3話
今、俺たちはマリアーベルさんの住むカナリアという都市に向かって街道を歩いている。
俺たちがさっきまでいた森はカナリア大森林と呼ばれ、ゴブリンを始めとする数多くの魔物が蔓延る人外魔境だそうで、しばらく彷徨って一度も魔物と遭遇しなかった俺は相当運が良かったらしい。
そしてそんな俺はマリアーベルさんに手ぬぐいを貰い、それを足に巻いている。
森を出るまでにさらに一時間ほど歩いたのだがこの手ぬぐいのおかげで一人で森を彷徨っていた時よりずっと楽だった。
それにマリアーベルさんに手ぬぐいを巻いてもらった時にフワッと彼女からいい匂いがして、童貞はもうクラクラでございます。
「この辺りってずっと草原なんですね」
「ああ、そうだな。カナリアと森の間はこのような平原がずっと続いているのだ」
「地平線が見える平原ってことはここは北海道なのか?」
「ホッカイドウ……?」
「……マリアーベルさん、ホントに北海道とか東京とか知らないんですか?」
「すまないな、やはりそれらの地名は聞いたことがないな」
「そうですか……」
「力になれずすまない」
「いや、マリアーベルさんが謝ることじゃないですから。気にしないでください」
マリアーベルさんは見た感じ、いたって真面目だ。真面目に俺の身を案じてくれているように見える。
全て厨二病全開のキャラなりきりだったら女優に成れると俺は思う。
だがマリアーベルさんの言うことを全て厨二病乙と言えなくなってきている。
ひとつは先ほどのゴブリン。
死骸を近くで見せてもらったが素人目に見ても作り物には見えなかった。マリアーベルさんは冒険者ギルドで換金できると言ってゴブリンの右耳をナイフで切り取っていた。
マリアーベルさんって結構バイオレンスなんですね……。
ふたつ目は草原の草の隙間にチラチラと見えるウサギだ。
白いウサギがピョンピョンと草の間を跳ねているのが見えて、おー野生のウサギだ、なんて思っていたがよくよく見てみるとそのウサギ、角が生えていた。
あーアレ。俺知ってる。ゲームで見たことある。
マリアーベルさんに聞いてみればあの角ウサギはホーンラビットというらしい。
そんなこと知りたくなかった。
ちなみにホーンラビットのシチューは美味いらしい。
腹減るからそんなこと知りたくなかった。
「そういえばタチバナ、貴様の職業はなんなのだ?」
「ジョブ?俺は学生ですよ」
「学生という職業は聞いたことがないな。どんな能力なんだ?スキルは?」
学生は能力者だった……!?
「あの、能力とかスキルってなんですか?」
「そんな事も知らないのか?不思議なやつだ。例えばスカウトなら隠密行動が得意で索敵や気配遮断などのスキルがある。クレリックであれば神聖魔法への適性があり、回復や浄化の魔法が使える。私は冒険者の職業で身体能力に少し補正がかかり、スカウトほどでないが探索向けのスキルが使える」
魔物が存在するファンタジーな異世界だと思い始めたら急にゲームの話しだしたんですけど。
この世界にはRPGみたいな職業システムがあるのか?
「そんなものがあるんですか。自分の職業ってどうしたらわかるんですか?」
「それも知らないのか!?一体どんな環境で生きていたのだ?」
「アハハハハハ……」
生きていた世界が文字通り違うのだが正直信じてもらえるのだろうか。俺だったら何言ってんだコイツってなるわ。
笑ってごまかすしかない。
「"ステータス"と念じてみろ。そうすると自分のステータスが表示されるぞ、こんな風にな」
そう言うやいなや、マリアーベルさんの前に半透明の板が突如として現れた。
ホログラムのようなそれをマリアーベルさんは俺に見えるようにスライドさせてこちらへよこした。
マリアーベル 女 15歳
種族 ヒューマン
職業 冒険者Lv24
HP 1347
MP 279
STR 325 DEX 156
VIT 289 AGI 265
INT 161 MND 278
LUC 72
まんまゲームだな、これは。
HPやらMPやら、それぞれに数字が書いてあるがこの数値が高いのか低いのかは俺には正直わからない。
冒険者Lv24も冒険者としてどの程度のレベルなんだろうか。
ただマリアーベルさんのステータスを見る限り、器用さを表すDEXと賢さを表すINTが低いことからマリアーベルさんを脳筋の可能性があるみたいだ。
くっころ女剣士とかいいと思います!
「これがステータスだ。本来ならさらに所有しているスキルを見ることができるのだがそれは伏せさせてもらった」
「一部を見せないようにすることもできるんですね。手の内を知られたら対策されてしまいますもんね」
カードゲームも同じだ。相手にこちらの手札を知られれば対策をとられて不利になってしまう。
だから相手になるべく情報アドバンテージを与えないようプレイヤーは行動するのだ。
「そういうことだ。基本的なこととはいえそういうことはわかるのだな」
「まあ情報の大切さは知ってますので。あ、でもマリアーベルさん、さっき俺にスキル聞いてきましたよね、それって……」
「あれは学生特有のスキルを聞こうとしたのだ。スキルには先天的のものと後天的に取得したものの二種類ある。さらに後天的に取得したスキルにも努力のすえに取得するものと、対応する職業についた時に自動的に取得する職業スキルというものがあるのだ。私の冒険者の職業なら【索敵】と【採取】のスキルが手に入る」
「なるほど。広く知られている職業ならそれに対応したスキルを所持していることも相手には分かっているということですね」
「そうだ。そして大事なのはそれらのスキルのレベルがいくつなのかを知られないようにすることだ」
「スキルにもレベルがあるのか……」
ようするに習熟度的なものなのだろう。
スキルのレベルが高ければ高いほど効果があがる、と。
「じゃあ冒険者Lv24ってのは教えても良かったんですか?」
「それは問題ない。職業レベルが上がるとそれに伴って各ステータスが上昇するわけだがこれは鍛錬やステータス上昇系のスキルでも変化するから、職業レベルが知られても強さをはかる目安にはなるがそれだけだ。大事なのはスキルをいかにうまく使えるかだ」
「なるほど……」
「これでステータスについて概ね理解できただろう。ではタチバナ、"ステータス"と念じてみるんだ」
マリアーベルさんに言われ、俺は"ステータス"と頭の中で唱える。
するとマリアーベルさんの時のように自分の目の前に半透明のステータスボードが浮かび上がる。
ケント タチバナ 男 16歳
種族 ヒューマン
職業 カードゲーマー
LP 10000
Deck 7139枚
なんだこれ?えっ、これだけ?
俺のステータスおかしすぎるだろ。
職業がよりにもよってカードゲーマーなのはいいとして俺のSTRとかINTとかどこ行っちゃったわけ?
LPはまあわかる。NovaTCGの初期ライフと同じだ。
カードゲーマーにとってはHPと同義ということなのだろう。
しかしDeckが7139枚とはどういうことか。
NovaTCGはルールでデッキの枚数は40枚と決まっている。
40枚の制限を超えているどころか俺はこの世界にカードなんて持ち込んでいない。
7000枚弱のカードなんて一体どこに……
その時だった。
ステータスが書かれているボードとは別に、もう一つのボードが突如として出現した。
「これは……!?」
その新たに現れたボードには見慣れたNovaTCGのカードがズラッと並んでいた。
画面をスクロールさせれば五十音順にカードが並んでいることがわかる。
しかもカード名検索もできるらしい。無駄にいたれり尽せりだ。
「タチバナ、どうしたのだ?ずっとステータスを凝視して」
おっといけない。予想外の事態でマリアーベルさんの事を忘れていた。
とりあえず俺は自分のステータスをマリアーベルさんに見せる。
「なんだこれは……。こんなステータス見たことがないぞ。ケント!」
「は、はい!」
急に名前で呼ばれてテンパる俺。
「カードゲーマーなんて職業、私は見たことがない!カードゲーマーとはなんだ?!ケントは賭博師かなにかなのか?LPとはなんだ?Deckとはなんだ?HPやMPはどうしたのだ?!」
「だああああ!そんないっぺんに聞かれても答えられませんし俺だってなんでこんなステータスなのかわかりませんって!そ、それに顔が近い!」
なんだかマリアーベルさんの目がすごくキラキラ輝いている。
冒険者をやってるだけあって未知に対しての知的好奇心が強いのだろうか。
非常に興奮しているようで彼女の顔が少し顔を前に出せばキスができそうなくらいに近い。
美少女な彼女のどアップの顔に加え、ほのかに香る彼女のいい香りに童貞の心臓は今にも破裂しそうだ。
「あ、す、すまない!少し興奮してしまった」
俺に指摘されて自分がどういう状況だったか理解したそうでマリアーベルさんはパッと俺から離れる。
なんだろう、このなんともいえない寂しさは。ちょっともったいなかったなと後悔。
あ、でも彼女の残り香だけでご飯三杯いけそう。
マリアーベルさんはパタパタと手で顔をあおいでいる。まだ冷めきっていない興奮と恥ずかしさで上気した顔はなかなかにそそられる。
美少女のそんな姿が見られたことだけは俺のステータスがおかしいことに感謝だな。
「しかしこの異常なステータスはいったい……」
「あ、ああ、さっきも言ったが私もそのようなステータスは初めて見た。カードゲーマーという職業も初めて見たが、ケント、職業がカードゲーマーになるような心あたりはあるか?」
「えっ、職業って勝手に決まるんですか?」
「ああ、特定の行動を続けていれば対応した職業を取得するのだ。一度職業を取得すれば好きなタイミングで別の職業に変更できる。このようにな」
そういってマリアーベルさんは職業が剣士になったステータスボードを見せてきた。
「職業によって各ステータスに補正がかかるのはさっき話しただろう。剣士ならSTRやVIT、魔法使いならINTやMND、というようにな」
そう言われてステータスを見直してみれば確かに数値が多少変わっている。
剣士に職業を変えたことでSTRとVITが多少上がっている。かわりにDEX、AGI、LUCが下がっている。
冒険者の職業は器用さ、俊敏、運に補正がかかるようだ。
では俺のカードゲーマーはどうだ。
俺のHPやらMPやらの各種ステータスがおかしくなっているのは十中八九カードゲーマーの職業が原因だろう。
この世界には魔法もあるようだし、鍛錬して魔法系スキルを取得して魔法を使ってみたかったがMPが無いとどうなるのだろう。異世界ドリームは諦めなければならないのだろうか。
泣きそう。
「ステータスもそうですけど、このカードリストもなんなんですかねぇ」
ステータスボードとは別に出現しているカードリストを弄りながら呟く。
「カードリスト?ケントはステータス以外になにか見えてるのか?」
「えっ?マリアーベルさん、これ見えないんですか?」
俺はカードリストを指差す。
指先がカードリストのカードの内の一枚に触れる。
その瞬間、
「な、なんだぁ!?」
「魔法陣!?ケント、貴様なにをした!?」
俺たちの目の前に直径3メートルほどの巨大な魔法陣が突然地面に出現した。
緻密に描かれた魔法陣は白く輝き、燐光を放っている。
そして魔法陣は回転をし始める。
魔法陣の模様が見えなくなるくらい回転を速めた時、魔法陣じゃら放たれる光の粒子が集まり、一つの形を創り出した。
やがて魔法陣はその役目を終えたようで空気に溶けるように消え、一頭の馬が魔法陣があった場所に現れた。
いや、ただの馬ではない。
純白の体に流れるような銀のたてがみ。
瞳はサファイアでできており吸い込まれるような錯覚を覚える。
そしてきわめつけにその白馬の額からはホーンラビットなんて目じゃ無い、美しい立派な角が生えていた。
魔法陣からなんということか、ユニコーンが現れたのだった。
「ユニコーン……だと!?」
マリアーベルさんは驚愕に目を見開きユニコーンを見つめていた。
そんな彼女の手にはいつの間にか剣が握られている。
流石は冒険者。不意の出来事に咄嗟に剣を抜いたらしい。
ユニコーンはじっと俺たちを静かに見つめている。
マリアーベルさんはすぐさま硬直から立ち直り、ユニコーンに剣を向ける。
腰を落とし、いつでも行動に移せる姿勢だ。
だが俺はまだ驚愕から抜け出せないでいた。
突然発動した魔法陣と召喚されたユニコーン。
それだけじゃない。
俺はあのユニコーンを知っている。
あれは……
「…………サファイア・ユニコーン」