確認はしておきましょう。
「いや……今更なのですが、グランさんってこの国の一番偉い様ですよね? というか獣王グラントですよね?」
「そうだが、気にする必要は無いぞ? お前はまだこの国の者ではないからな」
一応ですが、国民になる予定はありませんからね?
アルカードから、ジェレミアさんの事を聞いているから、尚更なりたくありません。
それにしても国のトップが友達感覚で部屋に呼ばないでほしいんだけどね……。
「おい、無礼な小娘。王の御前である。跪いていま発した無礼な言葉を謝罪しろ」
「はぁ……」
「なんだその返事は。不敬罪で始末してやってもいいんだぞ」
私よりも少しマナの大きい見た目が若そうなお兄さんが私に文句を言ってきました。
この国の者でもないし従っているわけでもないのに嫌だな……私1人だったら、今すぐにこのお兄さんを殺している所です。
私の態度が気に入らないのかちょっと私に対して殺意に近いものを向けてくれたお蔭で、私はこの人を敵と認識しました。
ノアなんて、「んー、うざいから殺そう!」とか言ってきましたよ。
私も同意したいところなんですが、クロさん達がいるからここは我慢です。
ですが、そんな事を言われて従うシノアちゃんではありません!
「お兄さんの言っていることが分らないのですが、私は偉そうな人に頭を下げるのが大っ嫌いなんです。言われて従うぐらいでした、死んだ方がましです」
しかし、私の口は逆らいつつも我慢するつもりが正直に暴露してしまいました!
私の心がこの人を殺したいと思い始めているのも原因なのか逆に煽ってしまいましたね。
「小娘が……死にたいようだな」
剣に手を掛けましたがやる気になってしまいましたね。
私は思うのですが、貴方こそ王様の御前でそんな事をしても良いのですか?
相手の能力を見てみるとレベルは上ですが魔術がそこそこ使える戦士のようです。
このぐらいの差でしたら、私を小娘と舐めている初見なら負ける気はしません。
ただ……この人を倒しても他の人が黙っていなかったら、私の敗北は確実です。
戦ってしまえば私の実力が見られてしまうのですから、油断などしてくれませんからね。
この場にいる全員を倒すのでしたら、私を侮っている最初の内に私の最大の魔法で勝負を賭けるべきです。
そうすれば全員は無理でも何人かは倒せます。
だけど、その前にグランさんにこいつだけと戦ってもいいかの許可でももらいますか。
グランさんとジェレミアさんを倒せる気はしませんが他の者達なら、こいつだけを殺すふりをして他の使徒を巻き込んでしまうの仕方がありません。
角度を調整すればこいつと片側に並んでいる奴らなら私が使う魔法に対する対抗手段がなければ同時に消せるはずです。
私の考えを読み取ったノアからは応援の声援が聞こえます。
失敗したら、後は任せるんだからお願いしますからね?
「グランさん、この変なお兄さんが理解不能な事を言っていますが、戦っても宜しいですか?」
「ほぅ? お前が戦いたいのなら構わんぞ?」
うん、許可がでました!
「一応聞いておきますが、私が殺してしまっても責めないで下さいよ?」
「この国では己の実力が物を言うぞ。生死に関しては相手の実力が分らない者は殺されても仕方がない。まあ、運良く体が残っていれば蘇生もできるので、この程度で問題にする事はないので好きにするが良い」
はい、言質取りました!
どうせ戦うのでしたら、私の今の実力を見せてあげます!
ウェイトレスなのに私は腰に剣なんて帯剣しているから、剣の心得でもあると勘違いしている内に私の魔法で消し飛ばしてやります!
こいつと同じ列に並んでいた神官らしき服装の男性がグランさんに呼ばれて隣に行ってしまいましたから、あの人は蘇生魔法が使えるのかもしれません。
ならば、狙うとしたらもう片側に5人いる奴らを巻き添えにすれば運が良ければ6人の使徒が始末できます。
この距離で発動と同時に確実に6人を範囲に入れれる範囲魔法は『クリムゾン・フレア』です。
私が使える火魔術最大の魔法でもありますがマナの消費が半端無いので乱発できないのが欠点なのです。
しかも威力がレベル依存だから、私のレベルがどれだけ上がっても3発ぐらいしか使えないというマナ喰い虫の魔法なのです。
3回も使用したら私が行動不能になるので、実際は2回しか使えませんし詠唱込みだと実質1回しか使えない超燃費が悪い魔法なので滅多に使えません。
これを使うぐらいなら他の魔法を使う方が効率的なのですが、今の状況で格上の奴らを確実に何人か消すのなら悪くない手だと判断しました。
1対1なので私には前衛がいない状況なのですから、開始と同時に詠唱込みで放つまでに相手に接近されない為にも少しだけ時間稼ぎが必要ですが、初見なら私の槍術でも意表を突けるはずです。
私が左利きと思わせる為にも剣は右側に帯剣していますので、左手で柄でも触っていれば剣で戦おうと考える筈です
あいつが接近して来たら、右手を差し出して槍の間合いギリギリで戦斧を出現させればとっさに回避行動を取るか剣で弾こうと考えると予測します。
その前に足元に障害物でも作ってあげますので、こけるか躓いてくれたらラッキーです。
「では、私が叩きのめして床でも舐めさせてあげますので、掛かってきて下さい!」
私が笑顔で挑発の台詞を言うと、あからさまに私に殺意が芽生えて怒っていますよ。
ここまで思われちゃうと私には躊躇いなんてありません!
「平民風情の小娘が……我が王の客人だが生かしておかん!」
私が奴の足元に悪戯をしょうとした時に背後から、ジェレミアさんの声が掛かりました。
いい具合に私がその気になってきたのに何ですか?
「ちょっと貴方。私が招待した客人を殺すつもりなのかしら?」
ジェレミアさんが私を助けようとしているみたいです?
だけど、表情は自分の行動に対する不満ではなく喜んでいる感じです。
まるでこの状況を歓迎しているようなのです。
「しかし、ジェレミア様。その小娘は我らが王に対して不敬を働いております。そして武人である私を侮辱したどころか戦いを挑んでおります。このような躾のなっていない者には実力で分からせるべきなのです」
「あらそう。私が招いた客に問題があると言いたいわけね? それは私に対して逆らったことになるのだけど分っているのかしら?」
「いえ、ジェレミア様に逆らっている訳ではありません。我が王から許可を得ておりますので……」
「グラント、これ始末するわよ?」
その言葉と同時にジェレミアさんの足元から突然に伸びた大きな触手に抵抗をする間もなく頭を喰いちぎられています!?
その場には剣に手を掛けたままの首なし死体だけが残りましたが、追加で無数の触手が伸びたと思ったら、ものの数分で跡形もなく食べられてしまいましたよ!
砂漠地帯のサンドワームの小型版みたいなものですが、こっちは私が何とか目視できる速さです。
シズクの悪夢の修行のお蔭で動きを捉えることができたけど……あんなに手数があると接近戦で勝てる気がしません。
「おい、許可を取る前に殺すな」
目の前で部下が殺されたのにそれだけなのですか?
よく見れば他の人達も特に反応していません。
1人だけは表面上は平静を保っていますが、私に対して殺意に近い感情を向けています。
殺したのはジェレミアさんなのになぜ?
何にしても少し意見をしただけで、ジェレミアさんに逆らったことになるなんてとんでもない悪魔さんです。
他の人達が何も言わない理由が何となく分かりますが、同僚なんだから止めようよ。
「あんまり美味しくない魂ね。貴方に対して忠誠心が高いのは良いけどもっと欲望が高い方がいいのよね」
「娘の実力がようやく見れる機会だったのに残念だな」
「あら、それはごめんなさいね。でも貴方の見る目は間違っていないと思うわよ?」
「わしは自分の目で確認がしたかったのだが……まあ次の機会にするとしょう」
「お嬢さん、不快な思いにさせてごめんなさいね。あれは数十年前に使徒になっているのだけど私に対する注意を忘れてしまったらしいわね」
「いえ、大丈夫です。私も少し言い過ぎたかなーと反省しています」
注意と言うか契約の内容の詳細を詳しく知りたくなっただけです。
それに反省などまったくしていませんが、これは戦闘を回避できたのを喜ぶべきなのか、この室内にいる戦力が削れなかった事を惜しむべきなのか……判断に迷いますね。
ノアからは不満のお言葉が頭に聞こえますが、それよりもジェレミアさんの実力が少しだけ見れたと思うしかありませんね。
剣技の方に傾いている人でしたが、まともに戦ったら私は打ち負けていたはずの相手を一瞬で殺してしまうなんてかなりやばいですね。
アルカードのように試しているというか手加減してくれそうもないので、戦ったら負けが確定かと思います。
それにしても今回は戦いが回避ができましたが、私の実力を知る為に今後も何かしてくるかもしれませんので、グランさんにも注意しておかなければいけませんね。




