5話
今俺は死にかけている。
足腰に力が入らず、生まれたての子鹿のようにプルプルと震えている。
「ククク……」
マリアーベルさんが笑いを堪えようとしているようだが笑いが漏れてますよ。
なぜマリアーベルさんに笑われているのか。
それは俺が楽をしようとして自爆したに過ぎない。
「乗馬って結構足腰にくるんですね……」
「ケントは力を入れすぎなのだよ。まあ初心者に鞍無しというのは辛いのも当然だな」
俺は歩くのが面倒だったので"漆黒の駿馬"、馬のモンスターを召喚した。
漆黒の駿馬はサファイア・ユニコーンとは違い、見た目は普通の馬とあまり変わらないので乗り回しても大丈夫だと思い召喚した。
しかし漆黒の駿馬には鞍が付いていなかったのだ。
マリアーベルさんは馬具無しでも乗れるというので先に乗ってもらい、俺はマリアーベルさんにしがみつく形で乗ることになった。
美少女の腰に掴まり二人乗りするなんてイベントに、馬召喚した俺グッジョブ!
……なんて言っていられるのも最初だけだった。
漆黒の駿馬はその名の通り走るのが非常に速い。
馬がスピードを上げるにつれ揺れが激しくなり、俺の余裕は消えた。
とにかく振り落とされないよう必死にマリアーベルさんにしがみついた。
どれくらい乗っていただろうか、マリアーベルさんに抱きついた感触を楽しむ余裕もなく気がつけばカナリアの町に到着していた。
今俺たちがいるのは大通り。
非常に賑わっており、多くの屋台や露天商が声を張り上げ客引きをしている。
だが俺の興味は異国情緒溢れる町並みではなく、そこを歩く人々に向けられていた。
「すげぇ!あれってもしかして獣人ってやつか!?じゃああの髭もじゃはドワーフ!?」
さすがは異世界。
異世界の町にはヒトとは違う種族が共存していた。
頭に獣の耳を持つ獣人。髭もじゃに樽のような体型のドワーフ。
マリアーベルさんに聞けばエルフや竜人も存在するらしい。
早くその二つにも会ってみたいものだ。
ちなみに俺やマリアーベルさんはステータスにも書いてあったがヒューマンという種族らしい。
それぞれの種族に特性があり、獣人ならSTRやAGIが伸びやすく、エルフはINTやDEXが伸びやすいなど、ほんとにゲームのようだ。
「本来なら私はこれから冒険者ギルドにゴブリン討伐の報告に行くんだが今日はケントがいるからな。報告は明日でもできるからこのまま私の家に行こうか」
「俺のためにすいません」
「気にするな。今日はもう疲れているだろう。こっちだ、行くぞ」
そういってマリアーベルさんは大通りを歩いていく。
俺ははぐれないよう急いでついて行く。
あ、馬はもう送還済みでもういない。送還するためにまたカードを消費したがまだ他にもいっぱいカードがあるのでそれほど気にしてない。
途中で町を巡回する乗合馬車に乗り、ついにマリアーベルさんのご自宅に到着した。
「ねぇマリアーベルさん」
「ん?どうした」
「ここって本当にマリアーベルさんの家なの?」
「驚いたか?領主の館ともなればこんなものだろう」
マリアーベルさんはいたずらが成功した子供のようにクツクツと笑っている。
俺の目の前には立派な庭付きの大豪邸が建っている。
「りょ、領主ってあの領主?」
「そうだ。エレクシア辺境伯爵領の領主、ハティス・フォン・エレクシア辺境伯とは私の父上のことだ。そして私はその娘、マリアーベル・フォン・エレクシアだ。やはりケントは知らなかったか」
「辺境伯ってことはえと、マリアーベル……様?は貴族ってことですか?」
漫画とかではよく傲慢なアホ貴族というのが悪役で描かれることが多い。マリアーベルさんはそういうタイプではなさそうだが、万が一不敬だ!なんて言って捕らえられたりされたらたまらない。
「今までの口調で構わんよ。そういう風にへりくだられると壁を作られたようで寂しい。というかケントはもっと砕けた口調で構わないよ」
「え、いいんですか?」
「公の場ではまずいが、私もしばらく冒険者をやってそういうのには慣れたよ」
「わかりま……わかった、じゃあこんな感じで」
「うむ」
そういってマリアーベルさんは嬉しそうに笑う。
「我がエレクシア家は騎士の家系だ。当然領主にも戦闘能力が求められ、女の私も例外ではない。そこで私は実戦で鍛えるためにこうして冒険者をしているのだ」
貴族の娘であるマリアーベルさんが冒険者をやっている理由がわかった。
だが何かあったら大変なはずだがそれでも一人で冒険者をやってるあたり、腕には自信があるのだろう。
「エレクシア辺境伯領はアウラム王国の国境沿いにある。隣国のカーマッサ王国とは仲が悪く、よく小競り合い程度の小規模な戦闘があってエレクシア辺境伯領がその防衛を担っているのだ」
「戦争してるのか?」
「休戦状態ということになっている。だが最近は少々きな臭くてな、近々大規模な攻勢が行われるのではともっぱらの噂だ」
「え、それって俺に話しちゃっていいのか?」
「このくらいの噂なら酒場に行けばいくらでも聞けるさ。カーマッサでは最近穀物や武器の買い占めをしているだとか、傭兵の移動が活発になっているだとかの情報を商人が流しているのさ」
「商人の情報網ってすごいんだな。大規模な攻勢って大丈夫なのか?」
「仮に大規模な攻勢があったとしても心配することはない。我がエレクシア辺境伯領の騎士は皆精強だ。返り討ちにしてくれる」
マリアーベルさんは拳を握り力説している。自分の領の騎士を信頼しているのだろう。
だが冷静に考えてみれば俺が今いるエレクシア領というのは所謂紛争地帯という事だろうか。
せっかく異世界にやってきたというのに戦争に巻き込まれるのは勘弁願いたい。
魔物が相手なら大歓迎だが人間相手はまだ覚悟ができていない。
いつか覚悟を決めないといけない時が来るのかなぁ。ちょっと憂鬱だ。
「立ち話もこのくらいにして中に入ろうか。エレクシア家はケント、貴様を歓迎する」
「ありがとう、お世話になります」
まあ今はそういう事を考えるのはよそう。
俺の体は休息を欲している。
「貴族ってすげぇな」
今俺は客室のベッドでゴロゴロしている。
マリアーベルさんの家は想像以上のものだった。屋敷の玄関をもぐるとそこにはメイドさん達がズラッと整列し「お帰りなさいませお嬢様」とマリアーベルさんを迎えた。
マリアーベルさんとはそこで一旦別れ、メイドさんに案内され客室に通されるとあろうことか足を洗うと言ってきた。
秋葉原で見かけるようなヒラヒラのメイド服ではなく実用的な給仕服だったのが少し残念だったが、それでも妙齢の女性に足を洗ってもらうというのは大変よろしかった。
エッチなご奉仕はしてもらえるのだろうか。さすがにそれはエロ本の読みすぎか。
あと新しい着替えも持ってきてくれ、着替えを手伝うと言われたがさすがにそれは遠慮させてもらった。
着替えにはズボンもあったので手伝いを頼めばズボンを脱がされるということだ。実は足を洗ってもらったあたりから俺の体の一部が元気になってしまった。それを見られる訳にはいかないので泣く泣く諦めたのだった。
俺の隠れた性癖が見つかったことに衝撃だ。
そんな事を考えながらしばらくうつらうつらとしていると、ドアがノックされた。どうやら夕食の用意ができたらしい。
窓の外を見てみれば空が赤くなってきている。夕飯には流石に早すぎる気がするが、電気がないのなら明るいうちに食事を済ませるのも納得だ。
メイドさんに再び案内され、これまた広いダイニングにやってきた。
めちゃくちゃ長いテーブルなんて初めて生で見た。
「来たかケント」
「お待たせしてすいません」
ダイニングにはすでにマリアーベルさんともう一人男性が席についていた。
マリアーベルさんは動きやすそうなゆったりとしたドレスに着替えておりこれもまた彼女に非常に似合っている。
そして彼女の隣に座る男性は顔つきがマリアーベルさんとよく似ている。この人がマリアーベルさんのお父さん、エレクシア辺境伯なのかもしれない。
「かまわんよ。私たちも今来たところだ。ケントも席につくといい」
「では失礼して」
席に着こうとするとメイドさんが椅子をひいてくれる。
高級なレストランに来たようで庶民な俺は緊張してくる。
おまけに辺境伯と思われる男性の目力がすごい。その鋭い目つきで俺が部屋に入ってから、まるで値踏みするようにずっとこちらを見ている。
暑くないはずなのになぜか汗が出てくる。
「こら父上、そんなに睨んではケントが怖がっているではないか」
マリアーベルさんが俺の様子に気づいたようで男性に注意してくれた。
この男性がやはりエレクシア辺境伯のようだ。
マリアーベルさんに注意された辺境伯は射殺すような眼差しをふと緩めると笑って口を開く。
「ああ、すまんな。マリアーベルが男を連れて帰って来たと聞いてな、どんな男か見極めてやろうと思ったらついな。ハハハ!ケントといったか、許せ!」
いきなりなに言ってんだこの人。
「父上!?な、なんて言い方をするのだ!私とケントはまだそんな関係では……。ケントも父上がすまない」
「い、いえ。私は気にしていませんので」
マリアーベルさんの頬が少し赤い。彼女は色白だからそういう変化がすぐにわかって見てて面白い。
しかしまだ、という事はそういう関係になる可能性がもしかしたらあるかもしれないのだろうか。
童貞は期待してもいいのでしょうか!?
「まったく……。ケント、紹介が遅れたがこの人が私の父上、ハティス・フォン・エレクシア辺境伯だ」
「よろしく」
辺境伯はそう言いつつまだ俺の様子を伺っているようだ。マリアーベルさんと同じ碧眼に見つめられるとまるで俺の心を見透かされているような錯覚に陥る。
しかしこう並べて見ると辺境伯もなかなかにナイスガイだ。辺境伯は見た目お兄さん、というよりはおじさんという方が正しい外見だが、それでも歳相応の深みのあるイケメンだ。
マリアーベルさんのような美少女が娘なのも頷ける。
「さあ話は食べながらしようじゃないか。私は君にいろいろ聞きたいことがあるんだ」
辺境伯の音頭で食事が始まる。
メイドさん達は静かに部屋を出て行った。足音、衣擦れの音ひとつ立てずに移動するとはすごい。
食べ始めてすぐに、さっそく辺境伯が話しかけてくる。
「娘からいろいろ聞いたが君は謎の転移に巻き込まれて森を彷徨っていたそうじゃないか」
「はい、目が覚めたら森の中にいたので私も参りました」
「だろうな。私も装備無しであの森に入ろうとは思わん。ろくな装備も持たずに彷徨って魔物と出会わなかったとは、君は運が良いのか悪いのかわからんな」
「結果マリアーベルさんと出会えたので運がいい方かもしれませんね」
「ブーッ!ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」
そう言うとなぜかマリアーベルさんが突然飲んでいたスープを吹き出した。
むせて苦しいのか顔が真っ赤だ。耳まで赤い。
「おやおや、君もなかなか隅に置けないね」
そう言って辺境伯はニヤニヤと笑う。
なにか俺はまずい事でも言ったのだろうか?わからん。
「それでこれも娘から聞いたのだが君は何やら珍しい職業を持っているそうじゃないか」
「カードゲーマーですね。やはり辺境伯様もご存知ないですか」
マリアーベルさんに聞いているだろうし隠す必要もないので正直に話す。
仮に俺のカードゲーマーの力を利用しようと企んでいたとしても素人判断だがモンスターの力でどうにかできそうな気がするので開き直っている。
「私も仕事柄、職業やスキルについて詳しいがカードゲーマーという職業はやはり聞いたことがないね」
「そうですか」
「だがカードゲーマーの力が誰かに知られれば君にとって良くない事が起こるだろう事はわかるよ。強力なモンスターを召喚し使役する。しかも召喚できる魔物が数千もいるとなれば、利用されるだけばまだマシ。最悪その力を恐れて直接君を消そうとする輩が現れる可能性も十分にある」
「それは……!」
辺境伯に言われて始めて自分が殺される可能性に気づく。
銃を持ってる奴が隣にいたら誰だって怖いのと同じだ。排除しようとする奴がいてもおかしくない。
「そこで君に提案があるんだ。良からぬ事を考えている輩が近づいてくる前に、うちに身を置いておかないかい?」
「……というと?」
「君はマリアーベルとも仲が良いみたいだし、とりあえずはマリアーベルとパーティを組んで冒険者として活動してみるのはどうかな」
「冒険者、ですか……」
冒険者、彼らはあらゆる場所に赴き素材の採取や魔物の討伐を行う何でも屋だ。採取、討伐、商隊の護衛等、彼らの仕事は多岐にわたる。
それにここは魔物が蔓延る異世界、地球での常識は通用せず、町を囲う城壁の外に出ればそこは魔物が出没する危険地帯だ。当然命の危険がある。
聞けば冒険者の死亡率はケタ違いに高いそうだ。ハイリスクハイリターン、それが冒険者の実態だそうだ。
だが俺の心はすでに決まっている。
「マリアーベルさんのパーティの件、受けたいと思います」
「ほう、受けてくれるか」
「ケント、本当にいいのか?冒険者は危険と隣り合わせだ。死ぬ可能性だってあるんだぞ」
「それも承知の上でです。私はこの通り一文無しですからお金を稼ぐ必要があります。このカードゲーマーの力を使えば冒険者として稼ぐことができますし、なによりこの力を思う存分使ってみたいんです」
「まだ冒険者を甘くみてる気がするが、まあそれは私が冒険者のなんたるかを教えてやればいいか。そういう事ならケント、よろしく頼むよ」
「はい、よろしくお願いします」
「良かった良かった。マリアーベルはずっと一人で冒険者をやっていたからね、とても心配だったんだよ。なにか必要なものがあればいいなさい。私に用意できるものなら用意しよう」
「ありがとうございます。ですがこれ以上なにかしてもらうのも悪いので、自分でどうにかできるものならなるべく自分でやろうと思います」
「そうかい、まあなにかあればいつでも私に言いたまえ」
そう言ってエレクシア辺境伯は笑みを深める。
辺境伯の言ってることだけみれば面倒見のいい親切な人のように思えるが、これ以上彼に借りを作るのはなんかまずい気がする。
だってこの人、目が笑ってないんだもん!ニコニコ笑っていながらもその鋭い眼差しは変わらず俺を見つけている。
やっぱり俺のことをいろいろ試されているのだろうか。
さっきも辺境伯の提案を素直に受けていたらどうなっていたことやら。
その後夕食はつつがなく終わり、明日からさっそく冒険者として活動を始めることがマリアーベルさんとの相談で決まった。
明日は冒険者ギルドに行き、俺の冒険者登録をするそうだ。
異世界での冒険が始まろうとしている。
この先一体なにが俺を待ち受けているのか。
カードゲーマーの力はこの異世界で通用するのか。
期待を胸に俺はベッドに潜る。
ワクワクして寝れるか心配だったが、自分の思った以上に疲れていたのだろう。
目を閉じるとすぐに睡魔に襲われ意識が闇に落ちる。
おやすみなさい。