第13話 帰還
ミツヒが、ゾルガンの町に出発して3日後の夕方。ナギアは依頼を完了してギルドに入って来た。ナギアは、受付の横にあるポーションの棚を見ながら受付まで来る。
「ルビ、依頼は完了した。これが証明書だ」
「はい、ナギアさん。確認しました、お疲れ様でした」
「ポーションの数が少ないみたいだが、ミツヒは来ていないのか?」
「はい、今日辺り補充しに来るのかと思いましたが、まだ来ていません。もしかしたら明日かもしれませんね」
「そうか、わかった」
ナギアは、ギルドを出て夕暮れの中をミツヒの家に向かった。店の前に行くと中は暗く、戸は閉まり閉店している。入口に立て看板が置いてあり見てみる。
≪数日お休みします。ギルドにも売っています≫と、書かれている。
「数日休む? 薬草採取かな。もうこんなに暗いのに。おかしいな」
ナギアはレ・ヴィクナムの町の検問所に行くと、門番にミツヒが出て行ったか確認する。調べていたら思い出したのか、門番がナギアに話し出す。
「あ、はい、その男なら3日前の夕刻を過ぎた頃に、ゾルガンの町に向かいました」
「ゾルガンの町だと? 理由はなんだ」
「先日ナギア殿と同行した依頼の未達成があり、単独行動で向かう。と」
驚いたナギアは、ギルドに戻って受付まで走り寄り、カウンター越から、部屋にいるカルバンに叫ぶ。
「カルバーン! ミツヒに再依頼したのか?!」
ナギアの大声に驚くルビ。部屋から出てきたカルバンは、ナギアを見る。
「なんだ? ミツヒがどうしたって?」
カウンター越しで、顔を赤くし怒った表情のナギア。
「ミツヒに、ゾルガンの町に行く依頼をしたのか? と聞いている」
何を言っているんだ?という表情のカルバン。
「依頼なんか出さないよ、ミツヒは冒険者じゃないんだから。前回の依頼は特別だったろ? ルビ、ミツヒの事、知っているか?」
「いえ、知りません。ただ、この数日はギルドに来ていません」
ナギアは、運よく依頼を完了して来たばかりで、武装していたお陰で、ギルドを飛び出し、馬を調達して一路ゾルガンの町に向かった。月明かりが街道を照らす中、馬に乗って風を切り走っているナギア。
(何故だ、なんで私に言わないんだ。もしかして私が依頼を受けている間に、ミツヒの回りで、何かあったのか? でも、ミツヒ1人でゾルガンの町のダンジョンに入る事は、無謀としか言いようがない。どうやって魔物を倒すんだ。もし、もしミツヒの身に何かあったら。私は、私はどうしていいか。いや、それを考えるにはまだ早い。そんな無謀な事は絶対にしない。ミツヒも何か策を考えているはずだ。間に合ってれ。頼む、間に合ってくれ!)
馬に鞭を入れ急ぐナギア。
まだ日も昇らない、薄暗い早朝にナギアは到着してゾルガンの町に入ると、一目散にギルドに向かった。中はダンジョンに入る冒険者で混雑していたが、ナギアは並んでいる冒険者を掻き分け進んで行くが、それがナギアだとわかって誰も文句は言わなかった。ナギアは受付嬢に聞く。
「おい、ミツヒはダンジョンに入ったのか?」
「あ、ナギアさん。えーと、ミツヒさんは2日前から入っています。10階層への転移で入りました」
「わかった。私も登録してくれ。10階層から入る」
そう言い残し、ギルドを出てダンジョンに向かうと、ダンジョンの入口では、ちょっとした騒ぎになっている。「1人の男」とか「大丈夫か?」とか「銀髪の男が」などと聞こえてきた。ナギアは胸騒ぎがしてきたが騒ぎに向かって進む。
ナギアの気持ちも裏腹に、呑気に顔を土埃だらけにしたミツヒが歩いて帰って来た。その上、皮の鎧はすり傷だらけでボロボロ、アイアンソードもどこかで落としたのか持っていない。体中汚れていた上に膝からしたが何も無く裸足で。
そのミツヒを見て、両手で口をふさぎながら、ナギアの目には涙が溢れていた。ナギアはミツヒに駆け寄り躊躇なく抱きしめた。
まさかナギアがいるとは思わず、びっくりしたミツヒ。
「え、あれ? ナギアさん? あ、ナギア。 ど、どうしたんですか?」
「うっ、うっ、ミツヒ。何で私に言ってくれないのですか? ううぅ。こんなに心配させて」
廻りを気にせず、ミツヒの肩越しで号泣し始めたナギア。
廻りの冒険者から「あのナギアが泣いているぞ」とか「死霊狩りが泣いている?」とか「それほどの男なのか」などと聞こえてきたが気にしないナギアだった。無事だったので、落ち着いたのかミツヒから離れる。涙目のナギアに、ちょっと照れているミツヒ。
「すみません、ナギア。僕にも色々と事情が」
ミツヒの呑気な調子に、少し怒った表情になるナギア。
「もう一度言います。私に相談も無し。ですか? ミツヒ」
「ナギアも依頼かな。と思い、僕も急いでいたので。ごめんなさい」
冷静さを取り戻したナギア。
「わかりました。ミツヒが無事なら心配が無くなりました。では、ミツヒ。仕切り直して、ダンジョンに行きましょう。私が守ります」
「いえ、終わりました」
「だから、行きましょう。私がミツヒを……え? 今なんて。終わり?」
手を頭の後ろに当て、照れ笑いしながらミツヒは、恥ずかしそうに答える。
「なんだか……踏破しちゃったみたいです」
周囲でそのやり取りを見ていた冒険者の歓声が沸き上がる。
「やっぱりだぁ! ダンジョンを踏破したやつがいるぞぉー!」
「「「 ウォォーーーッ! 」」」
ダンジョン入口の横には3つの転移の穴がある。手前から10階層、次に20階層、最後の奥が踏破した時に、中からだけ開かれる扉付の穴。
これからダンジョンに入る冒険者が並んで順番を待っている時、扉が開かれ、そこからミツヒが現れたのを、その全員が見ていたので騒ぎになっていた。ナギアも驚いている。
「ミツヒ、凄いですよ。でも、どうやって」
「それはまた後にしてください。それとナギアに貰った腕輪が粉々になって、何処かに行っちゃいました。すみません」
それを聞いてまたナギアは、さらに驚いた。身代わりの腕輪が無くなった。と言う事は、確実に1度は即死級の攻撃を受けた。と言う事だ。それでもこうやって戻って来れた事に、なんだかミツヒが頼もしく思え、さらに惚れてしまったナギアだった。
ギルドに入ったミツヒとナギアは、登録しに受付の順番に並ぼうとしたら、「どうぞどうぞ」と通してもらい、ナギアは登録の解除。ミツヒも帰着の登録をしようとしたら受付嬢が先に発表する。
「ミツヒさん、ダンジョン踏破、おめでとうございます。前回のナギアさんに続いての踏破です」
「あ、ありがとうございます。でも、僕、ズルしているかもしれません」
「ダンジョンにズルは出来ません。それは誰もが知っている事です。一応確認させてもらいます。最深部もしくは26階層以上の魔物の魔石を出してください」
焦った表情になるミツヒに、ナギアも、まさか倒して出て来るとは思っていなかった。しかし、その逆でミツヒがナギアに小声で話す。
「ナギアさん、マジックバッグに入れたままです。どうしたら」
驚いたナギア。すぐに冷静さを取り戻すと受付嬢に、手を口に当て、小声で話をして、カウンターの裏に回ってしゃがみ込み、マジックバッグから魔石を取り出すとカウンターに乗せた。その魔石を受付嬢が確認する。
「まさしく、この魔石は29階層のエルダーリッチと最深部のヒュドラの魔石です。確定しました。おめでとうございます」
見つめられる廻りの眼に、挙動不審になりながらもミツヒは礼を言う。
「あ、ありがとうございます」
ダンジョンを踏破し、一躍有名になってしまったミツヒだった。その後ダンジョン踏破の褒賞や剣と鎧をもらってギルドを出た。ミツヒがナギアに、
「ナギア、僕は急ぐので先に帰ります」
ミツヒの言葉に、少し怒った口調になるナギア。
「何を言っているのですか? 私はミツヒの事を思ってここまで来たのです。事が終わったのであれば、私も一緒に帰ります。さあ行きますよ、ミツヒ」
ナギアに連れられ、調達した2人乗りの馬車を馬に着け、2人で馬車に乗り込みゾルガンの町を出発し、一路、レ・ヴィクナムの町に向かった。途中ミツヒは、呪いを解く話からダンジョンでの出来事や攻略方法を、事細かくナギアに話した。
ナギアは話の途中で、ミツヒの苦労に一度涙ぐんでいたが、ずっと、驚きっぱなしだった。しかし、ナギアも少し怒っていている。
「ミツヒ、これからは私にも相談してください。頼ってもらわないと、依頼も受けたくなくなります」
「すみません、ナギア。今後は相談します」
「約束ですよ、ミツヒ」
「は、はい」
ミツヒの謝罪で機嫌も良くなったナギアは、道中、楽しくミツヒと談笑をして、夕方にはレ・ヴィクナムに到着した。
家に到着したミツヒ。
「僕は、急を要するのでこれで失礼します」
「何を言っているのですか? ここまで来たら、最後まで私も行きます。それに、薬草を作るのも見学したいです。」
「わかりました、一緒に行きましょう」
工房に入るとナギアは椅子に座り静かに見ている。ミツヒは、すぐにテーブルにブレコス草を並べる。
「単体鑑定! 高純度!」
しかし、ブレコス草は、全てが高純度だった。数十本のブレコス草を、皿に盛り上げて入れ、両手のひらを前に出す。
「精製」
ブレコス草から濁った液体が抽出されると抜き取ったブレコス草を取り除き、濁った液体に、
「生成」
濁った液体が凝縮されると、もう一度。
「生成」
凝縮された液体が、赤紫色の液体に変わって完成し、小瓶に移し入れる。それを数回繰り返し、全てのブレコス草を使って8本のポーションが出来上がる。
ナギアはミツヒの作業に、ただただ、ウットリと眺めているだけだった。出来上がったポーションを持って、さっそく施設に行く為外に出ると、もう暗くなっている。一刻も早く届けようと、約束通りナギアも同行し施設に行く。
まだ明かりが灯っていたので中に入り、施設長に話をして部屋に入る。ベッドで横たわるモンカロとニグーナは体中の斑点が大きく広がり、苦しそうにうなされていた。
ミツヒはモンカロを抱き上げ、赤紫色のポーションを飲ませる。ニグーナにはナギアが手伝ってくれている。飲ませると、ゆっくりと丁寧に元に戻し、また寝かせる。2人の様子を見ている。
徐々に斑点が薄くなり、整った呼吸で寝息を立て始め、完全に斑点が消えて行くのを確認する。安心したミツヒ。
「これで大丈夫です。明日には目が覚めて、数日中に元気になります」
施設長も泣きながら感謝をしてきたが、気にしないで、と施設を後にした。
綺麗な星空の中、月明かりに照らされた帰り道で、ナギアは、両手を後ろに組んで隣を歩いている。
「ミツヒは偉いですね。人の為にしてあげる優しさが、私にも伝わってきました」
「当たり前の事をしているだけです。僕も、あの施設で育ててもらいましたから、恩返しです」
夜空を見上げるナギア。素直な気持ちが湧きあがる。
「私、ミツヒが好きになって正解でした。これからも大好きです」
「今、さりげなく、まだ言ってはいけない事を言いましたね、ナギア」
「ウフフ。私も正直に生きていますから。ミツヒ、これで進歩出来ました」
ミツヒが立ち止まり、ナギアに向かってお礼を言い、頭を下げる。
「でも、今日は本当に助かりました。ナギアのお陰で、馬車で帰ってこられて、早く子供たちに、ポーションを飲ませる事が出来て。ありがとうございます」
「いいえ、ミツヒが凄いです。ダンジョン攻略や呪い解除、全く違うやり方でやり遂げたのですから、尊敬します」
「恥ずかしいから止めましょう。じゃ、ナギア。僕はここで」
「はい、お疲れ様でした。気を付けて」
こうして呪い解除も上手くいって、ダンジョンも踏破した形で終わり、夜も更けて行った。また一歩前進したナギアだった。
しかし、これが事の始まりでもあったが、まだ知る由も無い。