166 現実は忘れた頃に気付かされる
結局、何も打開策が浮かばないまま御屋敷に着いてしまいました。
セリスはギルドの換金所にまだいるはずなので、私は1人なのですが、門をくぐるのが怖いな……。
少し離れた場所から気配を消して様子を見ているのです……シズクに叩きこまれた隠密スキルらしいのですが、私は物音を消すのが限界です。
シズクが近くに居たら一発で見つかってしまいます。
私は邪な気配がダダ漏れらしいので、すぐに分るとか……こんなに素直なのにどうして邪とか言われるのでしょうね?
現在、コクマーさんがいつものように掃除をしているのです。今日はアンナさんもいるとは、新婚夫婦で仲良く掃除とかしています。早くどこかに行ってくれないかな……。
個人的には、私を見ても見逃してくれるギースさんかカチュアさんが望ましいのです。
ギースさんは、私をシズクと同等と見てくれているので、告げ口なんて絶対にしません。
カチュアさんは、私の賄賂が通用するので、ちょっと唆せば見て見ぬフリぐらいならしてくれます。普段はメイドさんなので、門に来るわけがないんだけどね。
本当は、コクマーさんだけなら、適当に話でもすれば問題は無いのですが、アンナさんはシズクの完全な手下なので、必ず密告をしてしまうのです。
仕方ないので、掃除が終わるまで待つと、いなくなったので、門番の目を欺く為に幻術で私の姿を意識させないように周りの景色に同化をして用心をしながら扉を潜ると、早くも私を見つける者がいますよ!
「はぁはぁ……お姉ちゃん。やっと帰って来ましたね……私はずっと待っていたのです……」
私をじっと見ているのはレンです!
しかも、目が紅くなっているのです。姿はメイドの恰好をしています。大して見た目は変わらないのですが、変化を解いて男の娘になっています。
いつもなら、私と同じぐらいに少しだけ胸の部分が膨らんでいるのですが、まっ平ですからね。
勝ったと言いたいのですが、男の娘を相手に勝利とか……思っていて虚しくなってきました……。
それにしても息が荒いのですが、どうしたのでしょうか?
そのまま私に飛びつくと、通路の茂みに押し倒されてしまいました!
私に対して馬乗りになっているのですが、目がなんかやばいよ!
「ちょっと、レン! どうしたのですか!?」
「ごめんなさい、お姉ちゃん。少しだけそのままでいて下さい……もう限界なのです……」
そのままレンの顔が私に近付いてくるのです。もしかして、私に欲情でもしてしまったのですか?
今のレンは服装だけは女の子なのですが、変化は解けているので男の娘だけど、心は女の子のはずだけど……でも、メアリちゃんに夜の調教をされているらしいので、ベットの中では立派な男の娘と聞いています。
意外と力強いので、私は撥ね退けられないのです。命令をして止めればいいのですが、ちょっとどうなるのか気になったので、このままレンに襲われてもいいかな……。
そう思っていると、牙を出して私の首筋に噛みついてきて血を吸っています……なんだ、血に飢えていたのね……ちょっと期待したのですが、ただの吸血行為でした。
レンには吸血鬼と分るような行為は全て禁止してあります。血を吸うのは私とメアリちゃんだけにしか許可を出していません。
以前は私から定期的に吸わせてあげたのですが、メアリちゃんと同室になってからは、メアリちゃんの都合のよい恋人になったので、レンの正体を教えて、メアリちゃんからなら血を吸っても良いと許可を出したのです。
私はマナの喪失感しか無いのですが、メアリちゃんはレンに血を吸われるとすごく気持ちが良いなんて言っていました。適量なら吸血鬼化はしないので、恋人みたいに毎晩のようにいちゃいちゃしながら、貰っていたはずなのに。どうしたのでしょうね?
しばらく私から吸っていましたが、これ私じゃなかったら、吸血鬼化しているのでは?
ようやく満足したのか目の色がいつもの変化している色になりました。正気に戻ったみたいですね。
取り敢えずは状況をレンに問い質したいと思います。
「満足したみたいですが。どうしたのですか?」
「お姉ちゃん、ごめんなさい……喉が渇いて仕方が無かったのです……」
「それはいいのですが。メアリちゃんはどうしたのですか? 毎日飲ませて貰っていたはずですよね?」
「それは……その……」
「メアリちゃんは何か仕事でも押し付けられてどこかに出掛けているとか? でも、それでしたらレンも同行すると思うのですけど?」
「実は……メアリさんがシズクちゃんの衣装を内緒で持ち出していたのがばれてしまって……今、監禁をされてしまっているのです……」
監禁されているのですか?
しかも、シズクのコレクションの衣装を持ちだしたのがばれたとか言っています。私の罪を擦りつけようと思っていましたが、既に犯人だったのですね。
ですが、監禁なんて、シズクがするとは思えないのですが……するとしたら、強制的な訓練と称した体罰しか思い付かないんだけど?
「シズクがそんなことをするなんて珍しいですね? 体罰の間違えでは?」
「メアリさんは衣裳部屋で、紛失した衣装を全て作り直すまで部屋から出るのを禁止されているのです。自分が持ち出していた物はちゃんと戻しておいたのですが、無くなっている衣装があるので、ついでに犯人にされてしまったのです。渡されていた鍵は没収をされてしまったので、シズクちゃんと一部の人が持つ鍵が無いと中からも開けられないから、実質的に監禁されているのです。ほかに鍵を持っている人に少しで良いので会せて欲しいとお願いをしても、シズクちゃんから厳命されているらしくて中に入れないのです。シズクちゃんは私が血を飲まないと耐えられないのが分っているので、代わりに手を少しだけ斬って飲ませてくれるのですが……私も同罪と言われて最低限だけしか飲ませて貰えないのです。直接飲みたいのですが、お姉ちゃんとメアリさん以外は禁止されていますから……」
うん、ごめんなさい。
犯人は私です。
ですが、メアリちゃんには申し訳ないのですが、私の罪をこのまま被ってもらいましょう!
私には、錬金魔術で何かを作り出したり、料理をすることは好きなのですが、裁縫仕事はあまり得意ではないので、遠慮したいのです。
解放されたら、次のお願いは無償で何かしてあげることにしましょう。
「なるほど……それでいつから監禁されているのですか?」
「お姉ちゃんが愛人の2号さんと姿をくらまして少し経ってからです」
ちょっと待って!
姿をくらましたのは分るけど、愛人2号って、なによ!
もしかして、オリビアのことですか?
「レンに聞きたいのですが、愛人2号とは誰のことですか? ちなみに1号の人がいるのでしたら、知りたいのですが……」
「愛人2号さんはオリビアさんです。1号さんはセリスさんで、3号さんはカミラさんなのですよね?」
「……誰がレンにそんな下らないことを吹き込んだのですか?」
「メアリさんが言ってました。正妻のエルナお姉ちゃんも認めていると聞きましたので、エルナお姉ちゃんも「泥棒の愛人2号に私のシノアが誘拐されました!」とあちこちに言っていましたので、すごく怒っていると思いました」
まじか……エルナの嫉妬の炎が炎上しまくっているのです。取り敢えず、レンに下らないことを吹き込んだメアリちゃんには、償いの賄賂よりも何かお仕置きをしなければいけませんね。
それに、私の知らない間に正妻とか愛人なんてランク付けが確定しているよ!
「状況は分かりました。そんなことをよく認めましたね……特にセリスとカミラは無関係と思いますが?」
「セリスさんは一番の愛人なので満足しているそうです。カミラさんはお姉ちゃんといちゃついている所を目撃されて責められたそうなのですが、3号さんになることで許されたらしいです」
まあ、セリスは何となく理解ができました。カミラは私とのお遊びの延長がエルナに見られて、あの恐るべき映像魔法で脅されているに違いありません。
きっと、認めないとお屋敷の人に見せて公開プレイをするとでも言われて、渋々認めたと思われます。
それよりも、メアリちゃんが生贄になっている間にシズクを何とかしないと、私に矛先が向いてしまいます。
普段は私の良き理解者なのですが、剣術に関しては一切の妥協がないので、私に理不尽な指導をしょうとするのが難点なのです。
あれさえ無ければ、私に甘えてきたりして可愛い所があるのに……。
料理だって厳しい注文を付けてきますが、そこは私も理解をしているので、むしろ私が意地になって頑張って再現をしているだけなのです。美味しい物を作る為には仕方がないと割り切っています。
なので、今回はその線でシズクを懐柔しょうと思っているのです。
その為の仕込みはダンジョンで試行錯誤してきましたので、きっと満足してもらえるはずです!
まずは私の工房に戻りたいのです。転移部屋から行けば近いのですが、シズクの衣裳部屋の前を通ることになるし、あの部屋を使うと私が戻ったことが絶対にばれてしまいます。
なので、普通に行くしかないのです。このままの姿だと私が戻ったことが御庭番の誰かに見つかったら、すぐにシズクに知られてしまうので、姿を変えないとね。
入り口にいた人達には気付かれなかったけど、幻術だけで乗り切るのは少々厳しいので、私もレンのように姿を変えてしまいましょう!
最下層から、戻った時に私の闇魔術の制限が解除されていましたから、今ならこんなことも出来るのです!
レンの目の前で姿を変えると驚いています。私のこの姿はどうかな?
ついでに、レンの前だけど気にしないで着替えて身だしなみを整えました。これなら私と分らないはずです。
「ちょっと姿を変えてみました。どうですか?」
「私の前で着替えを堂々とするのは止めて下さい。セリスさんに知られたら、お姉ちゃんは注意されるだけで済みますが私は酷い目に遭うのですから……それで、お姉ちゃんの男性のイメージはその姿なのですね? とても可愛らしい少年に見えます」
まだレンはセリスに対して苦手意識があるみたいですね。
最初の時しか揉め事はなかったはずですが、普段は女の子よりも女の子をしているのですから、身体的な差以外は問題無いと思うんだけどね。
もしかしたら、セリスに何か言い付けられているのかも知れませんが、こんな可愛い男の娘なんだから、大目に見ればいいのに。
「私は気にしないので、問題有りません。この姿は可愛らしいのですか? 私としては凛々しい青年になったつもりなのですが……」
「私ですら羞恥心があるのにお姉ちゃんは……。私の感想では、メアリさんに見つかったら食べられてしまうと思います。メアリさんは特に可愛らしい少年が大好きらしいのです」
レンにも私が羞恥心がないと思われてしまいました。知り合いなら問題無いと思っていますし、知らない者なら、消してしまえば見られたことにはなりませんので、問題はありません。
少し前に私の下半身を見た駄龍も殺しておきましたので、安心……じゃない!
あのダンジョンで存在が固定されていると死んでも復活するから、もう遭わないはずなのですが、次に遭遇することがあったら、痴女娘とか言われたりしないことを祈ります……。
「はぁ……そうなのですか」
羞恥心はともかく、要するに、メアリちゃんは何でもいけるけど、一番の好物は可愛い少年ということなのですね?
だから、レンだけは正式な恋人と宣言していた訳ですか。
言い換えれば、エルナと同じ趣味なんだけど、少女か少年の違いなだけですが、異性が好きなだけましかと思います。
正式にレンと恋人として付き合っているのにメアリちゃんは浮気しまくりなのですが、レンは何も言いません。
レンにこれで良いのかと聞いたことがあるのですが、結婚したらレンだけを見ると約束をしているらしいのです……それって好みの少年を確保しているだけでは?
しかも、レンの正体を知っていて、姿が変わらないことも知っていますので、永遠の少年を手に入れたも同然なのです。一応は長生きしているレンは、きっと大人の考えをしているので寛大ですね。
レンには、メアリちゃんが望んだら同族にしても良いと話してあります。本人が強く望んだ場合だけと限定をしてありますが。
もしもメアリちゃんが吸血鬼になったら、そこから感染が拡大する可能性がありますが、上位者のレンが命令すれば感染者を増やすことができないので、これだけは必ず命令するように言い付けてあります。
まあ……もしもメアリちゃんが感染者を増やしたら、少年の吸血鬼がいっぱい増えそうな予感がしますけどね。
しかし、私のイメージではユリウスに近づけたつもりなのですが。おかしいな……。
「取り敢えずは、この姿で私は工房まで行くつもりなのですが、レンには私になりすまして屋敷の人達の目を欺く為に囮になって欲しいのです」
「私がお姉ちゃんにですか!?」
「そうです。レンなら私にそっくりに変化が出来ますよね?」
「出来ますが……いま、お姉ちゃんになると悲惨な目に遭うのが目に見えているので嫌なのです。どうしてもと言われるのでしたら、やりますけど……」
私になると悲惨な目に遭う?
それは一体どういうことなのですか?
「ちなみに聞きたいのですが、私の現在のお屋敷での状況を教えて下さい」
「実は……」
レンから聞いた話では、私を見つけて捕らえた者には報奨金が出るらしいのですが……何ですかそれは?
そして、私を捕まえて連れて行く場所によって報酬が違うらしいのです。エルナの部屋に連行すると金貨100枚が貰えるそうです。
エルナがそんな大金を持っている訳がないので、当然ですがカミラが払うそうです。
貯金が趣味のカミラがそんな大金を払う訳がないと思いますが、エルナに弱みをかなり握られていますから、以前にエルナが「カミラの持ち物は私の持ち物でもありますので、カミラと一緒に居れば支払いには困りませんよ?」などと言っていましたからね。
私も同じような扱いです。私の場合はエルナがお願いして来ても駄目な時は断れますが、カミラの場合は拒否権は存在しないそうです。
そして、シズクの所に連れて行かれると、オーダーメイドの衣装か防具に本人が希望する付与をしてくれるそうなのですが……シズクの作ったオーダーメイドのドレスとかすごく高かった気がするのですが……即金が欲しければ前者ですがそうでなければ後者の方が絶対に美味しいかと思います。
これは、見つかったら、その場で私が買収をすれば良いのですが、そんなことをいちいちしていたら、私は大赤字になってしまいます。
さらに私を捕縛するのに遠慮はいらないと言われているらしく、可能なら実力で無力化しても構わないとか……それって、襲っても良いと言うことですよね?
今の私に勝てる人は限られているので、大した問題ではありませんが、レンが囮になると言うことは、それらの攻撃を受けることになりますね。
いくらレンが私の命令に従うと言っても、これは可哀想な気がしてきました。
なので、私が何とかメアリちゃんを解放するように働きかけることで、お願いしました。話が付いてから2人で茂みから通路に戻ると、いきなりカチュアさんと遭遇しましたよ!
私を見た後に変化しているレンを見ていますが……不自然な笑顔になっています。
何となく欲に目が眩んだ人が発する感情が見えますが……。
「シノア様、お戻りになったのですね? 横にいる可愛らしい少年は新しい友達ですか?」
「ええ……仲良くなったので、連れてきたのですが……」
「大変申し訳ないのですが、本日はお引き取りをしてもらって、シノア様は私と一緒に来て欲しい場所があるので御同行をお願いできますか?」
「とのことらしいのですがどうしますか?」
うむ。
カチュアさんは私とレンの変化に気付いていないようです。
これなら、他の人の目も欺けそうです。取り敢えず私は帰るふりをしますので、レンには囮として逃げてもらいましょう!
このまま素直に連れて行かれたら、目的地がほぼ同じなので意味がありませんからね。
レンには念話で計画続行を指示して私と別れたら、逃亡をするようにお願いしました。
「では、僕は帰りますので、また誘って下さい」
「はい、御武運を……」
少年らしく、ノアみたいに僕と言ってみました。悪くないですね。
これからは、男の子に変化している時は一人称は僕にしましょう!
(また、キャラが被る者が増えたよ……しかも今度は本体だし次から別の一人称にしょうかなー)
キャラ被りとか言い出しました。そんなことを言っていたら、わしとか俺にするのかな?
うーん……いまいちですね。
既に詠唱の始まりの文章が爺くさいと思っているんだから、女の子は可愛い系の方が良いと思います。
女神様みたいにわらわだと年寄りくさいと思うんだけど、こんなことを言ったら、能力を剥奪されるかも知れないので思うだけにしましょう。
私が手を振って別れるとレンが屋敷とは別方向に走り出しました。すぐにカチュアさんが反応して、苦無を投擲していますよ!
レンも直ぐに6枚の盾を後方に作り出して弾いています。防ぐか躱さなかったら、背中に刺さっているよ!
遠慮がいらないとか言われているのかも知れませんが、そこまでするのか……。
いまの攻防で他にも気付いた人がいるみたいなので、レンが何人にも襲われています!
流石に数で不利に見えるのですが、大丈夫なのでしょうか?
万が一にもレンが捕縛されてはまずいので、少しだけ応援を付けたいと思います。
「アルカード、いま来れますか?」
「シノア様、お呼びでしょうか?」
声を掛けたら、既に背後にいます。
お屋敷の監視を全て任せていますので、見ているとは思っていたけど、私が変化しているのもずっと見ていたんでしょうね。
「状況はわかっていると思いますが、ちょっとレンが不利なので、こっそりと助けてあげて下さい」
「畏まりました。あの吸血鬼を影ながら手助けして、シノア様の必要な時間をお作り致します」
そう言うと、レンの魔法の影とは別に、複数の影が囲んでいる者達の足を拘束して倒した後に地面に拘束しまくっています。私の執事は有能ですね。
何が面白いのか知りませんが、お屋敷の全てを監視しているとか私の依頼とはいえ、それ楽しいの?
まあ……アルカードみたいな古参の悪魔からしたら、お屋敷という檻の中の生物と観察でもしているのかと思います。
今度、観察レポートを提出して欲しいとか言ったら、みんなの私生活を全て書き込んで提出しそうで怖いけどね!
それで、あちらの状況はと言うと……レンは闇魔術の『ヘキサグラム・シールド』を使って手数を増やしつつ『スピリット・ウェアー』の魔法で全身をマナで覆っているので、素手で対応していますが……あの戦い方だと見る者が見たら、レンだとばれちゃうよ!
一緒にダンジョンでパーティーを組んでいたカチュアさんは直ぐに気付いたのか、私の方を見ましたよ!
そして、他の者に気付かれないように戦場を離脱して私の方に向かってきます!
私も直ぐに逃げ出したのですが、少し逃げただけで、追いつかれてしまいました。
速度強化も無いのに速いですね。
「貴方がシノア様であっているのでしょうか?」
「いえ、違います。僕は……そう! シオンといいます! シノアさんの恋人です!」
「……シノア様の恋人はエルナ様なのですから、そのような者が存在したらセリスさんが必ず亡き者にしてしまいますので、気を付けた方が宜しいかと思います。シノア様」
カチュアさんにまで私の恋人はエルナと認識されているようです。
それにしても……まるでセリスが私に近付く男性を暗殺でもしているかのようなことを聞きました。それが事実でしたら、今後は男性と話すのは控えたいと思います。
いくらなんでも、私の知らない所で罪の無い人が殺されているのは宜しくありません。
一応ですが、どうして私だと思ったのか聞いてみますか。
「では、質問を変えますが、どうして僕がシノアさんだと思ったのですか?」
うーん……自分のことをシノアさんとか言うのはなんか変な気分です。
私には演技とかは向いていないのかも知れませんね。
「先程から、貴方の背後には常にアルカードさんがいます。アルカードさんはシノア様以外の背後には決して控えません」
私が振り向くといつの間にか背後にいるんだけど、レンの援護を頼んだから、あっちにいると思っていましたよ!
「それにあちらのシノア様の戦い方はレンの戦い方です。シノア様が素手の武術で戦うわけがありません」
「もしかしたら、戦い方を変えたかも知れませんよ?」
「このようなことを申し上げるのは失礼なのですが、シノア様は遠距離で魔法による攻撃か槍を使った中距離の戦い方をします。怪我をすることを避ける戦い方をしますので、接近戦は決してしないと思われます」
道場でのシズクとの模擬戦しか見ていないのに、よく知っていますね。
剣の練習の時は仕方なくボコられていますが、実戦形式で魔法の使用許可がある時は、レンのように6枚の盾を全て防御に回して何とか槍の長さを利用した攻撃をしているのです。当然ですが、躱されまくりです。
あちらは刃を潰した刀で攻撃してくるのですが、それでも盾を破壊してくるので、どうなっているのやら……。
手加減されているとはいえ、叩かれると痛いので、私も風魔術の『エア・アーマー』を纏っているのですが、結構痛いのです……今の私なら、普通に全身に強化された風の鎧が纏えるのに、シズクの攻撃の方が上なんですよね。
まあ、刃は潰しているけどあちらも同じ風の鎧を纏っていますので、シズクの場合は武器にまで、その範囲が適用されているのだと思います。
「御戯れはそこまでにして、私と一緒にシズク様の元にきて下さい。シズク様がお探しですので、そろそろ戻らないとわかっていますよね?」
勿論わかっています。
このまま連れて行かれたら、監視付きで当分は剣の稽古をさせられるに決まっています!
きっと留守にした時間は確実に拘束されてしまうので、その為にも工房に戻って機嫌を取る為の準備をしなくてはいけません。
まともなことを言っていますが、カチュアさんの私を見る目は報酬にしか見えていないと思います。
どうせカチュアさんのことだから、オーダーメイドの何かの衣装が欲しいのだと思います。あんなにいっぱい持っているのにまだ足りないようです。
「それで、報酬に目が眩んで私をシズクに売るのですね?」
「本当に申し訳ないと思っているのですが、ダンジョンの入り口で見張っていた者がもう報告をしていますから、本日中に結果を出せないとシズク様が自分から行動をしてしまうので、報酬の件が無くなってしまうのです。どうせ結果は同じなのですから、せめて私達の誰かがシズク様の元に連れて行けば良いと判断をしたので、お屋敷の敷地内に入ったら、上手く説得ができた者が連れて行くことにしたのです」
「すると、レンに襲い掛かっている者達は報酬目当てと分かりました。説得どころか襲っていますけどね! あと、いない者達は欲に目が眩まなかったのですね?」
「いない者達は仕事を押し付けて外に行かせているか、麻痺毒や下剤でも盛られて退場しているのです」
結局みんな報酬目当てだったけど、足の引っ張り合いでいないだけですか!
まあ、幸いにしてカチュアさんなら、私の賄賂が通用するので問題はありません。
「カチュアさん。これをあげますから、私の偽情報でも流して他の者達の足を引っ張って下さい」
「大きなダイヤの指輪ですね……奥様の物よりも少し大きいとお見受けしましたが……」
うむ、しっかりとダイヤの指輪に目が行っています。
前回はアクセサリーだったので、今回は本来のご要望のダイヤの指輪です。
こんなこともあろうかと事前に製作済みです。
「ちゃんとカチュアさんの指のサイズで作ってありますから、直ぐにでも身に付けれますが、欲しく無いですか?」
「とても欲しいのですが……今回はシズク様に衣装を作って欲しいのです」
「ダイヤの指輪よりも衣装とは……メアリちゃんを追い出して、あんなに沢山の衣装を持っているのにまだ欲しいのですか?」
「あの部屋にメアリなんて娘は初めからいません。綺麗な衣装を着るのは私の唯一の趣味なのですから、何着でも欲しいのです」
元々はメアリちゃんの部屋だったのに、衣装による物量攻撃で追い出して自分だけの部屋にしたとメアリちゃんから聞いているんだけど?
着る物なんて、最低限あれば良いと思っている私は間違っているのでしょうか?
エルナはお嬢様だから分るとして、カミラなんて最低限しか持っていない貧乏性です。
だけど、下着関係だけはすごくいっぱい持っているのはカミラの収納に関渉した時にばれているので、見えない所を努力するタイプなんですが、下着をあんなに持っている意味がわからん……。
「でも、カチュアさんならシズクに頼めばいつでも作ってくれるかと思うんだけど?」
「最近は色々な方が増えましたので、私の体に飽きたのか、お声が掛からなくなったのです……あんなにシズク様の作る衣装に共感したのに……」
それはいくらなんでも作り過ぎたんですよ。
以前と違って色々なスタイルの人が増えたし、ダンジョンの最下層から戻った時は一気にシズクの採寸の生贄が増えたから、今は無理だろうね。
特に妖狐族のノーラさんの衣装作りに熱中気味だから、シズクの側にいる時なんて巫女さん姿になっていましたが……あの尻尾と耳がすごく巫女服に似合っていましたね。
「では、私のお願いよりも衣装を取るのですね?」
「申し訳ありません……私の新しい衣装の為にも一緒に御同行をお願い致します」
お願いしますと言いながら、背中から刀を抜いています。メイド服なのにどうやってしまっていたんでしょうね?
だけど、カチュアさんは一番大事なことを忘れています。
仕方ないので、私よりも趣味を優先した愚か者には罰が必要ですね?
「仕方ありません。私ではなく衣装を選んだ罰を与えます。カチュアさん。刀を捨ててパンツを脱いで、私に差し出して下さい」
「何を言っているのですか? はっ!」
刀を持っていない方の手で口元を押さえていますが、時すでに遅し……刀を捨ててパンツを脱いでから、姿勢を正して両手で脱いだ自分のパンツを私に差し出しています!
そうです。
カチュアさんは私の支配下にあるのですから、私が意思の力を籠めた言葉には絶対服従なんですよ?
普段から、私が強制をまったくしないから忘れているようですが、最初から私に逆らうことができないのに、欲に目が眩んで、ダイヤの指輪と新しい衣装の両方を失いましたね。
それにしても意外でしたね……カチュアさんはもっと大人の女性と思っていたのですけどね。
「シノア様……私が間違っていました……ご命令に従いますので……」
「残念ですが、もう結構です。私の話に乗っていればダイヤの指輪が簡単に手に入ったのに、選択を間違えましたね? カチュアさんには罰として、暗くなるまでずっとここで両手に桶を持って立っていることを命じます」
私が出した取っ手の付いた桶を両方の手に持たせてから、中に水を作り出して満たしました。
確か、シズクの書いていた話の中に反省させる為の罰の1つにあったと思います。
「ご命令に従います……ですが暗くなるまで桶を持ち続けるのは……」
いくら鍛えているとはいえ、水の重みで地味に重たいのですから、両腕が大変でしょうね!
「罰の反論は聞きません、あと、このパンツは没収を致します。もう一度これを穿くまでノーパンで過ごして下さい。要するに、この没収したパンツを穿かないと一生ノーパン命令ですが……カチュアさんがこんな可愛らしい物を穿いているとは予想外でした」
カチュアさんは美人さんの部類に入るので、大人の女性が着用する色気のある下着かと思っていたのに、縞模様のパンツとは……過激な下着を愛用するメアリちゃんと逆の思考ですね。
お互いの年齢が逆でしたら、理解はできるのですが。これは私の知っている知識がおかしいのでしょうか?
私の場合はエルナが可愛い物を勧めて来て、サテラが過激な物を強制してくるのですが……シズクに全て任せているので、私は着せ替え人形と変わらないけどね!
「困ります! 私のメイド服のスカートは短めなので……激しい動きをしたら……それと下着に関しては私の好みなので、可愛い物を身に付けたいのです!」
「あっそ。見られたく無ければ、お淑やかに歩けば良いだけです。そんなことよりも水をこぼさないで下さいね? もしもこぼしたら、減った分量だけベットの中で寝る前に我慢させて失禁させますので覚悟して下さい。後ほど報告してもらいますので、嘘が付けるとは思わないで下さいね? あと、余計なことを誰かに言われても困るので罰の間は喋ることも禁止します。それでは行きますので、じゃあねー」
必死に何か喋りたくて唸っていますが、放置で良いでしょう。
欲に目が眩んだ者には相応しい罰かと思います。
まあ……眩むとしても、私の賄賂を受け取っていれば得る物があったのに、単なる選択ミスです。
普段から、命令権を発動していないから、安心をして忘れてしまうのは仕方ありませんが、今回の件で思い出してしまったので、次からの反応が面白くないかもね。
こういうことは忘れた頃にするから効果があるのです。
もう1人には、普段からからかうついでに使っていますが、それでも何かするから楽しいんだけどね!




