第3話 依頼
深い森の中、体長2mを越える褐色のミノタウロスが、棍棒でナギアに襲いかかろうとしている。しかし、ナギアはすでに察知し、振りかぶられた棍棒を見切って、余裕を持ってギリギリで避け、振り返りざまに魔剣ギーマサンカで、袈裟懸けにして真っ二つにして倒すと、後ろを振り返り素早く動き、鎧で装備している1人の男の背中を蹴り飛ばす。
「邪魔だ! 遅い!」
「ひぃぃ!」
その転がる男の横を素早く進んで、奥にいるスケルトンナイトを切り倒し、また素早く戻ってくると、違う男にも背中を蹴り飛ばす。
「チンタラするな! 動け!」
「ひゃーっ!」
また転がるその男の横を、疾風のようにすり抜け、奥にいた身長2m程の青白いサイクロプスの攻撃を避けながら踏み込んで、サイクロプスの首を切り飛ばして、倒した。その後、周囲感知をして、魔物の気配が無い事を確認した。それを数回繰り返している。
今、ナギアは樹海に来て魔物を討伐している。と言うのも依頼を受けているからだ。そこにまた、別の男の声がしてナギアを呼ぶ。
「悪いな、ナギア。俺の依頼につきあわせて、恩に着るよ」
そこには、身長170センチ程で、茶髪の短髪で浅黒いガッチリした剣士風の男が、座り込んで戦意喪失の男達の後ろに立っていた。ナギアはその男に眼を向け話す。
「いや、いいさ、ラベルト。でも、これで貸し借り無しだよ」
「ああ、わかってる」
ラベルトはナギアと修行時代を一緒に競い合って登り詰め、同じランクSSの魔法剣士。ナギアと共に強くなった。2人には競争心はとても強かったが恋愛感情は全く無く、いいライバルで、2人の考えでは戦闘中、唯一背中を任せてもいいと思っている。
ラベルト曰く、王都ガナリックの領主の息子2人が、修行や鍛錬もしていないのに冒険者になる、と言い出したので無理だと言う事を分からせてほしい。多少の怪我は構わないから、二度と冒険者にはならないと言うほど厳しくしてほしい。と、ラベルトに名指しで依頼が来たので、もう一人の同行を許可してもらって承諾。しかし、受けたはいいが、もう一人となると考え付くのはナギアくらいなので、王都ガナリックを出発し、レ・ヴィクナムの町まで連れて来てナギアに同行を依頼した。領主の息子は、兄がレナック、身長160センチで、赤髪短髪でごく普通の男。弟のダニルは、身長170センチで、赤髪だが兄より伸ばしている、少し細めの頼りない男。
ここは、レ・ヴィクナムの町から、西に半日ほど行った所にある魔物の樹海セイリア。魔物の樹海と呼ばれているが、そこまで手ごわい魔物はいない。ただ、それはナギアとラベルトにとっての話。ランクCでは無理な話で、ランクBの冒険者にとっても、最低でも6人以上の整ったパーティが必要な程で、試練の樹海ともいえる。ラベルトは2人の領主の息子に、
「よし、次行くぞ」
と言うと、座ったまま涙目になっている領主の息子2人が、
「もう諦めました、帰りたいです」
「俺も冒険者は無理だと思い知らされました」
ラベルトは、息子達を見てもう一度確認する。
「本当にいいのか? もっと強い魔物はこの奥にいるのに」
これは嘘だが、レナックとダニルは項垂れている。
「もう沢山です、ここまでも何回も魔物が出てきたけど、自分では倒せず、何回ナギアさんに蹴飛ばされたか」
「俺も弱いのは、この実戦で分かりましたけど、ナギアさんに、蹴飛ばされてしまう方が多く、コリゴリです」
弱音を吐き終了。セイリアの樹海野宿で1泊の予定が早々と終わったので、このまま来た道を戻り、魔物が出たら倒して樹海を出ると、半日かけ、レ・ヴィクナムの町まで帰って来た時には夜になっていた。門を通り過ぎ、凛々しく歩く2人と、肩を落とし、疲労で腰が曲がり、老人のように歩く2人。そこでナギアはラベルトに話しかける。
「これで完了だな。私はここまでだ、ラベルト。依頼料はギルド経由で頼むよ」
「ああ、ナギア。悪かったな、助かったよ。久しぶりに今晩、一緒に飯でもどうだ?」
「いや、やめて置く。悪いな、ちょっと行く所があるから」
踵を返し歩いて行くナギアを見送り、近くの酒場に入る3人。そこで飲み食いしながら、今日の反省、として話をするラベルト。
「どうだった? 初めての冒険は」
「大変なのはわかりましたよ、でもナギアさんは乱暴です」
「そうそう、男勝りだし、すぐ蹴るし、怖いし、まだ背中痛いし」
「ははは、なるほど。でもいい事を教えようか。君達2人は、ナギアに蹴られた数だけ、死んでいたか負傷していたんだよ。その意味はわかるかな?」
「「 えぇーっ? 」」
驚いた表情のレナックとダニル。
「なんでですか? わかりません」
「どうして蹴られた数って」
「それはだね、君達がナギアに蹴られたときに転んだり、吹っ飛んだりしただろ? その直後、君たちがいた場所に、魔物の放ったウインドカッターや弓矢が飛んで来ているんだ。戦闘中だから君達には分からないだろうけど、声を掛けてちゃ間に合わないからナギアは蹴るしかないんだよ。だから、ワザと、じゃなく彼女に悪気はないんだ、厳しい対処だけどナギアなりに守ってくれたんだ」
「「 そうだったんですか 」」
「だからナギアの同行したパーティで死人が出たことは、今まで一度も無いんだ。俺にとっては、それだけ信頼のある奴なんだよ」
「凄いですね、今度会ったら謝らないと」
「そうだね、俺も謝ろう」
「さ、料理も来たし食べようか」
「「 はい 」」
出てきた料理に舌鼓を打つラベルト一行。
その頃ナギアは混雑するギルドのカウンターで、悲しい表情をしている。
「えぇー? もう帰ったぁ?」
カルバンは呆れたようだ。
「なあナギア、何時だと思っているんだ。今は夜だよ。いつもミツヒは昼間に来るだろ。今日も午後に来てポーション置いて、俺と話をして帰ったよ」
「も、もしかしたら間に合うかもしれないだろ?」
「ナギアお前……天然か?」
「何だよそれ、フンッ。ミツヒがいないなら帰るよ。じゃーな」
ナギアは、ふて腐れたようにギルドを出て行った。
次の日、日も昇った頃、冒険者も依頼などで出かけた後なのだろう、誰もいないギルドにナギアが入って来ると、受付嬢のルビに話しかける。
「ルビ、昨日聞き忘れたが、ミツヒは次回、いつポーションを置きに来るって言っていたか?」
「えっと、昨日4日後と言っていたので、あと3日ですね」
そこに、丁度出かけていたカルバンが、ギルドに帰って来て、その話を聞きながら近寄ってナギアに話す。
「なあナギア、そこまでするんだったらミツヒに、直接会ってくれ、って言えばいいだろ」
「そ、そんな事言えるわけがないだろ」
「まあ、そんな状態じゃそれもそうか。ならミツヒの家に行ってみたらどうだ?」
「い、行けるわけないだろ、用もないのに」
へこんだナギアに、呆れて溜息をつきながら、カルバンはナギアを見る。
「はぁぁ、やっぱりお前、ミツヒの事になると天然だな。ミツヒの家はポーションを売っている店だろ。買いに来たとか、ギルドに売っていないもので、何か無いか見に来た、とかいろいろ理由はあるだろ」
急に目標が出来たかのように、明るくなったナギア。
「そうか、そう言う手があったか。で、カルバン。ミツヒの家は何処にあるんだ?」
「はぁ? ミツヒの事が気になっている割には知らないのか?」
「つ、ついて行くことも出来ないし。まして、教えてくれ、とも言えないし」
また項垂れるナギアに、カルバンが仕方が無く教える。
「ナギア、お前さぁ、いつもは機転も効くし頭の切れがいいのに、なんでミツヒの事になると、ダメダメの天然になるんだ? だからぁ、ポーションを売っている店なんだからすぐに聞けるだろ。ハァ、疲れた、まあいいよ、教えてやる」
カルバンは手を額に当てながらミツヒの家を教えると、嬉しそうなナギアはいつものテーブル席に座り、両手を頬に当てながら、小言を言い始める。
「どうしたら自然かな。こんにちはミツヒさん、とか、この店がミツヒさんの、とか、まあ、こんなところにポーションの売り場が、とか……うーん、どうしよう」
その様子を見て呆れているカルバン。
「気持ち悪いよ、ナギア。とりあえず行ってみろよ、何とかなるって」
「わかった、行ってみる――そうだ――なあ、カルバン」
「なんだ」
「……正装して行った方かいいのか?」
「普通でいいよ、頼むから出て行け、早く出て行け。ナギアのギャップの違いに頭が痛くなってきた」
「よく分からないが、悪いな、礼を言う」
嬉しそうに、軽やかな足取りで、銀髪をなびかせギルドを出て行くナギア。カルバンはそれを見送り、部屋に入るところで受付嬢のルビに、
「ルビ、手が空いたら頭痛薬を持って来てくれ」
ルビは出来た娘で、ナギアのギャップにも、全く気にも留めずに、
「はい、お水も一緒に持って行きますね」
まだ昼前なのに、ナギアによって疲労困憊になるカルバンだった。