第28話 再会
さらに数日が過ぎた。
ミツヒの生活も軌道に乗ってきたので、立ち並んでいる露店と同様に、中古の屋台を購入した。ポーションを台の上に綺麗に並べて売っているので、それなりにまともになった。
それでもユキナは、自分の居場所のようにたまに遊びに来て、子供達が来ると逃げる。と相変わらずを過ごしている。
椅子に座って屋台に寄りかかっているミツヒ。
隣の露店のおじさんがミツヒに声を掛ける。
「おい、あんちゃん。知り合いか? ずっとこっちを見ている人がいるんだが」
「え? この村に知り合いなんていませんよ。どこですか?」
街道を見渡すミツヒ。
1人の女性が、両手を口に当てて、涙目で見ている……。
「え? ナ、ナギア? うそ……ええぇ?」
驚くミツヒに、大粒の涙を流し泣きながら駆け寄るナギア。そのままミツヒに抱きつき、反動で地面に倒れる二人。
ミツヒが何か言おうとする前に、ミツヒの口がナギアの唇で塞がれる。やっとミツヒに会えた、ナギアの情熱のこもったキス。されるがままのミツヒ。往来の多い街道の横で起こっている。
「村長と同じだ」とか「それじゃ、嫁さんかな?」とか「やるなー」などと聞こえてきたが、大した事では無くそれほど騒ぎにはならない。
しばらく続き、ミツヒも抵抗しないので、まだナギアのされるがままになっている。
落ち着いたのか唇が離れ、目と目が合う。
「ナギア? どうして……」
ミツヒの胸に顔をうずめ、涙を流すナギア。
「ミツヒ。ううぅ、許して。ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい……ゴメさいゴメ……ゴ……」
そのまま寝息を立てて眠ってしまった。遠い道のりを、本当に居るのか低い確率でここまで辿って来たナギア。心身ともに疲れ切っていたようだ。
◇
目を覚ますナギア。どこかの部屋のベッドで寝かされている。起き上がりながら見回す。
「ここは? ミツヒに会えて、謝って、それから……しまった、途中で寝てしまった?」
ベッドから降りて部屋を出る。
隣の居間には、テーブルに飲み物を置いてポーションを作りながら座っているミツヒがいた。
扉の音で気が付いたのか、振り向くミツヒ。
「目が覚めた? 久しぶりだね、ナギア」
「ゴメンなさい、ミツヒ。酷いことしてしまって」
「立っていないで、こっち来て座ったら?」
ナギアが黙って椅子に座る。ミツヒが一度立ち上がり、飲み物を持って来てナギアの前に置く。
「よく僕のいる場所が分かったね。それに、どうしてここまで来たの?」
「ミツヒに謝らないといけないし、このままじゃ嫌だから。カルバンに聞いて、薬草採取の古文書を調べたら書いてあって、辺境の町がある。と教えてくれたの」
「ああ、あれか。カルバンさんも、よく調べたな。でも、もういいよナギア。残念だけど、気を付けて帰りなよ」
「いやよ! それは嫌。ミツヒと一緒じゃないと嫌。謝るから。ゴメンなさい。本当にゴメンなさい」
ナギアの謝罪を聞いて、淡々と話すミツヒ。
「ナギアが悪いんじゃないよ。でも、アルドール家で嫌ってほど味合わされてわかったんだ。僕は、身分の違うナギアとは無理だってね」
「私が行けなかったんです。浅はかでした、ゴメンなさい。私も家を出ました。だからもう一度」
「今日はゆっくりして行きなよ。鍵は開けておくから」
立ち上がるミツヒ。
「ミ、ミツヒ、どこへ?」
「仕事。部屋はそのままでいいよ。それじゃ」
出て行くミツヒ。ナギアは下を向いたまま追いかけなかった。
考え事をしながらポーションを売っているミツヒ。
そこに、仲良く腕を組んだ男女が現れた。村長のミツヒとハネカだ。いつもと違うミツヒを見て、足を止める。
「どうした? 浮かない顔をして。タモンの村では笑顔が一番だぞ」
ミツヒの心を読んだのか、察知したハネカ。
「悩み事ね、私達に言ってごらんなさいよ。力になれる事もあるから」
二人の言葉に気持ちも落ち着くミツヒ。人に話す事ではないが、思い切って打ち明ける。
恋人がいたが、自分の、低い身分の差で離れてしまった。
しかし、遠い所から自分を探しだし、会いに来てくれた。別れようと切り出したけど拒まれた。今の自分はどうしたらいいか分からない。
鼻で笑った村長のミツヒ。
「ハン、簡単じゃないか。そんな事、気にすんなよ。気にしないで復活すればいいんだよ」
「そうね、身分は社会的な立場だけで、個人的な事じゃないわよ。将来嫁にするのであれば、生きていくためにはどうするの?」
「自分で生計を立てて暮らせればいいかな。と」
「じゃあ、決まりだ。もう一度やり直せばいい。彼女もそれを望んで来てくれたんだろ? いい彼女じゃないか。まるでハネカと一緒だな。ハハハ」
「同じ? ハネカさんが?」
「ええ、そうよ。気の遠くなるような遠い場所から着の身着のままで、何とかタモンの村に辿り着き、そしてミツヒに見つけてもらったのよ。私はこの体一つ。他には何も持っていない。でもミツヒは、私を嫁にしてくれたわ」
「そうなんですか」
ミツヒに、諭すように話す村長のミツヒ。
「確かにお金は必要だ。生きていくためにはな。だが地位は人それぞれの考えや、偏見もあるから気にすんな。俺も、タモンの村の一村人だったけど、今もそんな事は気にしないし関係ないよ。ポーションを売って、好きな人と楽しく生活出来ればそれでいいじゃないか。あとは君次第だよ」
「ちょっと言われたくらいで諦めるのなら、それまでだったのよ。本当に好きなら奪ってやるくらいの事はしないとね。私は絶対に彼女を嫁にすべきだと思うな。がんばってね」
そう言い残し、腕を組みながら村長のミツヒは、自由な方の片手を上げ、小さく振りながら幸せそうに歩いて行った。
二人の話に、いろいろ考えさせられたミツヒだった。
夕方
仕事を終え、ミツヒが帰ってくる。
部屋に入るミツヒ。ナギアは待っていたのか、まだテーブルに座っている。
「おかえりなさい、ミツヒ」
「うん」
「あの……どうしたら許してもらえますか?」
「許すも何も無いよ。ごめんナギア。僕も決めた」
「それはどう言う意味……」
椅子を移動して、二人の膝が付きそうなくらい、ナギアの正面に座るミツヒ。ミツヒの態度に、これから何を言われるのか上目づかいでミツヒを見る、不安な表情のナギア。
ミツヒがナギアの手を握る。
「勝手な事言ってゴメン。ナギア、もう一度僕の恋人になってください。やり直しましょう」
思わず即答するナギア。
「は、はい! 勿論です。ありがとうございます。ううぅ」
嬉しさのあまり、大粒の涙を流し号泣するナギア。しばらくして、落ち着いた頃に話をする。
「でも、僕の居場所が分かったのはいいけど。ナギアは、どうやってここまで辿り着いたの?」
「うん」
ナギア曰く、王都ガナリックの南、森からニウルガの樹海に入って歩くこと数日、樹海を抜け切り立った岩山まで辿り着いた。
岩山に沿って歩いてしばらく、横穴を見つけた。ダンジョンのような洞窟を進んで最短部に着いた。
何かあるはずだ、と調べていたら、埃を払った跡があり、魔方陣が描かれている。
他と比べて、まだ新しい跡なので、ミツヒだと確信し、魔方陣に入った。転移したのがわかり、洞窟を抜け街道まで出た。どちらに行けばいいか迷った。
そこで、街道を行く商人らしき人に聞いて、右がルータの町、左がタモンの村。規模を聞けば。タモンの村が圧倒的に大きく活気がある。
そこで考えた。ミツヒならタモンの村だろう。タモンの村に着いて検問所で聞いた。
門番は、村長と同じ名前だったので憶えていたから調べるのは早かった。多分露店でポーションを売っている。
足早に歩いていくと、ミツヒが座っているのが見えた。
「道のりは僕と同じだね。でも、魔物も多かったでしょ」
「うん、今回はこれを使ったの」
ナギアは、マジックバッグから空になった塗り薬の皿を取り出した。
「ああ、以前に贈った薬かぁ」
「ええ、この薬に助けられたの。これが無ければ、一人で樹海越えなんて到底無理だったわ」
「ほんとだね、僕も、まさかタモンの村でナギアに再開するとは夢にも思わなかったよ」
「私はミツヒに会いたい一心で来たの。許してもらえるまで謝ろうと……ん」
ナギアの口を、ミツヒの唇が塞ぐ。熱く、熱く、愛情の籠もったキス。
椅子から立ち上がり、抱き合いながら、相手を感じながら熱いキスは続いた。
リードしているのはミツヒだが、ミツヒの背はナギアより低く、ナギアにリードされているようにも見える、が気にしないでおこう。
納得がいったのか離れる。
「ナギア、好きだよ」
「私もミツヒが大好き」
「ハハハ」
「ウフフ」
椅子に座り直る。
「お腹すかない? 何か食べに行こうか」
「うん、実は私もそう思っていたの」
「どこがいいかな」
「私、タモンの村初めてだからミツヒに任せるわ」
ナギアとミツヒは部屋を出て、腕を組みながら、改めて恋人同士に戻って食事に出かけた。
その夜
自然の流れで、ミツヒの使っているベッドの上に、ナギアが横になっている。隣にはミツヒ。
2人共、毛布の中にいるが裸だった。
「綺麗だよ、ナギア」
「ミツヒ、愛してる」
ナギアの上に、ゆっくり覆いかぶさってくるミツヒ。ナギアも、それを待っていたように唇が合わされる。愛情の籠もったキスが長く続く。
ミツヒの唇が、ナギアの唇を離れ徐々に下に向かう。
首筋から鎖骨へ、優しく、優しく。ミツヒの唇は、白く綺麗な双丘に辿り着く。しっかりと上を向く綺麗な双丘。徐々に息も荒くなり、口と手でその双丘に愛情を注ぐミツヒ。
ナギアも呼吸が荒くなり、嬉しい喘ぎ声を出し、ミツヒの頭を包み込むように抱きかかえる。双丘にうずもれるミツヒ。
「プハッ、ナギア、苦しいよ」
「あ、ゴメン、ミツヒ。興奮しちゃった」
その晩、ぎこちなくも、きしむベッドの中、ミツヒとナギアは一つになった。
翌日
日も昇り始めた頃、ミツヒの腕枕で、顔をうずめ眠っていたナギアが目覚める。横にはミツヒが寝ている。昨晩の事を実感しているようで、ミツヒを見ながら赤ら顔になったナギア。
ミツヒも目が覚め、目が合う。ナギアから顔を近づけ、唇をミツヒの唇に合わせる。
「おはよう、ミツヒ」
「おはよう、ナギア」
ミツヒは、体を横にして肘を立て、掌に自分の頭を乗せる。
「ナギア。最高の夜をありがとう」
「恥ずかしいからやめて。でも……私も嬉しい」
「先に起きるよ……ナギアは、何かと支度もあるだろうからね」
「ん」
またキスをして、ミツヒがベッドを降り、服を着て部屋を出る。
ベッドで毛布に包まるナギア。
「ウフフ、ミツヒも許してくれたし。ウフフ、良かった。でも、まだ異物があるような感覚があるのだけれど。いつ慣れるのかしら」
毛布をめくり起き上がるナギア。
「げっ」
布団の一点を見つめ、固まる。
「ミツヒが言っていた支度って。これ? 見られた? は、恥ずかしいな――クリーン!」
服を着て部屋を出る。テーブルにはミツヒの作った朝食が出来上がっていた。
「簡単な物しかないけど、朝食にしよう」
「ありがとう、ミツヒ。美味しそう、ウフフ」
タモンの村の事など、談笑しながら朝食を食べ、一緒にポーションを売りに行く。ナギアは装備を外し、上下一繋ぎの青い服を着ている。
何かが変わったのか、今まで以上にとても綺麗なナギアだ。
屋台の上にポーションを並べ終わり、2人で椅子に仲良く座る。察知したのか隣の露店のおじさんが顔を出す。
「お、あんちゃん。仲がいいな、昨日の彼女か? 上手くやんなよ。ハハハ」
「はい、ありがとうございます」
ナギアも会釈をする。今日も順調に何本かのポーションが売れて行く。
そこにいつもの如くフロストタイガーのユキナが来る。ミツヒは事前にナギアを奥に座らせていたので、ミツヒに密着して寝転がる。
ミツヒも椅子を降り、下に直に座っている。ナギアに、ユキナの事を話はしたが、実際に見て驚いている。
「これがフロストタイガーのユキナ。凄いわね、威圧感もあるし相当強いわね」
「うん、僕も初めて見た時は固まって動けなかったよ。ハハハ」
ユキナの体に抱きつき、顔をうずめてモフモフするミツヒ。
「最近は、ユキナが可愛いくてさ」
耳だけを動かす目を閉じたままのユキナ。
ナギアは初めてなので、触ろうともせず観察するように見ているだけだった。
しばらくして、ユキナがまた子供達に見つかり、往来の中を去って行く。それを追いかける子供達。楽しくも賑やかなタモンの村の日常だった。
ミツヒは椅子に座り直す。
「ナギア、僕、決めたよ。レ・ヴィクナムの町に戻る」
「うん、私はミツヒと一緒なら何処でもいいわ。今のままでも楽しそうだけど、いいの? ミツヒがいいのなら、私もここで暮らしてもいいのだけれど」
「うん。ユキナと離れるのは少し悲しいけど、僕らも自分の町に帰って仕事をしないとね。家もあるんだし、勿体ないよ」
「そうね、ギルドのポーションも無くなっているから、忙しくなるわよ。いいわ、レ・ヴィクナムの町に帰りましょうか」
今日の仕事も終了し2人で片付け始める。そこに腕を組んだ村長のミツヒとハネカが現れた。
「やあ、仲直りしたんだな、うん、それがいいよ」
「良かったわね、もう離しちゃダメよ」
「あ、ありがとうございます。ミツヒさん、ハネカさん、ご迷惑おかけしました」
微笑みながら、二人に会釈をするナギア。冷たい表情は無くなって優しい表情だ。
村長のミツヒがナギアを見る。
「ハネカも綺麗だけど、彼女も綺麗だな。うーん、いい勝負だよ。イテッ」
怒り笑いで、村長のミツヒをつねるハネカ。
「ミツヒ、人の彼女に何言っているのよ、全く」
そこで話を切り出すミツヒ。
「ミツヒさん、ハネカさん。突然ですが、僕、自分の町に帰ります。彼女も来てくれたし、僕の家もあるので」
「そうか、いいんじゃないか? タモンの村は来る者を拒まず、去る者も拒まず。だからさ、気が向いたらまた来ればいいよ」
「ありがとうございます」
「ただ、ユキナが寂しがるな。せっかく君に懐いていたのに。ま、いいさ」
「すみません。色々とありがとうございました」
村長のミツヒとハネカが去ろうとした時、ハネカが、笑顔の片目で指をミツヒに刺す。
「次にタモンの村に来る時は、彼女が嫁じゃないとダメだからね、ウフフ。元気でね、じゃーねー」
足取りも軽く、手を上げ小さく振りながら去って行く村長のミツヒとハネカ。
「いい人だな」
「うん、そうね。人も良く、活気があって賑やかな村だわ」
「何か食べてから帰ろうか」
「賛成。散策しようよ、ミツヒ。案内して」
日も暮れる頃、2人仲良く腕を組んで繁華街に向かったナギアとミツヒだった。
読んでいただきありがとうございます。
すみませんが、数日お休みします。




