第1話 ナギア
混雑しているギルドの中に入って来る1人の女性。身長170センチ程で艶やかな銀髪を腰まで伸ばし、今日はポニーテールにしている。そして、嘘を見極めるような切れ長で美しい黒色の瞳に色白の肌、抜群のスタイルで、動きやすい漆黒の鎧と剣をまとった美しい剣士ナギア。
ナギアが威風堂々と入って行くと、1人の身長2mを越えるガッチリした大男に行く手を遮られ、声を掛けてくる。
「お前が漆黒の剣士、ナギアか」
ナギアは、その男を冷たい眼で睨み上げながら、
「それがどうした、大男」
「お、言うねえ。気に入った。俺の女にしてやるよ。これでも俺はSランクになったんだぞ」
それを見ていた常連の冒険者達は「ああ、まただ」とか「教えてやれよ」とか「知らないのか?」などと聞こえてきたがナギアは、上から目線で言う。
「フン、だったら私に勝てれば、女にでも何にでもなってやるよ。その代り、お前が負けたら身ぐるみ全部おいて行け」
「おお上等だ。俺が女に負けるわけが、グエッ!」
話が終わる前に、大男の首に細くしなやかな腕が、素早く伸び鷲掴みにして、何処からそんな力が出るのか、豪快にその巨体を入口の外に向かって投げ飛ばすと、受け身も取れず、顔面から潰れるように地面に叩きつけられた。
鼻血を出した大男が、ナギアに振り返り睨む。
「ゴエッ、卑怯だぞ。チクショウ」
続いて外に出ていったナギアは、男を見下ろしながら片手を腰に掛けて、
「ならいいぞ、お前からかかってきな」
挑発すると、起き上がった大男は力任せにナギアの顔面に向かって拳で殴りつけた。が、ナギアは腕を曲げ手の甲で受ける。鈍い音と共に微動だにしないで、その拳を受けきった。
目を見開いて、驚いて固まっている大男。
「で? どうするんだ? 何もしないならいくぞ」
素早く正拳を腹に軽く打ち込むと、大男が前のめりに倒れ悶絶した。大男を見下して、薄笑いを浮かべナギアは言う。
「フッ、ま、今回だけはこれくらいで勘弁しておくよ。私をよく覚えときな。次は無いよ」
踵を返してギルドに入って行く。そして周囲の冒険者達を睨みつけると全員が、小動物がさらに小さくなるように、一斉に目を逸らした。その中を受付まで進むと、赤髪赤目の小奇麗な受付嬢に、1枚の紙を渡す。
「ルビ、依頼は、完了してきた。これが、証明書だ」
「はい、ナギアさん。拝見します。はい、完了しました。今日もお疲れ様でした」
彼女は、ナギア、冒険者だ。徒党を好まず、討伐以外は1人で多くの依頼を受けているSSランクで、国でも上位に入る屈指の強さを持っている。ナギアの剣技は武道大会で優勝するほどの剣士で、さらに魔法にも長けた魔法士でもある。
ギルド内から、「漆黒の剣士だ」とか「死霊狩りだ」とか「男殺しのナギア」とか聞こえてきた。それは持っている剣が、漆黒の魔剣ギーマサンカ。この剣でデーモンなどの死霊系の魔物を一刀両断できる業物だから。
ただ、この魔剣には難点がある。それは女性しか持てない。男が持つと魔剣に取り込まれて発狂して魔人化するか、生気を吸い取られ死んでしまう。
ナギアが振り返ると、帰らずテーブル席に座り、ため息をつきながら、誰かを待っているかのように入口付近を眺めている。依頼完了後はいつもの事だったので、このテーブルは誰も座らず空いている。
少しして、1人の男が、小瓶を沢山入れた箱を両手で抱え持って、瓶と瓶が小突きあう、子気味のいい音を立てながら、ギルドに入って来た。すると、その男に眼を向けたナギアの冷たい表情は、一変して何処に行ったのか、と言うくらいの優しく美しい笑顔になっている。
その男の名は、ミツヒ。ナギアより2歳年下。身長160センチ程で、ナギアと同じ銀髪で青い眼がクリッ、とした整った顔立ちだが、カッコいいと言うよりも可愛らしい大人しそうな男だ。
カウンターまで来たミツヒは受付嬢に挨拶する。
「こんにちは、ポーションの補充に来ました」
挨拶を交えて、受付の横にある棚にポーションを補充していると、満面の笑顔のナギアが、手を後ろで組みながら近寄り、斜め目線でミツヒを覗き込む。
「ミツヒさん、今日もご苦労様。ウフフ」
ミツヒも笑顔で返す。
「あ、ナギアさん、こんにちは。依頼ですか?」
「いえ、完了してきたところですよ」
「あ、それはご苦労様でした。お疲れ様です」
「ありがとうございます、ミツヒさん。ウフフ」
ミツヒは、ポーションの補充が終わり受付嬢のルビに確認して貰って、持ってきた荷物をまとめ、入口に歩いて行くと、ナギアも一緒に、手を後ろに組んだまま並んで歩いて行く。
「ねえミツヒさん。今度はいつ補充に来るのでしょうか」
「そうですね、今日の減り具合を見ると5日後ですね。それではナギアさん、失礼します」
ナギアに笑顔を見せながらギルドを出て行くミツヒに、手を胸の横辺りで小さく振りながら、優しく美しい笑顔でナギアは声を掛ける。
「お疲れ様でした、気を付けてくださいね」
と言って見送り、ギルド内に振り返ると、深い溜め息をつき、またいつもの冷たくも美しい表情に戻っていた。それを知らずに、興味本位で見ていた1人の冒険者に向かってナギアが睨む。
「なんだ? 何か言いたい事でもあるのか? 言ってみろ!」
「い、いえ、なんでもありません」
その冒険者は目を下に逸らした。ミツヒに対するナギアの行為は周囲にはもう、バレバレ、だったが、とばっちり、を受けたくないので誰も何も言わない。
ナギアは一度、テーブル席に戻って帰り支度をしていると、ギルドマスターのカルバンと言う、身長は170センチ程で浅黒く、茶色の短髪で、紺色の紳士服を来た戦士風の男が、部屋から出てきてナギアを見つけると歩み寄る。
「またミツヒを見送っているだけか、いつもは度胸があるのに、あいつにはてんでダメダメだな」
「うるさいよ、カルバン。ほっといてくれ。私にはミツヒしか見えないんだ。どう対処したものか」
「何なら俺からミツヒに言ってやろうか?」
「やめろ! やめてくれ、カルバン。時期が来たら、ちゃんと自分で言うから」
「ならいいが大丈夫か? しっかりな」
「わかったよ。ハァァ」
溜息をつくナギア。一目ぼれ、というやつだ。
(なんでだろう、初めてギルドで会った時から、ミツヒが愛しくて愛しくてたまらない。あの眼、あの髪、あの顔、あの体、そして仕草に話し方まで。全てに、キュン、としてしまう)
ミツヒも出て行ったし、ナギアも帰ろうとしたところで、カルバンにダメ押しされて座り込み、テーブルに突っ伏してしまったナギアだった。
ナギアは、ある町のいい家柄の一人娘で、過保護が嫌で家を飛び出し、剣の道に入り厳しい修行をして強くなる。天性の物もあって次々と魔法を習得し、魔法剣士となって、今では国でも有名人になっている。
一度も男を好きになった事も無く、強い男に混ざって堂々と渡り合い、自分より強い男が理想だと勝手に決めつけていた。
しかし
ナギアが初めてミツヒと出会ったのはこのギルドで、依頼の掲示板を見ているナギアがいた時に、ミツヒが入って来て、ギルドにポーションを置かせてほしいと願い出た時だった。ギルドマスターのカルバンは、丁度考えていた事だし、ミツヒの作るポーションの質も特に問題ないからいいだろう、と了承し、受付の横の棚に置くようになった。
その時に、ミツヒを見たナギアが、一目ぼれして舞い上がってしまった。当然その時は全く話など出来ずに、横目で何度も眺めているのが精一杯。
それ以来、ナギアの依頼達成後や、依頼を受ける日などは、極力ミツヒが来る日になり、そして最近。やっとの事で一歩進んで、少し話が出来るようにまでなった。
人を好きになった事も無く、全く免疫の無いナギアに、急にベタ惚れの好きな男が出来てしまった事で、今後どうなるのか。
◇
ミツヒは、ギルドでポーションの補充に慣れた頃、一度冒険者にからかわれ、ポーションを補充した後、出て行こうとしたら後ろから押され、足を掛けられ転び、手を突いて起き上がろうとしたところを踏まれたりとしたが、ミツヒには何も出来ず出て行った。
廻りの冒険者は助ける事無く、薄ら笑いで見ているだけ。その時に、からかわれている所を、丁度ナギアが見かけて、ミツヒに声を掛けようとしたが、とても悲しい顔をしたミツヒが走って出て行った。
その直後、からかっていた冒険者達をナギアが、お説教、と言う蹂躙を始め、ぼろ雑巾のようにして、美しくも鬼の形相で怒鳴る。
「キサマらっ! 今度またミツヒにこんな事して見ろ! 次は死を覚悟しろ!」
「「「ひぃ! すみませんでした」」」
「お前達だけじゃなく! 今ここにいる奴ら全員もだ! 分からない奴は今この場で前へ出ろ! 私が相手をしてやる!」
……沈黙が広がる。
その騒ぎで、受付嬢のルビがカルバンを呼んで来て事情を聞き、血走った眼で威圧を掛け、魔剣ギーマサンカに手を掛けているナギアをなだめ、他の冒険者にも注意をして、それ以来ミツヒへのちょっかいは無くなった。
また、その話は町中の冒険者に伝わり、ミツヒに何かするとナギアが出てくる。と噂になって、誰もミツヒに何かをしようと言う者もいなくなった。ただ、当の本人は呑気なもので、その事は全く知らない。
その2人が住んでいる町は、レ・ヴィクナム。町の周囲を塀で囲み、町に入る南北の入口には検問所があり、門番もいる。
その南北の入口をまっすぐに石畳の街道が繋がり、往来も多くその街道から枝分かれするように幾つもの道が広がっている。建物もレンガ造りが多く2階建てが目立つ。
商店や宿も多く、約5000人が住んでいる活気のある町。ギルドは3階建てで町を見渡せるように街道沿いの中心に立っている。
そして、この町から2人の物語は始まる。
2人の年齢の設定は、2歳の差です。
好きな年代で、思い描いて読んでください。
よろしくお願いします。