第14話 日常と褒賞
翌日。午前中ミツヒは工房で、販売用のポーションを作っている合間に、ダンジョンの30階層で採取した草を調べている。
草の数本をテーブルに並べる。
「単体鑑定!」
ミツヒの眼に、文字が浮かぶ。
【ビボイ草】 魔物が嫌う 魔物が見えない
ビボイゴケより効果・大
「やっぱりだ。最深部のセーフエリアで採れる方が、より効き目があるんだな。これで作れば、エルダーリッチやヒュドラって魔物にも効果がありそうだ。あーすっきりした気分だ。これは気が向いたら作ろう」
ミツヒは、ビボイ草を調べただけで、暗室に入れて栽培し、ブレコス草の下の段に、きれいに並べて置いた。作りたいとも思ったが、二度と行きたくない。と、少しトラウマになっていた。
その後も販売用のポーションを作って、午後にギルドに持って行く。箱を両手で抱え、瓶と瓶が小突き合う、いい音をたてながらギルドに入って行き挨拶する。
「こんにちは、ポーションの補充に来ました」
棚まで行って覗くと、残りもあとわずか数本だった。
「結構売れましたね、嬉しいな」
受付嬢のルビも、珍しく話しかけてくる。
「評判がいいですよ。今では王都から来た冒険者も買って行きます」
「そうですか、また多めに作らないといけませんね」
ポーションを、慣れた手つきで並べ入れて行く。補充し終わり、ルビに確認してもらっていると、出かけていたのか、カルバンが帰って来る。ミツヒを見ると開口一番。
「ミツヒ! ゾルガンの町のダンジョンを踏破したんだって?」
照れ笑いしながら、手を頭の後ろに回すミツヒ。
「一応、そうみたいです……ハハハ」
「凄いな、ミツヒ。ナギアに続いてミツヒもか。今は各ギルドにしか通達が回っていないが、これから話が広まると、一躍有名人だな」
「それも困っています。何とかなりませんか?」
「それは無理だ。ダンジョン踏破は、それだけ凄い事なんだ。ま、俺の書いた特別証明書の事は、一つ貸として黙っててやるから、今後もよろしく頼むよ」
カルバンの出して貰った証明書があったからこそ出来た事に、心からありがたく思っているミツヒ。
「ええ、僕に出来る何かであれば、いつでも言ってください」
その後、カルバンとダンジョンの話を談笑したが、肝心な部分には触れないようにした。その後、ミツヒは家に帰る。
今度は、マジックバッグから褒賞の袋と鎧、剣そしてドロップ品を取り出すとテーブルに並べる。
「僕にはもったいないけど、ミスリルの鎧とミスリルの剣は、新しくなって丁度良かったな。皮の鎧もボロボロで、アイアンソードも無くなっちゃったし。ミスリルの鎧も動きやすそうだけど、防具店で合うように調整してもらおう。それと……褒賞はいくら入っているんだろう。でも小さい袋だから金貨10枚くらいかな」
布の袋を手に取り、中を覗いてから袋をひっくり返す。
テーブルに、子気味のいい金属音と共に貨幣が出て来る。
「1.2……やっぱり10枚だ。銀貨みたいだけど、見たことが無いな。そもそも使えるのか? 勲章って事は無いよな、後でナギアに聞いて見よう」
袋に貨幣を戻して、テーブルに置くと、その横の、細かい鎖で出来ている、紫色で光沢のあるチェーンを見た時、ミツヒは一つ忘れていた事を思い出す。
「あ、もう一つあったんだっけ。そうそう、スティレットだ」
マジックバッグから、スティレットを取り出すと、手に持って眺める。銀色の光沢がまばゆく反射して、握り手も、両手分の長さがあり、柄の装飾も綺麗に細工がしてある。
「剣先が尖っているだけで、刃が無く丸い。突き刺し専用って事か。ん? 柄の装飾の中に、魔方陣が幾つも描かれている。何か意味があるのかな……よく考えたらこれって、僕向けかも」
ミツヒは、スティレットをテーブルに置いて、ミスリルの剣を持ち、振り回してみる。しかし、剣の大きさに対して軽量なのだが、ミツヒには振り切れない。むしろ、剣に振り回されている。そして、最後は剣を止められずに、置いてある瓶や陶器を直撃し、派手な音を立て割ってしまう。
「あー、やっちゃた。やっぱり僕には、剣はダメだな。才能無いや」
今度は、スティレットを持ち、刺す動作をすると、重量も軽く簡単だった。
「あ、やっぱりいいな、このスティレット。エイッ! うん、簡単。使う事は無いだろうけど、硬い皮膚とかだったら、両手で持って刺せそうだし。エイッ! 倒せないけど使えるかな。防具の調整と一緒に、スティレットの鞘も作ってもらおう」
今度はしっかり両手で握って刺す動作をすると、握り手の一部から棘が出て、ミツヒの指に刺さり、極少量の血が出る。
「イテッ。なんだ? 棘? あ、引っ込んだ」
その瞬間、スティレットが輝きだし、大小様々な魔方陣が、何色もの光と共に展開され、ミツヒの周囲を回り始める。そして、その魔方陣がスティレットに吸い込まれ、光も消えて行く。
「綺麗だったけど、今のはなんだ? このスティレットの力か何かかな? それ以外は、特に何も起きないし、悪い事も起きそうにないみたいだし……大丈夫かな。これも後でナギアに聞いてみよう」
ミツヒは、日常では装備しないので、マジックバッグに入れて置く事にした。そして、再びチェーンを見て、手に取る。
「この大きさだと、首飾りかな。それにしても細かい細工だな。一つ一つの鎖に何か描かれているし。どんな意味があるんだろう……あ、外れた」
外し方が分からなかったチェーンの留め金部分が外れた。
「ちょっと付けて見ようかな。男でも着けている人いるし、僕だって。なんてね」
そのチェーンを首に回し、留め金を、金属音と共にはめると、手を離したら静かにチェーンが消えた。
「え? なに? え?」
慌てたミツヒは、手で首の回りを触るとすぐに現れた。「フゥ」と安心したミツヒはまた手を離してみた。消える。手を付けると現れる。ミツヒは興味が湧いたが、
「面白いけど、何の意味があるのか分からないな。変な物でもなさそうだし、着けたままでいいや。これもナギアに聞こう。なんだかナギアに頼りっきりだな、ハハハ……後はこの魔石だ」
二つの魔石を手に取って眺めて、
「何の役に立つんだか。使い道はわからないけど、僕にとっては特別な記念だしね、飾っておこう」
魔石は、ギルドで買い取りたい、と願い出て来たが、ミツヒにとっては、初めて倒した魔物の魔石なので、記念だから、と断った。荷物を整理した後、鞘と鎧を調整してもらいに防具屋に持って行くミツヒ。
◇
その頃ナギアは、ギルドの依頼を受けている最中だ。ギルドからさほど遠くない場所にある、闘技場を兼ねて作った広場に来て、中級と上級の冒険者育成の剣術を教えている。初級者がいないのは、ナギアが余りにもスパルタで厳しいので、別の優しい冒険者に依頼している。
カンカンッ「脇が甘い!」バシッ「次!」
キンキンッ「腰を落とせ!」ビシッ「次」
カンキンッ「大振りするな!」バンッ
「よし、中級者はこれくらいでいいだろう」
「「「「 厳しいぃ、疲れたぁ 」」」」
「最後は、素振り500回やるように。終わった順に帰っていいぞ」
帰れる、と聞いた十数人の中級者は、張り切って素振りを開始した。待っている上級者は二人一組で、模擬選をしていた。ナギアが上級者に集合を掛ける。
「次、上級者集まれ。模擬選で慣れただろう。順番に並んで、全力で私に掛かって来なさい」
1人目の男は、剣を前に構えると、腰を低くしてナギアに、じりじり近寄り自分の間合いに入ると、飛び込んで、中段下段と2段撃ちを仕掛けてきた。ナギアは片手剣で受け止める。それを読んでいたかのように、男の蹴りが入ってきたが、簡単に避けながらその足を掴み、反動を使って放り投げる。
「ぎゃ」「まだ動きが大きい! もっと素早く」「次」
2人目の男は、上半身を左右に揺られながらナギアに近寄り、左側に微妙に動いた瞬間、素早く右に剣を撃ちこむが、片手剣で受け止められる。切り返して2度撃ちこんだがそれも軽く受けられた。男がその反動を利用して体を回転させた時、ナギアの蹴りが、鈍い音と共に背中に入る。
「ぐぇ」「背中を向けるな! 隙だらけだ」「次」
3人目は女だったが、ナギアに踏み込んで中段左右の2段攻撃をしたが受けられ、瞬時に上段に撃ちこむがそれも受けられ、そのままの態勢で下段に撃ちこむがこれも受けられる。その時、ナギアに手を取られて、女の力を利用し、そのまま後ろに放り投げる。
「きゃ」「まだ腰が高い! 体に力を入れろ」「次」
ナギアは平等に女にも容赦はしない。終わった者は、また後ろに並び、延々と続けられた。そして最後にナギアは指摘する。
「少しはまともになったが、まだまだ筋力が無いな。腕立て100回で終了だ。初め! 終わった者から帰っていいぞ」
クタクタになりながらも、腕立てを始める上級者達。
その間、時間のあるナギアは1人、超高度で素早い剣舞をして鍛錬していると、上級者達が手を止める。
「怖いけど、カッコいいなぁ、すげぇ」
「めちゃ速い立ち回りだ。剣筋見えないよ」
「私もいつか、ああやって出来るかな」
全員が見惚れていた。しかし、気が付いているナギア。
「フゥ、見ているのもいいが、終わらないと帰れないぞ」
夕方には全員終わり、全員疲労困憊で、肩を落としながら帰って行った。
見送ったナギアは、その後も夕日の中を、中央で1人、剣舞をして鍛錬していた。その光景は誰もが見惚れる、絵になっていた。
翌日の午後
ナギアはギルドに行き、受付のルビに証明書を渡す。
「ルビ、依頼は完了した」
「はい、ナギアさん、拝見します。はい確認しました。お疲れ様でした」
ナギアはテーブルに座って、いつものようにミツヒを待っている。完了した依頼も昨日には持ってこれたのだが、ミツヒの来る日に合わせて今日にしていた。しばらく待っていたが、待ちきれないのか、入口まで出て外を眺めていると、ギルドから見える酒場でガラスが割れ、喧嘩が起こっていた。それを見たナギアは呆れている。
「まったく、昼間っから酒飲んでるやつらは何考えているんだか。フンッ」
気にしないでいたが、喧嘩も大事になり、泥酔した4人の男が酒場から外に出てきた。そして取っ組み合いの喧嘩になったまでは、ごく普通の喧嘩だったが、1人の男が一度離れ、3人に向かって小さなファイアボールを撃った。しかし、酔っているので定まらず、小さい炎の塊が街道をまっすぐ飛んでいく。
偶然その先に、ミツヒが箱を抱えて歩いて来た。ミツヒを見て焦ったナギア。
「ミツヒーッ!」
叫びながら素早い速さでミツヒに向かおうとたが、ナギアは間に合わない。そして、ファイアボールがミツヒに当たる。致命傷にはならないが、重症になる。回復魔法を掛けないと。と思った時。ファイアボールがミツヒの直前で掻き消える。
そんなことはお構いなしに、まだ喧嘩をしている酔っ払いは、ナギアの逆鱗に触れ、お説教という、全員を蹂躙する。すぐにギルドに捕縛され、連行されて行った。
当のミツヒは、何事だか。と、ナギアとカルバンが、事の経緯の話をしているので通り過ぎる。何が起こったかもわからずにギルドに入って行く。
「こんにちは、ポーションの補充に来ました」
何時ものようにポーションの補充を始める。確認も終わった時、血相を変えたナギアが入って来る。
「ミツヒ、何が起こったのですか?」
やっぱり訳が分からない呑気はミツヒ。
「え? 何がですか?」
事の経緯をナギアが説明する。
「ミツヒに向かって、飛んで行ったファイアボールが、直前で掻き消えたんですよ。ミツヒは見てなかったのですか?」
「はい、見ていないですけど」
ミツヒは、ごくごく普通の動体視力なので、そのとき丁度、ギルドの入口を見て歩いていたから、全くわからなかった。結局、この時は、事の真相は分からず仕舞いだった。
気を取り直し、テーブルに座るナギアとミツヒ。午後でもあったし、ギルドには人がいなかったので、ミツヒがマジックバッグから、袋を取り出しナギアに見せる。
「ちょっと見てほしいんですけど」
「はい、それはゾルガンの町のギルドで貰った褒賞ですね」
「そうなんですが、この銀貨。この町でも使えるのでしょうか。見た事無いし」
「もちろん使えますよ、それ。白金貨ですから」
「白金貨って、なんですか?」
「ウフフ。それ1枚で金貨100枚ですよ、ミツヒ」
「ゲ、ゲェ? ひゃ、100枚ですか? 初めて見た。ということは」
「はい、金貨にして1000枚です」
動揺しながらも怖くなり、すぐに褒賞の袋を、隠すようにマジックバッグに入れるミツヒ。褒賞を見て思い出したナギア。
「あのミスリルの鎧はどうしましたか?」
「え、あ、剣は持っています。鎧は防具屋に持って行って、僕に合うように調整してもらっています」
「そうですか。早く出来上がると、いいですね」
「いえ、別に遅くてもいいですよ。ダンジョンはもう御免です」
少しの間、ナギアとミツヒはダンジョンの事など談笑していたが、今度はミツヒが思い出す。
「あ、そうだ。ナギアさんに見てもらいたいものがあるのですが」
ミツヒは、首に手を当てると、紫色の光沢のある首輪が現れた。それを見たナギアは察知したようだ。
「分かりましたよ、ミツヒ。その首飾りのお陰で、ファイアボールが消えたんです」
良く分かっていないミツヒは、首輪を外してナギアに見せる。ナギアは鎖の部分の、細工を調べて驚いている。
「ミツヒ、これは、魔法無効化の首飾りです。どうしたのですか?」
「はい、ダンジョンのヒュドラを倒した時に、魔石の横に落ちていました。それは凄い物なんですか?」
「凄いなんていう物じゃありませんよ。国宝級のアイテムです。この鎖一つ一つに魔方陣が描かれています。推測ですけど、全ての魔法の魔方陣でしょう。これを首に飾っておけば、ミツヒに掛けられる、どんな魔法攻撃も無効化します。その代り、ヒールなどの回復魔法も無効化されてしまいますけど」
「そんなに凄いんですか。じゃ、ナギアさんが着けてください」
否定するナギアは、強い口調でミツヒに言う。
「それはダメです。ミツヒが着けるべきです。すぐに着けてください。そして、絶対に外してはいけません」
促されるまま、もう一度、自分の首に掛けると、音も立てずに消えた。
「その事は、今後誰にも言ってはいけませんよ、ミツヒ」
「言いませんよ、怖いし。言ったら、何されるか分からないし」
そう言ったやり取りも楽しいナギア。楽しい時間のすぎるのも早く、いつの間にかギルドは帰って来た冒険者で混雑して来たので見回すミツヒ。
「ダンジョンの事は、まだ知られていないみたいですけど……じゃ、ナギアさん、僕は帰ります」
「では私も帰ります。途中まで一緒に帰りましょう」
「え? でもナギアさんは反対でしょ?」
「ええ、ちょっと用事があるので……途中までですよ」
嘘をついたナギアだった。そこにカルバンが現れる。
「ナギア、先日の依頼の件だが」
「明日にしてくれ。さあ、帰りましょう、ミツヒ」
「いいんですか? カルバンさんが」
「明日でも大丈夫なんです。用事の方を急いでいるので。それに、ギルドも混んできましたから」
言い訳がましいナギアの言葉にも、受け入れたミツヒ。2人仲良く、ギルドを出て行った。
取り残されたようなカルバンは、廻りの冒険者達に、生暖かい眼で見られる。
ナギアに無視される形で、あっけにとられたカルバンだった。