『神』
「眠ったか」
漆黒の世界。一寸先もまともに見えない暗闇の世界に、一人の少女が浮かんでいた。
少女の瞳はどこを見つめているのか、あえて言えば虚空を眺めているとでも言おうか。
「溺れて一日、彷徨って一日、山で一日………都合、三日ほど消費したところだね」
少女に名前はない。ただ、彼女の言葉を借りるとするなら、『我こそ神ぞ』。そう、神である。
「少々、時間がかかり過ぎていないかな」
巫女服に身を包んだ神は、面白くなさそうに眉間に皺を寄せた。
「君の命は時間制限つきなんだから、もう少し大胆に行動してもらわないと困るんだよね、七篠くんよ」
せっかく見つけた、我が悲願を達成するための大事な駒なのだ。こんな簡単に終わってもらっては困る。
そもそも誰でも良いわけではない。色んな制約や条件があり、それに適合した者でしかこの計画には使えないのだ。
「ああ、でもその化け物を引き入れたところは評価するよ。非力な者が他者に頼ることは悪いことじゃない。むしろ、我的には推奨だ」
単眼の少女を見つめる。
彼女は人外の者、化け物だ。であるならば、彼女もまた神の信徒だ。
「心優しき化け物に神の祝福を贈ろう。そのまませいぜい七篠くんに尽くしていい感じのところで死んでいってくれよ」
その言葉は言霊となって暗闇の中へと消えていく。それは祝福なんてものじゃない、一種の呪い。単眼の少女を縛る鎖となるだろう。
くつくつと笑う神。
「さあ、君の命の炎はちゃくちゃくと消えかかっているよ!死にたくはないだろう?我にもっとその煌めきを見せ付けてくれよ!」
少し大げさな身振りで後方を振り返る神。
そこには一人の男、黒髪で、ドロンとした眠そうな目をしていた。
「我に何か言いたいことはあるかな?七篠くん」
七篠と呼ばれた男はまっすぐと神を見つめると、おもむろに口を開く。
「眼球舐めたい」
「君は変わらないね……良いと思うよ、大事にしなよ、その感性」
鳩が豆鉄砲を食らったようなとはこういう顔を言うのだろう。
実際に神が食らったのはセクハラ、しかも特殊な性癖のセクハラだったが。
「さて、そろそろ時間だね。行ってくるといいよ、七篠くん。頑張って頑張って、是非ともその命を繋いできなよ」
七篠の姿が霧になるように消えていく。
「愛してるよぉ、七篠くん」
神が放った呪いもまた、霧に同化するように消えていった。
――――――――――――
「ゴンベちゃん、ゴンベちゃん、大丈夫?」
「ん……、あー、おはよう」
「うん、おはようだよ」
体調が悪い割りに、随分とぐっすり眠れた気がする。
と、ここで俺の頭が胴体よりも一段高いところにあることに気がつく。そして、顔のすぐ上にはおっぱい、そしてアイの顔がある。
つまるところ、俺はいまアイに膝枕をされていた。
「……重くない?」
「全然だよ?」
そう?重くないなら、まあ良いんだけど。
このままうつ伏せになって思いっきり深呼吸したらどんなに幸せだろう。
アイはどんな反応を見せてくれるだろう。
「よし、やるか」
いざ実行に移そうと頭を少し持ち上げたその時、部屋の扉が重い音を上げてゆっくりと開かれた。
「寝たぞ」
現れたのはモヒカン。
寝た、と言うのはまぐろのことか。
どうやら、ついに作戦決行の時間らしい。
「アイちゃん」
「うん、頑張ろうね、ゴンベちゃん」
俺が立ち上がると、アイもいそいそと立ち上がる。
軽くストレッチを行う俺を見て、アイもそれに倣った。
「で、結局アンタらって何人いるの?」
屈伸運動をしながらモヒカンに尋ねる。
「俺を入れて二人だ」
と言うことは、ハゲも入れて元々三人の盗賊団だったわけだ。
たった三人でこれだけのアジトを構えているのだ、個々の戦闘力がかなり高いんじゃないかと推測できる。
油断はしないようにしよう。
「よし、じゃあ行きますか」
ストレッチを終えほぐれた身体を奮い立たせる。
そして、作戦決行の最初の一歩を踏み出す。
――――愛してるよぉ――――
かみころりの声が脳の奥に響いた気がした。