第10話 大会出場
ギルドの掲示板に、新しく張られている1枚の紙。冒険者達がその周りを取り囲んで見ている。
その内容は、
≪開国300周年記念≫
力自慢大会の開催
競技内容 腕相撲
出場資格 自信がある者
優勝賞品 マジックバッグ
2位賞品 マジックワレット
3位賞品 オリハルコンソード
主催 王都ガナリック
協賛 武器防具商会 領主協会
冒険者たちが、ざわついて思い思いに話す。
「どうする? 出るか?」
「俺達じゃ、無理だろう」
「お前、力には自信があるよな、出たらどうだ?」
「開催が王都だぞ。様々な猛者が集まるから無理に決まっているよ」
「賞品も凄いな。2位3位も凄いけど、優勝商品が、マジックバックだぞ」
「誰もが欲しがる賞品だよ。それだけに強者の厳しい争いになるって事だ」
言いたい放題騒いでいたが、無理だと知り、一人二人と散って行く。そして、掲示板の前には誰もいなくなった。
午後、ギルドにミツヒが、両手でポーションの入っている箱を抱えて入って来て、受付嬢のルビに挨拶する。
「こんにちは、ポーションの補充です」
横の棚に瓶を、子気味のいい音をたてて補充して行く。作業も終わり、ルビに確認してもらって出て行こうとしたら、ふと掲示板に目が行き立ち止まる。
「力自慢か、凄く強い人が沢山出場するんだろうな。へぇ、優勝賞品はマジックバッグかぁ、いいなあ。ナギアさんも重宝しているみたいだし。あれがあれば、薬草採取の時なんか荷物の煩わしさが無くなるし。さすが王都ガナリック、誰もが欲しい賞品だね。僕も欲しいけど無理だな、ハハハ」
笑いながらギルドを出て行った。
それから遡る事数分。ナギアがギルドに入ろうとするとミツヒを見つけ、声を掛けようとしたら掲示板を見ている。もしかしたら一緒に出来る依頼でも? と様子を見て、入口の脇へ隠れ見ていた。すると、ミツヒの独り言が聞こえ、ナギアは考えた。
ミツヒが出て行っても声は掛けず、黙って見送って中に入り、掲示板を見るナギア。
「これがミツヒの言っていた優勝賞品か」
少し考え込んでいたが、受付に座って、目を閉じているルビに質問する。
「あの掲示板の参加表明はどうするんだ?」
「はい、こちらの書面に参加希望を書いていただければ、ギルドから王都ガナリックの担当者に送ります」
「では、私の名前も書いといてくれ」
「はい、出場希望――――っと、完了しました。手配しておきます」
それを聞いていた、ギルド内に残っていた冒険者達から「ナギアが出るのか?」とか「珍しいな毛嫌いしているのに」とか「もしかしたらナギアが勝つ?」などと言っていたが、気にしていないナギアが、いつものテーブル席に座る。
ちょっとした騒ぎにカルバンが、またナギアか? と部屋から顔を出し、ナギアを見つけると、やはりな、とナギアの座っているテーブルに歩み寄って行く。受付を通る時、ルビからナギアの参加表明を聞いていた。
「ナギアが力自慢に出るんだって? 大会は嫌いだ、と言っていたが珍しいな。どういう風の吹き回しだ?」
「ああ、あまり好きではないが、ちょっとな」
「優勝賞品か? それとも3位のオリハルコンか? でも、ナギアには必要ないだろ」
「いいじゃないか、私の好きなようにさせてくれ」
何かを察知したカルバンは、小声で、
「ミツヒだな」
ほんの一瞬、かすかな動揺を見せたナギアにカルバンが確信する。
「やはりな。ミツヒにプレゼントか。フーン、それはマジックバックだろ」
ナギアは、下から見上げながらカルバンを睨む。
「カルバン、お前。結構、嫌な奴なのか?」
「図星か、いいんじゃないか? ミツヒの為に頑張れよ。俺の聞いた話だと、やたら強いのが出て来るらしいぞ」
「やるだけやってみるよ、ダメだったら、それはそれで仕方がない事だしな」
「ミツヒと、3日は会えないぞ。いいのか?」
「それを言うな、カルバン。私も考えたんだ。だが今回だけは仕方がない。と諦めた」
「そんなにミツヒが好きなんだな、全く。ナギアにそこまでさせるとは。羨ましいよ」
数日後、ナギアは馬を調達し、1人馬を走らせ王都ガナリックに行くと、そのまま闘技場である開催場所に向かった。
王都ガナリックは、城塞都市のように、石で出来た高い塀で囲まれ、東西南北に、馬車が4台は、すれ違えるくらいの入口があり、街道も検問所も大きい。入口から中心に向かって真っすぐ街道が進むとその中心に、王都ガナリックの王城が建っている。そこから放射状に街並みが形成され、約30万人が住んでいる都市。
ナギアは受付をすまし、出場選手控室で目を閉じ、腕を組み、脚も組んで座っていると、男が声を掛けてきた。
「おい! ナギア! お前も出るのか」
眼を開けその男を睨み上げる。
「だれだ? お前」
「はぁ? 俺様を忘れただと? レ・ヴィクナムの町のギルドでコケにしやがって」
「フン、あの大男か。忘れていたのに思い出してしまったよ。具合が悪くなる」
「キサマー、吠え面かくなよ! お前と当たったら痛い目に合わせてやるからな!」
厳つい歩き方で離れて行く大男。ナギアは、また元の姿勢で目を閉じる。しばらくして予選が始まった。
闘技場では、一度に何組もの試合が出来るように、各選手が散らばって競技をしている。出場者は数百人いるが、敗者はすぐに退場して行き、勝ち残った選手が絞り込まれていく。
ナギアは、と言うと、王都の主催だが、担当者も関係者も、ナギアの強さは知っているので、シード選手扱いになった。最終的に7人が勝ち残り、そこにナギアが加わって8人となった。
抽選で対戦相手が決まった。
第1試合 ガルダ 対 グエン
第2試合 ドルガーダ 対 ナギア
第3試合 ランドニック対 ラベルト
第4試合 ニガガン 対 ラドレモフ
休憩後、第1試合から始まる。
ちなみに、ナギアがギルドで投げ飛ばした大男は、予選落ちになっていたがナギアはもう忘れている。選手控室で、ナギアがラベルトと再会し、ラベルトが寄ってくる。
「よお、ナギア、珍しいな。大会嫌いなお前と、こんなところで会うなんてな。どうした?」
「ああ、久しぶりだな、ラベルト。訳ありなんだ、気にしないでくれ」
「ははーん、あの、ミツヒ、とかいう男が関係しているな」
「ど、どうでもいいじゃないか。変な詮索はするなよ、ラベルト。それに、お前はシードをとらなかったのか?」」
「ああそうだ、ナギアと違って下から勝ち抜いて来たよ。せっかくだし、楽しまないとな」
「ラベルトらしいな」
「ハハハ、お互いに頑張ろう。ちなみに俺は、オリハルコン狙いだ。多分、ナギアはマジックバックだろ? 俺が優勝してナギアが3位だったら交換してやるよ」
「フン、よく言うよ。まだ私に勝てないだろ。ラベルトは3位で喜んでいるんだな」
その会話に入り込んでくる大男。
「好き勝手な事言ってんじゃねえよ。ナギアは俺様が潰してやるからな」
振り向いたナギアとラベルト。あきれた表情でナギアが睨む。
「誰だ? お前」
すかさずラベルトが教えてくれる。
「ナギアと当たる、対戦相手のドルガー? ドレガード? だっけ?」
大男が、顔を赤くして怒りだした。
「ドルガーダだ! ふざけやがって、覚えてろ!」
言い切っただけで、大股で音をたてながら離れて行った。
そして第1試合。4組は並べられてある各台で、順番を待っている。
身長2mを越えるスキンヘッドで、体の大きいのガルダ、対するは青髪で身長2mの細身だが筋肉質のグエン。活発そうな女性のアナウンスも好調だ。
「お待たせしましたぁー! 予選を勝ち上がった力自慢の選手達が揃いましたぁ! 始まりました! 力自慢腕相撲、第1試合! ルールは簡単。スキルは自分にだけであれば使ってよし! あとは力勝負のみ! まずは、怪力ガルダ対 筋金のグエン。各選手はランクSになったばかりの上位ルーキーだー! 今後が楽しみな2人のどちらが勝つかーっ!」
スタジアムの歓声の中、中央で台に肘をつき構える2人。
「レディー、ゴーッ!」
観衆の歓声が上がっている中、両者、青筋を立てて、手を組んでいる腕に力を入れている。「グァーッ」とガルダ。「グーッ」とグエン。一見ガルダが押しているように見えたが、早々とスキルを使っていたガルダに対し、耐えていたグエンが、スキルの、怪力、を使った瞬間、腕の角度が曲がり、台に手が触れ勝敗が付いた。
「勝者―っ、筋金のグエンーッ!」
「隣に移って、続いては第2試合だー! 強力のドルガーダ対 漆黒のナギアーッ! ドルガーダ選手は、ランクS、対するナギア選手はランクSSで、さらにー、今大会唯一のシード選手だーっ! 戦闘力はナギア選手が上だが、力はドルガーダ選手が上かー?」
台に構えるドルガーダとナギア。ドルガーダが息を荒くしている。
「ナギア! お前をぶっ潰してやる」
「黙れ。息が臭いよ、お前」
「なんだとーっ!」
「はーい、私語は止めてくださいねー。では、レディー、ゴーッ!」
ドルガーダが、渾身の力でナギアの腕を叩き潰そうとした。
「死ねーっ! ガァーーーッ!」
「フンッ」
「バタンッ」
「あれ? しょ、勝者、ナギアー。なんと、一瞬で勝負がつきましたー」
負けたドルガーダも、何が起こったのか? と、素っ頓狂な顔になっていたが、勝者を言い渡され歓声が上がると、さっさと台を降りるナギア。次はラベルトと、身長180センチの赤髪で引き締まった筋肉質のランドニック。
「隣に移って、続いて第3試合―。剛腕ランドニック対 鉄壁のラベルトー! ランドニック選手は最近ランクSSに昇進してきた将来有望な選手だー! 対しましてラベルト選手は、ランクSSでは有名な最強の選手だー! はたしてどちらの選手が勝ち上がるのかー。それでは、レディー、ゴーッ!」
ガッチリと腕を合わせ、両者動かない。力の差が拮抗している。
「これは凄いぞー! 両者の力が同じだー! どちらが力負けするのかぁー?」
すると、ランドニックが、
「スキル、怪腕」
すかさず、ラベルトも、
「スキル、剛腕」
力の均衡が破れ、徐々に腕の角度が曲がって行き、ランドニックの表情も苦しくなっている。最後は、力尽き腕が倒れ、勝負がついた。
「勝者―っ! ラベルトー!」
「続きまして第4試合―! 2人目の女性の選手、豪体のニガガン対 巨体のラドレモフー!」
身長2mで茶髪、体重150キロの引き締まった筋肉が、はち切れんばかりに盛り上がっている、女性のニガガン。対し、身長190センチの赤髪で、体重200キロのラドレモフ。
「それでは、レディー、ゴーッ!」
いい勝負になるかと思いきや、ニガガンの方が優勢で、ラドレモフが徐々に疲労して力負けで終了。
「勝者―、ニガガーン!」
休憩後準決勝
第1試合 グエン対ナギア
第2試合 ラベルト対ニガガン
「それでは準決勝の第1試合だーっ! 筋金のグエン対 漆黒のナギアー! それでは、レディー、ゴーッ!」
力強く握り合って、力を入れるグエン。微動だにしないナギア。
「おー、これはナギア選手が上かぁ? おーっと、グエン選手に動きがぁ」
「スキル、剛腕!」
「グッ」と力が入るグエンだったが、やはり動かないナギア、そしてグエンが、
「クソーッ、スキル、怪腕!」
腕の筋肉が膨らみ、さらに力が入るグエン。分厚い木の台が、悲鳴のように音を立てる。
「これは凄いぞー! スキルを上乗せしたグエン選手に対して保っているナギア選手―。あの細い腕には何が宿っているのかぁ? 体に似合わず、ナギア選手も怪力だぁー!」
ナギアが力を入れる。
「フンッ」
「グググッ」
粘るグエンに、さらにナギアが力を入れる。
「フンッ!」
「ガァ」
「バタンッ」
「勝者―っ! ナギア選手―! 決勝進出だぁー!」
闘技場の、熱狂に包まれた歓声が大きくなり、さらに盛り上がった。
「続きまして第2試合だーっ! 鉄壁のラベルト対 豪体のニガガーンッ! レディー、ゴーッ!」
手と手を組み、渾身の力を入れるニガガン。健闘しているように耐えて見えるが、それを遠巻きにナギアが見ていた。徐々に押されるラベルト――ナギアから見れば簡単に見破れる、ワザとらしいラベルト。
「ぐあぁ、強い! クソーッ。ダァーッ」
「パタン」
「勝者、ニガガンーッ! さすがニガガン選手も怪力だぁー!」
休憩後決勝
「お待たせしましたぁー! ついに決勝だぁー!」
待っていた観客の歓声が、盛り上がりを見せる。
「決勝―っ! 漆黒のナギア対 豪体ニガガンーッ! なんと女性選手2人の決勝だぁ! これは珍しい事だぁーっ!」
両者、右手を組み左手で台を掴むと、ニガガンは、見下しながら勝利を確信して、いやらしい笑みを浮かべる。
「いい勝負をしよう、ナギア」
「ああ」
「さぁ、準備はいいかぁーっ! レディー、ゴーッ!」
「ガンッ!」 と音が聞こえたように始まったが、動かない、両者動けない。いや、力の差が拮抗している。今までとは違い、場の空気を読んで、徐々に静まり返る闘技場内。
2人の間に、もの凄い力が発生している事は、2人の肘が着いている台が物語っている。頑丈な木の台が、悲鳴を上げ始め、その音が徐々に大きくなっていく。その光景に、アナウンサーも声が出なくなっている。
ニガガンが動いた。
「スキル! 剛腕!」
「ズグンッ」と音が聞こえたかのように、ニガガンの腕に力が入ったその瞬間、とんでもない事が起こる。悲鳴を上げていた台が、会場に響き渡る轟音と共に粉砕してしまった。2人はそのままの体制で動かない。そして2人の手が離れる。
「何と言う事だあぁーっ! 頑丈な台が粉々だぁーっ! 前代未聞だぁーっ! しばらくお待ちくださーい」
そして10人の男が、石の台を運んで来て再会した。
「それでは再試合だぁー。今度は壊れない石の台だぁ!それでは、レディー、ゴーッ」
始まるとすぐに、ニガガンが動いた。
「スキル! 剛腕!」
さっきと同じく「ズグンッ」とニガガンに力が入って腕が太くなると、ナギアが初めて押され始める。
「クッ」
「グァー」
さらにニガガンは、止めとばかり。
「スキル! 怪腕! ガァーッ」
ニガガンの腕が2倍の太さになって、力も大幅アップした。ナギアの表情が、初めて、しかめて耐える。観戦者の誰もが、決まったか。と思ったその時、ナギアが動いた。
「スキル、豪腕」
瞬きする程の一瞬だけ、ナギアの腕の太さが3倍になる。
「バタン」
キョトンとするニガガン、キョトンとするアナウンサー。静まり返る場内。そして……
「優勝者-っ! ナギアーッ! ニガガンを倒して優勝だぁー!」
歓声が、さらに湧き上がり最高潮に達したが、ナギアは、さっさと台を降りて行った。3位決定戦では、予想通りラベルトが勝った。
入賞賞品の他、王都の計らいで敢闘賞や健闘賞や特別賞なども増えて、各選手は表彰式で賞品を貰って、控室にもどった。帰る準備をしているナギアに、ラベルトが寄ってくる。
「いやー、一瞬だったけど、久しぶりにナギアの、豪腕、見せてもらったよ。腕が太くなるからって、あんなに嫌っていたのにな」
「うるさいよ、ラベルト。黙れ」
「俺もナギアもお目当ての賞品が手に入った訳だな」
「ラベルト、そういうの良くないぞ。ワザと」
「シーッ、わかったよ。今回は勘弁してくれ。さて俺も急ぐから、またゆっくりな、ナギア」
「ああ、ラベルト、またな」
マジックバックを手に入れたナギアは、王都ガナリックには宿泊せず、そのまま馬にまたがり、さっそうと走り出す。一路、レ・ヴィクナムの町に帰って行ったナギアだった。