6話
翌日早朝、俺はメイドさんに起こされた。
窓から外を見てみれば地平線の向こう側が明るくなってきたところだった。
照明器具といえば蝋燭やランタンという暮らしなら日の出とともに活動を始めるというのも納得だ。電気が普及した日本とは生活リズムが全然違う。
テレビやネットが無いので暇っちゃ暇だが、早寝早起き、実に健康的ではないか。
体を濡れタオルで拭いてやるというメイドさんのありがたい提案を朝に元気な体の一部分の都合で泣く泣く断り、体を拭き、新しく用意された着替えに着替えた後でメイドさんに髪をとかしてもらった。
金持ちって毎朝こんなことしてもらってんのかと羨ましく思う。
やっぱ体も拭いてもらえばよかったかな?
身支度を整えたら次は朝食。昨日と同じダイニングに通されるとすでにマリアーベルさんが食事を始めていた。
「おはよう、マリアーベルさん」
「おはようケント。今日から私とお前は同じパーティの仲間だ。マリーでいいぞ」
「わかったよマリー。これでいい?」
「あ、ああ、いい……んじゃないか?」
自分から要求したくせに愛称で呼ばれて恥ずかしかったらしい。
プイッと視線を逸らしたうえに耳が赤くなっている。
愛いやつめ。
マリーを眺めてニヤニヤしているとメイドさんが俺の分の朝食を運んできた。
……なんだこれは。朝からチキンソテーとはすごいな。
「朝しっかり食べておかないと途中で腹が減って動けなくなる。食べられるときに食べておくのが冒険者だ」
さっそく冒険者的指導が始まったようだ。
「でも朝からこれは……」
「それでもケントのは小さめなんだぞ。私はその倍のを食べた」
「マジすか……」
俺が目の前のチキンソテーに気を取られている間にマリーは食べ終えたようで、食後のお茶を飲んでいる。ダイニングに来た時はまだそれなりに彼女のお皿に残ってたはずなのに……
彼女は細い体とは裏腹に大飯食らいで早食いらしい。
これが体育会系かと多少ゲンナリしながらもチキンソテーの攻略を開始する。
お、けっこう美味いな、これ。
「食べながらでいいから聞いてくれ、今日の予定だ。朝食を食べたらまず北門の冒険者ギルドに行ってケントの冒険者登録をする。それが済んだら次に装備を整えに行くぞ」
「装備って?」
「お前は迷宮に普段着のまま行くのか?ピクニックじゃないんだ、武器と防具が必要だ。それらを買いに行く。ナイフや水筒といった小物は兄様のお古を分けてやる」
「お古でも貰えるのはありがたいよ。ありがとう」
「かまわん。兄様たちが家を出ていって使わなくなって倉庫に放り込んであったものだ。誰かに使われる方が道具としても本望だろう」
「至れり尽くせりで申し訳ないなぁ。そうだマリー、装備で思いついたんだけどもしかしたらどうにかなるかも」
「どうにかって?」
「カードゲーマーの力で装備品を召喚するんだ」
NovaTCGには装備カードという種類のカードが存在する。あれらのカードに描かれた武器防具を実体化できればわざわざ店で買う必要はないということだ。
「カードゲーマーというのはそんなことまでできるのか?」
「実際にやってみないとできるかどうかわからないけど、可能ならいろいろ出せるよ」
「万能すぎて恐ろしいな……」
俺もそう思う。
状況にあったカードを持ってるだけでだいたいのことはできてしまうのがカードゲーマーの利点だ。
カードゲーマーの仕様か知らないが俺にはMPという概念がない。
通常、だいたいのスキルは発動させるのに多かれ少なかれMPを消費する。
魔法系スキルなんかがその代表で、威力や規模が大きい魔法ほど消費するMPが増える。
また【採取】や【追跡】といった技能系のスキルはMPを消費しないスキルだ。
昨晩マリーに教えてもらった。
そしてカードゲーマーのやってることに似た召喚系の職業の召喚士、これの固有スキルである魔物と契約する【契約】、契約した魔物を呼び寄せる【召喚】はともにMPを消費する。
だがMPの概念のないカードゲーマーはカードが有る限り、今のところわかってる範囲では無制限に使える。
代償無しで大魔法クラスのことをポンポンやってしまえるのは確かにズルだろう。
そうこう話してるうちに俺も朝食を食べ終わった。朝から肉は胃にくる。
だが野球部員のクラスメートが食べていた巨大タッパー弁当よりはマシかもしれない。
食後の紅茶を一杯飲み、マリーが装備を整えて来たあと俺たちは中庭に移動となり、さっそく俺の装備を用意することになった。
「装備カード自体はいろいろあるんだけど、どんなのがいいかな?」
「ケントはカードゲーマーの存在を悟られないようにしなければいけないから、召喚士と職業を偽れば行動しやすいだろう。だから魔術師っぽいローブとかがいいのではないかな。あとは杖とかか」
「ローブと杖ね。んーとローブローブ……、おっこれなんかいいんじゃないかな?装備!"老魔術師の外套"!」
カードリストの"老魔術師の外套"のカードをタッチする。
すると『装備する対象を選んでください』というメッセージが表示された。
対象は自分、と言うと俺の足下に魔法陣が展開され魔法陣から放たれる光の粒子が体にまとわりつき、それはやがて裾の長い、いかにも魔法使いといった見た目の黒いローブになった。
「ほう、これはなかなか便利なもんだ」
マリーもローブが実体化したことに驚いている。
「じゃあ次は杖っと。"老魔術師の魔法杖"」
再び魔法陣が展開し、同じように今度は自分の背丈と同じほどの木製の杖が現れる。
「どうですか?いい感じじゃないですか?」
マリーにさっそく俺の装備を見てもらう。
裾が少し擦り切れてるのがまたいい味を出している黒いローブ、それに加えこれまたいかにもな杖があわさりどこからどう見ても魔法使いだ。
「悪くはない、がローブ一枚じゃ防御面に難がありすぎる」
「マリーって結構現実的なのね……」
「装備は見てくれより性能だ。命を預けるんだ、性能が良くなければ話にならん」
「おっしゃる通りで……」
コスプレのなんちゃって魔法使いは許されないそうだ。
まあ相棒に足引っ張られちゃたまらないし当然か。
「でも一応このローブ、モンスターの防御力を300アップさせるっていう効果なんだけど」
「VITを300もだと!?なら試してみるか」
「えっ?」
その瞬間俺の腹に強い衝撃がはしる。
体がくの字になり真横に吹き飛ばされ芝生の上をゴロゴロと転がる。
は?え?なんで俺吹っ飛んでんの?突然すぎて訳がわからないんだけど。
とりあえず顔をあげマリーの方を見てみると、なぜかマリーは鞘が付いたままの剣を振り抜いた姿勢でいる。
どうやら今の攻撃はマリーがやったらしい。
「な、なぜこんな事を?」
「VITが300も上がると言うから試してみたくなったのだ」
「そ、そっか……。試したくなっちゃったか……」
試したくみたくなったのだ、じゃねーよ!!
いきなり剣で殴られるとかわけわかんねーよ!
さすが脳筋。やる事なす事が力づくすぎる。
「いきなり攻撃したのはすまなかった。許してくれ」
両手を合わせてゴメンね、と謝ってくる。
美少女って得だな。片目を瞑っているところがポイントだ。許せそう。
「だがそのローブはすごいな。今のは軽めにだったがそれでもなんともないとは」
「5メートルくらい吹き飛んだけどね!あ、でも確かに衝撃はすごかったけど痛みは無いな」
「まさかマジックアイテムまで出せるとは。良かったな、秘密が増えたぞ」
「ローブが強力なことに喜んでいいのやら、俺の身の危険が高まったことに泣けばいいのやら……」
散々な目にはあったがローブの防御性能がわかったのはとりあえずの収穫だ。
ステータスを見てみれば表記に変化がある。
ケント タチバナ 男 16歳
種族 ヒューマン
職業 カードゲーマー
LP 10000
Deck 7139枚→7136枚
攻撃力+300 防御力+300
攻撃力+300はスタッフ、防御力+300はローブの効果だ。
マリーのステータスは、
マリアーベル 女 15歳
種族 ヒューマン
職業 冒険者Lv24
HP 1347
MP 279
STR 325 DEX 156
VIT 289 AGI 265
INT 161 MND 278
LUC 72
STR325の自称軽めの攻撃で無傷なところを見るに、防御力+300は文字通り防御に関して300の数値分の役割をするのではないだろうか。
つまり物理に対する防御力を示すVITが300あるという意味か。
ローブ一枚着るだけでマリーのVITを軽く超えてしまうってヤバくないか?
待てよ?っていうことは攻撃力+300が付いてる俺は今、STR300相当ということか?
カードゲーマーヤバすぎやしないか?バランス崩壊が著しいんだが。
俺は自身のステータスを見せると共に今の考察をマリーに伝える。
「確かにマジックアイテムの中にはステータスを上昇させる効果を持つものがある。私の剣も【STR5%上昇】という効果が付いている」
そう言ってマリーは剣を鞘から抜いて見せてくれる。
うっすらと刃が光っている。なるほどこれが正統なマジックアイテムか。
「カナリア北の迷宮18階層で見つけた剣がこれくらいの性能だ。迷宮産のマジックアイテムとしては一般的であるがゆえにケントのローブの異常さが際立つ」
「これが知られたらとんでもないことになりますね」
「まったくだ……。ハァ、私の今までの努力が無意味だったと言われているようでショックだ……」
マリーが落ち込んでしまった。まあ無理もない。
ローブ一枚、杖一本装備するだけでステータスが逆転してしまうのだ。
今の俺なら先ほどのように杖でフルスイングすれば人間を吹き飛ばすことができる。
ゲームのようにステータスに身体能力が左右される異世界の物理法則はなんと不思議なことか。
「マリーの分も用意できるけどどうする?」
「……よろしく頼む」
だが破格の性能の装備の誘惑には抗えないようで攻撃力+800の"神剣レーヴァテイン"と防御力+600の"ドラゴンスケイルメイル"を出してやればコロっと堕ちた。
国宝を通り越して伝説級の強力なマジックアイテムを身につけて興奮で震えている。
マリーに尻尾が付いていればブンブンと激しく振られていただろうな。
プレゼントを気に入ってもらえたようで何よりだ。
「これがあれば私も初代様と同じ土俵に立てるのだろうか。ケント!私ははやく試し切りがしたいぞ!」
ガバッと肩を掴まれガクガクとゆさぶられる。
マリーさん、目がキラキラしていらっしゃる。
「行く!行くから!」
「早く行こうすぐ行こう、ギルド登録なんてあとでもできる。さあ"漆黒の駿馬"を出せ!迷宮へ行くぞ!」
「わ、わかったから離してくれぇ〜!」
マリーの迫力に負け大人しく"漆黒の駿馬"を召喚する。
するとマリーはどこかからか馬具を持ってきてあっという間に付けていく。
「よし準備完了だ。行くぞケント、しっかり掴まってろ。落ちたら置いていく」
「え、ちょ、ちょっと待……のわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ひょいとマリーに抱き上げられ馬に乗せられ、俺が喋り終わる前にマリーは馬を走らせる。
急な加速に危うく落馬しそうになるが必死にマリーの腰に掴まって耐える。
誰かこの猪突猛進脳筋娘を止めてくれ。
俺の涙が尾をひくように後方に流れていく。馬で新幹線並みのスピードは怖いってレベルじゃない。
俺の悲鳴を置き去りにして、漆黒の駿馬はカナリア北の迷宮へ向けて街道を爆走して行くのであった。