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第25話  紹介

 晴れた日の午後、ナギアは自分の家で奮闘している。それは、部屋の模様替えをしているからだ。

 ナギアが住んでいる場所は、レ・ヴィクナムの町の繁華街にほど近い、環境のいい立地条件の場所に建っている、二階建ての二階。入口も広く高級な石造りの借家に住んでいる。

 ナギアの部屋割は、広めの居間があり、居間を挟んで部屋が二つ、その他水廻り。一部屋は寝室。もう一部屋は、武器防具などが置いてある冒険用の部屋。

 マジックバッグもあるが、全てを入れている訳では無い。入れ替えたり足したりと必要最小限にとどめている。

 今、奮闘しているのは、主に寝室をに模様替えをして、居間にも手を付け始めた。それは何故か。ミツヒを家に呼んだ時の事を想定している。


「うむ、これなら大丈夫か。女性らしいかな。結構難しい物だな。ミツヒはどんな部屋が好みだろうか」


 寝室も、黒系色で簡素に統一していたものを、クッションなども置き、色鮮やかに変更していた。


「これでいいのだろうか。私の家にミツヒを呼んで、もし、寝室に来たら――。いや、私が招き入れる? ああ、いかんいかん。余計な事を考えるな。でももし……来てもらったら。私より、部屋が綺麗か、とか見るだろうな。ああ、考えたら余計分からなくなってくる。いっそミツヒに聞こうか。いや、ダメだ」


 朝から独り言が絶えない、でも楽しそうな、見た事の無いナギアだった。



 青空も澄み渡る、清々しい朝、ミツヒの家は修繕工事をしている。数日かかったがそろそろ終わる。

 討伐などの報酬を貯めていた分を全て出し、借家だった家を、大家さんと交渉し、買い上げた。ポーションの売り上げも良く、今後も安定し、順調だろうと考えた結果だ。


 数日後

 ミツヒの家は木造で、昔の名残もあるが、綺麗に改築され、部屋も工房も店も一新した。

 ミツヒは、自分の家に向かって一礼する。


「念願の、自分の家を持てました。これからもよろしくお願いします」


 薬草の暗室も大きくなり、この修繕している数日を使って、毎日薬草採取に出かけていた。これで、しばらくは薬草の在庫が持つだろう。部屋も大きくし、何故かベッドも今までの2倍以上大きくした。

 その日の午後、ミツヒは荷車にポーションを乗せて、ギルドに向かった。ギルドに着くと、王都用のポーションを入口の脇に置き、受付に挨拶する。


「こんにちは、マレレさん。ポーションの補充です」

「こんにちはぁ、ミツヒさーん。恋人さんは元気ですかぁ?」


 マレレの話を聞きながら、ポーションの瓶を並べ始める。


「ええ、お陰様で元気ですよ。って、いつも見てるじゃないですか」

「お別れしたらぁ、教えてくださいね。もれなく私がぁ、付いてきますよぉ。ミツヒさぁん、待ってますぅ」

「待ってなくていいですよ」


 前向きに戻った、厳禁なマレレだった。並べ終わり、マレレに確認してもらっていると、カルバンが新しい依頼や討伐の紙を持って入って来る。


「お、ミツヒ。討伐があるが参加しないか?」

「こんにちは、カルバンさん。止めておきます。しばらくはポーション作りだけで十分です」

「そうか、参加するんだったら、いつでも言ってくれよ。――マレレ、貼っておいてくれ」

「はーい、畏まりましたぁ」


 ミツヒは、荷車を曳いて家に帰る。

 行く先に、人影があったので、目を向けるミツヒ。家の前にナギアが立っている。今日のナギアは、白い上下一繋ぎの綺麗な服を着ている。

 護身用のチェーンベルトも引き立って、スタイルも良いので似合っている。

 ミツヒと目が合えば、笑顔で手を小さく振るナギア。


「こんにちは、ミツヒ」

「どうしたの? 今日来るって、言ってたっけ」

「ううん? でも、ちょっと会いたくなって」

「なんだ、だったら中に入って待っていればいいのに」


 ナギアは、ミツヒの家の鍵を貰っていたが、入らず待っていた。

 ミツヒが店を開け、一緒に入る。

 ナギアは、手慣れたように居間に入って行き、飲み物をテーブルに出す。最近は、ミツヒの家に出入りも多く、自宅のように勝手にやっている。ミツヒも気にしていない。むしろ嬉しそうだ。

 挨拶代わりのキスをする。2人きりの時は、毎回しているので、阿吽の呼吸というのか、さまになっている。


「はい飲み物」

「ありがとう」


 2人は椅子に座り一息つき、畏まるナギア。


「ミツヒ、お願いがあるのだけれど」

「ん? 何? あらたまって」

「私の両親に会ってもらいたいの。家を出たとは言え、恋人くらいは紹介しないとね」

「僕でいいのかな。何だか気が引けるけど」

「大丈夫よ、私が認めたミツヒだもの」


 気乗りのしないミツヒだったが同意する。


「う、うん。いいよ、ナギアに任せる」


 数日後

 ナギアは2人乗りの馬車を調達し、レ・ヴィクナムの町を出る。王都ガナリックで一泊する。部屋は一つで同じベッドだが、まだキス以上には発展していない。それでもナギアは嬉しくてたまらなかった。

 翌日、王都ガナリックを出立し、南に馬車を走らせる。道中も順調で夕方には町が見えた。

 アルドールの町。5千人程が住んでいる頑丈な太い木の塀で囲まれた町。町の中は東西と南北につながる大きな石畳の道があり、中央で交差している。そこから枝分かれして街並みが形成されている。人の往来も多く、活気に満ちた町。

 検問所ではナギアは顔パス。ミツヒは渡航の証明書を見せて町に入る。


 馬車はそのまま走り、大きな屋敷の前で止まる。


「ミツヒ、ここよ、私の実家」

「うわっ、デカッ。こ、これがナギアの実家? 僕、まずいよ。無理だよ。帰りたいよ、それに、こんな恰好じゃ入れないよ」


 恋人になり、ミツヒに対して強気のナギア。


「ここまで来て尻込みしないの。行くわよ、ミツヒ」

「あ、う、うん。いいのかな」


 馬車を屋敷の入口まで走らせる。馬車の音で気が付いたのか、中からメイドが出てきた。


「お帰りなさいませ、ナギア様」

「ああ、久しぶりだな。母様たちは元気か?」

「はい、お元気です。ナギア様も大きく、美しくなられましたね。奥へどうぞ」


 ナギアとミツヒは屋敷の中に入って行く。

 入口を入ってすぐに大広間のような空間があり、豪勢な造りで、両脇の壁には、無駄のように二方向から二階へ繋がる階段がある。鎧も飾られ、重厚感がある屋敷だった。

 その奥にある観音開きの扉を開ける。そこは客間のようで、中央にテーブルがあり、1人掛けの豪華なソファが八脚置いてある。

 ナギアとミツヒはソファに座るが、ミツヒは落ち着かない。頭は動かさず、眼だけで周囲を見て回っている。

 少し待っていると、隣の扉が開き、女性が入って来る。銀髪をロールしているが、ナギアに似ている。


「ナギア、久しぶりね、元気にしていたのかしら?」

「はい、メアル母様。ご無沙汰しています」


 2人は微笑みながら軽く抱き合う。

 後ろから男性が入って来る。短い金髪で、逞しい体つき。頼もしそうな侯爵。


「久しいな、ナギア。元気そうで何よりだ。家を飛び出してから一度も顔を見せないかったが、ナギアの活躍は、ギルドを通して連絡を貰っていたから知っておったよ。だから心配はしておらん」

「お久しぶりです、カイレン父様。そうでしたか。本日は紹介したい人を連れて来ました」


 立ち上がり、背筋を正し、お辞儀をするミツヒ。


「は、初めまして。ミツヒと言います」

「カイレン父様、メアル母様、ミツヒは私の恋人です」


 笑顔の母メアル。


「あらまあ、ナギアもずいぶんと可愛い男性を連れて来たものね。ウフフ」


 穏やかな表情のカイレン。


「ふむ、ミツヒと申すのか」


 再びお辞儀をするミツヒ。


「よ、よろしくお願いします」

「ミツヒとやら、ゆっくりして行きなさい」

「は、はい。ありがとうございます」

「ナギアもゆっくりして行くのだろう?」

「今日は泊まらせてもらいます」


 メイドに部屋を案内され、ナギアは昔の自分の部屋。ミツヒは客間に案内された。

 夕食では、豪華な食事が出て来てミツヒを圧倒している。慣れない食事に悪戦苦闘するミツヒを余所に、ナギアは、家出同然だった為か久しぶりに両親に会い、母メアルと楽しそうに歓談している。

 和やかに食事をするが、無視するかのように、空気のように、ミツヒに話しは全く来なかった。

 四苦八苦した食事も終わる。ナギアは母メアルと歓談が続いていたので、ミツヒは、邪魔しないように部屋に戻ろうと黙って出て行く。楽しさのあまり気が付かないナギア。

 部屋に向かう途中、廊下で男に呼び止められる。

 短い銀髪で凛々しく、騎士風の男。


「はじめまして、ミツヒ。ナギアの兄、ラルクだ。よろしく」


 畏まり、お辞儀をするミツヒ。


「あ、初めまして、ミツヒです。こちらこそよろしくお願いします」

「しかし、ナギアが恋人を連れて来るとはね。驚いたよ。ハハハ」

「す、すみません。ラルクさん」

「いや、気にしないでくれ。悪く言ってはいないから。でもね、両親はどう思っているんだか。ああ見えて、世間体を気にするからね。気をつけろよ、ミツヒ」

「世間体……ですか」


 ラルクは、踵を返し、手を振りながら去って行った。部屋の前まで行くと、待っていたかのようにメイドに呼び止められ、部屋に案内される。

 そこは父カイレンの書斎だった。書棚の前で、立って本を読んでいる父カイレン。


「まあ掛けたまえ、ミツヒとやら」


 中央のソファに腰掛けるミツヒ。後からカイレンも対座して座る。カイレンは、肘掛けに肘を付き、上半身をもたれ掛け、手を顎にかけて指一本を頬に当て話す。


「ミツヒとやら。ナギアに言われて来た事はわかる。して、ミツヒのご両親は何をしている?」

「僕は孤児です。施設で育てられました。今は、ポーションを売って生計を立てています」

「ふむ、偉いな。だが、ナギアも、冒険者を気取って入るが、ナギア・フレンシア・アルドールというアルドール家の一員であり、この私、カイレン・ザルダ・アルドールの一人娘だ。この意味は分かるかな、ミツヒとやら」


 下を向いたまま、頷くミツヒ。そして顔を上げる。


「はい。ですが、僕はナギアを」


 ミツヒの話を遮るカイレン。


「おい! 私の娘を呼び捨てにするな! 場をわきまえろ! 孤児の分際で。気分が悪くなる」


 下を向き、何も言えなくなるミツヒ。話を続けるカイレン。


「とは言ったが、ミツヒとやら。今なら何も言うまい。孤児の分際で、ナギアをたぶらかした事は許してやろうと思う。これが何を意味するか知っているか? このままだと、家が不審火で焼けたり、ましてやその施設までなどと、なるやもしれん。物騒な世の中だしな。ん? ミツヒとやら」

「――はい」

「と言う事だ。分かってもらえて嬉しく思うぞ、ミツヒとやら。今回は、客人としてもてなそう」

「いえ、結構です。このまま出て行きます」

「泊まっていかんのか? 無理にとは言わんが、それもいいだろう」


 立ち上がり、お辞儀をするミツヒ。


「失礼します」


 書斎を出て、応接間の前を通る時、ナギアと母親の楽しそうな話し声が聞こえてきた。ミツヒは、黙って通り過ぎる。入口まで来た時、ラルクが壁際に寄りかかり立っている。


「いいのか? ミツヒ。父に何を言われたのか知らないが、引き下がるのか?」

「僕は孤児です、言い逃れなんかできません。ナギア……さんと僕では身分が違います。つくづく思いました」

「ナギアはどうする? 妹はミツヒを諦めてくれるのか?」

「僕が居なくなればいいんです。ナギア……さんなら、すぐに忘れてくれますよ。どこか遠くに行きます。ありがとうございました、ラルクさん。失礼します」


 ミツヒは屋敷を出て行った。頬を伝う涙。下を向き、嗚咽を吐きながら号泣して歩くミツヒ。

 身分の差に、これほど打ちのめされた事など無かったが痛感した。暗い夜道がさらに暗く感じていた。

 検問所の脇で塗り薬を塗りたくり、アルドールの町を出るミツヒ。

 その姿は暗闇に消えて行った。


 その晩、母親と談笑し、ミツヒを忘れたナギアだった。

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