第29話 反乱
数日後、ナギアとミツヒはタモンの村を出立し、来た道を戻る。二人共塗り薬を塗っているので、無事に樹海を抜け洞窟に入る。
二人で塗り合いっこなどとはしていない、決してしてはいなかった。
魔方陣では、ミツヒから先に転移し、次にナギアが転移した。無事に元の世界に戻って、仲良くレイリムの樹海を抜ける。
魔物も気にしないので、森の中を近道し、直接レ・ヴィクナムの町に戻る二人。魔物もすれ違うが、気にせず楽しむように腕を組み散策し、数日かけて戻って来た。
辺りが暗くなった検問所で、ミツヒは証明書等何も持っていないが、ナギアの顔とミツヒの事も、功績など知られていたので通してもらった。夜の街並みを、懐かしむように見るミツヒ。
「帰って来たな、レ・ヴィクナムの町」
「うん。ミツヒ、ゴメンね、これからは居なくならないでね」
「勿論だよ。帰ろうか」
「ねえ、ミツヒ。私もミツヒの家に行っていい? 今日だけでいいから」
「別にかまわないよ。鍵だって持ってるでしょ」
「ミツヒの家だし、一応聞かないとね。ウフフ」
「それじゃ、何か食べ物を買って帰ろう」
商店に寄り、あれがいい、これは嫌、などと楽しく食事を買い、その日はナギアもミツヒの家に帰る。
鍵を開け、久しぶりに中に入る二人。
「あー、やっぱり我が家はいいなぁ。落ち着くよ」
さっそくナギアは買って来た食事をテーブルに広げる。
「ミツヒ、はい飲み物」
「ありがとう、ナギア」
ミツヒは、家の中を見回して、テーブルの椅子に座る。
「ナギア、ここに寝泊まりしていたでしょ」
「え? ええ、わかるの?」
「置いてある物が動いているし、ベッドの使った形跡があるからさ」
「あ、あの時は、ミツヒに早く謝ろうと思って、ここで待っていたの。ゴメン」
「別に怒ってなんかいないよ。聞いただけ」
食事をしながらそんな話をし、これからのポーション作りなども談笑した。
その夜は、疲れが溜まっているせいもあり、大きくなったベッドで仲良く就寝。
翌日、ミツヒはポーションの事、ナギアはカルバンに報告があるので、一緒にギルドに向かった。
町が何やら騒がしいがギルドに行く。
昼間のギルドの中も、珍しく混んでいて騒がしかった。
廻りを気にせず、腕を組んで仲良く入るナギアとミツヒ。入って来た二人に振り返る冒険者達。
「あれナギアだよな」
「うわ、綺麗だな。あんなに綺麗だったっけ」
「怖さが無くなっているし、優しい顔だとやっぱり美人だな」
「なんだか、ミツヒが羨ましくなってきたよ」
以前まで、冷たい表情だったナギア。今の表情はとても優しくなり、幸せいっぱいと言う感じで、美しさが増したようだ。
恋をするとこんなにも変わる、まさに絶世の美女と言ったところか。
しかし、ナギアに向けられた視線はその場だけで、また騒がしくなる。「戦争」とか「帝国」とか「軍隊」などと聞こえてきた。
ナギアは、マレレにカルバンを呼んでもらったら、知っていたかのようにギルドマスターの部屋に通された。
「やっと戻って来たか。ミツヒも無事で何よりだ」
先にミツヒが謝る。
「ご迷惑おかけしました、カルバンさん」
「町もあって、仲直りも出来た。カルバンのお陰で、ミツヒを連れて帰って来られたよ、ありがとう、」
ナギアの態度に驚いたカルバン。
「おい、ナギア。随分と感じが変わったなぁ。ミツヒのお陰か?」
カルバンにも、優しい表情になり笑みを浮かべるナギア。
「うん、ミツヒのお陰。ウフフ」
ナギアは嬉しそうに、ミツヒの腕に自分の腕を絡める。
カルバンが姿勢を正す。
「まあ、その辺の話は後でゆっくり聞こう」
「何か問題が出来たんですか? 町も騒がしいし」
カルバン曰く、帝国の侯爵と軍が謀反を企て、反乱を起こした。それに乗った冒険者もいるらしい。その軍に帝国は乗っ取られ、
さらに、こちらに向かっている。王国の防衛も自国の所だけで精一杯らしく、王都ガナリック、各町は各自で対処しなくてはならない。と、通達が回って来た。
レ・ヴィクナムの町では冒険者しかいない。そしてこの数日は、一人また一人、一パーティまた一パーティと、何処かに隠れようと、町から逃げ出し始めている。
今、ギルドにいる冒険者が残っているだけ。対処のしようが無いのが実情だ。
「カルバンさん、その軍が攻めてくる方角はわかりますか?」
「ああ、街道からだ、そこしかない。あの道幅だと歩兵で八列縦隊、騎馬隊六列縦隊ってところだろうな。レ・ヴィクナムの町に向かって来る軍隊は、各町の手始めと言う事で数千人規模らしい」
ミツヒに腕を絡めているナギア。
「一度改めて街道を見に行ってみる? 参考になるかどうか分からないけど」
ミツヒも考えがあるようで同意する。
「そうだね、見に行ってみようか」
部屋を出るミツヒとナギアが驚いた。誰もいない。いや、マレレしかいない。マレレがミツヒに振り向く。
「みんなぁ、何処かにぃ、逃げるように出て行っちゃいましたぁ」
マレレの声が聞こえたカルバンが、部屋から出て来てため息を漏らす。
「ハァァ、何処に逃げても同じだろ、全く」
その後、ナギアとミツヒは二人ならんで街道を見に行った。
「いつも見ていたけど、こうやって視点を変えて見れば、見通しのいい街道だね」
「うん。でもミツヒ。見通しはいいけどその分相手の機動力も速いって事よ。雪崩れ込まれたら手に追えないわ」
「ふーん。なるほど……うん、わかった。ギルドに戻ろう」
「何が分かったの?」
「ギルドで話すよ」
「いいじゃない、教えてよ、ミツヒ」
「後で。ハハハ」
「もう、ミツヒのケチ」
帰ろうとするミツヒの腕に飛びつくナギア。誰が見ても、緊張感の無い楽しそうな2人だった。
戻った二人は、ギルドマスターの部屋でカルバンと話をする。
「カルバンさん、街道から来る軍は僕一人で受け持っていいですか?」
「ハァァ?」「えぇぇ?」
カルバンとナギアが変な声を出した。
「何を言っているんだ? ミツヒ。正気か?」
「そうよ、ミツヒ一人じゃ無理よ」
「策はあります。その為には僕一人じゃないとダメなんです」
ミツヒの、突拍子もない案を聞くカルバンとナギア。
「一応聞くが、どんな策だ?」
「アークデーモンを召還しようと思っています」
音を立てて椅子から転げ落ちるナギアとカルバン。
「ミツヒ、今なんて言った? アークデーモンだ?」
「はい、アークデーモンです。それの黒? です」
座り直したカルバンがまた転げ落ちるが、ナギアは思い出したのか、冷静に聞き始める。
「奈落に落ちたときに、アークデーモンに魔方陣を掛けたんです。それを解くのに一度だけ僕に従う。と契約しました」
驚愕の表情になるカルバン。確信し、思い出したナギアは黙っている。
「それが本当なら凄いぞ。アークデーモン一体で国が亡ぶんだからな。それが味方に付けば、これほど頼もしい者はいない」
ミツヒがマジックバッグから一つの魔石を取り出しテーブルに乗せる。
「これがアークデーモンを召還する魔石です。本人から貰いました」
「凄いな、国宝級、いやそれ以上だぞ。いいのか?」
「こんな時に使わないと、この先も使い道がありませんよ。それに、魔物ですから見分けもつかず、無差別に殺戮をするかもしれません。ですから味方がいない方が効率がいいです」
「よし、街道はミツヒに任せる。以外は俺とナギア、その他残った冒険者で何とかしよう」
「よろしくお願いします、カルバンさん」
「まだ間に合いそうだから、他の町の人も、レ・ヴィクナムの町に避難させていいか?」
「他の事は、僕には分かりません。全てギルドマスターのカルバンさんにお任せします」
ナギアには以前、アークデーモンを召還できる事を話していたので、カルバンとの会話には黙っていた。
「とうとう使うのね」
「うん、これでいいんだよ」
「気を付けてね、ミツヒ」
その後、カルバンが各町に通達を出し、張り紙をレ・ヴィクナムの町の各所に貼った。その話をどこで聞きつけて来たのか、逃げた冒険者達が戻ってくる。
カルバンの言った通り、逃げたはいいが隠れる場所が無かったようだ。
カルバンによると、町なので簡単に没落するだろうと踏んで、反乱軍は昼間に堂々と攻め込んでくる。と情報が入った。
一方、王国や王都ガナリックは、十分太刀打ちできる防衛準備も整っているとの事。
レ・ヴィクナムの町では、ギルドに戻って来た冒険者達に、カルバンが配置を指示する。
「王都側街道の正面はミツヒ一人。その他は今配置した通りに着いてくれ。俺とナギアは、戦闘態勢に入りながらミツヒを認識できるところで待機している」
一人の冒険者がカルバンに質問する。
「軍が攻めて来るまで、何をしていればいい?」
「特にする事は無いよ、今さらどうしようもないし、付け焼刃だ。待機してくれればいいさ」
今、ナギアとミツヒはギルドにはいない。まだ時間もあり、呑気なナギアのお願いで、ミツヒがナギアの家に初めてお邪魔していた。
「綺麗な部屋だね、整っているし女性らしいな。僕の家とは全然違うね」
「ウフフ、恥ずかしいわ。この部屋が冒険用の武器庫とか。こっちは寝室よ」
「へぇ、整理が行き届いているね。さすがナギア」
「ありがとう、ミツヒ。でね、こっちが寝室」
「二回言わなかった? 見てもいいの?」
「うん、ぜひ見てほしいの」
寝室に入るミツヒ。鮮やかに彩られた部屋に高級そうな青いベッド。
「綺麗だけど……うーん。なんだか、ナギア、無理に色を変えた?」
当てられて驚くナギア。やはり、ちぐはぐな色合いのようだ。
「え? わ、わかるの?」
「だって、ナギアの性格から言うと、これは無理があるかなあ」
「やっぱり……実は、ミツヒが見たら、と思って模様替えをしたの」
「無理しなくていいのに」
遠慮なくベッドに横になるミツヒ。すかさずナギアも隣からミツヒに抱きついてくる。
「ウフフ、私、幸せ」
「僕もだよ」
そして二人は、しばらく寝室から出てこなかった。
◇
軍が攻めてくる当日の朝
ナギアとミツヒはギルドマスターの部屋で待機している。冒険者達も、ギルド内で待機していたり、さっそく決められた配置である自分の持ち場に着いている。
カルバンが口を開く。
「王都からの通達では、反乱軍がこっちに向かった。レ・ヴィクナムの町に来るのは昼過ぎになるだろう」
ナギアも同意する。
「では、準備にかかりましょうか。ミツヒは大丈夫?」
「うん、いつでもいいよ」
席を立つカルバン。
「よし、行こうか。頼むぞミツヒ。ここまで来たら、お前だけが頼りだ」
「はい」
部屋を出る三人。「ミツヒ頼むぞ」とか「任せたぞ、ミツヒ」とか「この町なら安心だ」などと聞こえて、恥ずかしそうに出て行くミツヒ。
町中でも、避難してきた人達やすれ違う住民に応援され、検問所でも待っているかのような住民達に応援された。
王都側の街道で待つ三人。
「ミツヒ、他の配置は整った。俺も位置に着くがいいか?」
「はい、お願いします、カルバンさん」
先に行くカルバン。
「ミツヒ、気を付けてね、私も位置に着くわ」
「うん、ありがとう、ナギア。また後で」
キスをして離れ、ナギアも位置に着く。見送ったミツヒも、町から少し離れた場所に立った。
数刻後
まだ遠いが、軍の攻めてくる土煙が見えて来た。ミツヒは魔石を街道に置き、抜いたスティレットで魔石を突き刺す。そこを中心として、赤、青、紫と綺麗な魔方陣が幾重も展開される。
魔方陣の光が強く輝いたとき、魔方陣から黒い服を身に纏った、アークデーモンが召還された。
奈落で会った時とかわらないその姿は、やはり禍々しい。召還の魔方陣が消えたが、ミツヒとの契約の魔方陣は、まだアークデーモンの足元に展開されている。
「ようやく召還されたか。で、どうする? ミツヒ」
恐ろしいが、平静を装って話すミツヒ。
「うん、これから攻めてくる反乱軍を殲滅して欲しい」
「相手は人か? いいのか? 人を殺しても」
「うん、思い切りやって。攻め込まれると大変だから」
「アーハッハッハッ、これはいいぞ。大手を振って人を殺せるなんてな。よし、楽しもうか」
徐々に反乱軍の姿が見え始める。腕組みをして待つアークデーモンに心配になる隣のミツヒ。
「ま、まだ動かなくていいの?」
「ああ、まだだ。もう少し待て」
人の形が視認できる距離まで来る。
アークデーモンはおもむろに両手を前に出し、手の平をかざす。そして握る。
ただそれだけ――開く――握る。
ミツヒは驚きの表情になる。
「うわ、凄い! 何あれ。魔法?」
「魔法では無い。闇のスキルだ」
尋常ではない、あまりにも理不尽なスキル。開いた手を握るだけで、進んでくる反乱軍の先頭10人程が、一瞬、強力な何かに圧縮されたように纏まり潰れ、血しぶきと共に50センチ程の肉の塊になる。
1人が、では無く、10人分で、だ。それが片手。アークデーモンは手の平を一回握るだけで10人程の反乱軍を肉塊にする。
そう、両手で一回、20人程が何も抵抗が出来ず肉塊になる。反乱軍も何が起こっているかもわからずに進んでくるが、それを知っても時すでに遅く、次々に肉の塊が街道に積み上がる。
恐ろしさが増したミツヒだが、正面を向いたまま平静を保って話しかける。
「凄いスキルなのに、何で僕の時は使わなかったの?」
「簡単だ。このスキルは視認しないと出来ない。あの時、ミツヒは気配しかわからん。位置は把握できたが、視認は出来なかった」
「うわっ、こえぇ、じゃあ、僕が見えていたら……」
「ああ、見えていたらすぐに使った。簡単だからな。視認さえできれば、さらに幾多の闇のスキルが発動できる。これが我の強さたる所以かもしれんな」
手の動きを止めずに続けるアークデーモン。
「このスキルは、我が一番気に入っている。見ろ、ミツヒ。人が肉塊になる瞬間を。美しいぞ、ハァハァ。楽しいぞ。実に楽しいぞ。ハァハァ、たまらんな」
興奮しているアークデーモン。
今度は、反乱軍に向かって歩きながらスキルで潰していく。街道は肉の塊で埋め尽くされている。
一度手を止めたアークデーモンが、肉塊に向かって腕を横に振るう。山のようにあった肉塊が瞬く間に消える。
「人の、いや、肉の塊をどうしたの?」
「ああ、我が貰った。今頃奈落だ。魔物の上物の餌になる。それと、魂は我が貰った。二度とこの世に戻って来れぬよ」
余りの理不尽さに、言葉が無くなるミツヒ。
悪い笑みを浮かべているアークデーモンは、止めることなく続け、反乱軍の7割がた殲滅したところで、兵士たちが状況を把握し、逃げるように退却を始める。
逃がすものかと、アークデーモンが翼を広げ飛んで追いかけ、ついには全滅させた。
ミツヒを置いたまま、ついでにとばかり王都ガナリック近郊まで足を運び、握り潰した反乱軍と同じ装備をした騎士だけを、ことごとく叩き潰した。
近くで負傷していた王都の騎士達に、ミツヒに頼まれた、と一言だけ言って、また飛んで、レ・ヴィクナムの町まで戻って来た。
「ああ、楽しかったぞ、ミツヒ。実に楽しかった。久しい満足感だ」
契約が完了し、アークデーモンの足元に展開されていた魔方陣が、粉々に割れるように消える。契約が切れた事で、もしかしたら、ミツヒも殺されるのか。
しかし、そうはならなかった。
「これで契約は完了だね、ありがとう。町が救われた」
「人を殺して、喜ばれるとはな。ハッハッハッ、これは愉快だ」
「で、束縛していた魔方陣も無くなったけど、どうするの?」
「召還された我は、その効果でまた戻る事が出来る。ミツヒ、楽しませてもらった礼だ」
アークデーモンが、また魔石をミツヒに投げる。
「召還の魔石? なぜ……」
「この魔石は契約では無い。我とミツヒの約束だ。また人を蹂躙、いや殺戮、いや殺していいのなら我を呼べ。喜んで召還されよう。ただし、それ以外で召還したら、お前も殺すだけだ。わかったな」
「あ、う、うん。わかった」
「では奈落に帰るとしよう。サラバだ」
展開された魔方陣と共に消えて行くアークデーモン。
安心したのか、汗が噴き出すミツヒ。
「こえぇー、ちょぉー、こえぇ。あんなに凄いのと戦ったの? 普通無理じゃん、馬鹿じゃん、無謀だったな、俺。でも、これで終わったみたいだな。魔石の事は、黙っておこう。うん、絶対に秘密にしておこう」
吹き出した汗を、手で拭いながらレ・ヴィクナムの町に戻るミツヒだった。
読んでいただきありがとうございます。
次回、完結します。
今後の参考のために、評価だけでもいただければ嬉しいのですが。
よろしくお願いします。




