第27話 辺境の村
レ・ヴィクナムの町に立ち寄ったミツヒ。
「あーあ、せっかく購入した家だったけど。仕方がないか。いつの日か、何年後か、ほとぼりが冷めたら帰ってくればいいさ」
店の看板を書き換え、手紙をギルドに置いたら、レ・ヴィクナムの町を出て、星明りの照らす街道を歩くミツヒ。
数日後、ミツヒはレイリムの樹海を歩いている。多くの魔物も出たが、スティレットで倒しながら歩いて行く。魔石も多くなり、布袋にいれてまとめてマジックバッグに入っている。
ミツヒは貧乏性なので、何かの時に換金しようと集めていた。
「しかし、樹海って言うのは魔物の宝庫だな。人に危害を加えるだけじゃなく、魔物同士でも争っているし、賑やかって言えば賑やかか。ハハハ」
ミツヒはもう吹っ切れていた。今は、樹海を楽しみながら歩いている。普通ではありえないが、塗り薬の効果は抜群に聞いていた。
魔物にしてみれば、ミツヒは空気と変わりなく見えない。そこからスティレットで刺されればひとたまりもなく倒される。
ミツヒも、何の怖さも無く、レイリムの樹海の奥へ奥へと歩き進んで行く。
さらに数日後
樹海の端に到達するミツヒ。直面する切り立った岩肌がかなり上まで続いている。
ミツヒには、確信があるのか何かを探すように岩壁に沿って歩いて行く。しばらく歩き、岩壁に横穴を見つけた。
「フゥ、やっと見つけた。古文書によれば、異界の町へ続いている洞窟。本当にあるのかな」
何のためらいも無く洞窟に入って行くミツヒ。中は暗くなってくるが、ダンジョンと同じで、目が慣れてくれば薄暗いが見える。
魔物も幾度となく現れたが、ミツヒの横を通らなければ、魔物も何事も無い。
1日歩いた先には洞窟は行き止まりになっている。
「へぇ、古文書通りだな。えーと、この辺かな――あ、あったあった」
ミツヒは、床を手で探ると、埃で隠れていた古い魔方陣を見つけた。手で埃を払いのけ、綺麗にしたら魔方陣の中央に立つ。
淡い光に包まれ、ミツヒは音も立てず消えて行く。何処かへ転移したようだ。
音も立てずに現れたミツヒ。転移した先は、洞窟の中の、同じ魔方陣の中だった。
「ちょっと怖かったけど、無事に移動できたみたいだな。疲れが溜まっているし、この先も長いかもしれないからここで寝ていこう」
壁にもたれ掛って睡眠に入る。
数刻後、起きたミツヒはポーションを飲み、干し肉を食べ、洞窟を進んだ。
一日ほど歩いて行けば、まだ小さいが出口が見えた。洞窟の中も、出口の光で徐々に明るくなってくる。そして洞窟を出るが、眼が慣れていないので眩しい。ミツヒは目を細めて眺める。
そこは樹海のようだ。生い茂っている草木は、ミツヒのいた場所と同じ物だ。魔物も同じ種類がいた。
「ここは異世界なのかな。どう見ても同じにしか見えないけど。でも、ここまで来たんだ、行くしかないか」
ミツヒはレイリムの樹海と同じような樹海を進んだ。
さらに数日後
樹海を抜け、森になって歩き続ける。その先に街道らしき道が見えた。ミツヒは街道沿いに歩く。
途中で、商人の乗った馬車や、冒険者と見られる人達とすれ違ったが、ミツヒの住んでいた町の人と変わりなく、特に問題は無かった。ただ、不思議と魔物が出ない。
通り過ぎる人も緊張感も無く歩いている。
「街道には、魔物が出ないのかな。樹海にはたくさんいたのに。やっぱり世界が違うのかも。この先に、町がありそうだな。もう少しだ、がんばろう」
数刻後、町が見えて来た。硬い土の塀で覆われた町。入口があり、すぐ横に検問所もある。
ミツヒは門番に呼び止められる。
「タモンの村に来た用件はなんだ? 冒険者登録書か、何か証明書は持っているか?」
「い、いえ、何も持っていません。ポーションを売って生計を立てて行こうかと思っています」
「名前は?」
「ミツヒと言います」
「なに? ミツヒ? この村の村長と同じ名前か。まあいいだろう。この村は、悪い事をしなければ誰でも入る許可がもらえる。守れなければ厳罰が待っているからな。通っていいぞ、頑張れよ」
ミツヒは、村に入り、すぐ横の建物で自分の名前と生計の立て方を登録する。あとは好きに生活していいようだ。
「タモンの村か、いい村だな。素敵だよ。まずは当面の資金を何とかしないと」
ミツヒの所持している金貨は使えないようだ。検問所で、商人たちのやりとりを見ていたら、種類の違う金貨や銀貨が見えた。
露店の立ち並ぶ場所で、空いている場所を見つけ、布を敷いて、腰袋に用意していたポーションを並べる。
「金貨1枚じゃ高いかな。相場が分からないからどしようもないな。あとは交渉次第だな。とりあえず買い手を待とう」
ミツヒは、ポーションの横に座って街並みを見る。新しい建物も至る場所で建設していて、人や荷車の往来も多い。人々の笑顔が絶え間なく見える。住みやすそうな村。
寄り添いあって、腕を組んだ男女が歩いて来る。何かに気が付いたのか目の前で立ち止まり、ミツヒのポーションを見ている。
身長180センチ程で、銀髪赤眼の目鼻立ちの整った、格好のいい男と、身長160センチ程で、スタイルも抜群に良く、紫色の綺麗な服、艶やかな深紅の髪に銀色の髪がストライプになって肩まで伸びている。美しい碧眼で綺麗な女性。
「フーン、ポーション売りか、珍しいな」
「はい、今日からです。よろしくお願いします」
女性が男から離れ、座ってポーションを手に取り、見定める。
「ちょっと見せてね」
「はい、どうぞ」
「どう見る? ハネカ」
「これ、いいわよ、ミツヒ。純度も高くて上位まではいかなくても、とてもいいポーションだわ。精製方法がきめ細やかで、熟練されているのね。申し分なしよ」
その男は、ミツヒと同じ名前だった。
(あー、多分この人が村長だ。余計な事は言わないようにしないと。村長と言われているけど格好がいいな、モテそうだ)
ハネカと言う女性が、座っているミツヒに助言をする。
「これ、金貨2枚にしなさいね。それでも安いけど、相場が崩れるといけないから」
ハネカの助言を聞いて、村長のミツヒが周囲に叫ぶ。
「このポーションは、純度も高く、俺とハネカのお墨付きだ。安く金貨二枚に決定する。良かったら買ってくれ」
その声で何人かが見に来る。ハネカは、ミツヒの事が分かっているようだ。片目を閉じて笑顔でミツヒを見つめ。
「いいポーションだわ。頑張ってね、タモンの村へようこそ、ウフフ。タモンの村はね、過去の事など、言いたくなければ聞かない。これから前向きに生きて行こうとすれば助ける。そういう村なのよ、頑張ってね――ミツヒ」
名前の部分は、村長のミツヒには聞こえない小声だった。
「あ、ありがとうございます。え?」
名前を名乗っていないのに、ハネカに見透かされ驚いたミツヒだった。
その日は数本が売れ、何日か生活出来る金額が手に入った。夕方になり、その日は売り上げの金貨で宿屋を見つけて宿泊する。
ベッドに横になるミツヒ。
「タモンの村かぁ、村の規模じゃないと思うけど、そう言う世界なのかな。村長と同じ名前だから変えないとダメかな。ま、黙っていればいいんだけど、追々考えよう。住みやすそうだし、先も長いからな」
翌日、ミツヒは昨日の場所でポーションを売り始める。村長のお墨付きをもらったので、順調に売れた。
タモンの村に来て数日がたち、ポーションを見つめ考えるミツヒ。
「売り上げが上がっていいけど、この分で行くとあと一日で無くなるな。薬草採取に行くか。同じ薬草があればいいけど――ん? あれなんだ? 魔物? でも、廻りの人は気にしていないし、子供達が追いかけているし。うわっ、デカッ。体長3mくらいの銀色の虎だよ、凄いな。でもいい毛並みで綺麗だな」
横の露店にいるおじさんがミツヒに話をする。
「あんちゃん、あれ見て驚いているが、この村は初めてか?」
「はい、先日来たばかりで初めてです」
「じゃ、あんちゃんにいい事を教えてやろう。あの魔獣は、フロストタイガーだ。村長がユキナって名付けている。他にもう一体、あのフロストタイガーより一回り大きい、フレイムウルフのファイガって魔獣もいるよ。二体ともこの村を守ってくれている」
「そうなんですか、ありがとうございます。あ、本当だ、かなり遠いけど、黒い狼が歩いている。あれもデカいな」
妖艶で、冷たくも美しいフロストタイガーのユキナが、街道を人の往来に合わせ、邪魔にならないように美しい動作で歩いて来る。
周囲の人達も気にしている様子は無い。そのユキナが、ミツヒの前に来ると立ち止まりミツヒを見ている。
(あれ? 見えるのかな? 午後に薬草採取に行こうと思って、朝、塗り薬を塗って来たのに。まさか)
ミツヒの予想に反してユキナがミツヒの横に来て、鼻を鳴らしながら顔を近づける。
対して、正面を向き、目を見開き、口を真一文字にして固まるミツヒ。
(もしかしたら、この魔獣って相当強いのかも。だ、大丈夫かな)
何をするのかと思えば、ミツヒのすぐ後ろに移動して丸くなり、ミツヒに密着して伏せるユキナ。見ていた隣の露店のおじさんが驚く。
「あんちゃん、凄いな。伝説の魔獣に好かれるなんてな。そのフロストタイガーは、村長とその家族以外には、懐かないんだよ。子供も苦手みたいだしな。初めて見たよ。魔獣の頂点に君臨している二体のうち、一体が懐くなんてな」
「そ、そうなんですか? やっぱり凄い魔獣なんですか。こ、怖いけど大丈夫みたいですね。ハハハ」
前足を組みそこに顎を乗せて、心地よさそうに眠るユキナ。ユキナを見慣れている往来を歩く人たちも、珍しいのかミツヒとユキナを見ている。
ただ、ミツヒの心配を余所に、後ろに寝転がっている巨体のユキナを気にしないで、普通に、ごく普通にポーションを買いに来る人達。ユキナを見ても、当たり前なのか何とも思わないようだ。
夕方になる。
ユキナは、顔を上げ起き上がり、ミツヒの顔に数回頭を摺り寄せ、村の奥に歩いて行った。また終始、目を見開き、口を真一文字にして固まったミツヒ。
「プハァー、こえぇー、摺り寄せられちゃったよ、ちょー、こえぇー」
露店のおじさんに笑われる。
「アッハハハ、フロストタイガーに、相当気に入られたようだな、あんちゃん。羨ましいよ。アッハハハ」
「笑い事じゃないですよ。僕の身にもなってくださいよ。あー怖かった」
「大丈夫だよ安心しな。気ままに村で過ごしているんだ。ほら、見て見ろよ。誰も気にしないだろ? 子供が追っかけているくらいだからな」
「ああ、そうですね。早く慣れないとな」
ミツヒは、宿屋を出て安い借家を借りて住みだした。薬草は、体力回復と魔力回復だけだが、同じ薬草が採取出来て、借家で作りはじめた。
「今頃ナギアはどうしているかな。結構元気に依頼を受けていたりしているんだろうな。ハハハ」
時折ナギアの事を思い出したが、吹っ切るようにポーションを作っていた。
数日後
村にも慣れ、ポーションも順調に売れている。あの日以来、ユキナは来たり来なかったりと気まぐれだが、今日は来ている。
来るたび同じく、何をする事も無くミツヒの後ろに密着して寝ている。ミツヒも諦め、大丈夫だと言うので撫でて見たり、寄りかかって見たりしている。
ユキナも嫌がる事も無く、何となくだが嬉しそうに見えたので、毛並みのいい巨体に、両手を広げ顔をうずめて抱きついてみる。
「うわ、気持ちいいな。フサフサのいい毛並みだよ。あー、気持ちいい」
俗に言う、モフモフをしている。ポーションそっちのけで癒されるミツヒ。
「なんだか、綺麗で可愛いな。ユキナ……か」
寝たまま耳を小さく動かすユキナ。
ほどなくして、ポーションに向き直り、座るミツヒ。
そこに村長のミツヒが通りかかり、ユキナを見て立ち止まる。ユキナが顔を上げ、村長のミツヒと会話でもするかのように見る。
「フーン、君と俺は同じ匂いがするんだってさ。ユキナも珍しいな。ハハハ」
それだけ言って、早足で行ってしまった。
「同じ名前だから同じ匂いがするのかな。やっぱり珍しい事なんだ」
余り気にしないミツヒだった。
ユキナが顔を上げ、耳を左右に動かすと、子供の声が聞こえてくる。
「ユキナがいたぞー」
ユキナが立ち上がり街道を、往来の中、逃げるように歩き出す。その後ろから子供達が追いかける。
「まてー、触らせて―、ユキナー」
振り向かずに歩いて行くユキナ。その始終を見るミツヒ。
「子供は苦手のようだね。ハハハ」
見ていた隣の露店のおじさんも笑う。
「ハハハ、嫌いではないようだが、子供に触られるのが苦手らしいよ。触る力加減がないから、毛並みが崩れる事が嫌いみたいだよ。ハハハ」
さらに数週間が過ぎ、ミツヒもタモンの村になじんできている。ユキナも、たまに来ては相変わらずだった。ポーションが並べてある後ろで、ユキナにもたれ掛り空を見る。
「澄み渡った綺麗な青空だな。レ・ヴィクナムの町と変わらないや。ナギアには、悪い事をしたけど、今頃どうしているかな。逃げたと思われてもしようが無いけど……悔しかったな。あーあ、今になって思い出すなんて。早く忘れないと。」
そのまま振り返り、両手を広げ抱えるようにユキナの毛に顔をうずめるミツヒ。ユキナもいつもの格好で、ミツヒにされるがまま、目を細めるように眠っている。
ミツヒは、モフモフを堪能してから仕事を再開した。




