第9話 依頼
数日後、ナギアがギルドに来ると、受付嬢のルビに聞いてくる。
「ルビ、ミツヒは来たのか?」
「いえ、今日はまだ来ていませんが」
「そうか」
そこにカルバンが歩いて来て、カウンター越しに、もたれ掛かって入口を見ているナギアに話しかける。
「おい、ナギア。依頼があるがやらないか?」
「やらない」
「じゃあ、討伐の方はどうだ?」
「行かない」
「最近は、ミツヒと依頼を受けただけで、他の依頼は行ってないな」
「行く気が無いし、何日もこの町を離れないといけないから嫌だ」
「ハァ? それは当たり前だろ。この討伐に行って来ればいいじゃないか。報酬はいいぞ?」
「行かない。蓄えは十分ある。それに、ミツヒに会えなくなる。その間に誰かが言い寄って来たら。それが心配だ」
「お前さぁ、ダメダメっぷりもそこまで行くと病気だよ、病気。すぐ治せよ。ミツヒなら大丈夫だよ」
ナギアが振り返りカルバンを睨み、真面目に怒った。
「カルバン! ミツヒが大丈夫だと言う確証はあるのか? ああ?」
「あ、いや、確証までは無いが」
「ほら見ろ。それより、カルバン。前回の依頼と同じような、ミツヒと一緒に出来る依頼は無いか? それなら喜んで行くよ」
「ない。そんなものない」
そこへミツヒが、いつものように箱を抱えて入って来た。
「こんにちは、ポーションの補充に来ました。あ、ナギアさん、先日はありがとうございました」
急に優しい笑顔になり、ミツヒに振りむいたナギア。
「いいえ、どういたしまして。その晩は、よく眠れましたか?」
「はい、始めは報酬の事で興奮が治まりませんでしたが、お陰様でぐっすりと寝ました」
受付まで来て、横にあるポーションの棚に、瓶と瓶がつつき合う、子気味のいい音をたてながら小瓶を補充するミツヒ。カルバンとナギアが雑談をしている時、頃合いを見て、何気なくミツヒが、ナギアに聞いてみる。
「ナギアさんは最近、依頼や討伐に行っていないんですか? 僕と同行した依頼だけですよね」
ほら見ろ、と顔でカルバンが言っているが、苦笑いになるナギア。
「ええ、最近は私に出来る依頼が無いので、様子を見ています」
「そうなんですか、得手不得手があるんですね」
カルバンが後ろを向き、ククク、と笑って向き直す。
「ああ、ナギア。丁度ここに依頼が入って来ているが、やらないか?」
ミツヒに聞こえないように、舌打ちをしたナギア。
「チッ。そ、そうか、何日かかる?」
「早く終われば、3日だ」
「それは無理だな、私も用事がある」
その話に振り返り、依頼書を覗き込んできたミツヒ。
「これなら出来るじゃないですか、ナギアさん。ここ数日は暇だ、って僕に言ってたじゃないですか」
苦笑いの困り顔になるナギア。
「い、いえ、それはミツヒさんと何処かに行けたらな。と」
「行ってらっしゃい、ナギアさん」
ミツヒは、そう言いながらギルドを出て行くと、ナギアが悲しい表情になる。
「そんなぁ、ミツヒさんまで」
してやったりのカルバン。
「じゃ、ナギア。さっそくだがよろしく」
依頼書をナギアに渡すと、無造作に素早く受け取り準備をしに、1人で小言を言いながら、ギルドを出て行くナギア。準備をする為、家に帰るのだろう。見送るカルバン。
ナギアが見えなくなった時、再びミツヒが入って来た。
「これでいいんですか? カルバンさん」
「ああ、悪いなミツヒ。このままじゃナギアは、腑抜けてしまうからこれくらいしなしとな」
「僕もちょっとは思っていましたけど。ナギアさんは心配性なんですか?」
「心配? それはミツヒにだけだ。お前が誰かに取られないか心配なんだと」
笑いながらミツヒが言う。
「ハハハ、僕はモテませんよ。一度も女性とお付き合いしたこともありません。それに孤児で貧乏だから」
「それは偏見だから止めろ、ミツヒ。生活できているんだからいいんだよ。ナギアだって俺だって気にしていない。今を大切にしろ」
「はい……すみません、カルバンさん。では失礼します」
ミツヒがギルドを出て行く。
「何にしても頑張れよ、ミツヒ」
後ろから女性の声がする。
「私から見ても、ミツヒさんは可愛いと思いますよ。母性本能をくすぐります」
後ろを振り向いたカルバンは、受付の椅子に座り、目を閉じているルビに聞いてみる。
「お前もミツヒが好きなのか?」
「いえ、客観的に1人の女性として意見しただけです。それに私が結婚している事を、知っているじゃないですか」
「まあ、そうだな。だからナギアも、ルビには何も言わないしな」
出来た娘だった。
家に帰ったミツヒは、受け取った報酬の一部で、いつもより多く食料や衣類、修繕用の道具や材料、などを買い込んで荷車を曳いて施設に差し入れに行くと、早くもミツヒに気が付いた子供達が走り寄る。
「あー、ミツヒ兄ちゃんだー」
「「「 ミツヒ兄ちゃーん 」」」
「おー、相変わらず元気だな」
施設長のおばさんも出てきて、廻りで子供たちが、荷車の上に乗っている食料などの荷物を、施設に運んで手伝って、ワイワイしている中。
「いつも悪いね、ミツヒ。でも今日はこんなに沢山。大丈夫なのかい?」
「臨時収入が入ったんです。大丈夫ですよ、使ってください」
「ありがとうね、ミツヒ」
「また来ます」
「ミツヒ兄ちゃん、今度は俺達と遊びに来てねー」
「ああ、そうするよ。またなー」
夕日が沈む頃、施設に向かって手を振り、空になった荷車を曳いて家に帰る。
翌日、ミツヒは工房で、先日ダンジョンで採取したコケを調べている。コケは大量に採取したが、念の入れようで暗室で栽培し、順調に育ち始めている。コケをテーブルに出す。
「単体鑑定!」
ミツヒの目には苔全体が青白く光って見え、横の空間に文字が浮き出る。
[ビボイゴケ] 魔物が嫌う 魔物に見えない
「ビボイゴケって言うのか、なるほど。《嫌う》と《見えない》か、作り方か何かで2種類の効果があるのかな。とりあえず作ってみるか。あ、その前に」
「単体鑑定! 高純度!」
テーブルの上にあるコケの所々にある一部が強く光っている。やっぱりあるのか、と光っている部分を取り除き別にする。
「精製」
すると、黒いビボイゴケから透明な液体が抽出されると、皿の中のコケを取り出し別にして、残った液体に、
「生成」
液体が凝縮されても透明なままだった。小瓶に移し入れると、何度か繰り返し作ってみたが、同じ透明な液体が出来上がった。テーブルのビボイゴケを眺めながら、腕組みしながらミツヒは、
「色が変わらないけど、これが完成なのかな。それに、どっちの効果があるのか分からないよ。うーん、2種類と言う事は、コケ自体も使えるって事か?」
使い終わったビボイゴケに向かって、魔法を掛ける。
「単体鑑定!」
ミツヒの目には、文字が浮きでる。
[ビボイゴケ] 魔物に見えない
「フーン、一つ消えている。なるほどね。て事は、抽出した液体は、魔物が嫌うんだ。じゃ、残ったコケは粉末にして塗れば、魔物に見えなくなるのかな」
スリ潰して「生成」をすると、黒から紫色に変色して軟膏状になったので、効果は出たみたいだ。残りのビボイゴケも作って皿に入れて蓋をして棚にしまった。
「どの程度の効果が出たのか分からないけど、使う事も無いだろうし。それに、もったいないからな。久しぶりに楽しかったあ、ビボイゴケ、こういう変化も面白いな。後で高純度のコケでも作って見よう」
◇
午後になって、ミツヒは今、装備をして東の森に来ている。結局ミツヒは、コケの効果がどうなるのか、知りたくて気になってしまったのだった。ミツヒは、ビボイゴケの軟膏を体に塗りたくり、衣服にも染み込ませ、皮の鎧と剣にも塗りたくった。
液体は腰袋に数本入れてあり、準備万端だ。
「ありゃ、皮の鎧がテッカテカになっちゃった。まあ仕方がないか。効果を見るのに、ゴブリンぐらいだったら大丈夫かな。向かってきたら逃げればいいし。でも本当に聞くのだろうか。段々心配になって来たよ」
森の中を、探るように、周囲を見て歩き回り魔物を探していたら、3体のゴブリンを見つけた。こっちに気づいていない様子なので、ミツヒはゆっくりと回り込んで、いつでも逃げられるように草原に出た。そして、ゴブリンに向かって呼びかける。
「おーい、こっちだよー」
ゴブリンは声の聞こえた方を見て、探すように向かって来た。
(やばい。全然ダメじゃん。逃げるか、ん? こっちに向かって来るけど僕を見ていない? ちょっと方向が違うな)
森から出てきたゴブリンは、ミツヒのいる廻りを見渡し、また森の中に戻って行った。
「本当に見えていないんだ。凄いな、ビボイゴケ。あ、液体調べるの忘れてた。まだゴブリンいるかな」
森に入ってゴブリンの後を追ったが、いなかった。探しているうちに少し奥まで入りすぎたので、諦めて戻ろうとした時、後ろに、体長2mを越えるオーガが3体歩いている。ミツヒは固まった。
(やばいやばいやばいやばい。こ、殺される。ど、どうしよう)
固まっていたミツヒは、一応、剣だけは抜いて構えた。オーガが右から左へ、ゆっくりとした動きで、全くミツヒを見ずに歩いて行く。
(フゥ、良かった。本当に効いてるな、この軟膏。よし、この液体はオーガで調べよう)
ミツヒは、オーガを追って後ろから近づき、あと3m程の所で、瓶のふたを開け、瓶を投げる仕草で液体を巻いた。振りかけられたオーガは、熱湯でも掛けられたように、大慌てで森の奥へ逃げて行った。
「へぇ、これもよく効くね。そうだ、今後、薬草採取の時は使わせてもらおう。あとは、もっと飛ばせるように、瓶の口を大きくして、投げやすい形状の物を探しておこう」
帰り道に何度か、ゴブリンやオーガに遭遇したが、やはりミツヒには気が付かず、徐々に慣れてきたミツヒは、安心して魔物のすぐ横を通り過ぎた。森から草原に出たミツヒ。
「折角だし、薬草採取して行こう。周囲感知! スタリカ草!」
その後、夕方まで、布袋が一杯になるまでスタリカ草を採取して、レ・ヴィクナムの町に戻った。
翌日の夕方、ミツヒは込んでいるギルドでポーションの補充をしている。実は今日も薬草採取にいって、魔物の脅威も無いので安心し、時間を忘れて採取していたから遅くなってしまった。
各ポーションは順調に売れてきているので、本数も多くして補充するようになり、今では、ポーションを購入する冒険者からも、いい評判を聞いてミツヒも安心していた。補充し終わったミツヒは、ルビに確認してもらって、ギルドを出ようとして入口を見る。
丁度入口から息せき切ってナギアが入って来る。ナギアの怖い表情に、歩いてくる先が、割れるように冒険者がどいて行き、受付まで来る。
「ハァハァ、ルビ、依頼完了だ。ハァハァ、これが証明書だ。ハァハァ」
「ナギアさん、3日間の予定でしたよね、早すぎません? えぇ? 確かに完了していますね。お疲れ様でした」
いつものテーブルに座り、呼吸を整えると、ここでやっとミツヒがいる事を発見した。ミツヒもナギアに近寄って、いつもの笑顔でナギアに褒めた。
「お疲れ様でした、ナギアさん。凄いですね、3日の依頼を2日で完了するなんて」
ナギアはミツヒに悲哀の表情になる。
「ミツヒさん、私は頑張ったんです、頑張ったんですよ。食べ物も、ろくに食べずに寝ずに頑張ったんです」
「本当に、お疲れ様です、頑張りましたね」
何事かと、部屋を出てきたカルバンは、驚きながら証明書を見るとナギアのテーブルまで来た。
「ナギア、お前そこまでして短縮して来たのか」
「フン、いいだろ、ちゃんと完了して来たんだ、文句は無いだろ」
カルバンは、苦笑いをしながら指で頬をかく。
「ああ、無いよ。完了だ。帰ってゆっくり寝てくれ」
カルバンに合わせてミツヒも笑顔で、
「ゆっくり休んでくださいね」
急に悲しい顔になるナギア。
「えぇ? 帰れって? 嫌です、ミツヒさん。私はこれからミツヒさんと話をするんです。ね、ミツヒさん」
「え? ええ、僕は構いませんけど」
「ではミツヒさん、椅子に座ってください」
「あ、はい」
「お前は邪魔だ、カルバン。向こうへ行け」
後ろを向いて戻って行くカルバン。
「はいはい、どうぞごゆっくり」
と言い残し、部屋に入って行った。その後、ナギアとミツヒは談笑し、ナギアは楽しそうに、主に依頼完了までの内容を、面白おかしく話していた。
性格が? 変わって来つつあるようなナギアだった。