第11話 贈り物と呪い
ミツヒが、ギルドにポーションの補充に来た時、ギルドマスターのカルバンに呼ばれ、部屋に入る。ソファに座ったミツヒに、奥の書棚で、本を片手に立ったまま話しかける。
「最近は、以前よりナギアと仲良くしているみたいだな」
「ええ、はい。ナギアさんは優しいですから」
「で、ミツヒの気持ちはどう変わったか? 身分とかは、抜き。でだ」
「まだ、決めかねてます。本当に僕なんかでいいのでしょうか」
書棚に本を戻し、移動して、正面に向き合いソファに座る。
「ナギアが、初めてミツヒを好きになったんだ。心配ないさ。そしてな、今ナギアは王都に行っている」
「ナギアさんが王都ガナリックに? 依頼ですか?」
「いや、300周年記念の大会に出場している」
「え? それって、掲示板に貼ってあった大会ですか?」
「そうだ、優勝賞品がマジックバッグだ。何でだか分かるか?」
「も、もしかして僕の為にですか?」
カルバンは、前かがみで両肘を両ひざに乗せ、両手を握り口元に寄せて話す。
「そうだ、そのもしかしてだ。ミツヒの為に、マジックバッグを手に入れようと、ナギアの嫌いな大会に出ている。孤児だとかそういう事は関係ないんだよ。わかってやってくれ、それだけミツヒを大切に思っているんだ」
「ナギアさんが、そこまでして……カルバンさん、僕はどうしたらいいのでしょうか」
「とりあえずは、ナギアの行為に甘えればいい。もし、もしナギアが優勝して、賞品のマジックバックを持って来て、プレゼントされたら拒否せず、喜んでもらってくれ。そのくらいしてほしい。ミツヒの為に、とナギアなりの考えで頑張っても、せっかくの行為がミツヒに拒否されると、ナギアも、とても辛いし悲しいと思うよ」
カルバンの話を、親身に聞いているミツヒは頷く。
「わかりました、カルバンさん。ナギアさんの気持ちになって考えてみます」
「よろしく頼むよ、ナギアにはミツヒの事しか見えていないからな。それと、この事は内密だ。ナギアが知ったら、それこそ大変だからな」
翌日、ミツヒは工房で、先日採取したスタリカ草の生成を全て終えて、次に高純度のスタリカ草を取り出し、体力回復のポーションを作っている。皿に入れた高純度のスタリカ草に、両手のひらを前に出す。
「精製」
スタリカ草から純度の高い透明な液体が抽出され、スタリカ草を取り除く。
「生成」
液体が凝縮されて、綺麗な緑色になったら完成。次に、高純度のマジリカ草と、高純度のスタリカ草を混ぜて皿に入れ 「精製」 では無く 「生成」 をしてスリ潰し、もう一度 「生成」をすると、桃色の軟膏状の塗り薬が出来上がった。すると外から、ナギアの声がする。
「こんにちはー、ミツヒさんいますかー」
「あ、ナギアさんだ。もう王都から帰って来たんだ」
ミツヒが工房から顔を出すと、笑顔のナギアが、いつものように手を振って立っている。
「こんにちは、ミツヒさん。ちょっといいですか?」
「あ、はい、なんでしょうか」
ナギアは、自分のマジックバッグから、小さな魔石で散りばめられた、綺麗な腕輪を取り出す。
「はい、ミツヒさんにプレゼントです。どうぞ貰ってください」
「こ、これって、マジックバッグの腕輪ですか?」
「はい、ミツヒさんに使ってほしくて、貰ってきました。ウフフ」
「本当にいいんですか? お金では買えないものですけど」
「是非どうぞ」
「ありがとうございます、ナギアさんのお言葉に甘えて、遠慮なくいただきます」
嬉しそうに腕輪を眺めるミツヒに、ナギアも一緒になって嬉しくなる。
「では、使い方を教えますね。でもその前に、マジックバックは人前では見せてはいけませんよ。ミツヒさんの安全の為です」
そして、マジックバックの使い方を、一通り教えてもらう。腕輪が出ると空間が出て、腕輪が消えると一緒にマジックバッグも消える。ミツヒは何度も練習して、一段落したら、ミツヒが工房から何かを持って来る。
「僕はナギアさんみたいに、凄い物は贈れませんが、今、僕に出来る精一杯の物です。これを受け取ってください」
ミツヒの手には、いつも違う、綺麗な輝きをしたクリスタルの小瓶に詰めた、深紅のポーションと綺麗な緑色のポーション、それに平たい小瓶に桃色の塗り薬があった。ナギアはそれを受け取ると、じっくり眺めながら話す。
「ミツヒさん、綺麗な色のポーションと塗り薬ですね。それに瓶も綺麗ですし、私は初めて見ます」
「こんなに良くしてもらっているナギアさんだから教えますが、深紅のポーションは、魔力が枯渇していても完全回復します。緑のポーションは、体力の完全回復。桃色の塗り薬は、深い傷でもすぐ完治します。ナギアさんには必要ないかもしれませんが、もし必要なときがあったら使ってください」
驚いたナギアは、ポーションを眺めてすぐ、ポーションを手の中に閉じる仕草で胸に当て、感動しながら笑顔でミツヒを見つめる。
「ミツヒさん、凄いです。完全回復って、これは凄いポーションですよ。ありがとうございます、大切に部屋に飾っておきます」
「か、飾らないでください、持っていて、いざって時に使ってください」
「ダメです。勿体ないです。ミツヒさんから頂いた、それも希少なポーションですから」
決心した顔のナギアに、困った顔になったミツヒは少し考える。
「わかりました。そのポーションとは別にもう1組贈ります。それを家に置いてください」
満面の笑顔になったナギア。
「もう一組いただけるのですか? 嬉しいです、ミツヒさん、大切にします」
「僕にはこれくらいしか出来ませんから。それとこのポーションは秘密にしてください」
「勿論です。私とミツヒさんの秘密です。ウフフ」
「それと、ナギアさんは僕より2歳年上なんですから、もう、呼び捨てにしてください」
「えぇ? 呼び捨てですか?……では、ミツヒさんも私の事を呼び捨てにしてください」
「ナギアさんを? 出来る訳ないじゃないですか」
悲しい顔をするナギアが下を向く。
「じゃ、私もダメです。ミツヒさんと一緒じゃないと嫌です」
少し考え、カルバンの言葉を思い出し、両手を軽く上げ降参した素振りのミツヒ。
「わかりました。ナギアさんがいいのであれば、呼び捨てにします」
パァッ、と明るくなるナギア。
「はい、お願いします。あ、ついでに敬語もやめてください。友達なんですから」
「無理です、それは絶対ムリです。あ、いえ、考えておきますけど、まだ無理です」
「では、私も一緒ですから、その時まで待っていますね」
「はい……ナ、ナギア」
「はい、ミツヒ。ウフフ」
照れながらも、笑い、また一歩前進したナギアだった。最後にミツヒは真面目な顔で話す。
「ナ、ナギア。僕はあなたを裏切りませんから、これからは、依頼や討伐に行く事を約束していただきたいです」
「はい、ミツヒ。正直、少し不安ですけど、ミツヒがそう言うのであれば行って来ます」
「お願いします、ナ、ナギア」
ミツヒに促されたナギアは、依頼を見に行く、と手を振って笑顔でギルドに向かった。
ナギアを見送った後、さっそくミツヒは、腰袋や背負い袋に入れていた。薬草採取に必要な道具や袋を、マジックバッグに入れていると感慨深くなってくる。
「便利だな、マジックバッグ。こんな希少な物を僕の為に? 僕の何処がいいんだろ。ナギアさんに見合う男じゃないけど。でも、僕なりに頑張ります、ありがとうございます、ナギアさん」
その後、時間もあるので施設に差し入れを持って行こうと、食料などを購入して荷車を曳いている。施設に着くと、いつもの子供たちが出てこない。周囲にも遊んでいる子供がいない。ミツヒは、施設の入口に入って覗きこむように中を見回す。
「こんにちはー。おばさーん。いないのー?」
聞こえたのか、奥から施設長のおばさんが、神妙な表情で出て来てくる。
「ああ、ミツヒ。ごめんね、気が付かなくて」
「どうしたの? いつも元気な子供達も出てこないから」
「ああ、それなんだけどね、2人の子供に困ったことが起きてね」
どうしたのか聞いてみると、子供達が畑を耕していたら、魔石のような物が出て来た。遊び半分で割ってみようと、持っていた鍬をその魔石のような物に振りかぶって割ったら、黒い煙が出て来てみんな逃げたが、2人の子供が巻き込まれた。その直後、魔石のような物は消えて無くなっていた。
話を聞いたミツヒは、その子供の部屋まで案内され入ると、ベッドに横たわり額に汗をかき、うなされている2人がいた。ベッドの横まで来たミツヒは、その子供を見る。
「モンカロとニグーナじゃないか。顔に黒い斑点が……こ、こんな姿になって」
モンカロは青髪の8歳の活発な男の子。ニグーナは緑髪の6歳の可愛い女の子。施設長のおばさんは半分あきらめた表情になっている。
「教会の人に見て貰ったら、2人が被った煙で、呪い、に掛かったらしいんだけど。治すのには高額なうえ、王国の魔道士様しか治せないのよ。それに、魔道士様が王国を離れて、この町まで来てくる事も出来ないし。もう手の施しようが無いのよ」
話を聞いてミツヒは、一度部屋を出て、マジックバックから、中位の体力回復のポーションを取り出し、部屋に戻るとそのポーションを、子供なので半分づつを飲ませた。呪いは治らないが、体力が回復したので少し楽になったのか、寝息が聞こえてきた。
効き目があったので少し安心したミツヒは、数本のポーションを施設長に渡す。
「1日1回、モンカロとニグーナに、この体力回復のポーションを、半分づつ飲ませてあげてください。しばらく体力は持つでしょう」
「でも、それではこの子達は治らないでしょう?」
「僕に考えがあります。1週間から10日ぐらいのうちにまた来ます。その間、2人をよろしくお願いしますね」
「え、ええ、勿論よ。ミツヒ、無理しないで。こうなってしまっては、仕方が無い事だから」
「なんとか……してみます」
施設を後にして、急いで家に帰ると、工房の棚の奥を手でまさぐり、何かを探しているミツヒ。目当ての物が見つかったのか、引っ張り出す。
「フゥ、あったあった。捨てないで良かったよ」
取り出したのは、1枚の紙。それは先日、ゾルガンの町とそのダンジョンに入る為に、カルバンに作ってもらった特別依頼書。貧乏性なミツヒは、捨てずに仕舞っておいたのだ。
「まだ使えるよな。期限も完了も書いていないし」
ミツヒは、ダンジョンに向う準備を始める。
「この問題は、ナギアさんには頼めないな。やっぱり1人で行くしかないか」
ミツヒ曰く、ゾルガンの町のダンジョンにいる魔物、エルダーリッチが生息している場所に、呪いを解く薬草の、ブレコス草が群生している。その薬草を生成すれば、呪いを解くポーションが出来る。
ミツヒは、魔力と体力回復のポーションを出し、高純度の魔物の嫌うポーションと高純度の傷の塗り薬、そして、魔物に見えない塗り薬をマジックバッグに入れ、町に出て食料や必要な物を買い込み、家に帰ってからマジックバッグに入れる。準備が整うと、皮の鎧とアイアンソードを装備して腰袋を下げ、家を出て門まで歩いて行きながら考える。
「いつもは薬草採取だから簡単に出られたけど、ゾルガンの町まで行くには、これしか考え付かないし……やるだけやってみるか」
レ・ヴィクナムの町の門に着き、検問所の門番に、特別証明書を見せる。門番は少し考え込んでいる。
ミツヒは平常心を装っている。
(やばいかな、バレたらどうしよう)
門番は、証明書とミツヒを交互に見る。
「ゾルガンか。以前、同じ依頼でナギア殿と同行した町だな」
「はい、まだやり残したことがあったので、今回は単独行動です」
「そうか、通っていいぞ。気を付けてな」
証明書を返してもらい、門を通り抜けて離れたところで、緊張が解け楽になる。
「フゥー、危なかったな。でも、これでゾルガンの町にも入れる。先を急がないと」
ミツヒは、辺りが暗くなっているが、星明りで照らされた街道を、早歩きでゾルガンの町に向かった。