第19話 日常
討伐完了から2日後、ナギアは朝から闘技場で鍛錬をしている。
ランクSSともなると、討伐や依頼が完了し、長期の合間があれば、定期的な鍛錬は事欠かない。特にナギアは、単独が多いので念には念を入れ、自分に厳しくしている。
直立不動で目を閉じ、深呼吸しながら瞑想に入り、模擬戦闘を想定して流れが決まったら、超高速の剣舞に入る。
闘技場なので、他の練習している冒険者や、暇を持て余して観客になっている者もいる。その中で始めれば、それはそれは目立つので、すぐに視線が集まる。
剣筋も見えない速さだが、可憐で綺麗で正確な剣技に、全員が見惚れている。ナギアの鍛錬は午前中ずっと続いた。
午後に入り、ナギアは、繁華街に出かける。
護身用の剣は、しっかり身に着けているが、薄赤色の紳士服のような恰好で、胸元が少し開いたシャツが、とても似合っている。
凛々しく歩いて防具屋に行き、入って店主を呼び出す。
「おい、店主はいるか」
「いらっしゃいませ。あ、ナギアさん、すみません遅くなりまして」
「それはいい。例の物が入ったのだろ?」
「はい。ナギアさんに頼まれてから、すぐに探しましたが難儀でしたよ。でも、やっと探しだし、この通り入荷しました。身代わりの腕輪――じゃなく、幸運の腕輪でしたっけ」
「今はいい。白金貨でいいな。この袋に20枚入っている、調べてくれ」
ナギアは、マジックバッグから白金貨の入った袋を取り出し、店主に渡しながら睨む。
「余計な事は、言うなよ。話が漏れたらお前のせいだからな。もし、そうなったら――」
白金貨を受け取った店主は、冷や汗をかきながら、両手を小さく前に出し、横に振って答える。
「いやいや、ナギアさんには、いつもご贔屓にしていただいているのに、言う訳ないですよ。またよろしくお願いします。あと、一応報告ですが、先日一緒にいた方も、その腕輪が欲しいと言って来ましたが、品薄で中々手に入らないと言っておきました」
「ああそうか、よくやった。その人には絶対に、腕輪の秘密を守れ。場合によっては、自分の命より大事だと知れ」
「そ、そんな殺生な。頑張りますが、勘弁してくださいよ」
店主には、情け容赦の無い要望を出したナギアは、身代わりの腕輪を手にして防具屋を出る。ナギアの、町中を歩く様は、威風堂々、そして凛々しい姿だったが、表情は、漆黒の名の通り、切れ長の眼が強調され冷淡だった。
しかし、内心は、笑顔笑顔、満面の笑顔。ミツヒに贈る腕輪が、やっと手に入り、またお揃いになるから、嬉しくて仕方がなかった。
(ウフフ、またミツヒに会う口実が出来た。今日は工房でポーション作りに専念している、って言っていたから、家にいるはず。早くミツヒに会いたいな。ウフフ)
友達だから、何の用事が無くても会いに行けるのに、会うためには、何か口実を作らないとダメだ、とナギアは信じて疑わない。それでも、こうして口実が出来たので、足取りは軽く、ミツヒの家に向かうナギアだった。
その頃ミツヒは、工房でポーションを作っている。正確に言えば作り続けている。それは、王都での売れ行きが良く、欠品が出ていたので、今後の予備も含めて作っていたからだ。
手の甲で額の汗を拭きながら、忙しくも楽しいポーション作りが終わる。
「ふう、出来た出来た。やっと終わりかな」
頃合いを計ったように、外からナギアの声がする。
「ミツヒー、いますかー」
「あ、ナギアだ。何かな」
工房から、顔だけ出すミツヒが覗くように見る。そこには、両手を後ろに組んでいる、美しく優しい笑顔のナギア。目が合うと何だか照れ笑い。
ミツヒは手が汚れていたので、ちょっと待って、と一度戻り、手を拭いてから出てくる。
「こんにちは、ナギア。今日はどうしましたか?」
ナギアの姿勢はそのままで、体を左右に小さく振りながら、照れたようにミツヒに話す。
「はい……ミツヒに贈り物があります」
「え? またですか?」
後ろに持って隠していた腕輪を、ミツヒに差し出す。
「はい、これです。また受け取ってください」
「これは、幸運の腕輪ですよね。いいんですか?」
「ええ、ミツヒが無くされたから、また買ってきました。ウフフ」
「よく売っていましたね。せっかくナギアに頂いた記念の腕輪だったので、同じ物を、と僕も何度か、あの防具屋に行って探しましたが、いつも品切れでした。店主のおじさんに注文できないか、と聞いても、注文できる商品じゃないから無理だ。店に来て、運があれば買える腕輪だと言っていましたよ。幸運の腕輪だから、自分でその幸運を掴むものだとも」
ミツヒの為に、と思っているのだが、ナギアは性懲りも無く、またミツヒに嘘をつく。
「私も何度か行ってみましたが、ありませんでした。でも、今日偶然、腕輪を見かけたので購入してきました。せっかくのお揃いですから。ウフフ」
「いいんですか? なんだか、また買わせてしまったような……」
「是非、受け取ってください」
「はい、ありがたくいただきます。いつも、すみません、ナギア」
「いいんですよ、ミツヒ。ウフフ」
受け取ったミツヒは、以前と同じ装飾の綺麗な腕輪をじっくり眺め、その場で腕にはめた。そして、腕を曲げ、前にして笑顔でナギアに見せる。その笑顔にナギアも、また嬉しくなった。
今日のポーション作りや、ナギアの鍛錬などの談笑していると、思い出したようにミツヒは、ナギアを連れて工房に入っていく。
テーブルの横に、椅子を用意し座ってもらうと、マジックバッグから、スティレットを取り出し、テーブルの上に置いて、ナギアに見てもらう。
「ナギアに見てもらいたいと思っていたのですが、忘れていました。実は、このスティレット。エルダーリッチを倒した時に、魔石の横に落ちていたんですけど。ナギアは、わかりますか?」
テーブルに置いてあるスティレットを手に持つナギア。その途端、スティレットが重くなり、腕力のあるナギアでも厳しくなって、テーブルに戻す。
「クッ、なんですか? このスティレットは。持った瞬間に、持ち主が違う、と言っているように重くなります。ミツヒは、大丈夫なのですか?」
ミツヒは普通に手に持てる。少し振り回して、テーブルに置く。再度ナギアが持つと、またもの凄い重さになって耐えるのがやっとなので、テーブルに戻す。
スティレットを眺めながら、腕を組むように手を口に添え、考え込んだナギア。自分の持っている魔剣ギーマサンカと比べ、何かわかったのか、頷く。
その前にミツヒに質問をする。
「ミツヒは、このスティレットを持った時、何か起こりましたか?」
「はい、実は。家に帰って来てから、このスティレットを出し、握り手を両手で持って、突き刺す動作をしたら、握り手の一部から棘が出て僕の指に刺さったんです。そしたら、一度光って、沢山の魔方陣の光が、僕の回りに回転しながら出て来て消えたんです」
ナギアは確信してミツヒに話す。
「ミツヒ、これは魔剣です。ミツヒは、このスティレットと血の契約をして、持ち主はミツヒ。と決めたのです。刺突武器ですが、沢山の魔方陣が出た。と言う事は、一突きで何かの効力が出るのか、もしくは何かが発動するのか。柄の部分に描かれている、無数の魔方陣の効力があるのでしょう。そして、持ち主以外が手に持つと、拒否して持てない程の重くなるのでしょう。よく見ると、薄く描かれていて分かりづらいですが、スティレット全体にも小さな魔方陣が無数に描いてあります」
納得はしたものの、ミツヒも疑問をナギアに話す。
「でも、こうして柱に突き刺したりしても、単に刺さるだけですよ。何も起こりません」
「ミツヒ。それは、刺突の対象が、生命を持っていない、若しくは魔物じゃないと発動しないのではないでしょうか」
「ああ、なるほど。今度試してみようかな。それに、ミスリルの剣より使いやすそうだから、試しによっては、これにしようと思っています」
「では、私も同行します、ミツヒ。ではさっそく、一緒に森に行って試してみましょう。私も興味がありますし、この眼で確かめて見たいですから」
そうと決まったナギアの行動は早い。マジックバッグから装備一式を取り出し、その格好のまま、装着する。
ナギアの手際の良さに、ミツヒも慌てて、魔物の見えない塗り薬を塗りたくり、装備をする。そして2人はレ・ヴィクナムの町を出て森に入る。
ナギアは辺りを見回す。
「ミツヒ、この辺で魔物を探しましょう。周囲感知!――いましたよ、このまま歩いて行けば、オーガがいるはずです。私は後ろから離れて見ていますが、何かあったら援護します」
「はい、では行って来ます、ナギア」
ミツヒが、まっすぐ歩いて行くとしばらくしてオーガに出くわす。オーガはミツヒに気が付かないので、横まで行くミツヒ。
(ちょっと怖いけど、何かあったらナギアがいるから大丈夫、大丈夫。よし、やるか――エイッ!)
ミツヒがスティレットを両手に持ち、オーガに突き刺すと、金縛りのように身動きが取れず、一瞬、スティレットに赤い魔方陣が展開され……オーガが、粉砕された粉のようになって、煙と共に消えた。
「え? なに? 消えた? ナ、ナギア? 見てましたか?」
後方から見ていたナギアは、すでにミツヒのすぐ後ろにいた。
「はい、見ました。それが魔剣の力のようです。一突きで魔物を消滅させる効力があるのでしょう。私の魔剣ギーマサンカは、特化して死霊系の不死に効力が発動されますが、ミツヒの魔剣は、全ての魔物に効力が発揮しそうです。いい武器を手に入れましたね」
「え、ええ、凄いですね……こんなに簡単に倒せるなんて」
「これで魔物には無敵になりましたよ、ミツヒ。ウフフ。今後は、討伐も実践で参加できますね」
「いいんだか、悪いんだか……僕は、このスティレットを装備する事に決めました」
その後、オークやサイクロプスにも試した。浮き上がる魔方陣の色、模様は魔物の種類によって別だったが、同じ効果で消滅したので終了。
帰り道は、楽しく散策するかのように、ナギアとミツヒは、スティレットの事などを談笑しながら、レ・ヴィクナムの町に戻った。
魔剣の力とはいえ、強くなってくるミツヒに、頼もしく思え、嬉しくなるナギアだった。