第8話 石化
翌日
ミツヒは採って来たペトラフ草を、乗せられるだけテーブルに出す。まだ沢山ある残りのペトラフ草は、鮮度も保てる暗室の倉庫に保管した。ミツヒはテーブルの、ペトラフ草に向かって魔法を唱える。
「単体鑑定! 高純度!」
ミツヒの目には淡く光るペトラフ草が数本あった。ミツヒは納得する。
「やっぱりあるんだ。あとで残りのペトラフ草も調べてみよう」
高純度のペトラフ草を取り除き別にして置く。皿を取り出しテーブルの上に置き、十数本のペトラフ草を入れる。
「精製」
皿の中のペトラフ草から透明な液体が抽出されると、皿の中のペトラフ草を取り除く。
「生成」
液体が凝縮され、灰色になるともう一度。
「生成」
さらに灰色の液体が凝縮されると、とても柔らかい軟膏状の固体になり、塗り薬が完成した。その作業を繰り返し、テーブルの上にあるペトラフ草を、全部作り終わる頃には昼を過ぎていた。それでも黙々と作業をするミツヒ。
「あと少しだ、早く終わらせよう」
呼び鈴は鳴らなかったが、外からナギアの声が聞こる。
「こんにちはー! ミツヒさーん!」
「あれ? ナギアさん?」
工房から顔を出し外を見ると、ナギアが笑顔で、右手を曲げ胸の横辺りで小さく、振って立っていた。剣は装備しているが、綺麗な薄紫色の紳士服のような姿で、シャツの胸元が強調され、とても似合っている。
少し見とれていたミツヒ。
「あ、ナギアさん。どうしましたか?」
「今日はギルドに行くのでしょ? 一緒に行こうかな。と思いました」
「あ、もうちょっと時間がかかりますけど」
「気にしないでください、ここで待っています」
「ナギアさんを待たせるのも気が引けます。あと少しでペトラフ草の生成が終わりますけど。見ますか?」
「本当ですか? はい、是非見学させてください」
ゆっくり静かに、工房に入ってくるナギア。ミツヒがテーブルの反対側から、ナギアに話す。
「ちょっと、草の青臭さがありますけど」
「大丈夫です、ミツヒさん。私はこの匂い、好きですよ」
そして、残っているペトラフ草を作り終え、軟膏状になった石化解除の薬を大き目の皿に移し替えた。ナギアは、この一連のミツヒの作業も感動して見惚れていた。
「やはり薬の作れるミツヒさんは凄いですね」
「やめてくださいよ、回復魔法の出来るナギアさんに比べれば、僕なんて」
「いいえ、凄い事ですよ。私には出来ません」
苦笑いしながらミツヒが言う。
「ハハハ、これもナギアさんが出来たら、僕はお払い箱ですね」
「冗談ですよ、ミツヒさん。ウフフ」
その後2人は、ギルドに行ってカルバンの部屋に入る。
「石化解除の塗り薬が出来ました」
ミツヒが持っていた、薬を入れた皿を出すとカルバンは、眺める。
「良くやったミツヒ。で、使い方はどうするんだ?」
「はい、石化した部分に塗るだけです。全身なら全身に、まんべんなく塗ってください。とても柔らかいので硬めの刷毛でも塗れます」
「簡単だな。わかった、さっそく持って行こう」
「カルバンさん、僕の事は内密にお願いします」
「ああ、約束は守るよ、ミツヒ」
カルバンは、薬を持って行こうと準備をしていると、ナギアが声を掛ける。
「カルバン、私も同行していいか?」
「ナギアが同行? かまわんが、何故」
「ああ、ミツヒの代わりに見て来てくれ、と頼まれた」
ミツヒも頷き、カルバンに、頼みごとを話す。
「はい、僕の代わりに、結果を見て来て欲しいとお願いしました」
「そうか。ナギア、行くぞ」
「ではミツヒさん。私が確認してきますね」
「お願いします、ナギアさん」
ミツヒは家に帰り、カルバンとナギアはレ・ヴィクナムの町の中央付近に建っている領主の屋敷に向かった。
領主の屋敷に行き、メイドに案内され、応接間のソファで座って待つ。天井も高く、壁際には、高級そうな骨とう品や甲冑が幾つも並べられている。
隣の部屋から貴族風で金髪の男が出て来ると、カルバンが立ち上がる。
「ミッドレン伯爵、石化解除の薬が出来ました」
「おお、カルバン。よくやってくれた。お主はナギアか、まあいい。しかし、まだ喜ぶには早いな。今まで色々と試したが全くダメだったんでな」
「本当に石化が解けるか、ですね」
「ああ、さっそく試してみよう。こっちに来てくれ」
事の始まりは、1年前、子供が親に内緒で魔石を拝借し、その魔石で遊んでいたら煙が出て、煙から逃げたが途中で転び、体の一部が煙に接触して石化してしまった。
ミッドレン伯爵は、カルバンとナギアを連れて部屋に入る。部屋の窓際に置かれてあるベッドには、高級な銀色のシルクの寝巻をきている、金髪ストレートで色白の少女が、上着を羽織り上半身を起こし、寂しそうに外を見ていた。
ミッドレン伯爵が少女に歩み寄る。
「レイナ、ようやく石化が治せるよ」
こっちにゆっくりと振り向いたが、寂しい表情は変わらない。
「無理よ父様、またダメに決まっているわ」
「やってみないと分からんだろ。今回はギルドを通してあるから信用できる」
「じゃあ、やってみて」
レイナは、下半身に掛けてある、高級なシルクのシーツに手を掛け、剥ぎ取るようにベッドから落とすと、腿から下が石化した灰色の両足があった。
ミッドレン伯爵は、2人のメイドに薬を渡し指示をする。カルバンとナギアは、その後ろで並んで見守っている。
作業を見ながらカルバンは、隣のナギアに小声で聞いてみる。
「なあ、ナギア」
「なんだ」
「ミツヒの事は信用しているが、大丈夫なんだろうな」
「カルバンはミツヒが信用できないのか? 見損なったよ、フン」
「い、いや、万が一だよ、万が一。ナギアだって、石化解除を見ていないんだろ?」
「それはそうだが。でもミツヒなら大丈夫だ。必ず成功するさ、私は信用している」
「そうか」
2人のメイドがベッドの両脇から、レイナの両足に薬を塗り終えると…………何も起こらず変化も出ず、レイナが落ち込む。
「ほら、やっぱりダメじゃない。う、ううぅ」
両手を顔に当て、泣き出してしまった。ミッドレンは激怒し、
「おい! カルバンッ! これはどういう事だ!」
「え、あ、いや。どういうって言われましても」
ミッドレンの怒涛の説教をカルバンが聞いている中、動揺しているメイドを余所に、泣いているレイナの様子を、ずっと見ていた隣のナギア。
「おい、彼女の両足が治って行くぞ」
「「 え? 」」
ミッドレン伯爵とカルバンが、レイナに振り向くと、石化した足が徐々に治って来ている。初めはレイナも分からないで泣いていたが、足の感覚が戻ってくると驚きの表情になり、両足が完全に治ると、今度は嬉しさのあまり、大泣きを始めた。
そして落ち着きを取り戻した頃、静かにベッドから降り、ゆっくりと歩き感触を実感している。途中、まだ慣れないようで、一度転びそうにはなったが、両手を広げ、平衡感覚を保ちながら、久しぶりに歩いている笑顔のレイナ。
その姿に感動しているミッドレン伯爵は、涙目で話す。
「よかったレイナ、本当によかった。カルバン、悪かった。信用しないで、すまなかった」
「いえ、お嬢様が治って良かったですね」
「ありがとう、依頼料は後でギルドに届けさせる」
「はい、では、依頼完了、です。失礼します」
屋敷を後にしたカルバンとナギアは、歩きながらギルドに戻る途中、カルバンが本音を話す。
「一瞬、ヒヤッ、としたが、無事治って良かったよ」
「だから、ミツヒを信用しろ、と言ったろ。私は治ると信じていたから、何とも思わなかったぞ」
「わかったよ、俺が悪かった。これからはミツヒを信用するよ」
「そうだ、わかればいいんだ」
「しかし、ナギアはこうやっていると普段は、ナギア、なのに、ミツヒに合うと、天然と言うか、ポンコツになるんだ? 自分で自覚していないのか?」
「なんだそれ、フン。知らん。私にもわからない。だが、ミツヒがいると、優しくしてあげなければ、何かしてあげたい、と無性に感じてしまうのは事実だ」
「そうだろうな。何が、幸運の腕輪、だよ。身代わりの腕輪をプレゼントするくらいだからな」
「良くわかったな、カルバン。バレ無いと思ったのに」
「ランクS以上の冒険者なら誰だって知っているさ。金貨1枚だ? いくらした」
「金貨2000枚」
「ゲッ、に、2000枚? それをペアで?」
「いや、これは元々持っていた。わずらわしいからしていなかっただけだ。せっかくミツヒとお揃いの腕輪をするんだ。これくらいはいいだろう」
「確かに。俺の知っている冒険者では、誰もしていないよ、全く――ポンコツナギア」
「だから、なんだよそれ。フン」
2人がギルドに着いた頃には夕暮れになっていた。ミツヒはその間、家に帰って、大量のペトラフ草を並べては、高純度を抜き取る作業を、繰り返し楽しんでいた。
翌日、ナギアとミツヒは、ギルドでカルバンに依頼達成の報酬を受け取りに来ている。カルバンの部屋で、ナギアとミツヒは並んでソファに座る。テーブルには、金貨300枚が入った袋が二つ乗っている。 それを見てミツヒは固まる。
「こ、こんなに貰えませんよ、カルバンさん。僕は1割で、残りはナギアさんにお願いします」
隣に座っているナギアは、ミツヒに半身を向ける。
「ミツヒさん。この依頼は、私とミツヒさんの2人で達成した事ですから、等分です」
正面に座っているカルバンも同調する。
「そうだミツヒ。ダンジョンはナギア。薬草はミツヒ。等分で当たり前だ」
「で、でも、ナギアさんがいなかったら、ダンジョンなんて無理でしたから、ナギアさんに」
「じゃあ、ペトラフ草を探せるのは誰だ? 薬が作れるのは誰だ? ミツヒしかいないだろ? だから受け取れ」
「そうしましょう、ミツヒさん。ミツヒさんが受け取ってもらわないと、私も受け取れませんから」
ちょっと納得できなかったミツヒだったが、ナギアにも押され、仕方が無く頷いた。
「では、ありがたく頂きます」
ずっしりとした袋を貰うと、依頼は終わりだな、と思っていたミツヒに、ナギアが話を切り出す。
「次はこれです、ミツヒさん。受け取ってください」
「えぇ? なんですか? これって」
ナギアがテーブルに、報酬とは別の、金貨の入った袋をミツヒの前に出した。
「この金貨は、ミツヒさんと一緒に行ったダンジョンで、倒した魔物の魔石をギルドで換金したものです。当然これも等分に分けましたので、半分がミツヒさんの物です」
「いやいやいやいや、これは受け取れませんよ。第一、魔物はナギアさんが倒したんじゃないですか。僕は、1体どころか触れてもいません」
ナギアは少し強めの口調で話す。
「ミツヒさん、これは2人の依頼です。ダンジョンは私、薬はミツヒさん。だから全て半分です」
正面のカルバンも頷く。
「受け取っておけ、ミツヒ。当然の事だ」
「はい、では遠慮なく頂きます。ナギアさん、すみません」
袋を開けようとしたら、ナギアが先に教えてくれた。
「金貨120枚です」
「ひゃ、120枚ですか。い、頂きます。でも、こんなに持って歩くのは」
「大丈夫ですよ、私が一緒に持って行きますから」
ナギアは、ミツヒが貰った、テーブルに乗っている金貨の袋を、マジックバッグに手際よく入れた。ミツヒは恐縮する。
「何から何まですみません。ナギアさん」
「いいんですよ、ミツヒさん。ウフフ」
「じゃ、これで終了だな。ミツヒ、また何かあったらよろしく頼むよ」
大金を貰って気が動転しているミツヒ。
「僕に出来る事は、もうありませんよ。ポーションだけで十分です」
「また一緒に行けたらいいですね」
「やめましょうよ、ナギアさん。僕には荷が重くて無理です」
「大丈夫ですよ、ミツヒさん。私が守ります」
「ナギアさん、それじゃ、僕はいらないでしょ。ナギアさんだけで十分でしょ」
「私はミツヒさんがいないと」
頭が痛くなってきたようなカルバンは、手で額を抑え、途中でナギアの言葉を遮る。
「もう帰れ、帰ってくれ。頼むから帰ってくれ」
「あ、はい、失礼します。カルバンさん」
「お前もだ、ポンコツナギア」
「なんだよそれ、フン」
2人が出て行った後、受付嬢のルビが、知っているかのように水と頭痛薬を持って入って来た。
出来た娘だった。