第24話 盗賊
レ・ヴィクナムの町に到着してから十数日。ミツヒは大忙しでポーションを作っている。
ルベドの樹海の討伐で、予定の六日よりも多い、十四日間を使ってしまったので、結論――ポーションの在庫が無い。
毒消しや麻痺消しは、それほど売れないので、在庫は豊富にある。
しかし、マジリカ草から作る魔法回復と、スタリカ草から作る体力回復が良く売れていた。作っては出荷し、作っては出荷し、ここ数日でやっと軌道が戻った。
その間は、ナギアも依頼を受けていたが、ミツヒが忙しいにも関わらず、会いたいがために、工房でミツヒの手伝い、と言う邪魔をしていた。
ナギアは決して、邪魔だとは思っていないので、ミツヒも言うに言えなかった。
根負けしたミツヒは、ナギアに、静かに見ている事。と、きつく言ったので、やっと理解したナギアは、黙って見ているだけになり、邪魔にはならなくなった。
ミツヒの事となると、不器用になるナギアだった。
◇
ミツヒは、ギルドマスターのカルバンに、値上げの交渉をして、倍の金額にしてもらった。
これは、儲けようとしている訳では無い。ミツヒの卸値は今までと同じで、売値を倍にするだけだった。値上げすれば、大事に使うだろうと判断し、一番の願いは、ポーションを作る頻度を下げたいだけ。
ミツヒにとって、ポーション作りは楽しいのだが、売り上げよりも、やらされている感が強くなり、ポーション作りに追われる日々が続き、少し苦痛になっていた。
ギルドで販売するポーションの手数料や、王都ガナリックに卸す仲介料も多くなって、ホクホクだったが、そこに、ミツヒの値上げの話を聞いて、手数料より利益率が上がれば問題ない。とカルバンも了承し、王都ガナリックにも通達を出した。
その後、売れる本数は、予想通り落ちた。しかし、ミツヒの作るポーションは、群を抜いて品質がいいので、売り上げは変わらない。
こうしてミツヒは、以前と同じ頻度に戻り、また楽しむ余裕が出来たので、安堵の気持ちになっている。
◇
数日後
ミツヒは、午後にギルドにポーションを持って行き、受付のマレレに挨拶する。
「こんにちは、ポーションの補充です」
「はーい、こんにちはぁ、ミツヒさん――ハァ」
ミツヒは、棚にポーションを入れて行く。ナギアは依頼を受け、出かけているのでいないが、ここの所マレレからの、いつものちょっかいがない。
マレレは、受付のカウンターに両肘を立て、手を組み、その上に顎を乗せて、眼を半開きにして入口の外を見ている。
「はぁぁ……はぁぁ……はぁぁ」
ギルド内は誰もいないので、マレレの溜め息の他と、ミツヒがポーションを棚に並べ入れる、瓶と瓶の小突き合う音だけが聞こえる。
「ハァァ……ハァァ……ハァ」
余りに多いマレレの溜め息で、半身だけねじるように振り向く。
「大丈夫ですか? マレレさん。半目が垂れてますよ」
「いいんです、いいんですぅ。ミツヒさんにはぁ、ナギアさんと言う恋人さんがいるからぁ、私の気持ちはぁ……乙女心は分からないんですぅ。はぁぁ」
「確かにそうですけど。僕だって溜息つきたいですよ。ハァァ」
続けるミツヒ。
「ナギアも、悪気はないのだろうけどなぁ」
ミツヒとナギアが、恋人になったと言う噂は、レ・ヴィクナムの町に瞬く間に広がっていた。
それは討伐から帰った翌日の夜。混雑するギルド内で、ナギアがカウンターに上がり、仁王立ちで冒険者達を見下ろし、臆面も無く、恥も外聞も無く叫んだ。
「私とミツヒは恋人だ! よく覚えて置け! 今後はさらに気をつけろ!」
2人が恋人になった事は、遅かれ早かれ、そうなるだろう、と気にしてはいないが、何に気を付けていいのか分からないので、そこにいた全員が、どうしたものか、と町中に触れまわったのが原因だった。
結局この答えは未だに誰からも出ていない。
嬉しい気持ちはわかるが、何かが少しズレているナギアだった。
ポーションの補充を終え、ギルドを出るミツヒ。荷車を曳いた帰り道で、細い路地からミツヒを呼ぶ声がする。顔を向けると、口髭を生やし、紳士服を来た男が手招きしている。
ミツヒは、何の疑問も持たず近寄る。
直後、背後から何者かが近寄り、ミツヒの頭から布の袋を被せ、捕縛して荷馬車に乗せ、走り去って行った。
その日の夕方、依頼を完了したナギアは、ギルドに行く前に遠回りをしてミツヒの家に行ったが、店が閉まっていた。すれ違いでギルドにでも行ったのか、と気にはしなかった。
ただ、扉の隙間に紙が挟まれていたので、気になったナギアは、手に取り開く。ミツヒに会う、綺麗な優しい眼から、鋭い切れ長の冷淡な眼に変わり、昔のナギアが現れる。
内容
ミツヒを返してほしければ、金貨3000枚持ってナギア1人で来い。場所は町外れにある教会の廃墟。来なければ、恋人を殺す。
「盗賊か。まったく、どうしようもない奴もいるもんだ。金銭目的の人質だから、まだミツヒは無事だろう。何人いるか分からないが、半分は処分する。ミツヒに傷の一つでも付けていたら、全員殲滅してやるからな。本気の私を見せてやる」
ナギアは、ギルドに伝えなかった。単身で乗り込むのだろう。
その夜、ナギアは武装して教会の廃墟に行く。正面から入らず、脇の塀を、音も無く素早く飛び越え、片膝をついて身を低くし、教会を鋭い眼つきで覗く。
「フーン、入口に2人。裏口にも2人。見回りに2人か。周到だな。フン」
気配遮断を掛け近づく。念のために木の陰に隠れ、教会に向けて周囲感知を掛ける。
「中には5人、真ん中にいる、動かないのがミツヒだな。ああ、段々腹が立って来た。おのれ―、見てろよ。後悔させてやるからな」
ナギアは、裏手に回り獲物を狩る狼の如く、冷たく冷淡な鋭い眼つきで、微動だにせず、時が来るのを待ち、しばらく様子を見ている。
時が来た。裏口に居る2人の盗賊と見回りの盗賊が2人が交差する。盗賊の一歩踏み出すより早く、ナギアの俊足で近寄り、水平切りで横一線、4人の盗賊の首を一瞬で切り飛ばす。
さらに、次々と落ちてくる生首を、音がしないように手で受け静かに置く。まだ立っている4体の、血が噴き出す体も、軽々と片手でつかみ、順に音がしないように倒す。
吹き上がった血しぶきで血濡れになったナギア。すぐ入口に回り込み、すれ違いざま横一線、同じように首を切り飛ばし、同じ始末をする。暗殺者さながらのナギアだった。
ナギアは入口に立ち、中にいる盗賊の立ち位置を調べる――そして目を閉じ、一度深く呼吸をする。
そして、鋭い切れ長の眼を開け、扉を両手で一気に押し開き、腰を低くし突風の勢いで突入する。
中にいる盗賊は、扉が開く音を聞いたが、振り向くことも出来ず、一瞬でナギアに吹き飛ばされて壁に激突した。
ミツヒから盗賊が離れたことを確認し、立ち上がる盗賊から、順に剣の柄で豪快な音を立て、殴りつける。盗賊は白目をむき気絶すると、次の盗賊にも、轟音と共に殴りつけ、泡を吹き気絶する。
残りの2人は、冷酷で冷淡な眼をした、血濡れのナギアを見て、股間から液体が流れ床に広がり、戦意喪失していたが、問答無用で同じ事を繰り返し気絶した。
ミツヒは椅子に縛られ、目隠しをされていたので、何が起こっているのか見当もつかない。それをいいことに、血濡れのナギアは、体や身に着けている物を綺麗にする。
生活魔法のクリーンを掛け、元に戻り、ミツヒの眼かくしと縄を解く。
「ミツヒ、大丈夫だった? 助けに来たわ」
目隠しで、目が慣れていないミツヒは、眩しそうにナギアを見上げる。
「縛られたところは痛いけど、僕は大丈夫。ナギア、ありがとう」
「いいえ、ミツヒの為だもの、ウフフ。でも、盗賊を縛るのを、手伝ってもらえるかしら」
「うん、いいよ」
ミツヒが盗賊を縛り始めると、ナギアは一度外に出る。ミツヒが怖がるといけない、と思ったのか、転がっている死体の足首を持つ。
その死体を次々に、豪快に教会の脇に頬り投げる。生首も同じところに放り投げた。
中に戻ると、まだ縛っている途中だったので、ナギアも手伝う。事も終わり、ナギアとミツヒは、ギルドに報告しに行く。
中は混んではいたが、マレレに盗賊の話をする。
「マレレ、盗賊を討伐したんだが、カルバンはいるか」
「はーい、少しお待ちくださーい」
マレレは早足で、カルバンの部屋に行き、どうぞ、と通された。カルバンはソファに座っている。
「盗賊を討伐したって? どうしたんだ一体」
ナギアとミツヒがソファに座りながら話す。
「実は、ミツヒが盗賊にさらわれて、金を要求して来たから、私が出向いて討伐してきた」
「随分簡単にいうな。で、何でミツヒがさらわれたんだ?」
盗賊とのやり取りを、ミツヒが話す。
ミツヒ曰く。夕方に捕縛されて、荷馬車で運ばれるとき、静かにしていれば何もしない。
一度袋を解かれ、目隠しをされ、また袋に詰められた。どこかの部屋に入って椅子に座らされ、縛られた。
その盗賊は、昔ナギアに、散々酷い目にあったので、いつか仕返しがしたかった。
最近恋人が出来た、と聞いたので、弱みが出来たから恋人を人質にとり、金を要求して、さらにナギアをいたぶろうと計画したら、あえなく返り討ちに合った。
「なるほどな、ナギアも、多くの盗賊を捕まえているからな。恨んでいる奴もいるか」
「フン、無駄な事をする奴らだよ。よりによって、ミツヒをさらうとは――死罪だな、カルバン」
「無理だと思うが、それは裁判次第だよ。よしわかった。何人か連れて教会に引き取りに行って来る」
立ち上がり、部屋を出るカルバン。後ろからナギアとミツヒも出てくる。ミツヒは、テーブル席に座り、外に出たカルバンにナギアが呼び止め走り寄る。
「カルバン、外に6人いる。そいつも頼む」
いつもの事なのか、すぐ察知するカルバン。
「外に? ああ、わかった。大きい荷馬車が必要か。人を増やさないとな」
「わるいな、カルバン」
「いいさ、無事で良かったよ」
カルバンが、盗賊の捕縛に出かけた後。まだテーブル席に座っているミツヒ。ナギアも、外から戻ってきて隣に座る。安心したのか、手を前に出し、突っ伏したミツヒ。
「フゥ、怖かった―、ビビった―、疲れたー」
「ウフフ、お疲れ様、ミツヒ。大変だったね、でも無事で良かった」
「うん、ナギアのお陰だよ。本当にありがとう」
「今後は気をつけないとね。注意してよ」
「うん、無暗に近寄らないよ。安心したらお腹が減ったな」
「私も同じ、お腹すいたわ」
「ナギア、良かったら、これから食べに行こうか。助けて貰ったお礼に、僕が出すからさ」
「賛成、ご馳走になるわ、ウフフ。マイウ亭にしようか」
「そうだね、行こうか」
腕を組みギルドをでる。マレレが、両肘をつき、手の上に顎を乗せ、羨ましそうに2人を半目で見送る。
辺りは暗いが、足取りも軽く、楽しそうに談笑しながらマイウ亭に向かう。
楽しいひと時を過ごすナギアとミツヒだった。
その後、囚われた盗賊が、収容所でナギアの蹂躙を触れまわる。恐ろしく、悪魔の所業の如く、ナギアの怒りで6人が見るも無残な殺され方をし、さらに尾ひれまで着いて、噂が瞬く間に広がった。
昔ナギアに関わった悪者達は震えあがり、それ以降、ミツヒには誰一人手を出さなくなった。
ただ、この事は、当のナギアとミツヒは、それを知らない。




