第17話 討伐参加
ギルドでは、マレレが掲示板に、1枚の討伐参加の紙を貼っている。何組かのパーティが見ていたが難易度が高いのか、見送ったようだ。
その数日後、混雑するギルドに、装備をしたナギアが入って来て、他の冒険者には目もくれず、受付を睨むように来る。
「マレレ、依頼完了だ。これが証明書だ」
「はーい、ナギアさん。確認しますぅ。はい、お疲れ様でしたぁ」
いつものテーブル席に座ると同時に、マレレがギルドマスターの部屋に行き、戻ってきて受付に座る。特に気にするような事ではないが、部屋から、討伐の紙を持ったカルバンが出て来て、ナギアに歩み寄ってくると、その紙をテーブルに置く。
「ナギア、討伐があるんだが、これどうだ? やらないか?」
討伐は日数が掛かるから、行かないと言っておいたのに、また聞かれたので、カルバンを見ず、ふて腐れた仕草のナギア。
「行かないよ、カルバン」
「これで最後だが、本当にいいんだな? ナギア。締め切るぞ」
「うるさいなっ、行かないと言っているだろっ。しつこいぞ、全く」
カルバンが、マレレに手を振ると、またマレレがギルドマスターの部屋に入って行く。今度は、来ていない、と思っていたミツヒが出て来て、ナギアに歩み寄って来る。
自分の知らない場所で、ミツヒとカルバンが何かをしている事に少し不満がでて、先にナギアが声を掛けて来た。
「いたのですか、ミツヒ。また私を、のけ者にしていたのですか?」
「違いますよ、仕事です。カルバンさんと、王都に送るポーションの打合せです」
ミツヒの話を聞いて、安堵したナギアに笑顔が戻る。
「そうですか、それならいいんです、ミツヒ。ご苦労様です」
ミツヒが、テーブルに置いてある、討伐の紙を見ながらナギアに聞いてみる。
「ナギアは、討伐に参加しないんですか?」
「ええ? ミツヒまで……嫌です……行きたくないです」
少しうつむき、上目づかいに見ているナギアに、笑顔のミツヒは、ナギアを見つめながら話す。
「そうですか、それでは、しばらくナギアとも会えませんね。帰って来たら、またお会いしましょう。ナギアも、依頼を頑張ってくださいね」
ミツヒの言葉に驚いたナギアは、顔を上げて正面に向き直り、ミツヒに問い詰める。
「え? えぇ? どういう事ですか? ミツヒ?」
カルバンが割って入り、いたずらっぽくナギアに話す。
「いやな、ミツヒが討伐に参加するんで、一応はナギアにも言っておかないと、後で何か言われたら、大変だし、怒るだろ? 俺も困るからさ――でもナギアは、今行かないと言ったよな」
ナギアは、カルバンが、ゆっくりと手を出し、討伐の紙を取ろうとしたら、その手よりも素早く手に取り、カルバンの顔の前に突き出す。
「行く! 行くぞ! カルバン。参加する、参加させてくれ。いや、絶対に参加するからな」
多分そうなるだろう、と予想していたミツヒは、ちょっといじめるように、笑いながら、ナギアに聞いてみる。
「あれ? ナギアは、討伐に参加するのは嫌いなんじゃないのですか? ハハハ」
ナギアは、悲しい表情になりながらも答える。
「もう……ミツヒまで。いじめないでください。ミツヒと一緒なら、何処までも行きます……でも、どうして」
ミツヒ曰く。先日に呼ばれた、王都ガナリックで、直接、ガナリック国王と話が出来たので、ナギアの事について聞いたところ、王都としても討伐には、ナギアに是非参加してほしいが、ここ数か月に行った討伐には、全く参加してこなかったので、どうしたものかと思っていた。
そこで提案を出し、自分は冒険者ではないが、戦わず、後衛で参加できれば、ナギアも参加してくるが、どうでしょう、と。その案に乗った、
王都直轄がミツヒに、常時討伐に参加する事ができる書面、を交付したので、いつでも参加できるようになった。そして今に至る。
「だから、今後は僕も討伐に参加できるんです。でも、専業のポーション作りもあるので、どれでもって訳じゃ、ありませんが」
それでもナギアにとっては、討伐に参加出来るし、ミツヒとも一緒なら、願ったり叶ったり、であった。
「それでは、私はミツヒが参加する討伐には、全て一緒に行きます」
笑顔だったナギアは、カルバンに振り向くと、いつもの冷たい表情に戻る。
「おい、カルバン。今、聞いたろ。そういう事だ。今後、ミツヒが参加する討伐には、ミツヒの名の横に、私の名を、絶対に入れる事。わかったか?」
額に手を当てて、しかめた表情になっているカルバンは答える。
「ああ、マレレに言っておくよ……ポンコツナギア」
「フンツ」
カルバンを見ていたマレレは、水と頭痛薬用意して席を立つ。これは、ルビからの引継ぎで、カルバンが手を額に当てたら、頭痛が始まっているので薬をギルドマスターの部屋に用意する事、となっている。 ルビは出来た娘だった。
討伐が決まった。今回の行先は、樹海の魔物の討伐。全滅は到底無理なので減らすことを目的とする。
その樹海の名は、ニウルガの樹海。その樹海は、王都ガナリックから南西に位置する。行き方は、王都から南にまっすぐ進む街道があり、その街道沿いには、西に大きく森が広がっている。その外側に、ニウルガの樹海がある。
今、樹海の魔物が多くなって、森を越え、街道まで出て来始めて、通行者を襲っているので討伐を行う事となった。
ナギアとミツヒは、翌日には準備をし、集合場所である、王都ガナリックに向けて、出立していた。道中も、ナギアにとっては、常に隣にミツヒがいるので、至福の時でもある。
魔物も出る街道を、まるで、お出かけ気分で談笑し、現れた魔物はナギアによって瞬殺され、順調に王都ガナリックに到着した。そのまま集合場所である南の門まで行き、馬車を預ける。
ナギアもミツヒもマジックバッグを持っているので、ナギアは装備だけ。ミツヒは、装備と、一応腰袋を着けていた。
集合場所には、すでに十数人の参加者が集まっていた。ナギアに気づいた数人が、小声で話す。
「あ、ナギアだ」
「おい、漆黒だ。参加するんだ」
「本当だな。久しぶりに見るよ」
「良かったわ。ナギアがいれば、少しは楽になるわ」
その中から、2人の知っている一人の男が出て来て、手を挙げナギアに話しかける。
「よお、ナギア。久しぶりの参加だな」
ナギアの唯一の仲間がいたので安堵する。
「ああ、ラベルトも参加か。よろしく頼む。ラベルトもしっかりやれよ」
「ん? ナギアの後ろの男は? 確か……ミツヒ。そうだ、ミツヒだ」
カルバンに、今回はナギアの後ろを歩け、と言われていたミツヒが、ナギアの後ろから、少し横に移り、頭を下げ挨拶する。
「あ、ラベルトさん。先日は、ありがとうございました。そして今回は、よろしくお願いします」
「あ、ああ、こちらこそだ。で? ポーション売りが何で参加するんだ?」
「ええ、まあ。諸事情がありまして」
ミツヒは、ナギアにわからないように、ナギアを横目で一目見ると、察知したカルバンが納得する。
「ああ、そう言う事か。ミツヒも苦労しているな。ハハハ」
3人で談笑していたら、集団の中から一人の男の暴言が飛び出す。
「おいおい。ナギアはいいとして、後ろのひ弱な男はなんだ? 大丈夫か? 一端にミスリルの装備かよ。悪い事は言わねえから、今からでも止めて帰んな!」
イラッ、とした、ナギアだったが、直後に後ろから、ミツヒの手がナギアの背中に触れられて、怒らない、と言っている感情が伝わって来て落ち着く。
しかし、ミツヒの事を言われて、黙っていられず言い返す。
「おい、今言った男。キサマこそ大丈夫か? ゾルガンの町のダンジョンは何階層まで行ったんだ? 最近、私の次に、踏破した男がいる事は知っているか? ん?」
疑問の沈黙が走るが、すぐさまラベルトが、ミツヒに話をする。
「そうか、ミツヒ。ダンジョン踏破したんだよな。凄いな、おめでとう」
「あ、ありがとうございます、ラベルトさん。ハハ、ハ……」
恐縮のミツヒに、ドヤ顔のナギア。冒険者たちは驚いてミツヒを凝視している。
「あれが、ダンジョン踏破した男か」
「見た目じゃねえよ。すげえな」
「ナギアが連れて来るんだ。それくらいじゃないとな」
「ちょっと好みかも」
「うん、そう言われれば、可愛いわね」
「さ、さっきは、わ、悪い事言ったな。勘弁してくれよ」
これで一同が和やかになった。そこに、今回の隊長になった、青髪青目の男が来ると、ナギアは、歯を食いしばり、渋い音で歯を鳴らした。
以前、ナギアが、王城の中で試された、白い装備で身を纏った、ガウナー候だった。睨んでいるナギアに、気が付いたガウナー候は、指で頬をかいて苦笑いをした後、ナギアより先に謝罪をしてくる。
「ああ、ナギア殿、先日はすまなかった。俺もまさか、あの展開になるとは思っていなかったんでな、謝る。悪かった」
先に言われ謝罪されてしまったので、納得するしかないナギアは、仕方がないと諦める。
「ええ、わかりました。だが、今後あのような事は、止めていただきたい」
「ああ、勿論だ。今回はよろしく頼むよ」
あまり納得はいっていないようだが、頷くナギア。ガウナー候は、事の経緯をガナリック国王に聞いているので、ミツヒにも気さくに話をする。
「ミツヒ、さっそくだが、ご苦労。よろしく頼む」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
このやり取りを見ていた冒険者たちは、ミツヒが、ダンジョン踏破した事は本当だ、と確信した。
その後、ガウナー候が、ニウルガの樹海までの移動の話と、討伐の段取りの話をして、その日は王都の用意された宿で1泊し、翌日の早朝、一同は出立した。
街道を南に歩いて行く討伐隊。今回は、街道沿いから森から樹海へ入るので、馬車も使えず、徒歩で進む事になっている。ガウナー候が先頭を歩き、中盤にラベルト。最後尾がミツヒとナギアの順番で街道を進む。
参加者は、ラベルトやナギアのように単独では無く、3人や4人のパーティで参加している。まだ街道なので、歩きながら、ガウナー候、ラベルト、ナギアが先頭を歩き、今後の打合せをしている。
女性の冒険者も数人いたが、ミツヒに近寄ってこなかったのは、ナギアが、最後尾から先頭に行く途中、小声だが「ミツヒに絶対近寄るなよ」と、威圧と威嚇を、最大にして声を掛けていたので、女性は恐怖で縮こまり、誰もがミツヒを見る事さえ止めていた。
他は各自、隊列を崩さずに歩いていると、最後尾を歩いているミツヒに、男の声がかかる。
「やあ、初めまして、ミツヒ。俺、ジュウザ。3人パーティのリーダーやってるんだ。ランクはS。よろしく」
「ミツヒです。よろしくお願いします」
「ミツヒは、ラベルトやナギアと同じ単独派? それともパーティ探してるんだったら、俺達と組まないか?」
「あ、いえ、単独も何も」
ミツヒの話しが終わらないうちに、また1人の男が、聞き耳を立てていたのかやって来る。
「おいおい、ジュウザ、抜け駆けか? それは無いぜ。ミツヒ、俺はダフナー。4人パーティのリーダーだ。よろしくな。で。パーティに入るなら俺達の方が楽しいぞ」
「いきなり横から入って来て、何を言ってるんだよ。今は、俺とミツヒが話をして」
「あー、ずるいぞ。さっそく引抜している。おっと、初めましてミツヒ。俺はブレッテロ」
どのパーティも考えが同じで、ミツヒを仲間に引き入れようとしていたが、段々騒ぎになって収拾がつかなくなり、一度落ち着いてから話し合いが始まった。
しかし、その話もナギアによって、慈悲も無く、冷酷に蹴散らされ、終息した。それでも、話ぐらいはさせてくれ、と食いついてきたので、騒ぎを起こさなければいい、とガウナー候の計らいを受けた。
初めに話しかけてきた、身長180センチ程で金髪青目の戦士風なジューザが隣を歩く。その前を、抜け駆けさせないように、身長160センチ程で少し太めだが体格のいい、赤髪赤目のメイスを持つ、ダフナーと、身長190センチの細身で、青髪赤目のロングソードを持つ、ブレッテロが共に見張っている。
「それで、ミツヒは今後、どうするんだ? パーティに入りたいとかあるの?」
「あ、だから、さっき話が途中だったけど……僕は、冒険者じゃないんです」
「「「 えぇぇ? 」」」
驚いたジュウザ達だが、ミツヒの功績をだす。
「でも、ダンジョン踏破したって。それに今、討伐に参加しているよね」
「はい、ダンジョンは、レ・ヴィクナムの町の、ギルドマスターの特別依頼で。それと、討伐の参加は、王都ガナリックから、常時、討伐参加できる書面を出していただいているので」
ミツヒの話に、ジューザと前を歩く2人が驚いている。それはそうだ。本来冒険者しか出来ない事を、ギルドや王都が、直轄して書面を出すなど、聞いたことが無い。
しかし、現に目の前にこうしてミツヒがいる。
「それって凄い事でしょ。冒険者でもなくダンジョン踏破。ランクも無いのに、討伐参加。ミツヒって、何者? 王都の軍隊か何かの関係者?」
「いえ、レ・ヴィクナムの町でポーションを売っています」
「ヘッ? ポーションって、あのポーション? 回復とかの……」
馬鹿にしていたわけではないが、ジュウザから見て、ミツヒの位置づけに混乱していた。
「はい、そのポーションです。ハハハ」
「じゃ、今回の討伐では、ミツヒは何を担当するの?」
「何もしません。後衛で皆さんを、見ているだけです」
ミツヒは、ナギアを参加させる為、と正直に言えないので、そのままの事を言うと、勘違いした3人は、一度ミツヒから離れ、小さい声で話し始める。
それは、ミツヒは、王都から派遣された調査員で、討伐が適正に行われているかを後衛から観察し、怠けている冒険者や、サボっている者を摘発するのではないか。
彼らには、それしか考えられなかった。3人は同意見で、このままだと不味いから、当たり障りなく離れよう、とミツヒに戻り、他愛も無い談笑をして、各自自分のパーティのいる、元の配列に戻り、歩き出した。
街道から森に入り、西へ向かう。ここからは、ナギアはミツヒと最後尾で、一緒に行動する。
常に、周囲感知は掛けているナギアだが、それでも、ミツヒのすぐ後ろを歩いているだけで、嬉しくて仕方が無かった。
「ミツヒ、この草は足に絡まりますから、足元に気を付けてください。足を取られますよ。ウフフ」
その通りで、前を歩く数人が、足を取られ、転ばずともフラついていたのでミツヒも肯定する。
「ありがとう、ナギア。注意します」
ナギアは、カルバンとガウナー候には、ミツヒと話をするときは小声で話せ、と言われ、それがなんなのか、よく分かっていないナギアだったが、ミツヒも言うので従った。
ミツヒにだけは心配性のナギアは、性懲りも無く、前を歩いているミツヒに恐る恐る聞いてみる。
「聞いていいですか? ミツヒ……この討伐体の中にいる女性を、どう思いますか?」
ナギアには、前を歩いているミツヒの表情が見えないが、明らかに呆れている。
「ナギア……それって、僕に、この中に興味のある女性はいるのか? って事を聞いているんですか?」
「あ、いえ、別にそういう事で聞いたのではないのですけど……気になったので……」
「じゃあ、僕が、前を歩いている中の女性の1人に、ナギアより興味が湧きました。と答えたらどうしますか?」
「え? えぇ? そん……そんな……」
ミツヒは、狼狽えるナギアの心配性にくぎを刺す。
「だから、聞かなければいいのに。いいですか? ナギア。僕は、絶対に裏切りません、と言ったはずです。今後、そういう事は言わないでください」
ミツヒの言葉に、肩をすぼめ下を向いて歩くナギア。
「はい……すみません。ごめんなさい、ミツヒ」
「心配性なのは仕方がないですけど、程々がいいですよ、ナギア」
討伐もまだこれからなのに、早々と墓穴を掘ったナギアだった。