第15話 王都ガナリック
天気も良く、晴れ晴れとした日に、ミツヒは工房で、ひたすら傷薬の軟膏を作っている。
「売れるのはいいけど、すぐに完売になるのが問題だな。在庫の薬草も、そろそろ無くなって来てるし。ミスリルの鎧も出来上った事だし、また、薬草採取に行くか」
そう思って、再び軟膏を作っていたところに、外から聞いたことが無い男の声が聞こえる。
「御免っ! 誰かいるかっ!」
誰だろう、と小走りに出て行くミツヒ。
「はい、いらっしゃいませ、なんでしょうか」
そこに立っていたのは、綺麗な白い鎧を身にまとった騎士だった。外にも同じ格好の数人の騎士が立っている。騎士がミツヒに問う。
「お前が、ミツヒか」
「はい、そうですけど……何か」
「聞きたい事があるので、王都ガナリックまでご同行願おう」
「え? 王都ですか? 僕が?」
「いいから、ご同行願いたい。外にある馬車に乗るように」
ミツヒは抵抗する事無く、連行されて行った。
翌日、ギルドには、ミツヒを王都ガナリックに連れて行く、との一枚の書状が届き、内容も書かれていた。しかし、ギルドマスターのカルバンは、その日、出張に出ていたので、訴状を知るのはその翌日、2日後の事だった。
書状を見たカルバンは、ギルドマスターの部屋で悩んでいる。そうとは知らないナギアがギルドに入って来ると、いつもの如く。
「ルビ、ミツヒは、来たか?」
「いえ、今日はまだです」
最近は、ミツヒのポーションの売り上げも良くなって、1日おき、時には連日に補充に来るようになっている。そのお陰でナギアは、ミツヒに会えるし、それはそれで嬉しい事だった。
いつものテーブル席に座っていると、ルビが、申し訳なさそうに。
「ナギアさん、今日、ミツヒさんは来ないかもしれないです」
「ん? 何で分かるんだ、ルビ」
態度がおかしく、下を向いたまま、ナギアを見ずにいる。
「いえ、何となくですけど」
いつにもない答えに、何か勘違いしたナギアが、ルビに向かって少し怒った口調になる。
「ルビ! まさか……旦那がいるのに、ミツヒに色目を使って何かをしたのか?」
「違いますよ、ナギアさん。早とちりは止めてください。私からは言えません」
「ルビからは? ああ、秘密厳守か。だったら、カルバンを呼んでくれ」
ルビがカルバンを呼びに行くと、何故かナギアは部屋に通される。ナギアも分からないようだが従った。奥の机に座っているカルバン。
「ナギア、まあ座ってくれ」
ナギアがソファに座る。カルバンもソファに移り、対峙して座りため息をつく。
「ハァ、実は、ミツヒの事なんだが」
その態度にナギアは、また勘違いしたのか、急に怒り出す。
「ミツヒがどうしたっ! 何かあったのかっ! 私はあきらめないぞっ! おいっ、カルバンッ!」
「何怒っているんだよ、冷静になれよ、全く。ミツヒの事となると、どうしてポンコツなんだ。ミツヒが、王都ガナリックに連行されて行ったんだ」
「王都に? 何故? ミツヒは何をしたんだ」
カルバン曰く、ゾルガンの町のダンジョンが、踏破されたことが王都まで通達が行き、ミツヒの事が知られた。それはいい。その上に、福祉施設の子供が呪いに掛かり、ミツヒが治したと、施設長から聞いた牧師から通達が来た。
さらに、話は表に出ないが、町の領主の娘が石化して治らなかったが、ギルドで出した特別依頼で、娘の石化が解除されて、嬉しくなった領主が、領主仲間や回りに触れまわって、これも王都まで伝わった。これもミツヒが治したのだろう、と王都は判断した。そう簡単には治せない、呪いや石化が、レ・ヴィクナムの町で、簡単に治せている事がおかしい。
王都としては、そのミツヒ、と言う男を調べる必要があるから、王都ガナリックまで連行し、役人と一緒にガナリック国王が直接尋問する。
頭を抱えたカルバン。
「秘密にしていた事が、こんな形で調べられてしまったとは。ナギアは、呪いの事は知っていたのか?」
半身になって腕組み、足組をしているナギア。
「途中からだが知っている。私もミツヒと一緒に施設に言って、子供の呪いが治るところを見た。その為に、ミツヒは単独でダンジョンに行ったんだ。で、ミツヒは今後どうなる?」
「分からん。このままだと、王都ガナリック直属の薬師、解毒士、回復士とかになってしまうのかもしれん。俺にも見当がつかない」
「なんで見当がつかないんだ、カルバン」
「王都が連行して、事情を聴く。としか、書いていないだろ。ミツヒの今後は、事と次第でどうとでもなるさ。直属の仕事を任されたら、二度と、レ・ヴィクナムの町には帰ってこられないだろうな」
「その仕事。ミツヒが、断ったら?」
「反逆罪で牢獄送りだろうな、それも一生。もしくは、死罪か」
立ち上がるナギアは、部屋を出て行こうとするが、カルバンが止める。
「王都ガナリックに行っても、簡単には合えないぞ。俺だって、ガナリック国王には直接会った事なんか無いんだから……お手上げさ」
「行ってみるよ、王都ガナリック。一応、面識はあるからな」
ナギアは一度、家に帰り、正装の装備に着替え馬を調達し、外は暗くなっていたが、レ・ヴィクナムの町を出る。星明りの照らす街道を、一路、王都ガナリックに向かった。
ナギアは馬を走らせる。
(ミツヒが王都の専属になってしまったら、もう、会えなくなってしまう……それは嫌だ。何とかしなければ……でも、まだミツヒは無事だし、まだ考えようはある。もし、ミツヒの身を、王都が何かしようものなら。ミツヒが投獄、それ以上の事がされようものなら、私は鬼になってやろう。悪魔に魂を売ってやる……いや待てよ、まだ決まった訳じゃないし、そう考えるのはまだ早い。まだ大丈夫だ、今、助けに行く、待っててくれミツヒ。必ず助けるから――)
早朝には、王都ガナリックに着き、馬小屋に馬を預け、王城も開かないので、食堂で時間を調整してから、王都の城門の門番を訪ねた。
「すまないが、ガナリック国王にお目通り願いたい」
「誰だ。ん? 漆黒のナギア殿か。お約束か何か? 書面状は?」
「いや、無いのだが、先日、連行された、ミツヒについて、と言っていただきたい」
「ミツヒ。か……しばし待たれい」
門番が、部屋にある魔石を使って、何処かと連絡を取っている。そして戻ってくる。
「お会いになるかは、こちらでは判断できかねるが、入城許可は下りたので、奥に行って聞いていただきたい」
ナギアは、王城に向かって行く。城門から王城に入るには、周囲を水で張り巡らされ、囲まれた堀に掛かる石橋を渡って行く。王城に入る観音開きの扉は、閉まっているが、ナギアが歩いて行くと、きしむ音と共に扉がゆっくりと開き、王城の中に入ると、ゆっくりと閉まり、閉じる音が聞こえた。そのまま奥に進むと広間があり、そこで少し待たされる。
ナギアは中央で、直立不動で待っている。そこに、白い鎧で身を包んだ貴族風の男が入って来る。身長170センチ程で青髪青目の精悍な侯爵。
「君が、漆黒のナギアか? 初めまして、私は、護衛騎士団団長のガウナー侯爵だ」
綺麗で正式なお辞儀で挨拶するナギア。
「ナギアです」
「あ、畏まらないで結構だ。で? ミツヒとやらの事で聞きたいと?」
「はい、先日、王都ガナリックの騎士が、レ・ヴィクナムの町に来て、ミツヒ、と言う男を連行して行った。と」
「ああ、聞いている。して、ナギア殿とミツヒとの関係は? 事情によっては会えない事も無いが」
ナギアは、ミツヒに会いたい一心で、ガウナー侯爵に、正面を向き姿勢を正し、城内に響き渡る大声で叫ぶ。
「ミツヒは! 私の愛しい人です! 最愛の人です! ガナリック国王に慈悲があるのであれば! お返しいただきたい!」
ナギアの叫びに、ドン引きしたガウナー侯爵は、両手のひらを、胸辺りに小さく前に出す。
「ま、まあまあ、ナギア殿。興奮しないでくれたまえ。少し試しただけだ。ミツヒは、この奥の客間にいるよ」
何を試されたのか、よく分からないナギアは、侯爵に連れられ客間に入る。中央にある装飾品のような豪華なソファに、凛々しく座るガナリック王の両隣に数人の役人と、対面のミツヒも座っている。
その周りに数人の侯爵が椅子に座り、さらにその周囲に十数人の騎士が囲む形で、規律正しく立ち並んでいた。そして、ナギアに向けた拍手が聞こえ来る中を、ミツヒに近寄って行くと、ミツヒは真っ赤な顔をして、ナギアを見ずテーブルの一点を見たまま固まっている。
笑顔のガナリック王がナギアに話す。
「久しいの、ナギアよ。畏まらず、まあ、座るが良い。ナギアも女だったのだな。よく響いておったよ。ハッハッハッ、試されたの。実は、ミツヒに言われての。ナギアが来たら通せ、と言っておったのだが、ガウナー公がの。ハッハッハッ」
真っ赤になっているミツヒを見て、察知したナギア。徐々に真っ赤になってミツヒの隣に座り、王都の役人に聞かれたことで、恥ずかしさのあまり涙目になって下を向いた。穴があったら入りたそうなナギア。ガナリック王は楽しそうだ。
「ハッハッハッ、ミツヒよ。で、いつ式を挙げるのか?」
ミツヒは両手で手を横に振り、頭も一緒に横に振る。
「いえいえ、王様。まだ友達です。まだ考えてもいませんし……これからです」
小さくなっていくナギア。ナギアの予想に反して、周囲も和やかだった。隣に座っているミツヒは、ガナリック王の前でもしっかりと話をしていたので、恥ずかしかったナギアも落ち着いてきた。事の真相を聞こうとしたら。
ミツヒ曰く、連行されたと思ったが、馬車も綺麗で連行では無く、客人として来てもらいたい。王都も平和で暇を持て余し、著しい業績を上げたり、話題になっている興味がある者をこうして呼び出し、暇つぶしに付き合ってもらっている。話や質問は、ダンジョン行きと石化解除の話から始まり、呪いの解除の為に再びダンジョンに入り、結果、踏破してしまった事まで。
そして、話は変わり、レ・ヴィクナムの町で販売している中位のポーションは、以前ギルドマスターのカルバンが、販売しに来た時に調べた。結果、王都では高位に近い上質の物だったので、作り方よりも王都でも売ってほしい。
ミツヒの話を聞いて、胸をなでおろすナギアだった。
話の続きとして担当の侯爵がミツヒに問う。
「話が途切れてしまったが、王都ガナリックでの販売はこちらに任せてもらい、レ・ヴィクナムの町のギルドから仕入れる形でいいかの」
「はい、それでお願いします。僕も作れる限度はありますが、見合うようにしてみます」
「頼むぞ。それと、討伐の参加の方も頼むぞ、ミツヒ」
「ええ、畏まりました。よろしくお願いします」
「では、話は決まったな」
しばらく雑談し、冷酷、冷淡で男勝りのナギアが、ミツヒの前ではお淑やかになる事が判明し、それも話のネタにされたナギアだった。その後、解放され、ナギアも一緒に馬車で送ってもらった。
帰りの馬車はナギアと2人だけだったので、ミツヒが少し呆れた表情で話す。
「ナギア、また言ってはいけない事を言いましたね」
「はい、さすがに王城の中でしたし、皆さんが聞いていたので、身を持って恥ずかしさを覚えました。今後、自嘲します」
思い出して、また赤くなり、恥ずかしそうに、下を向くナギア。
「僕もナギアの事は、好きですよ、大好きです」
「ひゃ、ひゃい? ミツヒ。ほ、本当ですか?」
「はい……でも、王様の言った事に対して、もう少し時間が欲しいですね。お互いと言うより僕に……ですけど」
「はい、お願いします、ミツヒにお任せします」
「すみません、こんな僕で。でも、今後ナギアが他の人を」
「ミツヒ。怒りますよ、やめてください。絶対にありません。私もミツヒを裏切りません」
「冗談ですよ、ハハハ。以前のお返しです」
「――ミツヒ」
少し怒っていたナギアだったが、レ・ヴィクナムの町に着くまで、馬に曳かれ、心地良く振動する高級な馬車の中で、ガナリック国王と侯爵、城内でのやり取りなど談笑するナギアとミツヒ。
ミツヒに強く言えるようになって、また一歩進んだナギアだった。