始まりは海
意識が戻ったとき、そこは水中だった。
「ゴボッ……!?」
思わず声がでるが、水の中で声が出せる訳がない。俺の異世界での第一声は泡となって海に消えていった。
意識のトンネルを抜けると、そこは不思議の国でした。ただし水中。……って、いやいや。何考えてんだあのかみころり。普通、こういう場合は森の中とか草原とか、少なくとも陸地に送り出しませんかね?
人間は水中で生活できるようには進化をしていないのだ。
かみころりめ、次に会ったらパンツ脱がして顔に被ってやる。今度は空中行ってみようか、とかみころりの声が聞こえた気がした。やめてください人間に翼はありません。
しかし文句を言っていてもどうにもならない。とりあえず水面に出よう。
泳ぎは得意とは言わないが、決して苦手ではない。健康な時代には、と枕がつくが、速度さえ気にしなければ相当長い距離を泳ぐことができた。
泳ぎ方然り、自転車の乗り方然り、身体で覚えたものは身体が覚えているものだ。何年離れていようと忘れるものではない。
「ップハ!……はぁ、はぁ、よし、大丈夫だ」
無事に水面まで上がることができた。ようやく呼吸をすることができる。俺は異世界の空気を胸いっぱいに吸い込んで、ゆっくりと吐く。そして周囲を見渡すことで、絶望的な状況に気づく。
「何も、ねえな」
ざっと見渡す限り、周りに陸地は見えない。見えるのは上空に浮かぶ真っ白な雲と爛々とした太陽だけだ。
水を舐めてみる。塩っ辛い。あ、これ海だわ。詰んだ。俺の異世界人生いま詰みました。
遠泳が出来たのは健康な時代の話、病気になって五年、碌に散歩すらしてこなかった。病院と家を行ったりきたり、たまにコンビニに買い物に出かける程度だった。そんな俺が陸地に着くか船を見つけるまで泳ぎ続けられるかと言うと、無理な話だ。無理無理かたつむりだ。
しかし、ここで諦めてしまってはせっかく異世界に来た意味がない。あがけるだけあがく、やるしかない。
俺はとりあえず泳ぎ始めた。
そして、体力が尽きて早々に溺れた。
あ、やばいやばい。何がやばいって、いま、自分が何をしているのかもよくわからない。ただ、溺れないようにと必死にもがいていることだけは確かだ。
必死で手足を動かすが、身体は沈んでいくばかりだ。段々と身体が鉛のように重くなっていく。
口からはどんどんと、ただでさえ少ない酸素が泡となって溢れ海中に消えていく。
目の前がモザイクをかけられたようにチカチカしてくる。意識がゆっくりと遠のいていく。
まさか異世界にきて早々、こんな形で死ぬなんて思ってもみなかった。悔しい。こんなことならかみころりにもっとセクハラしてくれば良かった。
あの小さい胸を撫でたかったし、尻も撫でたかったし、足も舐めたかったし、あ、鎖骨に氷乗せて溶けた水をストローで吸い……たか……った……。
―――――――――――
ゆっくりと目を開く。
太陽の眩しさが目に刺さり、思わず手のひらで影を作った。
「ここは……」
緩慢な動きで状態を起こすと、目の前に広がるのは海。そして、砂浜だ。
助かったのか?
手元の砂を握り締める。太陽の熱に焼けた砂が確かに熱く感じた。
どうやら幽霊でしたとか、そんなオチではなさそうだ。俺は助かったみたいだ。
気を失うところまでは覚えているが、勿論その後の記憶なんてとんとない。たまたま助かった、と、そう言うことなのだろうか?気を失った俺は波に流され、偶然にもこの砂浜に流れ着いた、と。
「いや、ないない。それはないわ」
溺れて沈んだものがたまたま流れ着くなんて、そんなうまい話があるわけない。魔法の世界とかじゃないんだから。
魔法の世界でした。
腑に落ちないが、実際助かったことは事実なのだ。偶然でも作為的なものでもいい、今はとにかく命のあったことを神に感謝しておこう。
「かみころり様、助けて頂きありがとうございました!今度会うことがあったら誠心誠意足を舐めさせて頂きます!」
パンパン、と拍手を二度打ち、白髪の美しいロリ神様に祈りを捧げる。
よし、気合は入った。せっかく異世界に来て、せっかく助かった命だ。無駄にはすまい。
いつまでもここに座っているわけにも行かない。俺は一刻も早く病気を治す手段、少なくとも体内の毒素を取り除く手段を探さないといけないのだ。
そのためにはまずは情報収集。今の俺では毒消し草すらわからない。
ヒトに聞くなり本で調べるなり、何かをするにしても、ここにいては何も始まらない。
「よっしゃ行くぞおおおおおお!!」
自分鼓舞するために大きな声で気合を入れ、立ち上がる。
俺の冒険が、いま、ここからようやく始まった。
毎日更新!
とはいきませんが、無理のない程度に細々と書いていきます。