144 介入者
突然現れたこの方に注目が集まっていますが、セリスさんを倒した使徒様も驚いています。
「ノーラの核を貫いたままという事は直ぐに殺す気は無いようですが、貴方はは何者ですか? 少々油断をしていたとはいえ、僕はノーラが声を上げるまではまったく気付けなかったのですが」
「おいおい、人に名を聞く時は自分から名乗るのが礼儀だろうが?」
「き、貴様はガルド……どうして生きているのですか……」
「おい、勝手に俺の名前を言うんじゃねぇよ。仕方ないから俺から名乗ってやるが、俺はノア様とシノア様に仕える忠実な僕のガルド様だ。登場する時のシーンに拘るノア様にばれたら俺が殺されるんだから、状況を読んでくれ」
「貴様が……シノア様に仕えるだと? ノア様の仕業と思いますが、どうしてこんな奴を生かしておくのですか……」
「せっかく危機に陥っている所に助けに入ってやったのに、俺様をこんな奴呼ばわりとは。シノア様の魂の一部でなかったら魂を喰らってやるところだが。その前にお前はキャロと言う娘の筈だが、こいつらに何をされたのか正確に答えてもらおうか?」
この方はセリスさんの知り合いのようですが、セリスさんのこの方を見る目が使徒様達を見ている時よりも険しくなっています。
まるで今すぐにでも殺してしまいたいと睨んでいますが、シノア様に仕えると言っていましたから、味方だと思いますので、正直に答えました。
「拘束された以外は何もされていません。貴方様はシノア様のお味方なのでしょうか?」
「何もされていないとは。俺がこの妖狐の女を甚振る理由が無くなってしまうとは……こいつらは年頃の女を目の前にして何もしないとは男として不能か? まあ、そんな事をしていたら、間に合わなかったと俺がノア様からお叱りを受けてしまうので、結果としては良いんだが。取り敢えずは、この妖狐族の女は俺の好みだから、俺の支配下にするか『フォース・ドミネイション・オウス!』」
ガルド様という方が何か魔法を唱えると、右胸を刺されたままのノーラ様が叫びながら苦しんでいます。最後にオウスと発音をしましたので、今のは誓約魔術と思われます。
しばらくすると静かになったので、剣を引き抜かれました。血が飛び出したのですが、ガルド様が何か唱えると傷口が燃え出したのです。収まると出血も止まっていて、刺された傷口も無くなっています!
すると、あの炎は癒しの炎だと思います。癒されていたノーラ様はとても苦しそうでしたので、焼かれながら治癒する魔法とは思います。あの魔法で癒されたくはないです。
「よし、これでお前は俺の忠実な下僕になったが、気分はどうだ? 核を貫いた傷口まで治してやったんだから、いいご主人様だろ? まずは俺様に跪いて挨拶をしな」
直ぐに振り向いて間合いを取ろうとしたようですが、その場で跪いています!
狐の耳と尻尾以外はとても魅力的な大人の女性の剣士様に見えるのですが、今は跪いてガルド様を睨んでいます。
「貴方は私に何をしたのですか! 気付けなかったとはいえ、背後から不意打ちをした者に挨拶など出来ますか! 貴方が刺した傷口も治してくれたようですが、今の魔法は何ですか!? 直接体を炎で焼きながら治すなんて、おぞましい魔法です! 体の中から焼かれるなどと言う事は初めての体験でしたし、恐ろしい苦痛でしたよ!」
「まさか口答えをするとはな……ノア様と違って俺の強制支配では、これが限界か……まあ、反抗的な口調の方が俺も燃えるから後で楽しめそうだ。まずはその娘の拘束を解いて丁寧に保護して待機していろ」
「どうして私がそのような事をしなければ……何故です!? 体が勝手に動いて言われた事を実行しています。先ほどの魔術は誓約魔術ですか! 誓約魔術の強制力は絶対なのですが、相手の承諾を得ないのに成立するなんてあり得ません!」
「今の誓約魔術は最上級にまで高めないと使えない強制支配だからな。俺もこれを習得するのに疑似空間とはいえ気の遠くなる時間を掛けたが、その価値は十分にある」
「誓約魔術を生ある者の身でそこまで高められるなんて、貴方は悪魔なのですか!?」
「まあ、確かに誓約魔術を生み出したのは悪魔なんだが、太古の悪魔でも上級まであれば十分に相手を縛れるからな。ここまで高めたのは誓約魔術を生み出した太古の悪魔か俺を除くとノア様とシノア様だけだろうな」
「こんな恐ろしい魔術の使い手が他にもいるなんて……」
「まあ、後でたっぷりと可愛がってやるから黙ってその娘の護衛でもしていろ。その娘に怪我なんてさせたら俺の評価が下がってしまうから、お前の命を盾にしてでも守れよ」
「こんな馬鹿な事が……」
2人の会話が終わると、そのままミュラー様達の方を向きました。あちらも今のやり取りを聞いて驚いているのか感心しているのか良く分らないのですが……。
「待たせたな」
「少し見ていました。ノーラを強制支配したと言っていましたが、貴方は本当に何者なのですか?」
「あー? お前は先ほど俺が自己紹介をしてやったのにもう忘れたのか? 貴様は5000年以上も生きているのに、古い使徒と言う奴らは長く生きているだけのボケ老人か?」
「貴方は僕を鑑定が出来るようなのですが、僕も鑑定の技能持ちで、これでも見る目は高めたつもりなのですが、こちらは出来ないので、どうなっているのですか?」
「お前の鑑定能力では俺の能力を見る事は出来んぞ。俺の能力が見たいのなら、シノア様と同じ鑑定能力が必要なだけだ」
「別の鑑定能力ですか……すると魔眼の類なのですか?」
シノア様の鑑定能力と言うと……人や魔物の鑑定以外は武器の鑑定眼と思われますが……まさかこの方は人ではなく手にしている剣の方なのでしょうか?
それでしたら、いまの会話が納得が出来るのですが、そんな事が本当なのでしょうか?
「まあ、それよりも、俺は男のお前らは支配なんてする気は無いので、ここでぶち殺して力と魂は頂くとするが、どちらから来るんだ? 別に俺は二人同時でも構わんが、そこの女々しそうな神官の野郎は俺に近付かれたら死ぬぞ?」
「誰が女々しいのですか……」
「あん? そこそこ長く生きているのに女に近い顔と細い体をしやがって、男なら鍛え上げられた肉体で勝負だろ? もしも生きていたら、俺の鍛えられた素晴らしい肉体を見せてやってもいいが、その時は俺に魂を喰われた無力な存在だがな!」
「私が気にしている事を……それに私の大事なパートナーのノーラに何をしたのか知りませんが、許しませんので、逆にこちらが貴方を倒してノーラを解放します!」
「おうおう、頑張れや。お前を半殺しにして無力化したら、お前の目の前であの女をヒィヒィ言わせてやるぜ! これは楽しみが増えたな!」
「このゲスが!」
「なんだ、可愛い顔をしているのにそんな顔も出来るとは勇ましいじゃねぇか。そうだ! 気が変わったので、あの女の番として俺が支配してやるぜ。お前みたいな女みたいな男を犯すのが好きな奴を知っているので、その手の性奴隷にするのも一興だな!」
「この!」
私達を助けてくれる事にはありがたいのですが、これではどちらが悪人か分かりません……。
相変わらず枷を付けられたままのセリスさんはガルド様を睨み殺す勢いで見ています。先行きがとても不安です。
「クリス、相手の挑発に乗らないで下さい。では、ガルドさんと言いましたか。貴方はシノアさんに仕えていると言いましたが、シノアさんがこちらに付けばノーラを解放して味方になってくれるのですか?」
「シノア様が望むのであれば俺は従うが、それはもう無理だな。先ほど、愚かな使徒がシノア様を殺してしまったので、ノア様が降臨なされたのだが、今頃はあちらも生き地獄でも味わっているのではないか? 経験者の俺の警告だが、ノア様に逆らうぐらいなら死んだ方がましなんだ。ノア様が魂を消費してこの世界に還元してくれないと本来の死も迎える事が出来ないので、永遠の悪夢が待っているぞ。俺はたまたまノア様の目に留まったから、こうして偉大なる力を与えられたが、絶対の忠誠を誓っていればあのお方は素晴らしいぞ!」
「そうですか。その話が真実であればグロリア達も無事ではないと思いますが。少しだけ僕と手合わせをしてもらっても良いですか? 確かに貴方からは異常な力を感じるのですが、このまま引き下がる事も出来ませんからね」
「俺もノア様に仕込まれた剣の腕を試したかったので、望むところだ」
「では、勝負をしたいと思います。僕が勝ったら、ノーラの支配だけは解除して下さい」
「俺に勝つなんて嬉しい事を言ってくれるね。一応は約束してやるが、お前が地に這いつくばったら、この女が俺に抱かれるのを2人揃って見てもらうぜ!」
その言葉と同時に相手に斬り込みました。言うだけの事はあるのか、剣の素人の私にも分るぐらいに強い方です!
相手のミュラー様はセリスさんの時には優勢に戦っていたのですが、その余裕はありません。
このガルド様という方は、エルナ様の力とシズクさんの速さを適度に兼ね備えたバランスの良い方のようです。
そして何よりもあの剣なのですが、あの剣で衣服の方が斬られると焦げた感じになるので、あの剣で斬られたりしたら、斬られる痛みと炎で焼かれる痛みを同時に味わいそうです。
普段から、シズクさん達の戦いをよく見ている私には何となく互角と感じられるのですが、途中からシノア様も使う火魔術を連発しながら戦っています。相手も風魔術で対抗しているので互角のように見えますが、僅かにガルド様の方が有利なような気がします。
しばらくするとお互いに距離を置いて様子を窺っています。見た目だけでしたら、無傷のガルド様とあちこちが焦げているミュラー様では、ミュラー様の方が負けていると思いますが、ミュラー様の表情を見ていると何となく余力がありそうなのです。
「これは参りましたね……僕の攻撃は確かに通っているのに何故か無傷なのですが。その体はどうなっているのですか?」
私の予想と違ってちゃんと攻撃が通っていたみたいです。その攻撃は私には見えなかったようですが、ガルド様はどこも斬られた様子が無いので分らないので、私も知りたくなって来ました。
「中々いい攻撃だったが、この俺が身に付けている『紅魔の鎧』には装備者の体を瞬時に再生をする機能が備わっているので、この体のマナが尽きない限りは俺様は無敵なのだ。試しにマナ切れになるまで続けるか?」
「あれだけの魔術を連発しながら、脅威の回復力とは、もう化け物と言っても過言ではありません。まだ余裕そうなので、ここは退かせてもらいます」
「待って下さい! ここで退いてしまってはノーラが!」
「クリス、ノーラには悪いのですが、あちらはまだ余裕がありそうなので、僕には倒し切れるのか自信がありません。ここは退いた方が賢明かと思います」
「しかし!」
「どうせ彼等はこの階層からは出られませんので、フェリオス様が戻ってくるか、他の12使徒の者達と一緒に戦えば十分に勝算はあります」
「この俺が貴様らを見逃すと思っているのか?」
「思っていませんが、僕の魔術で魔術師の娘をノーラごと葬る事は出来ます。先ほど主の評価を気にしていた貴方には好ましくないのはないのでは? 僕が使う魔術は『エアリアル・ランス』ですが、例え貴方が盾になって防いでも、貫通力重視の巨大な風の槍の魔法なのですから、貴方は無傷かも知れませんが、2人は確実に死にますよ?」
「クソが……確かにその通りなんだが。ここで死んで蘇生させても後ほどノア様に記憶を覗かれたら死なせてしまった事がばれてしまうからな……このまま去るのであれば忌々しいが見逃してやる」
「それでは、退かせてもらいます。クリス、行きますよ」
「……わかりました。ノーラは必ず取り返すから覚えていろよ!」
「ほら、負け犬はさっさと去れや。次に会ったら、お前も俺の強制支配を掛けてやるから、今の内に男色の奴らを受け入れる訓練でもしているんだな」
「こいつ!」
「いいから、クリスも相手の挑発に乗らないで行きますよ。それとノーラには申し訳ないのですが、しばらくは我慢していて下さい」
「ミュラー様の言葉を信じて待っています。クリスも短気は起こさないでね……」
2人が去ると、倒れているセリスさんの魔封じの枷を破壊してマナポーションを飲ませています。セリスさんが復活すると、今度はセリスさんが身構えてガルド様と戦う姿勢になっています。
私は事の成り行きを見守るしかないのですが、もしも戦うのでしたら、セリスさんに加勢をしたいと思います。でも、その時は私も確実に死んでしまうかと思います。
先ほどの戦いを見ている限りは、この方を倒し切るような攻撃は無理だと思うし、助けてもらったのは事実なのですから、そうならない事を祈るだけです。
「助けてくれた事には感謝しますが、私は貴方を信じる事など出来ません! 私は貴方の所為で、貴方の部下の下賤な男に弄ばれて、王都ではカインの命を奪ったのですから、決して許せないのです!」
「まあ、お前が俺を憎むのは仕方ないが、カインの野郎は生きているんだろう?」
「生きてはいますが、彼は……」
「だったら、お前の可愛い弟になったようなのだから、むしろ奴は幸せなのではないのか? どうせあのまま思いが通じたとしてもいつまでも一緒にはいられないぞ? まあ、俺のようにノア様に忠誠でも誓って復活が出来ればいいんだが、あの方は気まぐれなので、必ず望む通りにはなるかは分からんがな」
「ですが、私が貴方を憎いと思っている事は事実なのですから、例えノア様に仕えているとはいえ、許す事など出来ません!」
「あー、分ったよ。だったら、これでどうだ。今までの事は俺が全て悪かったから、許してくれとは言わないが、同じ主に仕える者として存在する事だけは認めてくれ」
セリスさんと言い合っていると思ったら、突然ですがセリスさんに土下座をして謝っています!
今この場で、最大の強さを誇る方がセリスさんに土下座を……。
「それは何の真似ですか?」
「お前は何を言っているんだ? シノア様に仕えているのに土下座を知らんのか? 心から相手に詫びる時はこれが一番有効だと俺はノア様に叩きこまれているんだが。シノア様も好きなはずだぞ?」
「そうなのですが……お前のような傲慢な者が私に土下座をするなんて、あり得ないと思ったのです」
「まだ気が晴れないのなら、お前の得意な拷問で好きなだけ甚振っても構わんぞ? ただし、ノア様に命令された任務が残っているので、終わってからならいくらでも殺されてやるが。どうする?」
「……拍子抜けなのですが、そこまで私に頭を下げて許しを請う理由は何ですか?」
「まあ、言ってみればお前のお蔭でノア様が俺を気に行ってくれたから、俺はこの力を手に入れられたんだ。その代償と思えば頭を下げるぐらいはいくらでも出来るぞ。それに俺が死んだ時に見た悪夢に比べれば、痛み程度などいくらでも耐えられるからな。お前は知らんだろうが、あの後もずっと処刑されまくっていたんだから、痛みを感じる方がまだ幸せだぞ?」
「わかりました。取り敢えずは貸しにしておきます。シノア様と合流がしたいので、護衛を頼みます。非常に気に入らないのですが、貴方の力の方が私よりも上のようです」
「まあ、今はな。シノア様が目覚められれば、お前の方が強くなるから、安心をするがいい」
「それはどういうことなのですか?」
「お前は鑑定がなかったか。現在ノア様が余剰レベルを吸収されたから、シノア様の目が覚めればレベルはそのままなので、その時はここにいる使徒などお前の敵ではなくなっているぞ? 俺が死んだ時に急にレベルが上がっていたと言うか強くなっていただろう? お前はシノア様と同レベルの存在なのだから、シノア様が強くなればその眷属たるお前にも適用がされるのだが。知らんかったのか?」
「マナが増えたと思っているぐらいでしたが。私はレベルなどと言うものを気にした事はありません。例えどんな状況でも、私がシノア様の手足となって働くのは当然の事です」
「まったく妄信的な奴だが、これもお前に同化している聖女である魂の所為か。お前は自分が変わった事に気付いているか?」
「何を言っているのか知りませんが、私がシノア様を思う気持ちは出会った頃から変わってはいません」
「駄目だな……完全に同化が進んでいて別人格になっている。一応は教えてやるが、昔のお前なら人を殺すなんて絶対に出来なかったお優しい人格だったんだぞ?」
「何を戯言を……シノア様に害を成す者など生きる価値の無いゴミと同じです。もしもシノア様に不敬を働いたら、それだけ痛め付けるか拷問にでも掛けて己の仕出かした愚かさを肉体に叩きこむ必要があるのです。そして、私が納得した後に速やかに始末致しますが、私は昔から変わっていませんので、変な事を言わないで下さい」
「お前が納得するまでなんて、どれだけ精神的に甚振るつもりなんだ? 大体、お前に注意を向けてと戦ったら、心を読まれてしまうから、戦い難くて仕方ないんだよ。大方、シノア様に対する質問でもして不敬な事を考えた回数でもカウントもしているんだと思うが。本当に恐ろしい奴だが、さっきのミュラーとか言う奴の心は読んでなかったのか?」
「読んでいましたが、私の対処が間に合わないので最低限の守りしか出来なかっただけです。あの者の動きはかなり速かったので、私の認識が出来る範囲から外れていた時もありました。それにしても、お前の心が読めないのですが。何故ですか?」
「身体能力の差はどうにもならないか。それにしても今も俺の心を読もうとしているとか。無駄だぜ? なんせ俺は生命体の枠ではないから、その魔法の効果が反映されないだけだ」
「そうですか。すると私やカミラさんに近い存在なのですね」
「ほぉー、そこには気付いていたんだな」
「カミラさんがシノア様に厳しくなさるので、どのように考えているのか知りたかったのですが、2人だけで会話をしても決して読めなかったので、眷属には適用されないとは理解しました。お前のお蔭で読める範囲が分かりました」
「まあ、これが不老不死の正体だ。これ以上は奴隷の女がいるから、教える必要はないがな」
「それがこの者が私と対等に戦えていた正体だったのですか……クリスに対してもあれだけタイミングがよく攻撃が出来るなんておかしいと思っていましたが。貴女にそんな魔法まであるとは……」
いまの会話を聞いていたノーラ様が呟きましたが、私もその事は知っていたので、なるべくセリスさんの事を考えないようにしているのです。
あの魔法は、軽く会話をするぐらいでははっきりと読まれないのですが、相手の事を深く考えてしまうと範囲内では自分の心の声が聞かれてしまうので、注意が必要なのです。
「力で勝てないのですから、相手の行動ぐらいは読めないと対処が出来ません。それでも私よりもレベル高いそうですが、使徒というのは力があるだけなら、同じレベルになれば私が勝てると確信を致しました」
「それは技能の差と反論でもしたい所ですが、ただの言い訳ですね……ミュラー様の仰った通り、力を得ていただけで慢心をしていたから、こんな男に……」
「中々潔い方のようです。丁度良いので、その者に体でも仕込まれて己の未熟を味わうと良いのです」
「……同じ女性に掛ける言葉とは思えませんが。貴女は噂通りの人なんですね」
「敗北した女性の末路などそんなものです。この者の容姿はお前の好みなんでしょ?」
ノーラ様には申し訳ないのですが、そんな事を聞いたら、私も捕まるのだけは避けたいと思いました。
女性が捕まるとそんな事になるなんて、死ぬのとどちらが辛いのでしょうか?
出来ればそのような事にならずに済むのを祈るばかりです。
それにしても、セリスさんは昔はとてもお優しかったと聞こえましたが、私にはとても想像が出来ません。
私の知っているセリスさんは、シノア様の悪口を言っただけで、体の一部を斬り飛ばす恐ろしい方です。
オリビア様は気付いてはいませんが、たまにセリスさんが道場で訓練の相手をしているのですが、あの魔法でオリビア様がシノア様に対して悪口を言った回数を知っているのです。オリビア様に対してだけは本気で相手をしているので、たまにオリビア様の手足が斬り飛ばされるなんて事があります。
直ぐに治療をして治していますが、セリスさんが何か数字を呟いていて、聞く度に数字が減っているのです。
オリビア様は実戦方式の真剣な相手をしてくれるとセリスさんの事をまったく疑ってはいませんが、あの数字がゼロになるまでは容赦の無い攻撃で切り刻んでいるだけなのです。
もしもですが……オリビア様がシノア様に好意を寄せなかったら、今頃は散々激しい拷問に掛けられた後に魔狼王の森に腕でも斬られて放置されていたと思います。
そして、死体を見つけたらまた同じ事をしそうなのです。
今はステラさんの畑で農作業をしている私の故郷の友達のエリザに、私が追い出された夜の事を聞いたのです。詳しくは教えてくれませんでしたが、一言だけ「あの後、森で……」とだけ呟いたのです。それ以上は決して答えてくれませんでしたが、私の予想が正しければ、森で恐ろしい追いかけっこをしていたに違いありません。
でなければ、一晩であそこまで考えが変わるなんて私には考えられないのです。セリスさんにシノア様の事を悪く言う事は、死ぬ事が許されない悪夢が待っている事だけは確かです。
「はいはい、そう言う事にしておいてやるが、取り敢えずは、セイルーンの娘とコスプレ忍者娘を探しにいくぞ。それがノア様のご命令なので。今頃はノア様もお楽しみの時間なので、メンバーを集めずに戻ったら、俺が無能の烙印を押されてしまうから、そこだけは頼むぞ。しかし、俺の好みを覚えているとは意外だったな」
「お前が私に手を出さなかった事もありますが、以前にお前の心を読んだことがありますので覚えていただけです。本来でしたらシノア様と直ぐに合流がしたいのですが、ノア様がご命令でしたら仕方ありません。貴方も随分と変りましたね。以前はプライドの高い偉そうな者でしたが、シズクの趣味のコスプレも理解しているとは意外過ぎます」
「ノア様から、別世界の娯楽を嗜むように言われているから、俺は必死に別世界の事も勉強したんだぞ? 下手に間違えると仮想空間でノア様の容赦のない攻撃で俺は数えるのは馬鹿々々しいほど死んだからな。首なんて軽く5桁は刎ね飛ばされたぞ?」
「それはカミラさんが言っていた夢の中の空間の事だと思いますが、どうしたらこの期間でそれだけ死ねるのですか?」
「あそこに時間なんて概念はないから、ノア様に魂を管理されたら、もうおしまいだぞ? 俺は本当に運が良かったと思っている」
「同情はしませんが。それで、シズクとカミラさんの居場所はわかるのですか?」
「それだったら、俺の下僕に聞けば問題はない。おい、ノーラとか言ったな? 他の仲間が向かっている所に案内しな」
「誰が貴方などに従いますか!」
「ふむ、そっちか。心は支配が出来なかったが、体は素直だな」
「この悪魔が……」
ガルド様がノーラ様に話しかけると手で方角を示しています。あちらにカミラさんとシズクさんがいるようです。
そして、私達を誘導するように歩き出しました。私もシノア様に意思の力が働いた言葉でご命令をされると自分の意思とは関係無く体が動きますので、あの方の気持ちが私にも理解が出来ます。
「では行きますが、その使徒の女は信用しても良いのですか?」
「心は縛れなかったが、体は完全に俺の支配下だから、逆らう事は不可能だ。これを解除するのはノア様にしか出来ないから、本当は俺も出来ないんだがな」
「貴方は初めからミュラー様との約束を守る気など無かったのですか!」
「俺は口約束をしただけだが。俺に解除が出来るとは一言も言ってないので、ノア様にお願いしろと教えてやるつもりだったんだが。間違っているのか?」
「この卑怯者が……」
「まったく口の減らない女だな。後ほどお前の口からガルド様と言わせてやるから楽しみにしていろ」
「そんな事は絶対に言いません。私を見くびらないで下さい!」
助けて頂いたのにこんな事を思うのは失礼かと思いますが……どちらが正しいのか分らなくなって来ました。
敵対した使徒のノーラ様が気の毒と思えるのですが……私は間違っているのでしょうか?
「何でも良いのですが、お前の奴隷なのですから少しは黙らせてください」
「おい、口は閉じて案内しろ。それと名前でぐらいは呼んでくれ」
「お前の名前などどうでもいいのですが、聞き分ける時ぐらいなら呼んであげます」
「まったく嫌われたものだが、仕方がないと言えば仕方がないな。それよりも、こいつを奴隷にした事を何とも思わないのか? 俺の奴隷になったのだから、こいつがどうなるのか分っているんだよな? さっきも調教をしろとか言っていたが……」
「シノア様に敵対した者に掛ける情けなどありません。むしろその女をお前の好きな娼婦にでも仕立て上げて、醜い者どもの慰め者にすれば良いのです」
「……お前は本当に変わったな……一時は眷属であるセイルーンの娘やお前に嫉妬を覚えたが、そこまで考えが変わるとは。今の状況の方が断然いいな」
「何度も言いますが、何を言っているのか知りませんけれど、そんな事は当然なのです。その使徒の女は生きているだけましなのですから、その程度の事ぐらいは問題有りません」
「そうかよ。だったら安心して調教が出来るからいいが、お前が認めなかったら、出来ないと思っていたぜ」
「敵対した者には何をしても構いませんが、シノア様と懇意にしている者に手を出したりしたら許しませんので、それだけは覚えておいて下さい」
「お前と話していると、ノア様に考えが近いから、身が引き締まって来そうだ」
「下らない事を言っていないで。早く行きますよ」
「だとよ。早く案内してやれ」
ノーラ様がとても悔しそうに私達を案内をしています。しばらく進んで行くと、激しい破壊音などが響いてくるので、あちらも戦っているようです。戦闘狂のシズクさんと弓使いなのに身体能力にとても優れて近接戦闘も得意なカミラさんですから、心配は無用かと思いますが、大丈夫なのでしょうか?
セリスさんはシズクさん達がどの辺りにいるのか確認をしている感じですが、ガルド様は新しい獲物でも見つけたようにとても嬉しそうです。
私としては、無事にお2人と合流が出来れば良いのですが、これだけ派手に戦っているのですから、無理だとは思います……。




