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第4話   ポーションの店

 昼を過ぎて。

 ナギアはミツヒの店が見える近くまで来ていた。ナギアの格好は、上下淡い紫色の、紳士が着る服のようだが、胸元が開き、露出度のあるシャツで、装備は護身用の普通の剣だけ。ナギアはギルドを出て、一度家に帰り着替えて来ていた。しかし、木の陰からミツヒの店を見る事30分。まだ躊躇しているナギアだった。

 そこに、王都へ帰ろうとしていたラベルト一行が現れ、ナギアを見つけると、呼びかける。


「よお、ナギア。今日はいつもと雰囲気が違うな」

「あ? ああ、ラベルトか。王都へ帰るのか?」

「そうだ。その前に2人が何か土産でも、と言うんで散策していたんだよ」


 その2人の領主の息子レナック挨拶する。


「昨日はありがとうございました。そして、誤解してました。すみません」


 続いてダニル。


「俺もナギアさんの事、誤解してました。すみませんでした」


 苦笑いのラベルト。


「まあ、そういう訳だ。またよろしくな」

「ああ、構わないよ、ラベルト」


 すると、領主の息子レナックが、ミツヒの店を見る。


「お、あそこにポーション売っている店があるよ。質は王都と違うのか買って行こうか」


 店を見たダニルも同意見だ。


「うん、興味あるね。土産代わりに買って行こう。ラベルトさん行きましょう」

「ああ、ナギアも行くか?」

「あ、ああ。少しくらいなら付き合うよ」


 揃って店に入って行く。そしてラベルトが呼び鈴を、子気味のいい音で鳴らすと、ラベルト達の後ろに、隠れるように立つナギア。ミツヒが工房から小走りで出て来て、ラベルト一行に挨拶する。



「はーい、いらっしゃいませ」


 ラベルトが、陳列してある物を眺める。


「ポーションを見たいんだが、何があるのか?」


 ミツヒが、丁寧に一つ一つを説明し始める。


「はい、ここに並んでいるのが、毒消しと麻痺消しでこっちが魔力回復と体力回復で……」


 ラベルト一行が、何を購入しようか、と覗き込むと、後ろに立って下を向いている、赤ら顔のナギアがいて、説明も終わり、気が付いたミツヒが、


「あ、ナギアさん、こんにちは。みなさんご一緒ですか?」


 優しく美しい笑顔になっているナギア。


「はい、ミツヒさん。ちょっと近くまで来たものですから。ウフフ」


 その言葉を聞いて、驚愕の表情になったラベルト一行は、覗き込んでいる体制でナギアに振り返る。そして、ミツヒとナギアを、驚きの表情のまま何度か見直し、何かを察知したのか、買い急ぎ、数本のポーションを購入すると、ラベルト一行は、早々と店を出る。


「店を教えてくれて悪いな、ナギア。俺達は帰りを急ぐから、またな」

「「 ナギアさん、ありがとうございました 」」


 ラベルトがナギアの横を通り過ぎようとした時、小声で、


「がんばれよ」


 一言ナギアに言って去って行った。ラベルト一行を見送るナギア。


「僕の店を紹介していただいたんですね、ありがとうございます」

「いえ、いいんですよ。私も見てみたいな。と思いました」

「そうなんですか、こんな汚い所に、わざわざ来ていただいて」

「いいえ……」


 ……沈黙(あぁ、何か言わないと、うーん……)


「ミ、ミツヒさんのお店はいいお店ですね」

「小さい店ですけど、なんとかやっています」


 ……沈黙(話が続かない。うーん、どうしたら……あ)


「この並んでいるポーションは、全部ミツヒさんが作るのですか?」

「はい、ギルドにも置いてあるものと同じで、僕が作っています。でもナギアさんのような上位の冒険者の方には必要ないでしょうけど」

「いいえ、必要ですよ。私も念のために、ミツヒさんの作ったポーションはいつも持っています」

「そうなんですか、ありがとうございます。でも、いつもって大変じゃないですか? それに今はお持ちじゃないですよね」

「ウフフ、ミツヒさん、内緒ですよ」


 ナギアは左手首の辺りに右手を差出し出すと、綺麗な魔石で散りばめられた腕輪が現れ、すぐ上にある空間のマジックバッグからポーションを取り出すと、静かに腕輪が消える。そして、嬉しそうに、ポーションを見せる。


「はい、ミツヒさんの作ったポーションです。ウフフ」

「うわ、マジックバッグの腕輪ですか。凄いですね、初めて見ました」

「あまり人前では見せないのすが、ミツヒさんは特別ですよ。秘密にしてくださいね」

「勿論です、ナギアさん。でも僕の作ったポーションを持っていただけるなんて。うれしいです」


 笑顔で話をするミツヒに、ナギアは、考える。


(よし、いいぞ。あとは、あとは……うん、そうだ)


「よ、良かったら、わ、私もミツヒさんがポーションを作っている所が見たいです。無理にとは言いません、ダメでしたら」

「いいですよ、つまらないと思いますけど、ナギアさんならお見せします。汚い工房ですけど、今から見ますか?」

「いいのですか? ウフフ、お願いします」


(やったー、乗り越えたぞー。一歩前進だー)


 工房に入って行くミツヒとナギア。ナギアは、普段は見せない女性のしぐさで、工房の中の物を、触ったり覗き込んだり。一通り見て回っている間にミツヒはテーブル廻りを、サッ、と軽く掃除すると、椅子を用意する。


「汚い所ですけど、どうぞ座ってください」

「いいえ、ありがとうございます。ポーションを作るところが見られるなんて、嬉しいです」


(よし、好きだと言うアピールだ。うーん……よし)


「それも、ミツヒさんが作っているところを見られるなんて……嬉しいです。ウフフ」


 恥ずかしそうにミツヒが話す。


「照れるからやめてくださいよ、ナギアさん。では始めますね」


 奥の暗室から持って来たマジリカ草を、皿に数本入れると両手のひらを皿に向け、


「精製」


 皿の中のマジリカ草から液体が抽出されると、皿のマジリカ草を取り除き、


「生成」


 その液体が凝縮されて赤い色になる。それを小瓶に移し入れ完成。


「これで中位の魔力回復のポーションが出来上がりました」


 その一連の動作を見ていたナギアは、本当に感激していた。


「凄いですね、ミツヒさん。これは凄いです。いい物を見せていただきました」

「そうですか? いつもやっている事なんで僕にとっては普通なんですけどね」


(どうしよう。よし、ここだ。女は度胸、今だ)


「ミツヒさんは偉いですね。こうやって仕事をしている所を見ていると、私、ミツヒさんが、す、す」

「ナギアさん、これ、プレゼントします。ポーションなんて大した物じゃないですけど」

「え、あ、ありがとうございます。大切にします」

「いえいえ、使ってください」


 片付け始めるミツヒを見ながらナギアは、考える。


(あー、終わってしまう、どうしよう、どうしよう、うーん……)


 そこに、カルバンの言葉が思い出された。


[いつも見送るだけじゃなく、自分から誘って見ろよ]

(そうだ、よし)


 片付け終わろうとしているミツヒに、お願いをする。


「ミツヒさん、もし、この後お時間があるようでしたら……食事にでも行きませんか?」


 急に体を止めて、そのまま動かなくなったミツヒは、真剣な顔でナギアを見る。


「嬉しいです、とても嬉しい事ですけど、ナギアさんと僕が食事に行ったら、周りから笑われますよ」

「そ、そんな事ありませんよ。私がミツヒさんと行きたいと思って誘ったのですから」

「嬉しいですけど……今回はその言葉だけ、ありがたく頂いておきます」


(ええ? そんなあ。何で? ううぅ)


「私、いけない事を言ったのでしょうか、ミツヒさん」

「いえ、逆ですよ、ナギアさん。では少しの期間、僕に考えさせてください。お願いします」

「は、はい、わかりました」


 そして話を終え、ナギアはミツヒの店を後にしてギルドに向かった。

 ギルドに入ると周囲の眼は、ナギアに向けられた。いつもとは違う格好だが、変な目で見たら、絶対に何か言われるだろう、と何も変わらないギルド内だった。そしてナギアは、受付嬢のルビに言う。


「ルビ、カルバンはいるか? いたら呼んでくれ」


 その格好を見て察した受付嬢のルビは、奥の部屋に行き戻ってくると、


「ナギアさん、ギルドマスターの部屋へどうぞ」


 部屋に通された。出来た娘である。部屋に入ると机で書類を整理しているカルバンがいた。


「立っていないで、そこに座れよ」


 手前のソファに座るナギアも、公私混同している事は分かっているので、恐縮している。


「すまない、仕事中に」

「まあいいさ。で、どうだった」


 ナギアに言いながら、カルバンも歩いて来て対面のソファに座り、赤ら顔になって下を向いたナギア。


「話が出来た」

「良かったじゃないか。で、食事でも誘ったか?」


 ナギアはまだ下を向いたままだ。


「ああ、でも断られた」

「断られた? なんで」

「私にも分からないんだ」


 真剣な表情で、工房での経緯をカルバンに話をする。


「なるほどな。原因はわかった。お前だ、ナギア」

「だから、何で私なんだ」

「ああ、悪い、お前と言うよりお前の地位だよ。ミツヒはな、孤児なんだよ」

「そんな事、関係無いじゃないか。私は全く気にしないぞ?」

「ナギアには無くとも、ミツヒには大事な事だよ」


 カルバン曰く、ミツヒは孤児で、住んでいる家も借家で細々と生活している。地位の違う2人が歩いていても、ナギアの事だから周囲も気にしないだろうが、もしナギアと食事や買い物に行ったら、金が無いミツヒには払いきれないし、恥ずかしい。ましてナギアに払ってもらうくらいなら行かないほうがいい。

 カルバンの話を聞いて、ふさぎ込んでいるナギアにカルバンは、助言する。


「でも、ミツヒは考えさせてくれ、って言ったんだろ? なら、まだ大丈夫じゃないか?」

「なんでそんな事が言い切れるんだ、カルバン」

「本当にダメだったら、その場で断って終わりだからさ。考えてくれているんじゃないのか? 少しの間待ってみたらどうだ」

「ああ、わかった。そうしてみる。いつも悪いな、カルバン」

「いいさ、腐れ縁だし、ナギアの初めての事だからな。応援するよ」


 数日後、ミツヒがギルドにポーションを補充しに来て、棚を見ると完売だった。それを見てミツヒは、嬉しそうだ。


「うわ、完売なんて初めてだ。これじゃ足りないからもう一回補充しないと」


 瓶と瓶を、小突きあわせる音をさせながら並べていると、カルバンが来て、ミツヒを部屋に呼び入れ、2人がソファに対面して座る。


「なあ、ミツヒ。折り入って話がある」

「なんでしょう、カルバンさん」

「ここだけの話にするから教えてくれ。ミツヒはナギアの事をどう思う?」

「ナギアさんですか? 綺麗で強い人ですね」

「いや、好きか嫌いかだよ」

「はあ、こんな事言うのもいけないのですが、大好きです。綺麗で強いし、僕の憧れです。でも身分が違いますから、手の届かない人です」

「身分なんて関係ない。好きならそれでいいんだ。それと、俺が言うのもなんだが、ナギアはミツヒの事が」

「知っていますよ、カルバンさん。廻りに対する態度と、僕に対する態度が全く違うんで、自惚れてはいませんけど、そうなのかな。って」

「やはりな。で、今後どうするんだ。ナギアの気持ちもわかってやれないのか?」

「だから、貧乏な僕には無理です。僕も男ですから食事とか行ったら払わなくちゃいけないし。ナギアさんの口に合う食事は高級な料理だろうし、それを支払う事は出来ません。全く無理です」

「確かにミツヒの言っている事は合っているよ。でも、よく考えて見ろ」


 カルバンの言葉に、少し反論するように言うミツヒ。


「だから今考えているんですよ、ずっと……ナギアさんと食事に行こうかどうか」

「今日のポーションの売り上げで、1回くらい行けるだろ、ミツヒ」

「え? なんだ、カルバンさんの仕業ですか」

「まとめて買ったんじゃないぞ。昨日、所用で王都ガナリックまで行ってな、向こうのギルドで売って来たんだ」

「……わかりました、ありがとうございます、カルバンさん。そこまでしていただいたなら、行って来ます」


 顔の筋肉が緩み、安堵の表情になるカルバン。


「フゥ、良かった。悪いがナギアをよろしくな。それとこの事は」

「ええ大丈夫です、ナギアさんには言いません。ナギアさんは年上ですけど友達から始めてみます」


 そう言って部屋を出て行くミツヒ。そして、足りないポーションを家に取りに行き、数刻後、またギルドに戻って来た時に、ナギアがいつものテーブル席に座っていた。ミツヒと目が合うと、ナギアは声が欠けられず、挙動不審になって眼が泳いでいたが、ミツヒはポーションを補充しに行き、終えるとナギアの座っているテーブルまで来る。


「ナギアさん、先日はすみませんでした」


 ナギアは目が合わせられないままでいる。


「いえ、私こそミツヒさんの事も考えないで……」

「今日は自分から言います。ナギアさん、今度、僕と食事でも行きませんか?」


 下を向いていたナギアがミツヒを見上げると、ミツヒの、いつもの笑顔があった。嬉しくなったナギア。


「はい、行きます。よろしくお願いします」

「日時はまた。失礼します」


 言い終えると、ミツヒは笑顔でギルドを出て行った。その様子を、静かに見ていたカルバンがナギアに近づいて来た。


「良かったじゃないか。だから待ってればいいんだよ」


 出口を見つめたまま、安堵した表情のナギア。


「ああ、良かったよ、カルバン。本当に良かったよ」

「ま、ガンバレよ。でも、ここに誰もいなくて良かったな。こんな場面、誰かに見られていたらどんな事になっていたか」


「 コホン 」


 咳ばらい、が聞こえた方を、カルバンとナギアが振り返ると、受付で座っているルビが、目を閉じて正面を向いていた。


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