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2話

 目が覚めたらベッドの上ではなく、どこか知らない森の中でした。


 意味わかんねーよ。

 俺が住んでたところは都会の住宅地。近所に雑木林もないコンクリートジャングルだ。

 寝ながら歩き回ったというのは距離的におかしい。

 じゃあ誘拐?

 いやでも普通運び出された時点で目がさめるだろ。


 こんなとこで寝っ転がっていてもしょうがない。

 とりあえず起き上がっていろいろ確認する。


 着ているものはTシャツにジャージのズボン、寝ていたときの格好のままだ。

 裸足なのが辛い。小石で足の裏が痛い。

 俺が寝ていた周辺にはなにも落ちていない。

 ジャージのポケットもなにも入ってない。


「なんなんだよ一体……」


 やっべ、超不安になってきた。

 あたりを見渡しても道らしいものは見当たらないし、森のどの辺にいるのかもさっぱりだ。


「こ、ここでボーっとしててもしょうがないしな。と、とりあえず移動しようか」


 方角なんてさっぱりだが、救助も期待できない。

 人里に降りられることを祈りつつ、俺は歩き始める。

 ああ、足の裏が痛い。靴が欲しいなぁ。









 どれくらい歩いただろうか。

 一時間くらいかな。

 太陽の位置を確認したところで、だいたいの時間を把握する技能なんて都会育ちの俺には無い。

 そもそも地方の人だって今時太陽の位置から時間を割り出せる人はほぼいないだろう。

 わかっても正午がわかる程度だろう。

 というか、今はそんな事どうでもいいか。

 いくら歩いても景色がほとんど変わらないと、つい余計な事を考えてしまう。

 いや、余計な事を考えられるくらいには余裕が出てきたのかな。

 でもまだまだ絶望的な状況なのは変わらず。

 お家帰りたい……。


「疲れた……。足も痛い……」


 裸足でずっと、しかも慣れない森の中を草を掻き分け歩いてきたんだ。

 まだ歩き始めて一時間ほどだがもうヘトヘトだ。

 ちょうど倒木があったので座って休憩しよう。


「イテテ……あー、足の甲がちょっと切れてる。葉っぱで切ったかな。まあ足の裏の皮が剥けるよりマシか」


 しばらくして足の疲労もだいぶマシになってきた。

 けれど俺はあとどれくらい歩かなきゃいけないのだろうか。

 このままここで死ぬのかな。

 ちょっと涙出てきた。


 その時だった。


「…………ッ!」


「えっ?今のって……。もしかして人がいるのか!?」


 遠くから人の声らしきものが聞こえた。

 俺はいてもたってもいられず駆け出す。

 方向はあってるらしい。

 だんだんと声が近くなって来る。


「ハッ!ヤアッ!」


「勘違いじゃない!やった!これで助かる!」


 聞こえてきたのは女の人の声だった。

 なにやら気迫のこもった掛け声だが、とにかく俺は走り続ける。

 声は藪の向こうから聞こえる。

 俺は藪を突き抜け、飛び出した。


 ヒュンッ!


 その瞬間俺の目の前を何かが通過した。


「ヒエッ」


 俺は情けない悲鳴をあげて尻餅をつく。あ、ちょっと漏れた。


「む、なんだ人間か。おい、急に飛び出しては危ないぞ。危うく切るところだった」


 声がして顔を上げてみれば、そこには金髪の外国人の女の子がいた。

 サラサラとした美しい金髪、透き通る白い肌、つり目の碧眼からは凛々しさを感じる。

 まるでモデル、あるいはハリウッド女優かのような美少女が俺の目の前にいる。


「あっ、えっ、あっ」


 そんな彼女を前にして俺はまともに喋ることができない。

 ほらそこ、これだから童貞は、とか言わない。

 別に俺が緊張して女の子と会話できないわけではない。

 女の子が剣をへたり込んだ俺の首筋に当てているのだ。

 平和な日本で暮らしていたただの学生である俺に首に剣を添えさせて女の子と会話する、なんて経験あるわけないだろう。

 女の子の持つ剣もなんとなくだが本物っぽい。

 刃には血っぽい液体が付着してるし。

 女の子の後ろをチラッと見てみればなんか緑色の皮膚をしている人型のナニカが四体くらい血だまりの中に転がっている。

 さっきまでアレを切っていたのだろうか。


「なにさっきからずっと口を開けて間抜け面しているのだ。見慣れぬ格好だな。村人、というわけではなさそうだし、かといって冒険者というわけでもなさそうだな。貴様、何者だ?」


「えっ、あ、た、立花、健人……っていいます!高校生です!こ、殺さないで……!」


「タチバナケント?珍しい名だな。この辺りでは聞かぬ名だ。コウコウセイ、というのはよくわからんが盗賊の類ではなさそうだ。いやなに、突然飛び出してくるから魔物か盗賊かと思ったのだ。驚かしてすまなかったな」


 そう言って女の子は剣を下げてくれる。

 しかし納刀まではしない所からまだ警戒されているのかもしれない。


「い、いえ、誤解が解けたようで良かった……です?えーとあなたは……」


「私はマリアーベルという」


「その、マリアーベルさんはここで何を?」


「見てわからないのか?ゴブリンと戦っていたところだ」


「ゴ、ゴブリン?アレが?」


 俺は緑色の人型を指差す。


「なんだ、ゴブリンを見たことがないのか?よっぽどのお坊っちゃんだったのか?タチバナは」


 キョトンとした表情で聞いてくるマリアーベルさん。

 現代日本でゴブリン見たことあるやつなんていねーよ!

 え、なに?外国ではゴブリンは常識なの?


「いや、お坊っちゃんじゃないですけどゴブリンは初めて見ました……。あの、これって映画の撮影かなにかですか?」


「エイガノサツエイとはなんだ?コウコウセイとやらといい私の知らぬ単語が出てくるな。タチバナ、貴様どこの人間だ?」


 これだけ流暢に日本語喋っているのに高校生とか映画とかの単語を知らないのか?


「え?えっと、東京、ですけど……」


「トウキョウ……、聞いたことのない地名だな。どうやってアウラム王国まで来た?陸路か?それとも海路か?」


「は?ちょ、ちょっと待ってください!ここ東京じゃないんですか?というかアウラム王国ってなんですか?!」


「なんですか、って貴様は国の名前も知らずにやって来たのか?見た感じ旅慣れているという様子でもなさそうだし、もしかして人攫いにでもあったのか?」


 そう言ってマリアーベルさんは心配そうな顔でこちらを見てくる。

 アウラム王国なんて国名聞いたことがない。それに森の中で革の鎧を着てファンタジー世界の女剣士のコスプレをしていたりと、マリアーベルさんは結構イタい人なのかもしれない。


「いやいや!マリアーベルさん、もうそういう設定いいですから!もう少し真面目にお願いします!」


「設定って、貴様こそなにを言っているのだ。だいぶ錯乱してるようだが本当に大丈夫か?酷いことをされていたのなら私に話してくれないか。力になれるかもしれない」


 そう言ってマリアーベルさんは剣を握っていない左手でトンッと胸を叩く。

 え、なにこのイケメン。力強さを感じさせるつり目と男らしい口調が合わさってイケメン度が限界突破してる。

 重度の厨二病だが男前すぎて許せる!

 お願い!抱いて!


「い、いや、変なことはされてないですけど、変な目にはあってますね……」


 鎧を来た美少女に剣を突きつけられたりね!


「……?変な目とは?」


「俺もよくわかんないんですけど、家のベッドで寝て、起きたら森の中にいたんです」


 イタい設定たれ流す女の子に出会いました、なんて言ったら切られそう。


「目が覚めたら森の中?ふむ……、転移魔法か?」


 奥さん聞きました?転移魔法ですってよ。

 マリアーベルさんはいたって真面目そうに俺の身を案じていてくれているようだが、その様子がかえって彼女のイタさを加速させる。

 そのうち彼女の左手が(うず)きだしそう。


「まあ今は原因を考えても無駄だな。見た感じ本当に着の身着のままというようだ。どうだ、しばらくうちに泊まらないか?部屋はいっぱいあるんだ」


 厨二病って言ってごめんなさい。

 女神がおる。目の前に女神様がおられる。


「それはとてもありがたいんですけどいいんですか?」


「なにか問題か?」


「いや……、さっき会ったばかりの見ず知らずの男を家に泊めるのってマリアーベルさんはいいんですか?」


「ああそういう事か。これは私の感だがタチバナ、貴様は女の寝込みを襲うような度胸はなさそうに思える。先ほど私が剣を向けた時も顔を真っ青にして生まれたての子ヤギのように震えていたからな」


 なんてこった。最悪だ。

 初対面の女性にヘタレ認定された。

 俺の繊細な童貞ハートはズタズタにされてしまった。


「まあそう落ち込むなタチバナ。私は少しだけだが話をしてみて、貴様はそういう不埒な真似はしなさそうだと思ったのだ。誠実さというのは大事な事だぞ」


「なんだか女々しい男って言われてる気がする……」


「アハハハ!まあ確かにタチバナは男らしさというのは足りないかもしれないな」


「やっぱ俺のこと貶してますよねぇ!?」


 俺がそうツッこむとマリアーベルさんはお腹を抱えて笑いだした。

 美人は大笑いしても様になるようで、彼女の笑顔が見れるならば道化になってもいいかな、と思えてくる。

 男らしくないと笑われるのは複雑な気持ちだが。


「クフ、フフフフフ、いやぁすまない。あー、こんなに笑ったのは久々だ。私の家は少々堅苦しくて息が詰まってな。タチバナはなかなかにからかい甲斐があってつい、な」


「マリアーベルさんがスッキリできたならまあいいですよ。俺はあまり男らしくないのは事実ですからね」


「悪かったよ、タチバナ。そう拗ねないでくれ」


「拗ねてませんって」


「そういうところが……、まあこの話はこれくらいにしておこう。私もタチバナを怒らせたいわけではないしな」


 そう言ってマリアーベルさんは目尻の涙を拭いながらニマニマしている。

 完全に俺は彼女のおもちゃになっているようだ。

 厨二病のくせに!ニマニマ顔もくっそ可愛いじゃねぇか!なぜか悔しい!


「さて、ここでこのまま立ち話も私的には悪くないがタチバナの事もあるからそろそろ行こうか」


「はい、わかりました。お世話になります」


 俺はマリアーベルさんに頭を下げる。


「うむ!今晩はゆっくりと我が家で休むがいい」


 こうして俺はマリアーベルさんのお宅でお世話になることになったのだった。


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