事件14.古城と行方不明事件/後篇
ガシャリと音を立てて、私は立ち上がる。
座ったままでは闇を駆逐できないのだ。
「ほら、またお化けが出てきた」
何かが動いた方向を、“蛇神斬り”で薙ぐ。
ビシリと音がして亀裂の入った壁が軋み、ひび割れが広がっていく。
『――勇者!』
「お化けは駆逐しないと、世界は平和にならないからさ」
闇を光で追いやれば、潜めなくなったお化けどもは必然的に炙り出される。これは世界の真理なのだ。
「やっぱ光は勝つ! もっとだ!」
『勇者!』
「きゃあああああああ!」
私はさらに壁を切り刻む。落ちてきた瓦礫もついでに粉々にする。どうせここは廃墟だし山の中だし何の問題もない。
ドガンやらガスンやらパラパラやら重たいものから軽いものまで崩れ落ちる音が部屋中に響く。いや、部屋だけでなく、山間に響いている。
ついでに、お化けの悲鳴も響いているようだ。
「もうやめてえ! ミロク様が死んじゃう!」
「脅かしたのは謝るからあ!」
「これ以上ここを壊さないでえ!」
「ごめんなさあああああい!」
炙り出されたお化けたちがギャン泣きしながら私にすがりついた。
妙に――
『勇者、いい加減にしてください。むやみに殺さないっていう契約ですよ』
「――あ」
“蛇神斬り”がぶんぶん唸ってストップを掛けた。
私も、抱きつかれる感触が妙にしっかりとしてるなと改めて見れば、座り込んで泣いている四人の頭やらお尻やらに、ちょっとずんぐり丸い耳やら尻尾やらがポロリしていた。
「え……? だって、お化け……」
つまり、お化けは全部狸のせい?
狸が私を化かしたということなのか?
あなたの知らないワールドに狸は出てこなかったと思うんだけど。
「……そういえば、のっぺらぼうの怪談ってムジナの仕業で、ムジナって狸のことだったっけ……?」
「ごめんなさいいいい、ちゃんと謝るからあ、もうここを壊さないでえええ」
ひっくひっくとしゃくり上げる四人の中で、一番ギャルっぽい格好の子がいきなり額づいた。慌てたように他の三人までが土下座して私を伏し拝み始める。
まるで私が大魔王になったかのように。
「あたしたち、ミロク様を守りたかっただけでえ……」
「え、いや、ちょっと待って。じゃ、お化けはいなかった――でいいの?」
「そうですう……ミロク様が怖いのが来るっていうから、ちょっと脅かして追い払おうって思っただけで……動画チャンネルの真似しただけなんですう……」
「動画チャンネル……?」
たしかにあれはあなたの知らないワールドでよく見る流れだった。突然電気が消えたと思ったら人影が現れて――放置はできないからと不審に思いつつ確認しようとするとまた消えて、首を傾げたとたんにさらに恐ろしいものが不意を突いて現れる。
まさに、記憶に残るあなたの知らないワールド再現フィルムだ。
「それじゃ」
正体は狸だったのだから、お化けはいない。
ここにお化けはいない。
重要だからもう一度自分に言い聞かす。
ここにお化けはいない。
「ええと……私は、サポセンの現場担当で、里からの依頼であなたたちを探しに来たんですが――」
とにかくお化けはいないし、いたのは探していた化け狸のお嬢さん四人だった。これで問題はないはずだ。ちょっと壊しすぎた気もするけど、お化け疑惑があったんだからしかたない。
この四人は無事だったんだし、このまま里へ送り届ければ今回の仕事は完了だ。
「帰りましょうか」
――が、手を差し出す私に、四人は戸惑い顔を見合わせる。
「何か問題が?」
「問題っていうかあ……あたしたちが帰っちゃったら、ミロク様があ……」
「その、ミロク様は悪いヒトじゃなくってえ」
ミロク様? と私は首を傾げる。
「菩薩像かなんか?」
「ちがくってえ……ミロク様って報徳寺の菩薩様みたいなイケメンでえ、なんでも似合うし、ちょっとかわいいとこあってえ」
「若葉、それじゃ混乱するだけだって」
「ええと、このお城の主っていうか」
「海の向こうから連れて来られちゃって、困ってたっていうか」
口々に説明を始めるけれど、まったく要領を得ない。というか、海の向こうから連れて来られた菩薩似のイケメンと言われて、それが何か理解できる者なんて存在するんだろうか。
「海外から来た妖がここにいる、という解釈でいいのかな?」
「そうそう、それえ!」
「すっごい弱ってて、だからあたしたちでご飯融通してあげてたっていうか」
「もうちょっと元気になったら、里に連れていこうかって話してたんだけどぉ」
「あたしたちの誰をお嫁さんにするかでちょっとモメちゃってたっていうか」
四人に捲し立てられて、私は理解を止めた。
「わかった。妖保護も一応サポセンの仕事だから、そのミロクさんに合わせて」
スマホを取り出しながら私が言うと、また四人が顔を見合わせた。
「――ミロク様に手を出さないって約束してくれる?」
「え? いや、保護が仕事だし――」
“手を出す”というのは、どうやら斬るとかそういうことではないらしい、とじっと私を見る四人の顔を見返して、慌てて付け足した。
「そういう意味でも、妖は守備範囲外で手を出す気は皆無だから」
ぶんぶん頭を振る私を、四人がじっとりと見つめてくる。
「ほんと? 約束してくれる?」
「ええと……じゃあ、“蛇神斬り”に誓って! 絶対!」
『勇者は約束を守りますから大丈夫ですよ』
掲げた“蛇神斬り”のお墨付きをもらって、四人はようやく納得したようだった。「こっち来て」と私の前に立って、手招きをする。
カチ、とスイッチを入れた懐中電灯が、再び周りを照らしてくれた。
* * *
「ミロク様あ!」
「来てたの、サポセンの職員っていうヒトでえ!」
崩した部分から瓦礫を避けながら城の裏手に来ると、地下へ繋がる細い階段があった。地下室まで移築するとは、なかなかのこだわりではないか……日本でこの手の地下室って湿気と地下水で大変なことになりそうなんだけど。
狸のお嬢さんが、キャンプ用の小さなランタンを点す。
地下室は意外にちゃんと作られているのか、思ったよりも湿気はなくただひんやりと冷えた空間になっていた。
その奥、ぼんやりと照らされた部屋の片隅に、大きな石に座る人影がいる。
細身で、ちょっと黒っぽい――。
「どう見ても海外のロック系ミュージシャン?」
たしかに、派手に波打つ長く伸ばした濃いめの茶髪の、細身というより痩身のイケメンだった。ついでに、着ているのは身体にぴったりと張り付くような、あちこち無駄に鋲だのベルトだのが付いているそっち方面御用達の衣服である。
どういうジャンルかは私にもよくわからない。
目を細め、しばし呆然と私を見つめたイケメンは、いきなり目を見開いて「ヒッ」と息を呑んで後退る。
「きょ、教会の、刺客が、こんなとこまで――」
「あ、私は妖サポートセンターの職員で、教会とか関係ないんで」
「ミロク様大丈夫ですう! この人、ミロク様のこと保護してくれるってえ!」
「あたしたちもいるからあ!」
ガタガタ震えるミロク様を励まそうと、四人が走り寄った。
「でっ、でも、聖なる力が……」
「ああ、“蛇神斬り”は確かに女神の聖剣だけど、むやみに斬ったりはしない良い聖剣だし、私も優しい勇者なんで大丈夫。かみついたりもしないよ」
『はい!』
ガタガタ怯えるミロク様をなだめすかしながら、ようやっと白妙さんを呼んで四人娘ごと回収した。保護したフリーの妖に日本でのお約束を説いて聞かせるのは、白妙さんの役目だからだ。
ちなみに、「ミロク様」は、もちろん四人が付けたあだ名だった。
本人の名乗りは「ミロスラフ・カミルーク」。もともと本当にこの城の主だった吸血鬼なんだとか。この地下においてあった石櫃で寝てたら、城の備品としてここまで運ばれて来たとかなんとか――。
運ばれてる間、寝こけてたってことなのか。間抜けか。
「でもさ、吸血鬼って、やばくない?」
「彼の性格なら、おそらく問題はないかと。もし問題があれば、それこそ亜樹さんのような“聖なる力”を持つ勇者の出番ですね」
「え。そうなの?」
さすがに石櫃ごと積み込むのは無理なので、狸の里の日が入らない蔵の中にミロク様を格納して、私と白妙さんはいったん帰投することになった。
ミロク様の世話は、これまでどおり、四人娘が責任もってやるらしい。
魅了されてんじゃないのかとちょっと疑ったりもしたけれど、“蛇神斬り”曰く「変な魔法はありません」とのことだった。
純粋に、あの顔が四人の好みらしい。ちなみに、四人それぞれが着せたい服を用意してミロク様に着せ替えしてたんだとか。王子様風とか芸能人風とかお耽美風とか、そのどれもが似合う逸材なのだとめちゃくちゃ熱く語られた。
「吸血鬼自体はそれほど珍しくない種族ですが、弱点も多いうえに有名です。あちらの教会がずいぶん頑張ったお陰で、だいぶ数を減らしているようですよ」
「あー、なるほどなあ」
「そういう意味では、彼のような方法で生き残っているのは、とても珍しいと思いますね」
そらそうだ。誰も寝こけた吸血鬼が東洋まで運ばれてるとか、予想もしないだろう。
それにしても、白妙さんの言いっぷりは絶滅危惧種とかレッドデータ妖とか、そんな扱いだ。
「ま、私も吸血鬼相手なら負ける気しないかな」
「なので、何か問題を起こすようでしたら、亜樹さんのような元勇者ですとか、もしくは元聖女の職員を割り振って対処することになるでしょう」
「なるほど」
もう一話、〆る話があるんだ。
すまない。





