154 警告
残るはフェリオスのみだな。
久しぶりの自由ゆえに時間をかけてしまったが、許容範囲であろう。
奴に対して攻撃をさせている剣を引き戻して、改めて正面に立つと生き残りの魔王に相応しい強さを感じる。
何かに力を割いているようだが、それを止めれば、わしの能力を凌ぐはずだ。
だが、奴は魔術を使わずに現状の力だけで戦っているのだが。わからんな。
「1つ聞きたいのだが、何故本気で戦わないのだ?」
少し驚いた表情をしたが、わしが見抜いたことが意外だったのだろうか?
「そう言うお前だって、本気ではないだろう? お前が本気ならば、あいつらでは相手にならんはずだ。殺さない理由をこっちが知りたいぐらいだ」
「わしの時間は限られておる。後のことを考えると、殺してしまっては遺恨が残るであろう?」
「時間ね……あの娘がまた呼べばいいだけなんだから、戦いの度にお前を呼ばれていたら、何人使徒を強化しても無駄に終わるんじゃないか?」
知らない者からすれば、わしのような存在が好きな時に呼べるとしたら、当然の考えだな。
別に、隠すつもりはないので、教えても構わんか。
それに、わしは奴のことが好ましく思える。
奴は信用が出来ると、わしの心が思っているからだ。
「次にシノアが目覚めたら、わしは当分は呼べなくなるであろう」
「それは何故だ?」
「対価が足りないからだ」
「対価だと?」
「わしは、本来なら存在しない者だ。それをソウルの奴が時間に関渉をして無理矢理に呼んだに過ぎない。その為に現在のこの世界の大切な物を消費しているのだ。ソウルが現れただけでも消費していくのだが、わしが眷属として呼ばれるとその消費率はレベルに応じて上がるから、本来なら呼ばない方が良いのだ」
「この世界の大切な物とは意味がわからんが……それじゃ、何を消費しているんだ?」
「それは教えられん。この世界の減ってはならないものとだけ答えよう。わしもこの事実に気付くまでは気にもしなかったのだがな……」
この世界の資源の総量は初めから決まっているのだ。
勿論だが、この資源の中には生きる者の魂も含まれている。
「だが、あの娘はそのことを知りながら召喚をしているのだから、その対価とやらが満たされれば呼ばれることになるんじゃないのか?」
「あ奴……ソウルの奴は目的の為ならそんなことはお構いなしなので、奴を表に出してはならないのだ。昔は無意識にやっていたが、今は強力な自我に目覚めているので、完成されつつある」
「増々意味が分らなくなってきたが。もう少し教えてもらえると助かるんだが……そもそもお前らは何者なんだ? 俺はアスリア様がお前達のような存在を作り出した覚えがないんだが……」
「わしに勝ったら、もう少し教えてやろう。だが、わしが勝ったら、目覚めたシノアと良き友人となるのだ。それはお前にとっても有益な事だからな」
「そうかい。なら、俺が勝ったら、その情報付きで、仲良くすることにする。その方が俺にメリットがあるんだろ?」
剣を構えながら、やる気になったのか、同時にどこかに回していたマナを少しづつ自分の強化に使い始めた。
「ああ、少なくともお前が望んでいた状況が改善されることは間違いないだろう」
「そいつはいいね。行き詰っていて困っていたが、やっぱり実際にやりあった方が上手く行くな!」
その言葉と同味に斬り込んで来た。先ほどまでの威力とは段違いだ。
剣の威力もこちらが辛うじて受けれるレベルになっている。
さらに剣の切り替えしも速いので、自分の剣ととっさに手にした剣の二刀で処理しないと追いつかない程の速さだ。
わしの持つ剣は、どの剣も重さを感じずに自分の手の延長のように使えるから、この細腕でも二刀が扱えるに過ぎない。
そして、刃を交える瞬間だけにマナを籠めているから受けきれているだけなのだ。
わしが先程よりも余裕が無いとみると、更に強化をしていくので、受けきれない攻撃を他の剣に防御の対処をしてもらわないと対応が不能になってきた。
まさかここまで強くなるとは、手加減をしていたのはあちらの方だ。
だが……このような状況はわしも望む展開なので、楽しくもある。
前回と違い呼ばれた時のレベルが半端なゆえ、こちらも完全な配分が出来ていないが、戦いとは同じ技量を持つ者か格上との戦いの方が面白いに決まっておる。
先ほど奪った余剰レベルを使ってもいいのだが、わしが使ってしまうと、わしが消えた後にソウルの奴に流れてしまい、もう他の者に譲渡が不可能になってしまう。
今のわしなら、消える前にあの神官に譲渡が可能なので、返してやりたいと思っているのだ。
余計な考え事をしている時に奴が突然に単発の魔法を使って来た。つい癖で黒い剣で斬ってマナを吸収してしまった僅かな隙に、横からの大きい攻撃を受けそこなってバランスを崩してしまうと、直ぐに頭上からの一撃が来る。この一撃にはかなりの力が籠められていると見たが。これは防ぎきれんな。
不本意ではあるが、白い剣の魔術で威力を相殺するしかないな。
「ステラ! 奴の剣を防げ!」
わしの言葉と同時に頭上に多重の盾が現れて、砕かれるも速度と威力の落ちた剣を受ける事には成功したが、防御魔法を使う事になろうとは。
どちらにしても、他の剣にマナが回せないのでは防御をしてくれても受けきれずに弾かれていたに違いない。
白い剣以外はわしが触れないとマナの供給の繋がりが最低限なのだが、白い剣だけはわしの保有マナと直接に繋がっているので、許可を与えると大量のマナを食う剣なのだ。
「いまのは決まったと思ったんだが。お前もクリスと同じ多重シールドの魔法が使えたというよりもその白い剣が使ったように見えたんだが。その剣はステラと言うのか? どこかで聞いた名前なんだが……まさかな」
「お前がいきなり魔法なんて使うから、ついそちらを斬る事を優先してしまって危うくやられるところだったからな。ちなみに、この黒い剣に宿っている魂はサテラと言う名前だ」
「それは最強の使徒と呼ばれていた天魔族の双子の事か?」
「わしが中々呼ばないから退屈らしかったので、剣に宿る提案をしたら引き受けてくれたのだ」
「そう言うことか……サテラは単体魔法を斬る事でマナの吸収をする武器を持っていたし、姉のステラは軍勢単位の防御魔法が使える強力な守り手だったからな……そう言えば、報告によるとお前は天魔族だったな。だったら英霊として呼んだ方が強力な味方が増えるんじゃないのか?」
普通はそう考えるな。
軍として戦うのであれば有効な手札になるが……。
「わしは一対一の戦いを望むゆえに滅多に英霊を呼ばなかったのだ。それに、英霊を維持する為にマナを多く消耗するのだ。特にどこかのお調子者が遠慮なくマナを使いまくるから、呼ばない方が良いと判断したのだ」
わしの言葉を聞いてステラの魂が宿る剣がわしに苦情を語りかけてくるが、無視しておこう。
黒い剣からは、笑い声が聞こえるんだが。剣の魂と意思が繋がっているのも考え物だな。
「あの無敵の英霊の維持がそんなに大変だったとは……なら、次は防げるか?」
そう言うと、奴のマナが大きく膨れ上がったと思ったら、巨大な狼の姿に変化したぞ!
魔狼王と名乗っていたのは、この姿になれるからなのか。
奴が動いたと思ったら、既に接近していて大きな前足で攻撃された。防御はしているが、そのまま吹き飛ばされてしまった。
その場で直ぐに体勢を整えると、既に次の攻撃が来る。躱せないのでステラに防御を優先にさせているが、強力な防御魔法を使わせるとわしのマナの消費が激しいので避けたいところなのだ。それで威力を落とさないと大きなダメージを受けてしまい、そちらの回復に回すマナの方が大きいので致し方ないのだが……せめて奴が単発の魔法でも使ってくれればいいのだが、黒い剣に宿るサテラの魂の話をしてしまったので、使うわけが無い。
使って来るのは吸収しきれない範囲魔法をなので、対処するにはステラに防御させるしかないのだが……このままではわしのマナが尽きる方が早いな。
派手に吹き飛ばされつつも、防御に徹しているお蔭で何とか大きな怪我はしていない。
例え瀕死の重傷になっても、今のわしは即座に自己修復が出来るので問題は無いが、マナの供給がないので、いずれはわしが消えてしまう。
時折こちらも攻撃をしているのだが、残念ながら、今のわしが攻撃に回せるマナを斬り込む一瞬に流していても、奴の体には傷1つ付かない状況だ。
このまま負けてしまっても奴はシノアと交友を結ぶと思うので、心配はしていないが……ん?
無意識の内に倒れていたエルナの方を見た時に、彼女が元気になってわしを見ておる。
ソウルの奴が約束を守ったようだな。
ならば、わしも倒すと約束した以上は負けるわけにはいかん。
それに彼女が……エルナが見ている前で負けるなど、過去の時間とはいえ約束を守らねばならない!
奴に弾き飛ばされた時にそのまま大きく後方に距離を取って、白き剣と黒き剣を1つにする。
それを奴めがけて投擲する。これは決して避けれまい!
槍の形状になった二本の剣はそのまま奴の片目を貫く!
あの二本の剣を1つにした時に、2人が持っていた槍の真の力を発揮する。
投擲すれば狙った場所に必ず当たる必中攻撃と、どんな防御力があろうと必ず貫く完全防御無効が発動するのだ。
元々は槍だった物を剣の形状に変えて2人の魂を宿らせたのだから、あれが本来の姿でもある。
そして、その槍に宿る2人と繋がっているわしには槍を通じて奴の本体とマナの鎧の姿が見える。
獣化していると思ったら、マナで鎧のようにあの姿を纏っていた訳だ。
ならばと1つだけ形状の違う剣を取ると、虚空から鞘を取り出して刀を鞘に納める。
わしの師が得意とする構えで相手と対峙すると、追撃をしてこないわしに向かってきた。今のわしには奴の鎧の隙間のマナの流れが見えている。
確か、わしの師はいつもこう言って振り抜いておったな。
「桂昌院流奥義 絶剣!」
奴の獣の姿の一部を切り裂くと、その部分からマナが大量に溢れ出す。こうなったら、わしに敗北は無い!
金色に輝く剣を手に取りそのまま斬り込むと、剣に触れた部分からマナが霧散していく。
そのまま中にいたフェリオスの体を斬りつけて、奴の体に残っているマナまで消滅させると、奴はその場で倒れてしまった。
勝負あったな。
「残念ながら、わしの勝ちのようだな」
「くそが……何なんだいまの連続攻撃は! あれだけ優勢だったのにあんなのありかよ……目に受けた攻撃はともかく、俺を切り裂いた剣は今まで攻撃に一切参加していなかった変わった剣だが、防御力無視の能力でもあるのか?」
「防御力無効はサテラとステラの魂が籠った真槍ミスティルテインの方だ。お前の鎧の継ぎ目を切り裂いたのは、わしの師でもあったこの刀に宿るシズクだ。この刀は速さしか特化はしていない」
わしが出会った時は初老の奴隷の剣士であったが、わしは純粋な剣技のみの勝負では、彼女の生涯において勝つ事は出来なかった。
最初に負けた時に事情を聞いて、奴隷から解放した後に彼女の剣を教えてもらったが……今回のわしは若き頃の彼女と出会っているようだが、いつも寡黙で凄腕の剣士として振舞っていた彼女の若い頃の姿があれだとは……想像もしなかったな。
「俺の獣化の継ぎ目だと? お前はそんな物が見えるのか?」
「わしにはマナの流れが見えるゆえ相手の動きがある程度は予測ができるのだ」
「そんな能力がある奴なんていたのかよ……ならば最後に俺を無力化したのは何なんだ?」
「質問の多い奴だな。別に答えても構わんが。どうせ対策は不可能だからな。この金色の剣の能力はマナ・ブレイクだ。通常では光り輝く強度があるだけの剣なのだが、マナに関しては触れただけで無効化する事が出来る」
「マナの無効化だと!? そんな剣があったら……」
「ああ、この世界の者は決して勝てない」
「お前の持つ剣は元の魂の能力を引き継いでいるんだったな? だとしたら、その能力を持つ者がいることになるんだが……」
「この剣の名前はエルナだ。あそこでわしが勝ったのを喜んでいる少女の魂が籠められている。ただ彼女の魂を籠めただけではこの能力は備わらない」
エルナの魂とは別にこの剣に秘密があるのだが、語る必要はないだろう。
「あの娘か……」
「わしの最初の友達であり、長き時を共に歩むはずだったんだがな……」
わしが遠い目をしていると、奴もそれ以上は聞いてはこなかった。
そうだ……アストレイアにはエルナの不老に協力をしてくれた借りがあった。いまここで返そう。
ソウルの奴に聞かれぬように再び簡易の結界を張って、奴に少しだけ話をしてやるか。
「いま、わしとお前だけの結界を作り出したので、少しだけ教えてやる」
「勝った時の報酬は無くなったが、なにを教えてくれるんだ?」
「わしはかつてアストレイアに借りがある故にお前に少しだけ報酬をやろうと思ったのだ。まず、お前の使徒の娘は諦めろ。あの娘はもう生きているとは言わん」
「どういう事だ!? 現にいまも隷属してしまったが、あそこにいるではないか?」
「ソウルに魂を管理された時点で生命の輪から外れてしまうのだ。あの娘は隷属しているのではなく、仮初の魂を持った人形になったと言った方が正しいのかも知れん。助けるには、お前が奴の権限を越えて奴から魂を奪う必要がある」
「権限を越えるとは……そもそも魂なんて管理なんて出来るのかよ? それじゃ、あの娘は悪魔なのか?」
「悪魔は魂の管理は出来ん。奴らは還元されるはずの魂を蓄積して己の能力に変換が出来るんだが、ソウルのように実体化させて操ることはまでは出来ない。能力を与えて己の眷属を作る事は可能だがな」
「結局は創世神の座を手に入れるしかないと言う事か?」
「可能なら手に入れるんだな。あの娘の魂が消費されない限りは死ぬこともないので、不老不死を得たような物だが、奴の気分次第で明日にも消滅する存在でもある」
「あの娘の気分次第なのかよ……これじゃ助ける事が出来ない人質を取られているのと変わらんな」
「ふむ、それでもまだ助けたいのか? この状況の元凶はあの娘の失態なのだぞ?」
「お前なら、仲間にした者を見捨てるのか? 確かにいままでも頭の痛いことしかしなかったが、それも全て俺の為と思ってやっているのだから、責められるとしたら、それを許容してきた俺だな」
あの時間にお前と出会っていれば、時間を止めずにいたかも知れんな……。
「お前の考えはわかった。わしはお前を支持するがゆえ、勝ち残って創世神の座を手に入れるがよい。お前が作り直す世界なら、わしも見てみたい物だな」
「それは心強いが、あの娘の未来の姿がお前なら頼もしいというものだ」
「だが1つだけ警告をしておく。なるべくシノアを死なせてはならない。そして、本体を支配したソウルに自由を与えてはならん。これを守らないと勝ち残っても意味は無い」
「確かこの世界の大切な物を消費しているんだったよな? 不老不死の存在を死なせないとは、その利点が生かせないな……」
「そんな都合の良いことなどありはしない。ソウル達がこちらに来るのでこれ以上の話は出来ん。最後に魔女の知識の遺産の邪魔をせぬようにな」
「この有様だが収穫はあったので、これ以上は望まんが。魔女の遺産の邪魔とかわからんが、余計な課題を増やすなよ……俺は考えるのが苦手なんだぜ?」
「あそこで凍っている者と電撃に耐えている者と相談でもするが良い。これだけでも破格の情報なんだがな。それとこれは返しておく」
倒れているフェリオスの胸に触れて奪った余剰レベルを返しておく。
このままではソウルに流れるだけだ。
どちらにしても、レベルの枷があるから使う事が出来ないので、あの神官の者に返した方が使い道があるであろう。
次に拘束に使っていた2本の剣もこちらに戻るように指示すると、2人とも命に別状はないが、ミュラーと言う者は無事とは言えぬ姿になっておるがな。
先ほどステラに全力の防御を指示してしまったので、遠慮なくわしのマナを使うから、残りのマナが危ない所であった。
わしがそんなことを考えると、また頭にやかましい声が響いて来る。少しは無口な者を見習ってほしい。
やっとソウルに心を読まれなくなったのに、剣に宿る8人には常にわしの心が読まれてしまうのだが。わしに個人だけの思考など無縁だな。
だが、会話が出来るだけでもわしの心の支えになっているのは間違いはない。
こちらに来るソウルの奴が不満そうだ。消える前にあ奴だけは黙らせておくのがわしの役目だな。




