第21話 討伐 樹海
よく晴れた日の午後、王都販売用のポーションを荷台から下し、ギルドの入口に置いた後、ミツヒはギルド内でポーションの補充をしている。
相変わらずマレレは、ナギアのいない時を狙ってミツヒに懇願する。
「ミツヒさぁん、まだダメですかぁ? もういいじゃないですかぁ。諦めて友達から始めましょうよぉ」
ミツヒは、淡々とポーションの瓶を手際よく、子気味のいい音をさせながら並べて行く。
「ダメですよ。マレレさんは他にいる、僕なんかより、もっといい人を見つけてください。マレレさんなら、すぐに見つかりますよ」
「えぇぇ? ミツヒさんがいいですよぉー。今ならもれなくぅ、ナギアさんに秘密にしてあげますぅ。どうですかぁ? いい案だと思いませんかぁ?」
「はい、並べ終わりました。確認してください」
「え、あ、はい、確認しますぅ」
といった具合で、ミツヒもマレレに慣れて来ていた。
ポーションの棚も一回り大きくして、段数も増やしたので、品切れにはならないだろう。王都に送るポーションも、以前より多くしているので問題は解決した。
今ミツヒが考えている事は、今度の討伐に参加する事だ。内容は、魔物の殲滅。前回と同じで、単純明快、樹海の魔物を倒せるだけ倒す。
その樹海は、王都ガナリックの東南に位置する、ルベドの樹海。ニウルガの樹海の真逆に位置する。
ただ、ルベドの樹海には、魔物がはびこる、ムーの底、と言われる奈落がある。落ちたら二度と上がってこられない、
そして、帰って来た者もいない奈落。ミツヒの参加で、当然ナギアも参加する。この討伐に、レ・ヴィクナムの町からの参加は、2人だけだった。
早朝、ナギアとミツヒは、まだ暗いうちから馬車に乗り出発。馬車に揺られ、今回の討伐やルベドの樹海の事など、ミツヒの隣に居る事が嬉しいナギアが、彼女なりに面白楽しく教えてくれ、談笑しながら順調に進んだ。
日も暮れた頃に到着し、討伐隊の宿泊している宿で泊まる。
翌日早朝、出立前。集まっているのは、ガウナー候、ラベルト、ジュウザの3人パーティ、ナギア、ミツヒと以外にも少なかった。
ガウナー候曰く、ルベドの樹海にある、ムーの底、が気になって参加者が少なくなった。この樹海の討伐は、いつも少人数だと言う。
それでも今回の参加者は、ミツヒ以外、全員クラスS、ラベルトとナギアはクラスSSなので心配は無かった。
さっそくラベルトがナギアに話しかける。
「よお、ナギア。連続の参加だな」
「ああ、まあそうだ。よろしくな」
「ミツヒも大変だな。ん? 今度の装備はスティレットか? フーン」
「よろしくお願いします」
ナギアは、悪戯っぽくミツヒに言う。
「ミツヒ、ラベルトに持たせてみては?」
ナギアの目論みに、困惑するミツヒ。
「え? ええ、ラベルトさん……持ってみますか?」
武器に興味があるラベルトは勿論、スティレットをミツヒの手から手に取る。持った瞬間に、スティレットの重みから、岩の塊にでも化けた重さになる。
「ウオォ! なんだ? ググッ。 ズオォォ!」
両手で持つ事が精一杯で、ミツヒが手を差し出し、スティレットを持つと元に戻る。ラベルトの行為に、ナギアは満足したのか高笑いする。
「アッハハハ。ラベルト、それ魔剣だよ。ハハハ」
「くそっ、ナギアのヤツ、やりやがったな。でも凄い魔剣だな、凄さは持ってすぐに実感したよ」
「凄いぞ、ミツヒの武器は――無敵だ」
「止めてくださいよ、ナギア。無敵だなんて」
さも当然、と言った顔でミツヒに言う。
「本当の事ですよ、ミツヒ。今回の討伐は楽しみですね。ウフフ」
「え? ミツヒもやるのか?」
「はい……今回はやってみようかと……」
ミツヒの態度と裏腹に、自分の事のように話をするナギア。
「ラベルト。ミツヒは、以前と違って魔物に対して無敵になったんだ。今回の討伐では、ミツヒの活躍をよく見て置けよ――強いぞ」
その後のやりとりについて行けず、恥ずかしくなりその場から黙って離れるミツヒだった。
出立は前回と同様、街道を南に歩いて進み、東の森に入る。ナギア、ラベルト、ガウナー候が、進みながら森の魔物を倒して順調に進んだ。
樹海の手前で野宿をして翌日から討伐開始。
野宿の夜は、ナギアの楽しみの一つであるミツヒと添い寝。ナギアはそう思っているが、背中同士を付けて寝るだけ。それでもナギアは至福のひとときだった。
翌日早朝からルベドの樹海に入る。魔物の気配が多く、さっそく、サーベルタイガー、レッドグリズリー、ミノタウロスと現れ、各自戦闘態勢に入る。
ナギアはミツヒを見つつも戦闘に入り、鬱蒼とした樹木も無いようにすり抜け、高速で次々と倒していく。
今回のミツヒは――凄まじかった。
近くにいる魔物を、片っ端から突き刺していき、粉々にする。魔物はミツヒが見えないので、まるでミツヒの前では死を覚悟しているように見える。歩きながらだが、目の前に来る魔物は全て一突きで粉砕し倒した。
戦闘に参加しているので、攻撃魔法が被弾する事もあったが、ミツヒには当たらず、一瞬で消え去る。
昼に差し掛かる頃には、予想以上に倒し、周囲には魔物の気配が無くなった。討伐隊一行は比較的広い場所を探し、陣形を取りながら小休止して昼食を食べる。
ラベルトがミツヒに呆れている。
「ミツヒ。どうしたらそうなるんだ? 魔方陣の出る魔剣も凄いが、俺達の中での魔物の討伐数は今回、桁違いにミツヒが一番だよ」
ガウナー候もそれに頷く。
「まるで、魔物がミツヒに倒されに出て来て、何の抵抗も無く魔方陣と共に粉々になるなんて……今まで見た事が無いし、聞いた事も無い」
ジュウザのパーティも、仲間に入れたそうに目が輝いている。
「ミツヒ、凄いよ。さすがダンジョン踏破は伊達じゃないね」
「うんうん、凄いよ、凄すぎ」
「ミツヒって素敵ね……あ、睨まれた、ヤバッ」
余りの絶賛に、恥ずかしくなるミツヒ。
「いえ、そんな……ハハハ。このスティレットのお陰です……ハハハ」
ナギアも、ミツヒの貢献にとても嬉しい。
「だから、無敵だ。と言ったろ? ラベルト」
「ああ、こんな討伐は初めてだよ。順調すぎて樹海で昼食なんてな。ハハハ」
休憩も終わり、魔物を倒しながら、さらに樹海を進む。その先には一切樹や草が生えていない場所に出る。岩の裂け目があり、暗闇が口を開けたように、大きな奈落が現れた。
ガウナー候が一行に注意をする。
「ムーの底だ。近づくな、帰れなくなるぞ、気をつけろよ」
全員がムーの底に注意しながら討伐を進める。魔物も順調に倒していくが、やたらと増えてきている。
ガウナー候とランクSのジュウザ達では、手に余り、てこずり始めたが、ラベルトとナギアが、要所要所で補助に回った。
ミツヒは、何の問題なく、一刺し一刺し魔物を倒していく。ジュウザ達から見たら、ミツヒの討伐している光景は、無駄も無く鮮やかに倒しているとしか見えない。
魔物には、ミツヒが見えていないので、横を通り過ぎる時にミツヒが「エイッ!」とスティレットを両手で握り突き刺す。ミツヒに向かって来ても、間があるので避けて刺す。理不尽だが順調に倒す――だがそれは、そこまでだった。
ラベルト達から逃げてきた、体長3m程で黒褐色の毛を身にまとい、鋭い牙と爪を持つ、ジャイアントウルフが3体、横一線でミツヒに突進するべく向かって来た。
ミツヒは動けず、咄嗟に中央のジャイアントウルフの正面からスティレットを突き刺した。ジャイアントウルフは粉砕され消滅したが、ミツヒに衝突する反動は抑えられず、奈落のある後方に吹っ飛ばされる。
焦ったナギアがミツヒを見て咄嗟に叫ぶ。
「ミツヒーッ!」
飛ばされ、転がったミツヒは、ムーの底の岩場、裂け目がある2m程手前で起き上がる。体を叩き、焦り顔だが苦笑いでナギアに答える。
「ハハハ、ナギア。何とか大丈夫でした。フゥ、危ない危ない」
ナギアやラベルトも、ホッとした。
「気を付けてください、ミツヒ」
「無敵だからって、気を抜くなよ、ミツヒ」
「ハハハ、怖かったです……ハハ、ハ」
――突如、大岩の割れる凄まじい轟音が、奈落に響き渡る。
「え?」
「なんだ?」
「あ? なに?」
地面が揺れたかと思うと、ミツヒが立っている場所一帯が、割れて崩れ落ちて行く。
ミツヒも無重力状態で何も出来ず、届かない手を伸ばし、ナギア達を見ながら岩ごと宙に舞い、ムーの底に落ちて行く。
すぐに察知したナギアが、ミツヒが落ちた崖際に一瞬で駆け寄り、伏せて顔を出し下を見ると、ミツヒが岩壁にぶつかりながら落ちて行くのが見え、暗闇に飲まれて見えなくなる。
「ミツヒーッ! ミツヒーッ!」
ナギアの声は、無情にもミツヒには届かない。一緒に岩が崩れる音に、虚しく掻き消されて行った。
ミツヒは、スティレットを離そうとしたが、頭の中に、離してはいけない。と言う感情が流れて来て、無意識のうちに離さず、岩壁にぶつかりながらも、もう一つの手を掛け爪がはがれる。スティレットの握り手から、3本の指だけで岩に掴み指の皮がはがれる。木の根を掴み手の皮がむけ、死に物狂いでもがく。
掴めるところには手を掛け、少しだが落ちる速度が緩んだ。それでも生き残るには十分な事だった。
そして転がり落ち――奈落。最下部のムーの底に辿り着く。
意識があるミツヒは、マジックバッグから薬を取り出し塗り始める。
「ハァハァ、グゥッ、痛い。ハァハァ、でも何とか助かった。フゥフゥ、ググッ、くーっ沁みる。フゥフゥ、最近、この薬に頼ってばかりだな。フゥ、作っておいて良かったよ」
手足の裂傷を始め、すり傷、打撲、右足は骨折していたが、痛みをこらえ、塗り薬を塗った後は、すべて完治する。
念のため、魔物に見えない薬も塗り直し、落ちて来た上を見上げる。
「うわっ、あんなところから落ちて、よく助かったな。どのくらいの高さがあるんだろう。大きな裂け目がとても小さく見えるし。それに、入口よりもここの方が広いから昇って行く事は無理だな」
ムーの底は暗いが、落ちて来たところからの光がかすかに入り、眼も慣れて来たので見え始める。
突如ミツヒは、すぐに岩壁に背中を向けて両手を広げ、蜥蜴のようにへばり付く。
「げぇ、な、何だこりゃ。 見たことも無い魔物だらけだ。薬を塗っていなかったら、僕は、あっという間に食べられて、この世にいなかったな。帰ってこられない理由が良く分かったよ」
ミツヒの周囲には、蛇の魔物ステンノー、エウリュアルを始め、キマイラ、グールなどが無意識に、無規則に、無造作に歩き回っている。微かに見える場所によっては、魔物同士が争っている。ミツヒが知っている、ヒュドラやエルダーリッチも見かけた。
ミツヒは今、これから場所を移動し、出口を探そうかどうか考えている。無理に動いて迷うより、しばらく魔物の行動や、この後何が起こるか、見定めても遅くは無いと考えている。
精神的にもダンジョンや討伐の成果が出て、少しはたくましくなってきたミツヒだった。
その後、魔物同士が争う事はあっても、それ以外は特に何も起こらなかった。落ちてからどのくらいたったのか、ミツヒには見当もつかなかったが、実際は2時間ほどが経過していた。
落ち着きを取り戻しているミツヒは、マジックバッグに手を入れる。
「お腹がすいたなぁ。今、魔物には僕の気配がしないけど、食料の肉とかを出したらどうなるんだろう」
大き目の干し肉を取り出すと、辺りは殺気に満ち溢れ、危険を察知したミツヒは咄嗟に、干し肉を遠くに投げる。その干し肉を巡って魔物同士の争いが始まる。
「こえぇ、すげぇーこえぇーっ。肉出したとたん、すぐにこっちに向いたよ。やっべーっ。薬塗っててほんと良かったなぁ。うぅぅ、背筋が凍ったよ」
しばらくして――ずっとここに居ても、助けは来ないし、出口を探さないと、どっちにしても助からない。眼も暗い場所に慣れて、見えるようになったので決心し、ミツヒは動くことに決めた。
魔物の邪魔にならないように、辺りを気にしながら、ゆっくり壁際を歩きはじめるミツヒ。
◇
ミツヒが落ちてすぐ。助けられず落ち込んだ討伐隊一行だが、無情にも、周囲に魔物が多数現れ、考える余裕も無く討伐を続ける。ナギアも無表情だが、討伐は行った。
数時間後、周囲に魔物の気配も無くなり、ミツヒのお陰で多数の魔物を討伐出来た事を感謝し、ガウナー候は、樹海で積んだ野花を、奈落に向かって投げ入れた。
「討伐を終了し野営地へ戻る。途中で出てくる魔物も、倒しながら行くぞ」
一行が戻り始めると、最後尾のナギアがラベルトに言う。
「ラベルト、悪いな。後は任せる」
「おい、ナギア。何考えて。オイッ! ナギアーッ!」
振り向いたラベルトの呼びかけにも答えず、ナギアは奈落に向かって走り、躊躇など微塵も無く、ムーの底に飛び降りた。
――ミツヒの元へ。




