事件14.古城と行方不明事件/前篇
それほど高くはないのにとにかく不便な山中だった。車の往来もあまりないような林道から、さらに外れて山に入るのだから。
「道路もたいして整備されてないし、よくこんなところ住んでいられるなって感心するわ」
「そのほうが都合がいいですからね」
「妖的にはそうかもしれないけど、よくもまあこんなところにテーマパーク作ろうなんて考えたなと思ってさ」
「高度経済成長期でしたし、それを呼び水に地元興しを考えたのでしょう」
「それにしたって、せめて道路整備とかさあ」
「ないものを嘆いたところで何が変わるわけでもありませんからね」
草木に埋もれてほとんど獣道じゃないかという、かろうじて舗装されてるだけの細い道を歩きながら文句を言う私に、白妙さんはいつもの塩対応だ。
何しろ道が細すぎて白妙さんの四駆じゃ入れなかったくらいの田舎道である。想定外すぎる。
ちなみに、白妙さんの車はこの道の入り口の空き地に駐車した。山道で時折見かける謎の路駐車って、こういうことだったのか。
「ちょっと寒いくらいの気温だからいいけど、真夏だったら断固拒否だったよ。変な高さに蜘蛛の巣あるから、ひとも通らない場所なんだろうな」
こんな山中に出張っているのは、もちろん仕事だからである。
山の化け狸の依頼で……と聞いていたからある程度の辺鄙さは覚悟していたけれど、こんなガチな山中とは思わなかった。
化け狸の里はもうちょっと町に近かったのに。
「まったく来ないわけではないですよ。一応、昭和の廃墟としてそのスジの人間には有名らしいですから」
「――廃墟めぐりとかどこがいいのかって思うんだよね。ゲームみたいになんかすごいアイテムがあるわけでもないし、出てきた魔物倒してレベルアップできるわけでもないのに」
「人間の趣味というのは、たいへん多岐にわたっていますから」
白妙さんがクスクス笑う。
さすが狐。人間の趣味には大変詳しい。
* * *
今回の依頼は、化け狸の里からだ。まだ若い女の子が四人、山に入ったきり帰ってこないらしい。
それ普通に遭難とかではないのかと思ったが、遭難にしろ行方不明にしろ、人間の警察に届けるわけにもいかないのでサポセンに連絡したのだという。
「おまけにね。昭和のバブル崩壊で建築中のままぽしゃった廃城が、なんだかおかしな雰囲気になってて」
「は? 廃墟じゃなくて?」
廃城って、こんな山中にお城でもあったということか。でも、城なら文化遺産とか史跡になるものではないのか。廃城になるっておかしくないか?
「なんでも高度経済成長からのバブルで大儲けした地元の人間が、長年の夢だったとかで、地元にお城を建てて人を呼びたいとか言ってねえ」
「城建てるって……古城じゃないの? 個人の建てたなんちゃってなお城?」
「いや、紛うことなき古城ですな。本当はちゃんと完成するはずだったのに、なんやかやトラブル続きで工事期間かかりすぎて、資金も尽きちゃったんですよ」
「資金尽きちゃったって……そもそも人呼びたいなら、まずインフラ整えるのが先なんじゃないの」
「このあたり、たいした何かがあるわけでもないですからね。インフラどうこうも、まずは箱モノ作って人を集めるとこからだと思ったんだろうなあ」
依頼の大筋を語る狸のおっさんが、やれやれと肩をすくめた。
「ともかく、四人が帰らなくなるのと廃城が変な雰囲気になるのが同時期だったもんで、お城を建てられなかった小坂の爺が祟ってるんじゃないかなんて言い出す者もいる始末で」
「――祟り?」
私は思わず白妙さんを振り返る。さっきから何も口出ししてこないのは、この祟りのことを黙っていたかったからか。
「祟りにしては間が空きすぎてますよ」
白妙さんは全部承知だという顔でうさんくさく笑って、狸のおっさんに先を促す。
おっさんは、ちらりと白妙さんに目をやってから、「口さがないのはどこにでもいるもんですから」と首を振った。
「まあ、祟りなんぞを信じてる者は誰もおらんけどね、それでもあの古城になんかあるのは確実だろうと、サポセンに依頼したってわけですわ」
「はあ……」
「サポセンの前調査でもなにかしらが潜んでる気配は濃厚なんですよ。正体まではつかめていませんが、それなりに力のある妖なのは間違いないかと」
白妙さんの追加情報に、つまり荒事も想定して私の担当にしたということか、なるほど、と思う。
「古城があるのはかなり奥地ですし、近くには人家もありません。亜樹さんのやらかしを織り込んでも問題なしです」
「あ、そういう? そういうことなの?」
「直近であれこれ壊してしまうことが続いてましたから」
「……それ全部私のせいじゃないから」
たしかに蛇姫の案件でも造成地の案件でもちょっと壊しすぎたかなとは思ったけど、それ全部、前調査の見積もりが甘かったせいだし。
「さすがの亜樹さんでも山崩したりはないでしょう?」
「私のことなんだと思ってるの」
「元勇者ですよね」
白妙さんの微笑みが憎らしい。
「えーと、まとめると、化け狸のお嬢さんが四人帰って来なくて、古城に潜んでる何かが関わってて……前情報これだけって雑過ぎない?」
「それ以上は古城に潜入しないとわからないんですよ。妖の誰かが乗り込んでミイラ取りがミイラになどということは避けたいんです。この辺にはあまり力の強い妖はいませんし。
亜樹さんに期待しているのは、最低でも威力偵察任務ですね」
「私の扱いも雑だなあ……ま、とりあえずの理解としては、最悪荒事になってもいいってことなんだよね。了解」
「お嬢さんたちの安全も優先ですよ」
「そこはわかってるって。安全第一」
白妙さんが偵察するつもりはないらしい。いつもながらちゃっかりしている。
* * *
そういうわけで山中である。
少なくともここ数日は人が通った形跡はないのだと、頭の高さに張った蜘蛛の巣が示しているくらい、人の気配がない。
いつもの鎧を身につけた私が、がっしゃんがっしゃんやかましく歩いているので、動物の気配もない。
本当に化け狸のお嬢さんたちがこんな道を抜けたのかと思うけれど……別に人間に化けて歩いたわけじゃないってことか、と考え直す。
白妙さんも、今は狐の姿になっているし。
「地図では、たしかもうそろそろだったかと」
ちらほらと葉っぱの落ちた落葉樹が増えて来たから、そろそろ木々の合間から見えてくるはずだ。
鎧の音を隠せない以上、私の接近は気取られていると考えたほうがいいだろうな――なんてことを思いつつ進んでいたら、急に視界が開けて、ほとんど木々に飲み込まれかかっている石の……石の……
「古城って、マジの古城? っていうか植生と景色に建造物が合ってない気がして視界がおかしいんだけど、これが古城?」
「そうですよ。たしか欧州の辺鄙な田舎にあった状態の良い城を買い取って移築しようとしたものの、資材の運搬や日本の建築基準に合わせた強度を持たせつつの工事やらに当初の想定より工費も工期もかかりすぎたせいで建築中止になって……という建築中の古城ですから、間違いありません」
「いやだって個人が趣味で建てようとした古城っていうから、ナントカ城の本丸御殿みたいなのだと思ってたんだけど……ええ……なんでわざわざそんなことしようと思ったの……おまけにこんな山の中で工事とかハードモード過ぎるでしょ」
「西洋かぶれで地元では有名だったらしいですね」
「それにしてもさあ」
どうみても、基礎とたぶん二層くらいまでの部分はなんとか作って上部は骨組みだけで放置された、枯れた蔓草やら樹木やらに浸食されつつある西洋風の古城だった。よく見ると、骨組みは半分くらい崩れているようだ。
見るからに危険だろう。
完成したらたしかに町おこしのきっかけくらいにはなったかもしれないけれど、だったらもうちょっと町に近い場所に建てたほうが良かったのでは?
いろいろな突っ込みが脳裏に浮かんでは消える。
「ともかく――たしかに、変な気配はするんですよね」
「白妙さんも感じるんだ?」
「ですが、あまり馴染みのない気配なんですよ」
「そうなの? “蛇神斬り”は何か感じる?」
腰に下げていた“蛇神斬り”を抜いて、私は尋ねる。
『魔王の気配はありませんよ』
「そっか、なら安心して調べられるね」
魔王じゃないってことは、変な瘴気とか幽霊集合体みたいなヤバいものはいないということだ。良かった。
「ここから先は亜樹さんにお任せします」
「あれ、白妙さんは入らないんだ」
「ええ。妖狐と化け狸は本来あまり馴染まないんです。私の気配でお嬢さんたちが隠れてしまってはまずいでしょう?」
「そういうものなんだ」
たしかに、白妙さんはこれでもそれなりに強い化け狐だし、狐と狸は昔から化かし合いする間柄だ。白妙さんは残るほうがいいんだろう。
「じゃ、何かあった時だけよろしく」
「はい」
腰にぶら下げたスマホのアンテナがちゃんと立っていることを確認して、私は軽く手を振り、古城へ向かって踏み出したのだった。
 





