第22話 奈落
ミツヒの後を追って飛び込み、ムーの底に到達したナギアだったが、ナギアにしてもこの高さは尋常では無く、受け身は取ったものの衝撃を吸収しきれず、数か所を打撲し右足を骨折した。すぐさま回復魔法を掛けて治す。
気づいた周囲の魔物がナギアを見つけ襲いかかる。
ナギアは強いから、今の所は問題は無い。それは、魔物にとって滅多に無い、新鮮な餌が落ちて来たので群がる。当たり前の事だ。
ナギア一人に対し、怒涛の如く、我先に喰らいつく、とばかり、終わりの無い魔物の群れ。ナギアも、ミツヒを見つけなければならないと必死になり、剣舞と攻撃魔法の連打で応戦する。いつまでもつか、いや、持ちこたえる事が出来るのか。
ムーの底を歩いていたミツヒが、魔物の異変に気が付き、何が起こっているのか、と、来た道を戻る。騒ぎの場所が見える辺りの岩陰から静かに顔を出す。その騒ぎの中心で、ナギアが魔物の集団と戦っているのを目の当たりにする。
「え? ナギア? 何でここに? まさか、追って来たの? あ、やばいな。ナギアが疲れ始めている。あんなに肩で息しているの初めて見たよ。何とかしないと」
鬼人とか言われているがナギアも人の子で、限界もある。呼吸も乱れ、無駄な動きも出る。百体以上を倒している事態も尋常ではないが、ナギアにも、そろそろその限界が近づいてきている。
「ハァハァ、こんな所でやられてたまるか。ハァハァ、ミツヒに会うんだ。ハァハァ。ミツヒ」
ミツヒは辺りを見回し、人の高さの10倍はある大きい岩を発見して昇り始める。急こう配だが、ナギアが危ない、と、必死によじ登る。頂上は広くも無いが、平坦な場所があり十分だった。
そして登りきると、マジックバッグから魔物に見えない塗り薬を用意して両手に盛り、ナギアに叫ぶ。
「ナギアァッ! こっちだぁっ! ここまできてぇっ!」
響き渡るミツヒの声にナギアが反応し、魔物のスキをつき、ミツヒのいる場所を一目見る。瞬時にその場所から、高く飛びながら魔物を避け近寄り、魔物の頭を踏み台に使い大岩に飛び乗る。
そしてミツヒと再会。
「ハァハァ、ミツヒ、無事ですか? ハァハァ」
「はい。それよりナギアは、登ってくる魔物に集中してください」
登ってくる魔物の群れ。ナギアが魔物に剣を構える。ミツヒは必至だが、冷静を装いナギアに言う。
「ナギア、失礼します。薬を塗りますから、我慢してください」
「え? ミツヒ?」
ミツヒは両手に盛った薬を、後ろからナギアに両手で塗り始める。頭から顔にかけ、髪、首、鎧の隙間に手を入れ、服の下に差し込む、肩、背中、胸。
「ミ、ミツヒ? ヒゥ、あ、そこは、ハァ、アハッ、ミツヒ?」
「我慢してください。一刻も早く薬を塗らないと魔物が昇ってきます。魔物を見張ってください」
「は……い」
今一度薬を取り、両手に盛ると両手を塗り、また鎧の下に手を入れ、服の下に差し込み、腹部、臀部、下腹部と、躊躇なく一心に塗るミツヒ。途中、何故か濡れている箇所があったが気にしないミツヒ。
「ヒャイ、 え? ヒァ、え? そ、そこも? アフッ。ミツ……ヒ」
そして、腿、脛まで塗ると、ほとんどの魔物は、ナギアが空気のように消えていなくなったか、見えなくなり、また四方八方へ散らばって行く。しかし、油断は出来ないので、塗り残した部分をナギアに自分で塗ってもらい、念のため服にも塗った。
一段落したら、襲ってこなくなった魔物を見下ろし、ナギアも薬の効力に驚く。
「凄い薬ですね、ミツヒ。お陰で助かりました。ミツヒを助けに来て、逆に助けられるとは、面目ありません」
「無事で良かったですよ、ナギア。ここまで来るなんて、そんな無理しなくてもいいのに」
「嫌です、ミツヒがいないなんて……考えるのも嫌です」
「でも、無謀だと言え、ナギアが来てくれて嬉しかったです。僕も、心細かったので。ハハハ」
少しの沈黙。
「ミツヒ。一つ言わせてもらっていいですか?」
「はい、なんでしょう、ナギア」
「私……もうミツヒ以外、他にお嫁に行けません。責任とってくださいね」
「え、え? えぇ? まだ早すぎません? それにまだ決まって――」
「ミツヒに、まだ見せたことも無いこの体を……ミツヒの手によって隅々まで蹂躙され……あのような事をされたのですから」
赤ら顔のナギア。ミツヒも思い出し、顔が真っ赤になる。気が動転していたミツヒだっが、それもそうだな、と、冷静になり、正面を向き潔くナギアに言う。
「ナギア。こんな所で言うのもなんですが。ムーの底から出られたら、帰る事が出来たら、僕の恋人になっていただけませんか?」
待っていたかのように、ナギアは即答する。
「はい、勿論です…………でも嫌です」
「へ? 嫌? な、何でですか?」
ナギアは、ミツヒに面と向かって、やや前かがみになり、顔を近づけ片手を上げ、指一本を立てながら、真剣な顔を見せ説得する。
「はい。ここから出られたら恋人になる。と言う事は、出られなかったら、恋人になれないんですよね。それは、嫌です」
「あ、分かりました。もう告白しちゃったし、遅かれ早かれですよね、言い直しますよ、ナギア。今から僕の恋人になってもらえますか?」
「はい、喜んでなります。これから……よろしくお願いします。ウフフ」
ナギアの言葉を受け取り、ミツヒは何やら廻りを見回している。何かを見つけたように、そこにナギアの手を引く。
ミツヒが立つそこには、一段高くなっている岩場があって、ナギアより少しだけ高い位置になる。ミツヒは黙ってナギアの背中に手を伸ばし、抱き寄せる。ナギアも抵抗せずミツヒに身を任せ――初めてのキスをする。
始めは軽く、唇と唇が触れるくらい。一度離れ見つめ合い、2回目はやや強く。そして離れ、3回目は恋人同士の――確かめ合うように。
ミツヒは、ナギアを見て照れ笑い。ナギアは嬉しさで笑顔の中、ミツヒを見て大粒の涙が幾つもこぼれていた。
落ち着いたところで歩き出すナギアとミツヒ。魔物の邪魔にならないように端の方を、ナギアのたっての希望で腕を組んで歩いている。
「ウフフ。奈落で、ムーの底で、ミツヒとこうして腕を組んで歩くって。ウフフ。来てよかったぁ」
「何言ってるのかな。帰るんでしょ、ナギア。告白したのにここで終わりみたいな事言わないの」
「はーい、ミツヒ。私はミツヒが好き。ミツヒは? 私の事、好き?」
「勿論だよ、ナギア。好きじゃなかったら恋人宣言なんてしないよ」
「ウフフ、そうよねー、ミツヒに、あんなことされたんだから。ウフフ」
「だから、ナギアを助ける為だったの。もう言わない」
周囲が魔物の巣窟なのに、場違いなナギアとミツヒ。2人の会話も、もう恋人同士らしくなっていた。 しかし、楽しいひと時も終わりを告げ、深刻な問題になってくる。どこを歩いても、いくら歩いても上に行ける出口は無く、行く先もまだまだ続き終わりが見えない。
「ナギアだったら、身体能力を使って、飛び跳ねながら上に行けるんじゃないのかな」
「無理よ、ミツヒ。地形が、逆すり鉢状になっているから、跳躍があっても無理だわ」
「しかたがない、もっと先を進んで出口を探そうか」
奈落に落ち、ムーの底をさまよう。暗くなって視界が悪くなると、布で包まり2人寄り添って、軽い睡眠をとりながらも数日が経過した。
食料はマジックバッグに入っているので、心配はない。ただ、食べるときに細心の注意を払いながら、すぐに口に入れないと、魔物に感づかれるのが厄介なだけだった。
さらに数日が経ったがムーの底は広く長く、まだまだ先は続いていたが、今までとは変わった場所に出た。2人で静かに顔を覗かせる。
その先には、魔物もいない空間、いや、広場に近い。その中央には体長3m程で黒髪の男が、眼を閉じ瞑想でもしているのか、腕を組んで立っている。黒い紳士の服は着ているが、背中に大きな蝙蝠の羽があり、蛇のような尻尾が不規則に動いている。
顔をよく見ると、人のようだが大きな鋭い犬歯も生えている。やはり魔物だったようで、ナギアは知っていた。
魔物から目をそらし、頭を引込め、固まるナギアだった。




