5.5話 カードゲーマーではありません。女冒険者です
私の名はマリアーベル・フォン・エレクシア。
エレクシア辺境伯領を治めるハティス・フォン・エレクシア辺境伯の長女だ。
我が家は騎士の家系であり、アウラム王家から王国と隣国、カーマッサ王国との国境の守護を命ぜられ、代々その役目を果たしている。
カーマッサとの戦争は約100年も前から続いている。100年前、当時のカーマッサはアウラムを支配すべく大規模な攻勢を開始、しかし奮闘虚しく壊滅的な敗北をカーマッサはした。
その時我がアウラム王国を勝利に導いた名将が、初代エレクシア辺境伯だそうだ。
そういった歴史からエレクシア家は実力主義であり、女の私も例外なく武を叩き込まれた。
私の上に二人兄がいるが彼らは騎士として経験を積むために王国騎士団へ入団し、今家を空けている。
私は女なので王国騎士団に入ることは叶わないが、それでもなにか力になれないかと自分から冒険者となり実戦を積んでいる。
私は魔法の才能は無かったが、剣の才能があった。
それに私が持って産まれた天性のスキル、【第六感】が私を剣士として完成させた。
【第六感】は直感を強化、補正するスキルとされている。
感という不確かなものを強化するのだが、これが戦闘においてばかにならない。
相手が次にとる行動、攻撃の軌道、不意打ちなど【第六感】が役に立つ場面は多い。一分一秒にも満たない刹那の攻防に【第六感】は多くの恩恵を私にもたらした。
普段私はカナリアの町の北にある迷宮で活動している。
迷宮はいつ、誰が何の目的で作ったのかはわかっておらず、ただわかっているのはそこに魔物が湧き、財宝が眠っているということだけだ。
冒険者は迷宮へ潜り、魔物を倒して宝を探す。ガラクタが見つかることもあれば国宝級の、現在の技術では再現が不可能な強力なマジックアイテムが見つかることもある。
実際に高額なマジックアイテムを発見し、一生遊んで暮らせるほどの金を手に入れた冒険者もいる。
そういった者たちを見て、いつか自分もと彼らは一攫千金の夢を胸に、日夜迷宮に潜るのだ。
だが迷宮は人間に対して優しい場所ではない。迷宮の外にも魔物は存在するが、迷宮の魔物は外の魔物と一線を画する。
ほとんどの迷宮で下層に行けば行くほど魔物が強力になっていくという法則がある。上層の浅いところの魔物は外のと大差ないのだが、下層の魔物は外では考えられないような魔物が跳梁跋扈しているのだ。
強力なマジックアイテムは迷宮の下層で手に入るので、欲に目がくらみ自分の実力不相応な階層に行けばすぐさまそこの魔物に殺されることになる。
カナリア北の迷宮の最高到達層は地下54層で、初代エレクシア辺境伯が成し遂げた。そこで手に入れたマジックアイテムがカーマッサ王国の進行を食い止めたというのだから、54層まで行ければきっと他にも国宝級のマジックアイテムが手に入るだろう。
私はご先祖様と同じ領域に到るため、努力している。
これまでの頑張りで27層まで到達した。
しかし最近私はソロで続けるには限界を感じていた。
命の危機を感じたのは一度や二度ではない。【第六感】のスキルが無ければ私ははとっくに死んでいただろう。
だが私は誰かとパーティを組むのには抵抗があった。
自分で言うのはあれだが私の容姿は良い方だ。そのおかげでちょっかいかけてくる不埒な輩が多い。
我慢して何度か別の冒険者と臨時パーティを組んでみたことがあるが、どいつもこいつも下心が見え見えでただ無駄に疲れるだけだった。
口説いてきたり急に肩を抱いてきたりはまだマシな方で、わざと私が窮地に陥るように工作し、ギリギリのところで助けに入り颯爽と現れた勇者を気取るバカにはさすがの私もキレた。
パーティを組む時に【第六感】が発動してくれればこんな目に合わなくてもいいのだがどうもこのスキル、切迫した状況であればあるほど発動率が高くなるようで、実際に危ない目に会うまで発動してくれないのだ。
戦闘中はかなりの確率で発動するので頼りになるが、いざこざの予防としては実に頼り甲斐がない。
そういう事もあって私はパーティを組むことを諦めかけていたのだが、ひょんなことからある少年とパーティを組むことになった。
黒髪黒眼とこの辺りでは見かけぬ風貌の彼は、謎の転移に巻き込まれこちらへやってきたらしい。確かに着の身着のまま放り出されたという様子で非常にまいっており、捨てられた子犬のような表情は不覚にも少し可愛いと思ってしまった。
彼は偶然にも人と出会えて助かったと喜んでいたが、実はこの出会いは偶然ではない。
先に言った通り私は普段は迷宮で活動している。
ではなぜこの日は迷宮とは真逆のカナリア南にある森へ来ていたのかというと【第六感】が関係する。
朝、いつものように迷宮へ行こうと支度していると突然【第六感】が発動し、森に行けと告げて来た。
普通【第六感】でわかるのはなんとなくそんな気がするという程度なのだが、こんなにはっきりと予言めいた直感が働いたのは初めてだった。
森に行くとなにがあるのか気になった私は急遽予定を変更し、森へ向かった。
森に着いてからも【第六感】がこっちだ、とうるさい。
導かれるように途中で出会うゴブリンを倒しながら森を歩いていると藪から飛び出して来たのがケントだった。
【第六感】はどうもこの少年と私を引き合わせたかったらしい。
どういう意図があって私と引き合わせたのかはわからないが、ちょうど彼も途方に暮れていたのでとりあえず家に連れて帰ることにした。
結果から言えばこの判断は正しかった。
道中判明したが彼は聞いた事もない職業を持っていた。
"カードゲーマー"
カードというくらいだから賭博師の職業に似たものかと思ったが実際はそれとはかけ離れた、まったくの別物だった。
彼いわく、ノヴァなんちゃらとかいう玩具のカードが元らしいのだが、カードゲーマーの職業はそのカードに描かれた魔物を召喚し使役するというのだ。
実際に召喚して見せてもらったが、彼が召喚したのは思い出しただけで鳥肌が立つほど美しいユニコーンだった。生きた芸術品ともいうべき存在だったが私はその美しさの中に恐ろしいほどの力を秘めているのを感じた。
ケントは召喚者だからか鈍感だからか、迷いなくユニコーンに近づいていった時はもうダメだと感じた。【第六感】ではなく私のこれまでの経験から来る感だが、もしあのユニコーンと戦闘になった場合、私は死なないようにするのが精一杯で勝ち目など皆無だと思う。
だが彼はユニコーンだけじゃ飽き足らず、お遊びでドラゴンまで召喚しやがった。
そのドラゴンはまさに破壊の化身というべきもので放ったブレスは常識外の威力だった。今でもあの破壊の光景と遅れて聞こえて来たあの轟音は今でも鮮明に思い出せる。
あんなの、外の魔物には存在しない。あれは迷宮の下層も下層の魔物だ。
迷宮の最下層にたどり着ける、多くいる冒険者の限られたごく一部、英雄と謳われる人外たちが相手にする存在だ。
そんな存在を従える彼は自分と同じ人間なのかと思った。幸い彼の性格は温厚なようで、その力を使って世を混沌の渦に飲ませようという野心は無いようだ。
彼が客間でくつろいでいる間に父上と話しあったが、彼が変な気を起こさないよう、そして良からぬ輩にいいように利用されないよううまくコントロールしていくということになった。
ある意味私たちが彼を利用しているわけだが彼にとっても悪いことではないのでそこは許してもらおう。
【第六感】が引き合わせた異常とも言える力を持つ彼と私に、どのような未来が待っているのだろうか。
彼となら初代様と同じ、いや、初代様を超える領域に私はいたれるのだろうか。
【第六感】はうんともすんとも言わない。