盗賊戦
スキンヘッド……めんどくせえ、ハゲでいい。ハゲは腰に提げていた刃物を皮の鞘から抜きだすと、その柄を握り、こちらに切っ先を向けてくる。
随分と特殊な形状をしている。あの形には覚えがあるぞ。前の世界のテレビゲームで見たことがある。あれは確か、そう、ドラゴンキラーだ。正式にはジャマダハル。握りと鍔が平行になっいて、そこを握ることで拳の先に刀身が来るようになっている。『斬る』よりも『刺す』ことに特化した武器のはずだ。
で、あれば。対処の仕方はナイフと同じと考えて良いだろう。
俺の中の漫画知識を総動員だ。思い出せ、ケ○イチを、京四○を。
まずは相手に対して半身になること。少しでも狙える面積を少なくする。次に顎を引く。首を刺されたら終わりだからだ。あとは上半身の服を脱いで腕に巻き付けたいところだが、その一瞬視界が隠れたところを狙って刺してきかねないのでこれはパス。それから落ち着くこと。死に物狂いとは言ったが、力で負ける相手に乱痴気騒ぎを起こしても抑えつけられて終わる。俺にできる事は冷静になって相手の急所を突くことだけだ。
でもって最後に大事なのがハッタリだ。喧嘩はハッタリ七分、腕三分。相手を呑み込んだ方が勝つのだ。
「俺のこの手が真っ赤に燃える!!勝利を掴めと轟き叫ぶゥ!!」
「はぁ?何言ってんだテメェ」
「魔法拳だよ。武器に魔力を乗せて魔法の力で攻撃する技術があるのは知ってるだろう?俺はそれを拳に乗せることができる!」
「何ィ?」
かみころりがこの世界には魔法があると言っていた。この世界での魔法と言うものがどういったものなのかは分からない。二次元作品によって魔法の効力と言うのは様々だ。もしかしたらそんな技術はないのかも知れない。これは賭けだ。この賭けに勝てれば、精神面はでは俺の勝ちだ。ハゲも容易には踏み込んでこられないだろう。
「ハッタリかまんしてんじゃねーぞ。魔方陣も長ったらしい詠唱も無しに魔法が使えるわけねーだろうが」
賭けは俺の負けのようだ。
「そうだな、その通りだ。それでは俺はこの辺で。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」
「逃がすわけないだろ」
ハゲが一息で踏み込んでくる。
速い。反応が間に合わない。気付いたときにはハゲは目の前にいて、武器を握った拳を振りかぶっていた。
「う、うわああああああ――――!!」
思わず右腕を上げて顔を庇う。お陰で頭への攻撃は防げたが、代わりに、掌に深くジャマハダルがめり込んだ。
「いってぇぇぇぇぇ!!」
ハゲはそのまま俺の腹部を思いっきり蹴り飛ばす。
「おごっ!?」
勢いの儘に後方へ吹き飛ぶ。受身など取れるわけもなく、背中を強打してしまう。
痛い、そして苦しい。起き上がるにも強打した背中と蹴られた腹がズキズキと痛み、気を失おうにも刺された掌が燃えたように熱く意識は覚醒させられる。
「いってぇぇぇぇ……なぁ!この糞ボケカスハゲ!!死ね!!」
痛みを紛らわせる為に大声で叫ぶ。
実際やばい、これは洒落にならん。美人のお姉さんにやられたのならお礼も出ようもんだが、こんなハゲにやられたもんだからたまったものではない。
「ハゲマジふざけんなよ……俺が何したってんだよ……」
「あえて言うなら俺たち気の障ったってところだな、あとついでにこいつの股間の分だな」
ハゲが未だに蹲るモヒカンに向かって顎をしゃくらせる。
「オラ、おめーもいつまでも泣いてんじゃねーぞ!」
「わかっ……わかって……わかってるよ!!」
腰をトントンと叩き、生まれたての仔馬のように足を震えさせながらモヒカンも立ち上がった。
「一応、やられたらやり返すってのが俺らの流儀でな」
「糞野郎が、よくもやってくれやがったな!?てめーの金玉も潰してやるからよう!?」
モヒカンのこめかみに血管が浮いている。ピクピクと脈打つそれが若干面白いな、などと考えている場合ではない。このままでは俺の金玉が潰されてしまう。
そうなると、もう女として生きていくしかない。まずはメイクの練習をしよう、ピンク色の手鏡を買って、それから綺麗に着飾って街に出るのだ。そして渋谷辺りでアダルティックなビデオのスカウト受けてニューハーフ界のスーパーノヴァとして活躍し、いずれは芸能界にも進出、お茶の間の人気者になろう。
いやいや、違う。そうじゃない。何を考えているのだ俺は。
「ん、あれ?」
ここで俺は気付いた。
痛みが全くない。
打ち付けた背中も、蹴られた腹も、それどころか刺された掌も。痛みは全くなかった。
血で汚れた右手をよく見ると、すっかりと刺されてできた穴も塞がってしまっている。
なんだこりゃ。
「なんだこりゃ?」
俺の発言ではない。俺の金玉を潰そうと近づいてきたモヒカンの言葉だ。
「お前、さっき確実にドミニクに手を刺されてたよな?」
どうやらハゲの名前はドミニクと言うらしい。この世界に来て一番最初に知った人間の名前がハゲたおっさんなんて……。
と、今はそれどころではない。
身体の痛みが消えたことも重要だが、考えることはあとでもできる。
まずはこいつらから逃げることが最重要だ。
「もしかしてお前は人間じゃないな?」
「そう言えば、やけに黄色い肌と黒い髪をしているな……」
何やらと顔を見合わせ相談する二人。
どうやら向こうは勝手に勘違いしてくれている。それならそれを利用させてもらおう。
もう一回、ハッタリの出番だ。
「くっくっく、その通りだ。哀れと思い人間の姿で相手をしてやったが、我に怪我を負わせたとなれば本気を見せることも吝かではないぞ」
おもむろに立ち上がりながらそれらしい言葉を紡いでいく。
「我は人に外れし力を持った者。さあ、我の力を見せてやろう!かかってくるがよい!!」
相談を終えた二人がこちらに向き直る。
「そうだな、じゃあやるか。ドミニク、今度はいつも通り俺から仕掛ける合わせろ」
「おう、人外は高く売れるからな。こいつみたいな弱っちいやつがいてラッキーだぜ」
「あれ?そうきちゃう?」
詰んだ。またも詰んだ。思った以上に盗賊たちのやる気が高かった。普通、自分の得体の知れないものを見たら警戒するだろう。
いや、待てよ?もしかしてこの世界では人外なんてそう珍しいものでもないのか?ハゲがさっき言っていた、「人外は高く売れる」。これは希少性は高いが前例があると言うことに他ならない。
つまり、俺ピンチってことね。オーケー。いや何も良くはない。
「だーれかたすけてー!!」
「大人しくしろや!!」
「怪我が治るってことはいくら痛めつけてもいいってことだよな?へっへっへ、こいつは楽しみが増えたぜ」
おい、もしかしてこいつ俺の尻を狙ってないか?
男でも女でもやれるときにやっとくって世界なのか?
勘弁してくださいマジで。
「やめて!せめてイケメン!せめてイケメンに抱かれてバラは散らしたい!」
「イケメンって何だ?」
「さあな、まあ俺のことってことでいいだろう」
「ふざけんなハゲ!!崩れたじゃがいもみたいな顔して何がイケメンだコラ!!」
テンパり過ぎて自分でも何に切れいているのかがわからなくなってきた。
ガッチリと抑えられた腕は動かすこともできない。もう逃げられそうにもない。
俺の異世界生活、こんなことで終わるのか。
溺れて死に掛けて、何時間も歩いた挙句、盗賊に襲われ、犯され、売られる。売り先が決まるまでに俺の寿命が尽きるであろうことだけは幸運とも言えなくもないか。
ごめんな、母さん、父さん。あと、かみころりも。
と、全てを諦めたその時。
「え、えいっ!」
随分と可愛らしい声が聞こえたと同時に、ハゲの首から真っ赤な血が噴出した。
首の横の部分、動脈が通った辺りがパックリと割れている。刃物で斬られたようなその切断口から、噴水のように血が溢れていた。
ハゲの脈拍なのだろう、一定のリズムでビュッ…ビュッ…と勢いよく流れていく。
「ド、ドミニク!?」
噴き出る血の勢いに負けた身体が自動的に倒れこむと、その背後に一人の少女が立っているのが見えた。
全身にハゲの血を浴びてなお、ニッコリと少女は微笑む。その視線は確実に俺に向けられていた。
「お仲間さん……だよね?」
「……え?」
「さっき、言ってたよね。人に外れし――って」
「あ、ああ。そうね。言ったね」
言った。確かに言った。
しかしそれがどうしてお仲間と通じるのか。それは少女の顔を見れば一発でわかる。
顔に付いているのは、鼻と口。それから真ん中に一つ、大きな目。
少女は単眼ちゃんだった。
「お仲間さんは、助けなきゃ!……だよね?」
そう言って、単眼ちゃんは大きい目を細くしながらまたもニッコリと笑う。
「お友達♪お友達♪」
どうやら既にお友達認定されているようだ。
まあ、個人的に単眼娘は嫌いじゃないし、わざわざ否定するようなことはしない。
何より彼女は、不意打ちとは言え盗賊一人の首を斬るだけの腕力と胆力があるのだ。否定すれば何をされるかわかったものじゃない。
「あ、ありがとうお嬢さん。助かったよ」
ようやっと、搾り出すように発言する。声が掠れている。かっちょ悪ィ。
「いいんだよ!いいん……だよ?お友達だからね!お友達は助けなきゃだからね!」
きゃっきゃと笑う単眼ちゃん。正直可愛い。
長い布を半分に折り、真ん中のところに頭を通す穴を開けただけの服。それを腰のところで紐を巻きベルトにしている。大変に簡素な服だ。
跳ねるたびに、大きすぎず小さすぎない適度な膨らみが上下に揺れるのが服の横から覗けた。
たまらん。
「このクソアマァ!!よくもドミニクを殺りやがったなァァァ!!」
モヒカンが叫ぶ。
そう言えばまだこいつがいたな、
横乳の衝撃に存在を忘れかけていた。
「ぶち殺してやる!!」
単眼ちゃんの首を掴み、ハゲの持っていた物と同じような武器を鞘から抜くと、頭をめがけて振りかぶる。
「あなは黙ってて」
単眼ちゃんの声が底冷えするような冷たさに変わる。
するとどういったわけか、モヒカンの動きがピタリと止まった。
「あなたはお友達じゃないからね。お行儀よく座ってるんだよ?」
モヒカンは単眼ちゃんの首から手を離すと、言われた通りに大人しくその場に座り込んだ。
目の焦点は合っておらず、どこか虚ろに視点が彷徨っている。
「何かしたの?」
「うん!わたしが目を見て何か『お願い』するとね、みんな言うことを聞いてくれるンだよ?」
催眠術、みたいなものか?個人的主観だが、実に単眼らしい能力じゃないかと思う。
「それは、凄いな」
「わっ!お友達にほめられちゃった!嬉しいかな?嬉しいね!」
またもピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶ単眼ちゃん。揺れる横乳にばかり目が行っていたが、服がめくれて太ももが露になっているところもまたポイントが高い。
「えっと、とりあえず助けてくれてありがとう。俺の名前は七篠……は、いいか。権兵衛だ。よろしく」
俺の二次元知識に言わせると、こういう世界の場合に家名を持つことは有利に働くことはない。ので、あえて名前だけ名乗ることにする。
「えっと、えっと、わたしも自己紹介したいんだよ?……だよ?」
もじもじと、さっきとは打って変わって大人しくなる単眼ちゃん。大きな瞳がきょろきょろと所在なさげに泳いでいる。
「わたし、パパもママもいなくて……森にずっと一人で住んでて……」
あ、これ踏み込んじゃいかん話だ。
それでそれで……とぶつぶつと呟く単眼ちゃんの手を握る。
「え、え?あう……」
単眼ちゃんの顔が真っ赤に燃える。
手を握っただけでこの反応とか、何それ萌える。セクハラとかめっちゃしたい。
いや、今はそんなことはどうでもよくて。
「じゃあアイって呼ぶわ」
「アイ……?」
「俺の生まれた場所の言葉で、『目』って意味」
「目……」
「綺麗な目をしてるからさ」
偽りない本心だ。
彼女の目はとにかく澄んでいる。見つめていると吸い込まれそうな、まるで海の中を覗いているような深い深い目だ。
「う、うぅぅ」
その大きな目からぽろぽろと涙がこぼれる。
「わ、わたしね、目が気持ち悪いってパパとママに捨てられたの……」
「あ、ああ。そうなの」
いかん、トラウマを抉ってしまったか。
「それは悪いことを言ったな」
「ち、違うんだよ!」
気まずい色を浮かべる俺を見て、焦る少女。
「うれしーんだよぉ。パパとママがいなくなってから、ずっと一人で生きてきて、たまに誰かと出会っても気持ち悪がられて……。でも、綺麗って言ってくれたから……だからぁ……!」
またひんひんと泣き出す単眼ちゃん。
嬉し泣きなのか。良かった。傷ついた女性のあやし方なぞ俺が知るはずもないので。
腕でぐいっと涙を拭うと、ニッコリと笑って一言。
「わたしの名前はアイだよ!よろしくね、ゴンべちゃん!」
「うん、よろしくな、アイ」
ニッコリと笑う単眼ちゃん。いや、アイ。
やっぱり女の子は笑顔が一番可愛いね。二番目は恥辱にまみれた顔ね。
「さて、忘れるところだったけど」
問題はこれで終わったわけではない。
最大の問題である、身体の痛みや傷が塞がった事象については置いといて。先に目先の問題を解決する。
そう、すぐ傍で大人しく座っているモヒカンのことだ。
「どうすっかな」
と、言いながら目の前のアイを眺める。
なに?なに?とでも言いたそうに上目遣いで俺を見る彼女を見て、思いついた。
「そうか、催眠術を使えば……」
グッドアイディアが出てきた。
うまく行けば、金やら食料やら拠点やら、諸々が解決する。
友達になったばかりのアイを利用するわけなので少々心苦しいが、こんなチャンスは逃せない。
「アイ、頼みがあるんだ」
「何かな?」
「俺の言う通りに、あの男に催眠術をかけて欲しいんだ。『お願い』できるか」
「大丈夫だよ!任せてよ!頑張るよ!」
鼻息を荒くするアイ。
これだけ乗り気になってくれるのなら罪悪感も多少マシになる。
「じゃあ、説明するぞ――――」
題して、『盗賊のアジト乗っ取り計画~ポロリもあるよ~』だ!
少し間があいてすみませんです。