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閑話:ひと目会ったその日から

「よし、今日は私と蛇神斬りの感動の出会いエピソードを話してあげよう」

「ふむ」

 亜樹はぐいっと缶ビールをあおりながら話し出した。


 雛倉のご機嫌伺いに来た白妙は、なぜか御猪口で今のお供え酒を振舞われている。たぶん、雛倉が飲む口実が欲しかったんだろう。

 渓は仕事に出かけた後だし、漣はその見た目から酒はまずいと言われて麦茶を飲んでいる。


「私が可憐な女子大生生活をスタートさせてちょい経ったころだ。

 食パンくわえて、やだ遅刻遅刻ゥッ! て駅に走ってたら、突然目の前にヘンテコな紋様が現れてね」

「やはり亜樹さんは昭和ですね」

 御猪口の酒を味見をするように舐めて、白妙が茶々を入れる。

「うるさいなあ、いいじゃんやってみたかったんだから。それでなんか出会いあるかもって思っただけじゃない」

 こほんと咳払いして、じろりと白妙に目をやる。

「で、なんだこれって思った瞬間目の前が真っ暗になって、気づいたらへんな場所にいたわけよ」

「最近の流行りまで取り入れてるとはさすがです」

 亜樹は白妙を華麗にスルーし、ビールで喉を湿してさきイカを齧る。

「なんか石造りの湿っぽい部屋でさ、変に薄暗いし……壁にかかってるの松明だったんだよ? 平成に松明とか、ないわって思ったね。

 さらには、目の前に勿体ぶって石の台座に刺さった剣があってさ」

「だいたいわかりました」

「石に剣なぞ刺さるものなのか」

 白妙が神妙な顔で頷き、雛倉が不思議そうに首を傾げるのはまるっきり無視だ。亜樹は目を輝かせる漣ににっこりと笑みを向ける。

「目の前にそんなんあったら普通抜くじゃん? 引っ張るじゃん?」

「はい、わたくしも引いてみたくなると思います!」

 手を合わせてそう述べる漣の頭を、亜樹はよしよしと撫でる。

「思い切り引っ張ったらすぽーんて抜けて、後ろにひっくり返ったわけよ。

 転がって、なんかの角に頭ぶつけてたんこぶできて超痛かった。あまりの痛さに悶絶して、頭抱えてしばらく動けなかったわ」

「いや、普通触らないし抜かないし頭もぶつけないと思います」

「おぬしは意外とドジっ子なんだの」

「外野はうるさい」

 白妙の冷静な言葉と雛倉の感想に、また亜樹はじろりとふたりに目をやる。

「……全部この剣のせいだって思ったね。叩き折ろうと思ったね。

 だから、元あった台座に思いっきり叩きつけたわけよ。こんだけ思いっきりぶつけりゃ景気良く折れるんじゃないかなって」

「完全なやつあたりですか。さすがです」

「おぬしはつくづく荒御魂(あらみたま)も驚きの気性よな」

「そしたら、台座斬れたの。スパーンて。景気良く真っ二つ。で、“さすがですね!”って、手に持ってる剣がいきなり喋るから超びびった」

『違いますよ、それでこそ勇者ですって言ったんですよ!』

「蛇神斬りよ、おぬしはそれでよいのか」

『いいんです。勇者は強くなきゃいけないんですから!』

 解せぬ、という顔で雛倉が手酌で御猪口に酒を注ぐ。

「何こいつ、ってパニクってる隙に人が集まってくるしさ。なんかもう、いたいけな女子大生になにするんだって、暴れようかと思ったわ」

「亜樹さんの使う“いたいけな”という形容の意味が、どうも世間一般と違うように思えるのですが」

「そこ、今は問題じゃないから」

 ビシッと白妙を指差して、亜樹はまたさきイカを齧った。

「まあ、出てきたお兄さんがイケメンだったんで、イケメン無罪かなって暴れるのやめたけど、今考えたら暴れとくべきだったかも」


 亜樹はしみじみと頷く。

 思えば、優位に立ちたかったら出会い頭にガツンとやっておくべきだと学んだのは、あの時だった。


「そのあと、こっちの混乱に乗じて、魔法使いとか騎士とかの手下を何人か付けられて、なんかくっそ重い鎧着せられて、さっき抜いた剣持たされて、これで魔王倒してこいとか無茶振りされたわけ。

 おまけに、倒さなきゃ家に帰れないとか言われて、私超必死。超かわいそうな私。涙ちょちょぎれるでしょ。

 いくら周辺の手下を強くて使えるイケメンで固めてくれたって、無茶言っていい限度ってものがあると思わない?」

「勇者殿、苦労なさったのですね」


 じわりと涙を滲ませる漣は、なんてかわいいんだろうと亜樹はしみじみする。雛倉が来てよかったと思うのは、漣がおまけについたことだけだ。


「まあ、どう暴れても帰りたいなら魔王倒してからっていうし、なら仕方ないって5年計画立てて魔王討伐にでたわ。

 実際は3年で済んだけど」

「どうやったら5年が3年に縮まるのか、その手下という方々の苦労が偲ばれます。亜樹さんもそうとうな無茶振りをなさったんでしょう」

『勇者、超かっこよかったですよ。剣の腕は私もお手伝いしましたけど!』

 はあ、と溜息を吐く白妙とカタカタうるさく鳴る蛇神斬りに、亜樹はにやりと笑ってみせた。

「やると決めた勤勉な日本の女子大生舐めたらいけないと思うのよ。

 それにほら、私、才能に超溢れてたから、剣とか魔法とかいい感じにさくさく覚えたしね。

 あー、自分の才能怖いわー。才能あふれる自分が超怖いわー」

「その割に、帰宅後はニートをなさってましたね」

 白妙がまた酒を飲みつつ茶々を入れる。

「剣と魔法の才能がすごいんだっての! そのおかげで、魔王は私の帰還と世界平和のために斬り捨てたられたわけだし」

「魔王、哀れな」

 雛倉はふるふると嘆くように頭を振り、御猪口を空けた。


「で、世界が平和になりましたからとかいって、手下の魔法使いが送還魔法? とかいうの使ってくれたのよ。どうぞお帰りくださいって。

 つまり騙されてたわけ。

 魔王倒した時のパワーがうんぬんかんぬんなのを利用しなきゃいけないから、普通は使えないとか言ってたくせに、しれっと普通に使うわけ。

 さすがの私も気付いたね。伊達に魔法習ったわけじゃないし、これ普通に使える魔法じゃねえかって、すぐわかった。

 あれは史上最高にイラっと来たよ。

 私、城斬ってもいいんじゃないかなって、ちらっと考えたもん」

 思い出すだに腹立たしいと、ぶつくさ言いつつビールを空ける。

 漣の差し出した新しい缶をプシュッと開けて、またひと口飲む。

「だから帰る時、蛇神斬り持って帰ったらどうなるかなあって考えて、ついつい連れてきちゃったてへぺろ」

「てへぺろって……それ、連れてきたらまずい奴だったのでは」

「まことに荒御魂も真っ青の気性よな。敵に回してはいかんものよ」

 眉を顰める白妙と、頭を振る雛倉に、亜樹は、むうっと口を尖らせる。

「いやだって、蛇神斬りに一応訊いてみたら来るって言うしさ」

『言いました! 私は勇者と一心同体です!』

「来ちゃったものは仕方ないし、どうとでもなるって。それにこっちじゃ蛇神斬りは付喪神相当なんでしょ。大事に育てていこうよ」

「……はあ。育ててどうするんですか」

「いつか美少女か美少年に化けてくれたら万歳じゃない」

「あなたはロリショタなんですか」

「ちがうよ? かわいい子が好きなだけだよ? 漣ちゃんみたいな」

『勇者、私がんばりますね!』

「わたくしも勇者殿はかっこいいと思います」

 やっぱり解せないという顔の白妙の肩を雛倉が尻尾でとんとんと叩き、御猪口に酒を注いだ。


 翌朝帰宅した渓が「俺だけ除け者で宴会なんて」と恨みがましそうにぶちぶちとこぼしていたのは、また別な話だ。




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