事件14.古城と行方不明事件/後篇の2
吸血鬼はレッドデータ妖である――が。
性格も穏やかなら安心だとは言っても食料が他人の生き血である以上、食性的に何か問題が起こったりするんじゃないのか。
たとえば感染症とか、貧血とか……あれ、吸血鬼ってかみつくと伝染るんじゃなかったっけ?
そんなことを考えているうちに、あっという間に一週間が過ぎていた。報告書提出の後、何も聞こえて来ないのは問題など起きていないということなのか。
ちなみに、城の一部損壊については報告書に書いてない。あれは長年の風化やら植物の浸食やらでもろくなっていただけなので、特筆すべきトラブルなどではないのだから。
今のところ白妙さんにも何も言われていないし、問題はない。
「勇者殿、お手紙が来ているようですよ」
冬が近くなって動きの鈍くなった池の亀を眺めていたら、漣さんから声がかかった。「手紙?」と首を傾げつつ、白い封書を受け取る。私に手紙を寄越すような付き合いのある人なんていたっけか。
「――これ、どこからどう見ても結婚式の招待状だよね?」
「そのように見えますね。封にも寿とありますし」
結婚式の招待状?
いったい誰なのか。まさか中高時代の友人――と思っても、結婚式なんぞに招待される心当たりがないうえに封筒の裏には差出人の名前がない。さらに首を傾げながら、封を開けてみる。
数合わせってやつだろうか。
「え。狸と吸血鬼の結婚式?」
中の招待状にあったのは狸の四人娘と吸血鬼の、五人の名前だった。
「日本って重婚は駄目だったと思うんだけど」
漣さんが私の手元を覗き込む。
「まあ……正妻さんとお妾さんというわけでもなさそうですね」
「っていうか、めちゃくちゃスピード婚過ぎない?」
私はスマホを出して白妙さんに連絡を入れる――が、白妙さんは平然と「亜樹さん宛だったので転送しておいたんですよ」と述べた。
「いや、なんていうか、どこから突っ込んでいいのかわからないっていうか」
「別に役所に届けるわけではないですから、重婚でもなんでも好きにやればよいのではないですか」
「そんな雑でいいの? 異種婚って国際結婚より大変そうな気がするんだけど」
「寿命自体も何もかも違うのに、細かいこと気にしていたらキリがないですよ。どうせ数十年もしたら飽きるでしょうし、そのうち若気の至りに気づいて落ち着くところに落ち着きます」
「そういうものなの?」
「そういうものですね。それに、サポセンではそこまで干渉しませんから」
妖の婚姻事情ってよくわからない。
「えーと、じゃあ、私が招待受けても問題ないんだ?」
「ええ。プライベートなお付き合いに該当しますからね」
とはいえ、日取りは五日後の吉日で時間が無さ過ぎる。何を着ていったらいいのかとか、ご祝儀とかどのくらい包めばいいのかとか、妖の結婚事情がわからなすぎて困る。
あまりに困ったので、白妙さんを無理矢理同伴者に仕立て上げた。
里は山の中なので、足も確保というわけである。
「祝儀とか適当でいいんですよ。どうせ宴会でぐちゃぐちゃになるんですし」
「いやそうはいっても、こっちは人間の結婚式すら出たことないんだよ。いきなり招待されても困るって」
白妙さんもあまり役に立たなかったので、結局人間の常識に照らし合わせて義理のお付き合い程度のご祝儀を包み、ちょっといい感じのスーツを用意して、白妙さんの四駆の後部座席に雑に乗せた。
本当にこれで大丈夫なのかはわからないが、念のため“蛇神斬り”と勇者セットも持参したから、何かあってもなんとかなるだろう。
「でもなんでよりによって吸血鬼と結婚なんかするんだか」
「あの狸の一族が保証人になるということですから、こちらとしては願ったり叶ったりですね」
「そういうものなの?」
「ええ。正規の手続きを経て入ってきた妖ならともかく、今回は完全に不正規ですから。あまり気は進みませんが、西の吸血鬼の長に連絡を取って、彼の身元確認をする必要もあるんですよ」
「へえ。長なんているんだ?」
「もちろん」
西には教会の妖ハンターみたいなものがいるとかで、妖なりに同族同士で固まって相互扶助しつつ生きてるものらしい。日本のようにひっそり隠れてもおらず、いないことになっているわけでもないとかあるとかで、ソロだとすぐに狩られてしまうとかなんとか……事情が複雑なうえになかなか物騒である。
そういえば、少し前の案件で自分も教会の悪魔狩りと間違えられたんだった、と思い出した。
「不正規でも即西に送り返せとはならないものなんだね」
「ええ。送り返すほうが手間ですし」
入国管理官が聞いたら青筋立てそうな言葉である。
「もちろん、害のある妖だとわかれば亜樹さんの出番ですけどね」
「あー、はいはい。害虫駆除担当ってことか」
「害虫というより害獣ですけどね」
私は一人猟友会か。
* * *
そして、結論から言うとなんとかなってた。
「重婚とか大丈夫なの?」
「あー、婿さん結構強い種族だし、嫁多くてもなんとかなんだろってことになってな」
「はあ」
「娘らも納得してっし、婿さんも納得してっから、ま、いんじゃねえかってな」
狸は結構いい加減というかどうみても適当だった。
雛壇には、吸血鬼のイケメンを真ん中に両脇に二人ずつ並んでにこにこと笑っている。たぶん、衣装は四人それぞれの希望を取っているんだろう。白無垢からゴスロリの延長みたいなドレスから夢の国のプリンセスドレスみたいなものから……テイストも何もかも変えて
宴会もぐだぐだだった。
白妙さんはちゃっかり諸々を楽しんでいるだけだし、私もよくわからないのに宴会芸だか余興だかを請われて“蛇神斬り”で演武みたいなことをやらされたし、吸血鬼のイケメンは嫁四人抱えて写真撮られまくってたし……いや待て、吸血鬼って写真に写るんだっけ?
気になるところはいろいろあったけれど、白妙さんの言うとおり、気にしていたらキリが無いし、負けなのだと思うことにした。
引き出物は、なかなか立派な食器セットに鯛の尾頭付が入った折り詰めまであってずっしりと重く、白妙さんを引きずり込んで良かったとしみじみ思った。
話に聞く昭和の田舎の結婚式ってやつが、ここにはまだ生きているのだろう。
「――白妙さん、そういえば、四人でご飯融通してるとか言ってたけど、つまり、それってそういうことなのかな」
「ああ、あの吸血鬼は若い娘の血じゃないと受け付けないらしいですから、そういうことでしょうね」
「嫁が歳取ったらどうするんだろう」
「さあ、どうにかするんじゃないですか?」
「そこもいい加減なんだ……」
「問題さえ起こさなければいいんですよ」
若い娘に目移りしての痴話げんかに呼び出されたりしないことを、切に願う。





