第7話 ダンジョン
「行きますよ、ミツヒさん」
「薄暗くて、ちょっと怖いです……よろしくお願いします」
ダンジョンの1階層を進みながら、楽しそうに話をするナギア。
「ミツヒさん、順調にいけば、今日中に戻ってこられますよ」
「それはありがたいですね。早く依頼をこなしましょう」
ナギア曰く、このダンジョンは30階層からなっていて、20階層から先が厳しくなっていく。10階層、20階層、30階層には、守っている長、がいて倒せばそこから転移して戻ってこられる。
歩いていると、さっそく奥から体長2m程のオーガが2体現れた。ナギアは、オーガの反応出来ない素早さで近づいて、1体の首を魔剣ギーマサンカで切り飛ばして倒し、振り返りざまにもう1体のオーガを、上段から剣を振りおろし切り倒した。
ミツヒは、一応は構えているが、ナギアの指示で動かなかった。
2階層
「ここは確か、リザードマンが出る階層ですね」
「大丈夫ですか? ナギアさん」
ミツヒの心配を余所に、遊びの散策にでも行くように、ミツヒの隣を歩く、楽しそうなナギア。
「大丈夫ですよ、ミツヒさん。私に任せてください。それに周囲感知もかけていますから、安心ですよ」
「はい、ナギアさん。お任せします」
進んで行くとナギアの言った通り、体長2m程で黒い鱗があり、2本足で歩いている、リザードマンが3体現れ、襲ってくる前に、ナギアが踏み込み、瞬時にナギアに切り倒された。
それを見ていたミツヒには、ナギアの動きが凄まじく速く、剣筋が全く見えなかった。
「さあ、行きましょう、ミツヒさん」
「は、はい」
3階層
ナギアが魔物を察知し、小言を言う。
「あれはちょっと厄介ですね」
奥から、体長2m程で、灰色の鱗のファントムリザードが2体現れた。
「ミツヒさん、私がいいと言うまで、ここで目を閉じていてください」
「わかりました」
ナギアは、ファントムリザードに素早く近づき、1体の攻撃を瞬時に避け、回り込んで切り倒し、もう1体の攻撃を読んで、疾風の如く、すり抜けざまに切り倒した。
「はい、もういいですよ、ミツヒさん」
「え? もう倒したんですか」
「はい、今の魔物は幻影を見せてくるから、それを知らないとすぐにかかってしまうので。さ、進みましょう」
その後、数回ファントムリザードが出てきたが、ナギアの凄まじい剣さばきと体術で、順調に倒して進んだ。
4階層
体長1.5m程の黒い毛に覆われたキングウルフが2体と、赤い毛をしたファイアドックが2体が、牙をむいて走って向かって来た。ナギアは冷静に、左手を前に出し、攻撃魔法を放つ。
「アイスランス!」
先の鋭利な、長さ1m程の氷の槍が何本も現れ、空気を切り裂く音と共に、もの凄い勢いで飛んで、キングウルフとファイアドックに突き刺さり、貫通し倒した。魔石が出たので拾って、ナギアのマジックバックに入れる。
5階層
パタパタ、と羽の音が聞こえると、奥から体長50センチ程のグレーバタフライとポイズンモスが数十匹飛んで来た。ナギアはすかさず右手を前に出し、攻撃魔法を放つ。
「フルフレイム!」
紅蓮の炎の塊が瞬時に飛んで行き、炎の範囲が一気に拡散するように広がり、グレーバタフライとポイズンモスを綺麗に焼き払う。羽の麟分が、燃え尽きるときに無数に小さく光って、幻想的で綺麗だ。
ミツヒは後ろから、ナギアに聞く。
「ナギアさんは攻撃魔法にも長けているから、いつも一人で依頼を受けているんですか?」
「いいえ、そういう訳では何のですが。私は、パーティ、は苦手なんです。ただ、先日ミツヒさんのお店に行ったときにいた、ラベルトだけは一緒に修行したので組めますけど」
「ああ、あの人ですか」
「さ、進みましょう」
6階層
体長2m程で褐色の、角を生やしたミノタウロスが2体、棍棒を持って現れた。ミノタウロスが、ナギアに棍棒で振りかぶって攻撃して来たところを余裕で避け、そのまま横に回り込んで、居合抜きのような水平切りで切断して倒し、もう1体のミノタウロスの攻撃を剣で受け流し、踏み込んで首を、水平切りで切断して倒した。魔石が1つ落ちていたので拾った。
さらに進んで行くと、体長2.5m程で黒茶色のミノタウロスウォーリアが、剣を持って出てきてナギアに襲いかかったが、攻撃を素早く避けたナギアは、瞬時に後ろに回り込んで、ミノタウロスウォーリアを袈裟懸けに切り倒すと、魔石が出たので拾う。
その後を、ミツヒが、挙動不審に辺りを見回しながら、剣を構えて進んで行く。
7階層
スケルトンが十数体、骨と骨がこすれ重なり合い、当たる音を立てながら現れたが、ナギアが疾風のごとくスケルトンの横を通り抜けると、ミツヒの眼にはどうして倒したのか分からずに、全てのスケルトンの頭部が粉々になって、体が崩れ落ち倒した。
ミツヒはナギアの身体能力に今さらながら驚いている。
「しかし、凄いな。どれだけ鍛錬したら、ナギアさんみたいになるんだろう。僕には到底無理だな。ハハハ」
「――どうしましたか? ミツヒさん」
「いえ、何でも無いですよ。独り言です。ハハハ」
8階層
体長3m程の、青白いサイクロプスが出てきて、ナギアに襲いかかったが、ナギアの素早い動きに付いていけないサイクロプス。ナギアはその隙を狙って、サイクロプスの首を切り飛ばして倒し、魔石が出たので拾う。涼しい顔のナギア。
「ふぅ、調子が出て来ましたよ、ミツヒさん。楽しいですね」
「えぇ? 楽しいんですかぁ? 僕は見ているだけで精一杯なのに」
「はい、サイクロプスは攻撃力は強いのですが、速さは無く遅いので、自分の動きを、どう動いたら効率よく攻撃できるか見極めながら練習できるんです」
「練習って……ナギアさん、レベル違い過ぎです」
「さ、進みましょう。ウフフ」
その後も何度か、サイクロプスが現れたが、ナギアの練習台になっていた。
8階層
体長3m程で赤褐色のブラウングリズリーが現れた。爪攻撃や牙攻撃をしてきたが、ナギアはサイクロプスと同じように、少し練習して頃合いを見て、居合抜きの素早い動作で、ブラウングリズリーの腹を切り飛ばし倒した。
ナギアは刃先を眺め納得しているようだ。魔剣ギーマサンカの切れ味はとてもいい。
9階層
体長2m程のスケルトンナイトが5体、剣と盾を持って現れた。ナギアは、一瞬でスケルトンナイトに近寄り、先頭のスケルトンナイトを力強く蹴り飛ばし、後ろのスケルトンナイトにぶつけ、体勢が崩れたところを素早くすり抜け、その間に5体の頭を切り飛ばして倒した。
絵になるような、動きに無駄の無いナギア。
10階層
「ミツヒさん、この奥にコカトリスがいます。コカトリスは石化の煙を吐きますから、離れていても、漂う煙に触れないように、十分注意してくださいね」
「はい、わかりました。注意します」
進んで行くと、奥に、体長3m程の鶏のような上半身に、足から後ろが黒い大蛇の顔を持つコカトリスが、後ろの通路を守っているように立っている。
「ミツヒさんは、ここにいてください」
「はい、頑張ってください、ナギアさん」
「はい、では行ってきます」
ナギアは躊躇なくコカトリスに進んで行くと、石化の煙を吐いてきた。石化耐性があるナギアでも煙は嫌なようで、避けて回り込むと、すぐ横から大蛇が牙で攻撃して来た。それを剣の腹で、ぶつかり合う金属音と共に受け流す。
その反動を利用して、横に回り込み、上段から魔剣ギーマサンカを振り降ろし、大蛇の頭を切断すると、横から爪攻撃して来たが、瞬時に高く飛び上がり、コカトリスの頭上を、ナギアが逆さまに、キリモミしながら後ろに回り込み、コカトリスの足を水平切りで切断し、体勢が崩れ落ちたところでコカトリスの首めがけ、上段から振り下ろし、切断して倒した。
消滅したコカトリスの後に魔石が出たので拾う。
ナギアはミツヒに振り向いて、優しい口調で声を掛ける。
「終わりましたよ、ミツヒさん」
「簡単に言いますね、ナギアさん。凄すぎです」
「この後は、私と交代です。ミツヒさん、お願いしますね」
「はい、やってみます」
後ろでナギアが見張っている。ミツヒは辺りを見回し、コカトリスのいた場所より右の広い場所を見る。
「周囲感知! ペトラフ草!」
ミツヒの目には、至る所の岩陰に、その岩の色に似たペトラフ草が群生しているのが、淡く光って見えて採取をし始める。
荷物はナギアのマジックバッグに入れてもらっていたので出してもらい。せっかくだから、と布袋に押し込みながら、目一杯ペトラフ草を入れる。念のために、と言いながら、ただ沢山ほしいだけ、それと、二度と来たくないので、もう一袋も、これ以上入れたら破れるほど詰めた。
「フゥ、ナギアさん、採取、終わりました」
「はい、では帰りましょうか。この奥にセーフエリアがあって、そこに転移の魔方陣があります」
コカトリスが守っていた穴を進んで行くと、11階層に入る手前に横穴があり、魔物も入ってこないセーフエリアになっていた。その隅の岩の床には、10人程が立って入れるくらいの魔方陣が描かれている。
ナギアが魔方陣に指をさす。
「この魔方陣に入ると、ダンジョン入口の横穴に転移できます。帰りは楽ですよ」
「へぇ、それはいいですね」
「では、行きましょうか、ミツヒさん」
魔方陣に入ろうとした時ミツヒは立ち止まる。
「ちょっと待ってください、ナギアさん」
「どうかしましたか?」
辺りを見回すミツヒは考え込む。
「いえ、何でダンジョンのセーフエリアには、魔物が入ってこないんだろう、と考えているんです。嫌なのか分からないのか、それに、魔物除けのような物も無いみたいだし……もしかしたら」
後ろを向いたミツヒは、セーフエリア全体に魔法を掛ける。
「周囲感知!」
ミツヒの目には、セーフエリアの中にある岩陰や亀裂の中が淡く光っていた。ミツヒはその亀裂を覗き込むと、黒く細い毛のような葉を生やしたコケが、まとまって生えているのを確認する。
「ナギアさん、僕の荷袋を出してもらえませんか?」
「はいどうぞ、ミツヒさん。何かありましたか?」
「はい、これも持って帰りたいので、もう少し待っててください」
ミツヒは、袋とヘラを取り出し、亀裂や岩陰にあるコケをヘラで、こそぎ取るように剥ぎ取り、次から次へと採取し始め、袋が丸くなり、これ以上入らないくらいまで採った。
「フゥ、これで良し。帰ってからのお楽しみが出来た。ナギアさん、終わりました」
「何ですか? その黒い物は」
「ええ、コケです。面白そうなんで持って帰ります。ナギアさん、帰りましょう」
転移の魔方陣に入り、ダンジョン入口の横穴に帰還したナギアとミツヒは、ギルドで受付をすまし、辺りも暗くなっている中を歩き、宿に帰って一息入れて夕食。テーブルで向かい合って食べながら今日の事を、楽しく談笑しているナギアとミツヒ。
「そう言えばミツヒさん。あのコケは何に使うのでしょうか」
「はい、僕の考えが正しければ、セーフエリアに魔物が入ってこないのは、コケのせいかなと思うんですよ。だからちょっと調べてみようと思って」
「そうなんですか、ミツヒさんは凄いですね」
「凄くないですよ、僕に比べたらナギアさんは僕の手の届かない所にいる神様です」
「大丈夫です、届いていますよ。ウフフ」
楽しく夕食を食べ就寝。
翌日、馬車の準備をして乗り込み、ゾルガンの町の検問所で、ミツヒだけ証明書を見せ、ナギアは顔パスで出発し、天気も良く、顔に当たるそよ風も気持ちがいい中を、一路レ・ヴィクナムの町に向かった。
途中何度か魔物が襲ってきたが、ナギアが次々と瞬殺して行ったので、順調に馬車は走って行く。そして夕方、レ・ヴィクナムの町が見えて来た。するとナギアが少し悲しい表情になる。
「もう終わってしまうのですね」
ミツヒは、進む正面を向き、清々しい表情をしている。
「長いようで短い3日間でしたね。僕は、充実して、とてもいい経験をさせてもらいました。ダンジョンなんて二度と行けないでしょうから」
少しだが、笑顔が戻るナギア。
「私がいますよ、ミツヒさん」
「今回は特別ですよ。僕にナギアさんの依頼料なんて払えません」
「私とミツヒさんは友達ですから、依頼料なんていりませんよ」
「それって違いますよ、ナギアさん。友達だけでそこまでしないんじゃないですか?」
「大丈夫です。行きたい時は、いつでも言ってくださいね。ミツヒさんを守りますから」
そう言いながらレ・ヴィクナムの町に到着した。ギルドに向かう前にミツヒの家に行き、採取した大量の薬草と自分の荷物を下してからギルドに向かった。
初めはナギアが、私がマジックバックに入れて持って行くから一緒に帰ろう、と言い出したが、帰る方向が逆なのでダメです、と断り、渋々納得してもらった。
ギルドに入ると多少込んではいたが、受付を通し、カルバンに報告してその日は解散となった。