廃屋
人が立ち入らない廃屋の暗く閉ざされた一室で声がした。
「俺は昨晩、庭に猫が通ったのを見たぞ。」
すると別な声が言った。
「僕は毎朝、隣の庭の木の枝に止まるスズメを見るのが好きなんです。友達同士なのか、はたまた家族なのか、色々想像するんです。」
今度はまた別な声が言う。
「私はね、隣の庭に咲いてる花を眺めるのが好きなの。名前は分からないけどとても綺麗なのよ。なんて名前の花なのかしら。」
一番初めに聞こえた声が言った。
「遠くの世界を見てみたいな。」
「どうやらそれは叶わないようですよ。」
「そうらしいな…。」
どこからか、地響きと共に重機が近づいてくる音がした。
「あら、そろそろお別れらしいわよ。」
「そうだね、さようなら。」
「さようなら。」
ショベルカーが廃屋を取り壊し始め、もう二度と声が聞こえる事はなかった…。