4話
「サファイア・ユニコーン……。知っているのか、ケント?」
視線はサファイア・ユニコーンに向けたままマリアーベルさんが俺に問いかける。
「ええ、知ってます。よく、ね」
"サファイア・ユニコーン"
それはNovaTCGに存在するモンスターカードの一枚だ。
カードに描かれているイラストと目の前のユニコーンは瓜二つだ。
信じられない事だがどうやら俺はカードからこのサファイア・ユニコーンを召喚したらしい。
カードゲーマーの職業、それはNovaTCGのカードからモンスターを召喚する能力を持つようだ。
俺はサファイア・ユニコーンに近づく。
マリアーベルさんの制止の声が後ろから聞こえるが、それを無視する。
腕を伸ばせば届く距離まで近づいた。
サファイア・ユニコーンは動かずそのサファイアの瞳で俺を見つめている。
そっとユニコーンの顔を撫でてみる。するとユニコーンは一歩踏み出し俺の顔に自信の顔をスリスリと擦りつけてきた。尻尾も揺れている。
「どうやら友好的なようだな。ケントが突然近づいた時は肝が冷えたぞ。大丈夫だったから良かったものの何かあったらどうするつもりだったのだ!」
「ご、ごめん……」
納刀し、近寄ってきたマリアーベルさんに怒られてしまった。
彼女の言い分はもっともだ。心配かけさせてしまったことは申し訳ない。
「それでちゃんと説明してくれるよな?」
「え、ええ、それは勿論」
そして俺はマリアーベルさんに、NovaTCGのこと、サファイア・ユニコーンがその一枚であること、カードゲーマーの職業はカードから描かれているモンスターを召喚する能力である可能性があることを話した。
「カードからモンスターを召喚……。もしそれがカードゲーマーの能力であるならそれはとんでもない事だぞ。ケント、他にも召喚できるのか?」
「ん〜、試してみようか」
俺は再びカードリストを見る。
「じゃあこれにしてみよう。召喚!"クリムゾン・ノヴァ・ドラゴン"!」
そう叫び、カードリストのクリムゾン・ノヴァ・ドラゴンのカードを押す。
次の瞬間先ほどと同じ様に魔法陣が出現。
違うのは魔法陣の大きさだ。サファイア・ユニコーンの魔法陣が3メートル程だったのに対し、今回は10メートルはあるのではないだろうか。
魔法陣が回転を始める。
魔法陣の回転が最高速になった瞬間、魔法陣が内側から弾け巨大な何かが空中目掛け飛び出した。
爆風で俺とマリアーベルさんが吹き飛ばされ地面を転がる。
痛みに顔を顰めながら魔法陣があった方を見る。
ああ、なんという事だろう。俺にこの力を授けてくれた神に感謝します。
見上げたそこには一体の竜がいた。
体は真紅の竜鱗に覆われ、漆黒の外骨格はまるで鎧を装備しているかのようだ。胸は空洞になっており、そこには小さな宇宙が広がっており太陽を思わせる恒星が一つ、浮いている。
破壊と暴虐の象徴ともいえるような凶悪なドラゴンが俺たちの前に顕現した。
"クリムゾン・ノヴァ・ドラゴン"はNovaTCGのアニメの初代主人公のエースモンスターだ。
ゲームタイトルと同じNovaの名を冠するこのモンスターはNovaTCGの看板モンスターであり、もっとも人気なカードだ。
アニメで見ていたクリムゾン・ノヴァ・ドラゴンが今自分の目の前にいる。
そう考えただけで鳥肌が立ち、感動で自然と涙が出る。
「すげぇ……ちょーカッコイイ……」
もうこれしか言えない。
アニメはモンスターを召喚すると実体化し、それを戦わせるという内容だったがまるで自分がアニメのキャラクターになったようでNovaプレイヤーとしてこれ以上の喜びはない。
だが問題がひとつあるんだよなぁ。
マリアーベルさんがめちゃくちゃビビってるんだよね。
地面にへたり込んでるマリアーベルさんは一目でわかるほど震えてガチガチと歯音をたてている。
呼吸も乱れて過呼吸ぎみになってるし大丈夫だろうか。
失禁してないだけまだマシかもしれない。
「あのーマリアーベルさん、大丈夫?」
「け、ケント、あ、あれは?」
マリアーベルさんは震える手でクリムゾン・ノヴァ・ドラゴンを指差す。
「クリムゾン・ノヴァ・ドラゴンっていうんだ。めちゃくちゃカッコいいでしょ!」
「か、かっこいい……?ケントは怖くないのか?」
「まあデカくて怖いかもだけど、俺の言うこと聞くし、ねぇ?クリムゾン・ノヴァ・ドラゴン!あっちに向かって攻撃!シューティング・ノヴァ!」
命令を受けたクリムゾン・ノヴァ・ドラゴンは遠くに向けて紅蓮の炎を吐いた。
高エネルギーのブレスはレザーのごとく一筋の光線となり、遥か遠方に着弾。
着弾した瞬間に圧縮されていたエネルギーを解放、着弾地点周辺の一切合切を吹き飛ばし消滅させた。
後に残ったのは大きなクレーターとキノコ雲。
数秒遅れて爆発音が聞こえてきた。
俺とマリアーベルさんとの間に沈黙が流れる。
俺はさっきから汗が止まらない。
やべぇよやべぇよ。なにあれ。
え?こんなん大量破壊兵器以外の何者でもないやん。
調子にのってアニメの攻撃名叫んだら環境破壊しちゃったんですけど。
「け、ケント……今のは?」
聞かないでよ。
「攻撃……かな?」
「そ、そうか……」
再び沈黙。
カードゲーマーの力は自重を知らないようです。
遠くに見えるキノコ雲が薄れてきた頃、マリアーベルさんが再起動した。
さっきまでガタガタ震えてたのが嘘のように怒っている。
めちゃくちゃ怖い。
「なぜ事前に何も言わずにドラゴンなんか召喚するのだ!しかもそれに飽き足らずブレスまで!…………おかげで少し漏らしてしまったではないか」
「え?今なんて?」
「ええい気にするな!」
「えぇ……」
最後の方が小声で聞こえず、聞き返してみたらさらに顔を真っ赤にして怒ってしまった。
まあマリアーベルさんの主張ももっともなのでなにも言い返せない。
だが初めての召喚で手探りの状態でやっているのだからもう少し大目に見てもらえないだろうか。
しかしそれを言えば火に油を注ぐだけな気がするから言わない。
それほどマリアーベルさん怒ってるんだよ。
よっぽど怖かったらしい。
マリアーベルさんの話を聞いたところ、ドラゴンとはまさに破壊と恐怖の象徴なんだそうだ。ドラゴンに襲われ滅びた町はいくつもあるらしく、ドラゴンを怒らせるのは禁忌にも等しい行為らしい。
だがそんなドラゴンを狩る強者もいるらしく、さすがファンタジーだと思った。
装備を整えステータスを上げ、スキルを鍛えればドラゴンをも殺すとは異世界の戦士はなんと超人なことか。
クリムゾン・ノヴァ・ドラゴンも狩れるのだろうか。お気に入りのモンスターが倒されるのはやだなぁ。
「まったく……。いいかケント、貴様の力はこれまでの常識を覆す、異端の力だという事を覚えておけ。むやみやたらにその力について喋ったり見せびらかしたりしないことだ」
「き、肝に命じておきます」
マリアーベルさんの言うことは理解できるしそれを守るつもりであるが、この異世界を生きていくための俺の唯一の手段に制限がついてしまった。
過ぎた力はよからぬ輩を招き寄せるだろうし、いらぬ面倒を被る可能性もあるのだろう。
それをあんな破壊の力を見せた後なのに変わらず接してくれるどころかさらに俺の身を案じてくれるなんてマリアーベルさん親切すぎる。
童貞は勘違いしちゃいそう。してもいいかな?
「このままドラゴン……クリムゾン・ノヴァ・ドラゴンといったか?それをそのまま召喚しっぱなしにする訳にはいかないな。ケント、これは送還はできるのか?」
「できるんですかね?」
「聞きたいのは私なんだがな……」
そう言って彼女は頭に手をやりため息をつく。
マリアーベルさん、なんだか短時間でかなり疲れたご様子。
一体誰のせいなんでしょうね。
「一応試してみます。えーと、"クリムゾン・ノヴァ・ドラゴン"戻れ!」
クリムゾン・ノヴァ・ドラゴンはジッとこちらを見ている。
吐息と共に漏れる炎がまたカッコいい。
「戻らんな」
「戻りませんね」
どうしよう。クリムゾン・ノヴァ・ドラゴンをこのまま放置すれば大騒ぎになるのは必至だ。マリアーベルさん曰くクリムゾン・ノヴァ・ドラゴンはこの世界のドラゴンの中でも上位に入る強さらしい。
さっきのシューティング・ノヴァを見てかなりヤバいと思ったのにまだ上には上がいるらしい。
よく人間生きてられるな。
だが困った。
さっきも言ったがこのままクリムゾン・ノヴァ・ドラゴンを放置はすごくまずい。
どうすれば戻せるか……。
戻す……戻す……。
戻す……か。
そうだ。
クリムゾン・ノヴァ・ドラゴンをどうにかすると考えていたから思いつかなかった。
クリムゾン・ノヴァ・ドラゴンもサファイア・ユニコーンもNovaTCGのモンスターだ。
カードゲームでいうモンスターを除去、と考えれば方法はある。
「マリアーベルさん、ひとつ思いついたんですけど試してみていいですか?」
「ん?あ、ああ。いいがあまり派手なのはやめろよ?」
「今回は大丈夫ですって」
「まったく安心できないのだが……」
マリアーベルさんの信頼が無くなってるー!
「大丈夫ですよ、たぶん……。アクティブ魔法発動!"リサイクル"!」
NovaTCGのカードには5種類ある。
一つがサファイア・ユニコーンなどのモンスターカード。
次に基本使い捨ての効果を発動させるアクティブ魔法カード。
そして相手の行動に対して発動するリアクティブ魔法カード。
さらに常時設置型の永続して効果を発揮するフィールドカード。
最後にモンスターの強化を行う武器カードだ。
今俺が使った"リサイクル"のカード。
これはゲームの話であれば自分の場のモンスターを全て自身の手札に戻す、という効果だ。
ただただ自分の場のモンスターを全て手札に戻してしまうだけなので弱いカードとされてきたが、この場合は違う。
モンスターの召喚と同じように魔法陣が展開される。
魔法陣が回転し最高速にのった瞬間、"リサイクル"の効果が発動する。
召喚されていたサファイア・ユニコーンとクリムゾン・ノヴァ・ドラゴンが光の粒子となり、"リサイクル"の魔法陣へ吸い込まれていく。
全ての粒子が魔法陣へ吸い込まれると"リサイクル"は役目を果たし、魔法陣が消えた。
予想通りのようでカードリストのサファイア・ユニコーンとクリムゾン・ノヴァ・ドラゴンの所持枚数を表す数値が1増え、リサイクルが一枚減った。
「消えた……。ケント、今のは?」
「モンスターを手札に戻す……、まあ簡単に言えば召喚したモンスターを回収するカードを使いました」
「そうか。自力では送還はできず、カードから召喚した魔物は別のカードを使わなければ送還できない、という事か?」
「みたいですね。それで今使った"リサイクル"っていうカードは使い捨てのカードでしてね、今使ったから一枚少なくなっちゃいました」
そう言うとマリアーベルさんは少し慌てて聞いてくる。
「それは大丈夫なのか?その"リサイクル"というカードはあと何枚あるのだ?」
「リサイクルはあと2枚ですけど、似たような効果のカードはまだ他にもあるので大丈夫ですよ」
「それならよかった」
カードゲーマーの力が概ねわかったのは良かった。
まだ試していない種類のカードも近いうちに試してみなければならないな。
「ケントがドラゴンまで召喚してみせたのは本当に驚いたが、どうにかできて良かったよ」
「それはホントごめんなさい」
「ははは、まあ私もドラゴンを間近で見れていい経験ができたよ。ドラゴンを安全に近くで見るなんてそうそうできる事じゃないからな」
「そう言ってもらえて良かったです」
「ケントと一緒にいると退屈しなさそうだな。ステータスを見る限り、そのカードはまだまだ沢山あるのだろう?」
あと7138枚あります。
「7138枚……。似た様なことができる職業に召喚士というのがある。召喚士は魔物と契約し、契約した魔物を召喚して使役するのだがそれでも数体が限界だ。魔物と契約を結ぶのもなかなかに大変らしいがケントはそんなことは御構い無しとは、カードゲーマーというのはとんでもない能力なのだな」
「棚ぼた的なものなので俺としては素直に喜んでいいのかさっぱりですけどね」
「タナボタ、というのがイマイチわからんがまあ言いたい事はわかるよ。だが持たざる者にとっては禁句にも等しい。発言には気をつけろよ」
「す、すいません」
「今後気をつければいいさ。それにそもそもケントの力はおいそれと他人に言えるものではない。それだけ強力すぎるという事だ。全く使うな、とは言わないがあまり目立つような使い方はしないようにしろ」
「わかりました」
マリアーベルさん、なんていい人なんだろう。
その気になれば右も左も分からない俺を騙して利用することもできるだろうに、彼女は態度を変えずに接してくれる。
惚れるわ。
「さてそろそろ行こうか。だいぶ時間をかけてしまったな。今歩き出さなければ閉門時間に間に合わなくなってしまうかもしれない」
「あ、じゃあ提案があるんですけど」
「ん?」
首をかしげるマリアーベルさんが可愛すぎる。
「楽しましょう。召喚!"漆黒の駿馬"!」