106 迷宮の階層3
再び元来た通路に向かうと、あの長い通路に通じている道はそのままでした。
そっと、様子を見ると特に変化していないように見えるのです。今更ですが、大丈夫かな?
そんな事を考えていても仕方がないので、また1時間半ほど歩くとまた宝箱が……。
「また宝箱があるのですが、これは元に戻っているという事ですよね? 奥の壁も塞がっていますので、間違いなく罠が復活していると思いますが」
「お姉様、今度は箱を開けるだけにして、金貨は取らないでみませんか? それでまた岩が転がって来たら、即脱出するかまた脇道の通路まで逃げる事にしましょう!」
「では、箱だけ開けるのでしたら、誰か開けて下さい。私は先に転移陣を書きます。同じ結果でしたら、直ぐに脱出します」
「別の罠が有るかも知れないのですが、誰が開けるのですか?」
カミラが別の罠の心配をしています。たまには誰か罠に掛かって痛い目にでも遭って下さい。
確かに私は毒に対しての耐性がありますが、最初だけは気持ち悪くなったり頭がくらくらするので、決して無傷ではないんですよ?
多分ですが、怪我と違って軽い痛みとかに分類されているから、即治癒されているだけだと思うのですよ。
ちなみに、矢が飛び出したりするトラップはちゃんと命中していますが、エルナ達には気付かれないように直ぐに抜いて速攻で癒しているだけなのです。
一応、頭だけはガードしていますので死なずに済んでいますが、毒矢なんかだともの凄く変な痛みなので平然を装うのも大変です。
ダンジョンから帰ってから宝箱の中身を出すと、大抵は私の血がべったりと付いています。
カミラとセリスだって不死なんですから、代わってもらいたい所ですが、セリスは一応このパーティーの回復役でもあるので、危険な事はさせられないから、ここはカミラに開けてもらいましょう!
もしも毒とかだったら、どんな反応をするか見てみたいのですよね!
「同じ罠だと思いますので、カミラで良いと思います。要するに金貨を取らなければいいんでしょ?」
「そうですが……わかりました。何かあった時はお願いしますね」
了承してくれましたが、一瞬だけ嫌そうな事を考えましたね?
私には意識している人の感情がわかるんだから、いくら表情に出さなくても分かるんですからね!
カミラもセリスと一緒で私の事を常に見ていますので、私が宝箱のトラップに引っかかっても平然としているのを知っていますからね。
怪我に関しては、私の自己回復とセリスの治癒魔法で直ぐに治っているので、エルナ達には気付かれていない筈です。
さて、何も無ければいいのですが、何かのトラップが追加されていたら、どうなるのかな?
転移陣を書きながらカミラの方を見ていると、恐る恐る開けています。どうせ何かあったら同じなんだから、気にせずに開ければいいのに。
箱を開けて少しすると奥の通路が現れましたが、またあの丸い岩が設置されていますよ!
だけど、動かないでそのままですね?
これは、金貨を箱から取り出すと動き出す仕組みだったのですね。
たった1枚の金貨だけど、目の前に落ちていたら誰だって拾うのですから仕方ないですよね?
「どうも箱を開けると奥の通路が開かれて、金貨を取り出したりすると岩が動き出す仕組みだったようですね」
カミラが私の方を見ながら説明していますが、何か勝ち誇っている感じがしますよ。
「いまの状態なら、何とか岩の横をすり抜けて奥に行けそうです。あの時に貴女が私の言う通りに箱だけ開けていれば問題は無かったのですから、これからは直ぐにお金を拾う癖は止めるのですよ?」
「私にそんな癖はありません。取り敢えず1人づつ奥に行ってみましょう」
まるで私が落ちている物を何でも拾っているように聞こえるのですが。カミラはどうしてこんなに毒舌になってしまったのでしょうね?
(んー、君が酷い事ばかりしているから、何とかまともな考えになるように言い聞かせているんだよ)
えっ……私はカミラの事は大事な友達と思っているのですから、酷い事なんてしていませんよ?
(んー、君は大事な友達をありもしない借金で縛って、カミラが居ない時は酒蔵で飲んだくれていると屋敷の者達に言いまくって、眠っていると絶対に起きないとわかっているのでエルナの生贄にして全身骨折させたり、用もないのに呼び出して罠に掛けて嫌がらせもしてるでしょ。不意打ちで脅かしたりした時は、感度を上げられているから少し漏らしているけど、何事もなかったふりをしていますが、心の中では羞恥と怒りで埋まっていますよ?)
それは、私のカミラに対する愛情表現です。
いつもくどくどと説教じみた事を言ってるから、リラックスさせる為にしているのです。
決して、仕返しを兼ねて大真面目なカミラの笑えるところが見たいからではありません。
(そんな事を殆ど毎日何かされていたら、最初はあんなに優しく言っていたのに口調が厳しくなるのは当たり前と思うんだけどなー)
ノアだって、マイナスポイントとかで、嫌がらせしてるのでは?
しかも、理不尽な罰とか与えて遊んでいると聞いていますが、逆らえないと思ってやりたい放題なんでしょ?
(んー、僕は君と違って、ちゃんと御褒美もあげていますので、本人は納得していますよ? それにカミラは僕のお気に入りなので、とても大事に扱っています。君と一緒にしないで下さい)
大事ね……。
本人は認めていませんが、カミラがマゾなのは良く分かりましたので、そのうちに私の行為にも好感を持つようになるはずです。
ノアとそんな会話をしながら、進むと奥に下る階段らしき物が見えますが、道が無くなっていて通路に大きな穴があります。
一応、橋らしき物があるのですが、これを橋と呼んでいいのか分かりません。どう見ても太くて長い丸太です……固定はしてあるけど、手抜きな橋ですね。
穴の幅は20メーターほどあると思いますが、これ落ちたらどうなるのかな?
「向こうに階段があるのですが、辿り着くためにはこの丸太の橋を渡らなければいけないのです。どうしますか?」
「少々不安ですけど、渡るしかないようなのですが、エルナ様とキャロさんが心配です」
「なら、カミラは大丈夫なのですか? シズクの心配はしていませんが、セリスも大丈夫ですか?」
「お姉様、私は先に渡って向こう側を調べておきますので、先に行きますね!」
シズクはさっさと走って渡って行きました……よく走って渡れますね。
私はちょっと自信が無いのですが、最後に渡る事にしますよ。
「私は平均感覚には自信がありますので、この太さなら十分に渡れます」
「シノア様、私には無理です。下も見えないのでとても怖くて渡れません」
「でしたら、キャロは私が抱えて行きます。動かないでいてくれれば一人ぐらいなら抱えていても問題はありません」
「申し訳ありませんセリスさん。目を閉じてじっとしていますので、済みませんが宜しくお願いします」
キャロの事はセリスが運んでくれるそうですがそう言えばセリスって、踊りとか上手いと聞いていましたので、バランス感覚はバッチシなんでしょうね。
そうなるとエルナとカミラだけですが……。
「シズクちゃん、待って下さい! 私も直ぐに行きますね」
エルナはシズクと同じく走って渡って行きました。
まったく躊躇いがないとはすごいですね。
「エルナ様には恐怖心というものが無いみたいですね……私は訓練をしていましたし、もう慣れてしまいましたので、このぐらいの幅なら渡れます。一応、心配なのでエルナ様の後を付いて行きます」
うーん。
気が付くと残っているのは私だけなんですが、無用な心配でしたね。
では、私も行きますか……丸太なので、これ中々バランスを取るのが難しいのですがこれを走って渡って行ったシズクとエルナって、おかしいです。
真ん中辺りに来るとみんな渡り終わっているのでいるので、私の応援をしているかさっさと渡れとお厳しい声が聞こえてきます。
私がやれやれと気を抜いた時に足を滑らしてしまって、何と落ちました!
なんで、私だけこんなカッコ悪い事に!!!
「ちょっと、シノア!」
「シノア!」
「シノア様!」
落下中にみんなの声が聞こえますが、悲しい事に素直に落ちて行きます。私に翼があれば問題が無かったのに、これというのもノアが私に翼をくれないからです……ノアの意地悪!!!
そのまま下に落ちると池?だったようで、水面に墜ちましたが、地味に背中が痛いです……水があったから、シズクの真似事をして受け身もどきをしたので、多少は水がクッションの役割をしたみたいですが、最初の衝撃は痛かったです。
直接地面に叩きつけられるのは避けれましたが、死なない為にも全力で治癒しました。
立ち上がると水面の深さは私の腰ぐらいなのですが、まばらにマナの反応があります。正面の矛を腕輪を直ぐに大鎌にして受け止めましたが、こいつらは最初の罠の半魚人です!
受け止めている内に水面に映っていた影を『シャドウ・アンカー』の魔法で、心臓の辺りの魔石を貫いて倒しました。一体を倒したら、他の魔物も気付いてこっちに群がって来ます。
ちょっと数は多いのですが、こいつらなら私の武術でも倒す事が出来るので、魔法と併用すれば問題はありません。出口を探しながら倒す事になるのですが、しばらく戦っていると何となく体の反応が鈍くなってきたのですが気のせいでしょうか?
私の動きが鈍くなって来た所に背後にいた奴に足を貫かれました。即倒して癒そうとしたのですが、あれ?
突然ですが体の自由が利きません?
大鎌を支えにして何とか立っていますが、この全身を襲う痺れる感覚は何ですか?
こんなに囲まれているのに体が動かないなんて、ピンチですよ!
頭は働くので、『エアリアル・ニードル』で、まとめて貫いて倒していますが、何故か声まで出せないから、無詠唱で行使しているので、マナを籠めるのが精一杯なので威力が半減しています。
この魔法の良い所は風の槍を複数出して相手を貫く事なのですが私の生み出す力が半減しているので、2体も貫通すると消滅してしまいます。
ある意味マナは節約できているのですが、このままではマナ切れで死亡が確定してしまいます。
今まで、体が動かなくなるなんてマナ切れ以外にはなかったのにどうして?
(んー、ちょっとまずいですね)
ノア先生、もうちょっと早く反応して下さいよ!
(これでも早く反応したんだけど。この水に浸かっているのはまずいので、早く陸地に上がって下さい)
この水がどうかしたのですか?
もう動けないし、近い魔物から倒すので精一杯ですよ!
(んー、この池なのか何か知らないけど、この水の成分は麻痺毒です)
麻痺毒なのですか?
でもそれがどうしたのですか?
私の体は毒などは受け付けないのですよね?
(んー、受け付けないのではなく、体に入った異物をマナに変換しているだけなのです。しかし、不純物なので、マナの変換効率が悪いから、いまいちなのですよ)
それじゃ、私の体が動かないのは麻痺しているからなのですか?
もう言葉を喋る事も出来ないのです!
(実は、途中で足を貫かれたのがまずかったのですよね。あれで傷口から一気に吸収してしまったので、変換が追いつかないのです。君だけの処理能力じゃ追いつかないから僕も手伝っていたんだけど、あの怪我がなければ何とかなっていたのですが、あれで、許容量を超えてしまったのです)
私には毒などが効かないと思っていたのですが。何となくそうとは思っていましたが、マナに変換されていたのは正解でしたけど、許容量なんてあったのですか!
だから、猛毒の類の時はふら付いたりしていたのですか?
(んー、その通りです。これは誰にも知られたくない、この体の最大の欠点でもあります。この事が知られると君を捕獲するなら、毒薬では無く、動けなくするような薬漬けにしてしまえば君を無力化出来るので、死んで僕と入れ替わる事も出来ません)
それはまずい欠点ですね……ですが今はこの状況を打破したいのですが、どうやったら回復するのですか?
(この水から離れる事なのですが足の治癒が完璧ではないので、未だに吸収率が高いのです。体の治癒機能まで麻痺しているようなのです)
では、私のマナが尽きたら詰みですね……この麻痺毒のマナの変換効率がどのくらいか知りませんが、悪いという事は大した量ではないとみましたが?
(んー……仕方ありませんね。翼を出せるようにします)
やっぱりノアが制限を掛けていたのですね!
(これを解放すると君が楽をしょうとするから避けていたのですが、已む得ません)
何を当然の事を言っているのか……あんな便利な物を利用しない訳がありません!
それで、どうやって出すのですか?
(背中に翼のイメージをするだけで、マナで翼が構成されます。直接背中から生えているわけではないので、服を着ていても大丈夫です)
翼のイメージ……最近だとステラさんの姿が浮かびます。あれで良いですよね?
私が思い浮かべると4枚の翼が構成されましたが、色が……。
確かノアは4枚とも黒だと聞いていたのですが、私は片方の2枚がステラさんと同じ白ですよ?
それは後で考えるとして、いまはステラさんのように浮かぶイメージだけしましょう。
すると取り敢えず水面からは脱出して浮かんでいますが、体は動かないからイメージ的には荷物に翼が生えているだけですね……やっと飛べたのにカッコ悪いです……。
(この状況で、格好を気にするとか余裕ですね。まあ、助けが来たので、水面に落とさないように君が足場になると良いよ)
助けですか?
でも、どうやって?
「お姉様! 今お助けします!」
シズクが風で足場を作りながら降りてきていますよ!
器用な事をしますね。
感心していないで、シズクに麻痺毒の事を言わないとシズクが水に触れたら、大変な事になります。
念話でもいいのですが、やっと喋れる所まで回復したみたいなので、私を足場にするように言わないとね!
「シズク、この下の水面に触れると麻痺してしまいますから、着地するのでしたら、私の背中に降りて下さい!」
「畏まりました、お姉様! その前に群がっている半魚人を始末します! 忍法! 風槍刃の陣!」
毎回、名前が変わっていますが、今度は『エアリアル・ニードル』なのです。シズクが使っているので手数が私よりも多いから、私の周りに群がっていた魔物が滅多刺しです。
もう忍法でも忍術でも何でもいいので、シズクが最初から範囲魔法で倒しまくった方が早いよ!
あらかた始末すると同時に私の背中に着地しました。一応、威力は殺して降りてくれたので、軽く乗っただけで済みました。
「いやー、シズクが来てくれて助かりましたよ。マナがギリギリで攻撃手段が無くなる所でしたよ」
「階段の辺りを調べていたら、エルナお姉ちゃんが血相を変えて、お姉様が落ちたと教えてくれたので、皆さんには待機してもらって、私が風の足場を作りながら見に行く事にしたのです。それにしても、まさかお姉様が翼を出して浮かんでいるとは予想外でした」
「この麻痺毒の水から脱出する為にノアがやっと翼を解放してくれたのです。何故か色が片方だけ違うのですが……」
「右側は黒ですが、左側は白ですね! 何となくお姉様のイメージにピッタリですね!」
「……それはどういう意味なのでしょうか?」
「お姉様は、考え方が極端なので、どっち付かずの色になったのだと思います。敵対すれば殺す事が前提になるし、敵意が無ければ悪人にだって、気を許すからです」
「別にそんな気は無いのですが。味方は多い方が楽になるし、敵は排除しないと問題が増えるからと思っているからですよ?」
「そんな事を言っているのはお姉様ぐらいですよ? 普通は、感情的に考えればそんな簡単に割り切れないと思います」
そんな事を言われたって、なまじに相手の感情がわかるから、好意的な人なら私はいいと思うんだけどね?
恐らくですが、その辺りの感情がノアに規制か何かされているからだと思います。
そんな事より、早く体が回復して普通に飛びたいです。
このままだと、私はただ翼で浮かんでいるだけで、シズクの足場状態です。
取り敢えず水面から大分離れたので、魔物も私がいないと思ってくれたみたいですが、シズクの滅多刺し攻撃で真下の部分が真っ赤に染まっています。
「ところで、いつまでこの状態なのですか? 早く戻らないと皆さんが心配していますし、エルナお姉ちゃんとセリスお姉ちゃんは心配の仕方が半端無かったので、早く安心させてあげたいです」
「もう少し待って下さい。やっと指が動くようになって来ましたので、体の自由が回復してから、上昇したいと思います」
「そう言えば、お姉様の体の自由が利かないなんて、マナ切れでも起こしたのですか? 魔物の数が結構居ましたので、範囲魔法でも連続で行使したかのですか?」
うーん。
ノアには誰にも知られない方が良いと言われていましたが、正直に話しても良いのでしょうか?
こんな欠点は誰かに知っていてもらわないと、次に同じ事が起こった時に対処に困ると思うのですが……。
(んー、シズクになら教えても構わないでしょう。この子は、現時点で最も頼りになる君のパーティーの最強の存在なので、君に何かあっても対処が出来ると思います。今回だって、どこまで落ちているか分からないのに直ぐに駆けつけるなんて、普通なら降りて来られませんから、君に対する好感度はマックスと思えばいいのですよ)
ゲームじゃあるまいし、好感度マックスとか言ってますよ。
ノアが一番感化されていると思うのですが、あの趣味空間を見れば間違ってはいませんからね。
何にしても、シズクなら私のピンチでも何とかしてくれるので、話しておきましょう。
「シズクにだけは教えておきますが、私は毒などが効かない訳ではないそうです。単純に、体内に侵入した物をマナに強制変換していただけなのです。食事やアルコール類はそのまま変換されるみたいですが、体に対して害のある異物は変換効率が悪いらしく、私の基本の設定が生物なので、変換しきれないと体に影響が出るとノアが言ってました」
「なるほど……それは不老不死なのに痛い欠点ですね。お姉様の死んだ時の危険性を知っている者なら、薬物漬けにして無力化してしまえば、簡単に捕獲が出来ると考えるでしょう。どこかの研究所にでも捕まったら、永遠に実験動物にでもされそうですね」
実験動物……それって、生まれ変わる前に逆戻りじゃん?
しかも、今度はもっと酷い実験がしたい放題とか最悪です。
せっかく手に入れた自由が無くなるフラグが立ちましたよ!
「シズクにお願いがあるのですが、私がそんな状況になると判断した時は、迷わずに私を殺して下さい。そうすれば対価を払う事にはなるのですが、ノアが何とかしてくれるはずです。私の死で入れ替わるノアには制限がないと思いますので、私の現時点での最大の力が使えるはずです」
「私にお姉様を殺せと言うのですか!? 私は嫌です! 大好きなお姉様を殺すなんて、絶対に出来ません! そんな状況になる前に必ずお姉様を救ってみせますので、安心して下さい!」
「シズクの気持ちはとても嬉しいのですが、どうしても回避できない時は、シズクの知識にある時代劇の介錯と思って首を刎ねてくれれば良いのです。これは私が最も頼りにしているシズクににしか頼めないのですから、お願いします」
「ずるいですよ。お姉様にそんな言い方をされては、納得は出来ませんけれど、引き受けさせてもらいますが……そうなると、私も罠などを解除できるようにその手の方面も鍛錬をしておかないといけませんね。帰ったら、ナッシュ辺りに色々と教えてもらう事にします」
「引き受けてくれてありがとうね。ナッシュさんは、罠の解除などは出来るのですか?」
「ナッシュはお屋敷に潜入して来た者達の中で一番色々と探索していたのです。ちょっと欲を掻き過ぎて長期に滞在していなければ発見されずにいたのですが、本人の好奇心が身を滅ぼしただけです」
「ふむふむ、要するに引き際を誤ったのですね?」
「これは内緒なのですが、セリスお姉ちゃんに興味を持ってしまったので、半分ストーカーみたいな事をしていたのが失敗なのです。ちゃんと普通に任務を全うしていれば、恐らく唯一の成功者になれたのですが、残念でしたね」
確かナッシュさんって、セリスに罵られると喜ぶ変態と聞いていましたが……まさかセリスのストーカー行為をその時からしていたなんて、美形のお兄さんなのに残念な人ですね。
それから少し話をしている内に体の自由が元に戻ったので、シズクを前に抱いて立っている状態に戻ろうとしたのですがシズクが背中から移動してくれません……そのまま背中に乗せたまま飛んで欲しいとの事ですがそれで、みんなの所に戻るなんてカッコ悪いです!
普通は前に抱いた状態で、なんというか神々しい感じで降臨したいのに、背中に乗せたまま水平に飛んで登場とか絶対に嫌です!
大体、そんな事をしたら、エルナが次に跨って飛んで欲しいと言うに決まっています!
せっかく飛べるようになったのに、私は空飛ぶ乗り物ですか!
何とか説得しているのですが、私のお腹に足をがっちりと挟み込んでいますので、まったく動く気がありません……強制してもいいのですが、万が一落ちたりしたら大変なので、こんな空中で浮いている状態で命令する訳にもいきません。どうしたら納得してくれるのでしょうか……。
「シズク、お願いですから、足の拘束を外して私の腕の中に来て下さいよ。こんな体勢でみんなの前に現れたら、私はただの乗り物状態でカッコ悪いのですから……」
「嫌です! 一度で良いから、小型の飛行機に乗って風を感じたいと思っていたのですから、この体勢は丁度いいのです! それにお姉様は、十分に笑いが取れるのですから、このぐらいはネタで済みますよ!」
笑いのネタ……さっきまで、とてもシリアスなお願いをしていたのに、早くも私に笑い者になれと言うとか、自分の趣味の為には悪魔の如き所業です。
ちょっと、下の池に落としてやりたい気分なのですが、あの風の足場を作って、何とかするので無理でしょうね。
「しかし、エルナに見られたら、この状態を巡ってエルナと争う事になると思うのです。下手するとセリスまで参戦してきますよ? エルナは当然として、セリスって、とにかく私とくっ付きたがるから、シズクに変な制限を掛けてくるかも知れませんよ?」
「むむ……確かにエルナお姉ちゃんは、絶対に同じ事がしたいと言ってきます。セリスお姉ちゃんが関わってくると私には勝ち目が無いのでまずいですね……」
「ねっ? だから、こんな乗り物みたいな体勢は止めましょうよ?」
「仕方ありません。では、肩車をして下さい。それなら、エルナお姉ちゃんやセリスお姉ちゃんに真似は出来ませんので、したくても我慢するはずです。私なら、お姉様の妹分なので、肩車をしていても問題はありません」
えー……肩車だと私がカッコ良く登場できませんが、乗り物体勢よりはましなので、ここはシズクの言い分を飲んでおきましょう。
流石にエルナやセリスを私が肩車をするのには無理がありますからね。
それでもエルナは何か言ってきそうですが……。
「分かりましたので肩車にします。乗り物状態に比べれば遥かにましですからね」
「では、ちょっと移動しますので、首に跨ったらゆっくりと体を起こして下さいね!」
「はいはい」
シズクが首に移動すると同時にゆっくりと体勢を変えましたが、私のイメージ通りに体の向きが変わります。これすごく便利ですね。
特にマナの消費した感じもしません。ステラさんが何となく翼を出して浮いているのが、非常によく理解出来ました。
こんな楽が出来るのでしたら、もうずっと翼を出していたい気分です!
(だから、翼を解放するのは嫌だったのになー)
ふっふふふ……もう手遅れですよ!
落ちた時は最悪でしたが、私はいま空を支配する力を手に入れました!
これからは、みんなが見ていない時は、ステラさんを見習って、浮かんで移動する事にしましょう!
飛べるって、素晴らしいですね!
その後、シズクを肩車しながらですが、みんなの前に登場して、合流出来ました。下の池で私が麻痺していた事は内緒で、ちょっと魔物と戦闘していた事だけ話してから、私の天魔族としての力が発現した事にしました。
カミラはとても怪しそうに聞いていましたが、ノアからどれだけ聞いているか知らないけど、ノアが仕方なく解放したと感づいていると思います。
揃った所で進もうとしたら、エルナも私に肩車してもらって少しだけ飛びたいと言ってきました……私の翼だけめっちゃ堪能しただけでは、満足できなかったようです。
流石にそれは嫌でしたので、お姫様抱っこで落ちた穴の周辺を少しだけ飛んであげたのですが、私の首にしっかりと抱き着いて来て「ああ……シノアにこのような体勢で抱いてもらって空を飛べるなんて私は幸せです……もうこの手を放したくないのでこのままどこかに飛んで行きたいですね……」とか言っています。こんなダンジョンの中で薄暗いのに、妄想だけは青空の中にいるようです。
エルナの次は珍しくセリスがお願いして来ます。流石に断れなかったので、同じ事をしました。何も言いませんし、どうして潤んだ瞳で私を見つめているのか良くわからないのですが、昔に比べて、セリスも十分に壊れてきましたね。
キャロは何も言いだしませんでしたが、カミラだけは「背中にちょっと乗せてくれませんか?」なんて言い出しました。当然却下ですし、それだけは避けたいと思っていたのに、とんでもない事を言い出します。
なんか含み笑いをしていましたので、私に対する嫌がらせと判断しました!
きっと、ここで笑い者にして私に仕返しをするつもりだったと思いますが、さっさと無視して、先に進みました。エルナが少し関心を持ってしまったので、もしかしたら、いずれお願いされそうです。
まったく、せっかく翼を手に入れたのに、カミラの一言が後に問題でも起こしそうです。
早くみんなに忘れさせる為にもさっさと階段を下りてしまいましょう!




