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閑話:はじまる前に終わっていたもの

以前、拍手御礼SSとして載せていたお話となります

 最初に彼を見かけたのは、夏の終わり。

 駅前の喫茶店だった。


 ゆったりとまとめた暗い色の長髪が似合う、彫りの深い顔立ち。

 すらりとした長身。

 ときおり眼鏡の位置を直しながら本に目を落とす姿が、とても様になっていた。

 彼からは死角になる席だったのをいいことに、雑誌を見たりスマホをいじったりするふりをしながら、ひたすら彼を眺めていた。




 次に見かけたのは、駅前のスーパーだった。


 電話であれこれと話をしながら買い物をしている姿すら、様になると思った。かっこいいって得だなと。

 軽く眉間に皺を寄せて、少々不機嫌そうな表情を浮かべて――おそらくは電話の向こうの相手の言うとおり、たくさんの品物を次々と籠に入れていく。

 だから、電話の向こうの相手は彼女か奥さんか、きっとそういう相手なんだろうと少しがっかりした。




 三回めも、駅前のスーパーだった。


 日本人形みたいな美少女とふたり連れ立って、仲良く買い物をしていた。

 妹には見えないし、けれど微妙な距離感があるし、なのに籠持ちなんかしていて――いったいどういう関係なのかと、不思議に思ったのだ。



 * * *



「で、気になってるの?」

「なんとなくっていうか……」


 最初に彼を見かけた喫茶店で、親友に彼のことを話す。

 名前も知らない、話したこともない、せいぜい近くの住人らしいとしかわからない彼のことが、どうにも目について、気になって追いかけてしまうのだ。


「あんた、面食いだもんね。イケメン大好きっていうか」

「否定しないけど、そういうのとは違うっていうかさ……あ」

「ん?」


 そこに、まるではかったかのように彼が入ってきた。

 いつものようにシンプルなシャツと綿パンで、今日は眼鏡を外している。


「何? 彼なの?」

「うん」

「でも、女連れじゃない。しかも結構な美人」


 そう、今日は女性を連れていた。

 スタイル抜群な、誰もが見惚れるような長身の美女だ。


「あれが彼女なのかな」

「でも、そんな雰囲気じゃなさそうだけど?」


 コーヒーを飲みながら、私と親友は声を落としてひそひそと話す。


 彼女かと思った美人とは、そこまで親密には見えず……むしろ、距離が縮まったかと思うと微妙に引き攣った彼が引くといった按配で、もしかしたら迫られて困っているんじゃとも邪推できるような空気すら感じられる。

 ちらちらと見やりながら気にしていると、少し奥まった席で、何か書類を挟んでの話を始めた。


「なんだろ、仕事の打ち合わせ? それともキャッチセールス?」

「セールスには見えないな。打ち合わせっぽいけど……でも、こんなところで私服でやる仕事の打ち合わせって何?」

「あ、もしかして作家とか? 編集と作家っぽくない?」


 私と親友は、勝手に想像を膨らませていく。

 たしかに、彼を見かけるのはいつも平日の早い時間だった。ふつうの会社勤めにも見えなかった。

 作家、もしくはそれに準ずるようなフリーランスと考えたほうがしっくりくる。


「いったい何者なんだろうなあ」

「気になるなら、話しかけてみればいいのに」

「ええ? でも、いきなり知らない人から声かけられたら引かない?」

「いいじゃない、逆ナンしてみれば」


 にやにやと笑う親友に顔を顰めてみせながら、確かに、気になるなら話しかけてみればいいんだなと考える。


「――ここ出たら、声かけてみようかな」

「お、やる気になったの?」

「どうせダメ元だしね」


 彼が店を出るのに合わせて、私たちも店を出る。

 会計は親友に任せて、女性と別れて少し先を歩く彼を追いかけて――。




「あ、長ちゃんいいとこにいた!」

「――勇者アキ、いいとこにとはどういう意味だ」

「いやあ、レフくんのお迎えついでにって買い物を頼まれたのはいいんだけど、レフくんてば今日は園でめっちゃ走り回ったとかでもうねむねむでさ。

 だから荷物かレフくんのどっちか持ってくれない?」

「荷物を持とう」




 やたらと親しげに彼に声を掛けたのは、快活で化粧っ気もない、ハタチ過ぎくらいの女の子だった。

 近くの保育園の制服を着た、うとうとと舟を漕ぐ金髪の子供を背負っているのは、彼女がシングルだからなのか、それとも彼と夫婦だからなのか。


 持っていた買い物袋を遠慮なく押し付けて、お互い名前で呼び合って、ずいぶんと気安いようだ。

 スーパーで見た和風美少女ともさっきの美女とも違って、彼の態度も彼女の態度も、かなり親しげで近いものだった。


「あー……こりゃもしかして本命かな?」

「そうじゃないかな」


 追いついた親友に、私は小さく溜息を吐いてみせる。

 話しかけて、言葉を交わして、お近づきになって、あわよくば――なんて考えていたことは否定しない。

 否定しないけど、話しかける前に玉砕してしまった。


「何も始まらずに終わったか……じゃあ、ちょっと早いけど飲みに行く?」

「行く」


 親友は、こんなこともあるさなんて私の肩を叩くと、「今日はがっつり付き合おう!」なんて笑った。



 * * *



「そーいや、長ちゃんてなんで安達さんをスルー気味なの? 相方でしょ?

 めっちゃ美人でスタイル抜群ばいんばいんのお姉さんなんだから、もっと仲良くすればいいのに。春の訪れだってあるかもじゃん?」

「――お前は、私が常に“看破”を掛けていることを忘れたか」

「へ?」


 かんぱ? と考えながら、じっとりとこっちを見る長ちゃんの顔を見返して……私はハッと気がついた。


「あ、あー……そういうこと」


 長ちゃんは結構酷いやつだなと思う。あっちにいる時から感じてはいたが間違いない。こいつがいいのは顔だけだ。


「お前には美しい女に見えているかもしれんが、あれは“女鬼”という妖だぞ」

「いやあ、忘れてたわ」

「今は悪いものではないとはいえ、百年も遡れば人を喰らっていたという魔物だが? それでもそんなことを言えるのか」

「ああ、まあ……でもさ、化けてるったってせっかく美人なんだよ。“看破”なきゃ見えないんだから、やらなきゃいいじゃない」


 心の底からもったいないと思う私を、長ちゃんは心の底から呆れたという顔で見返して、思い切り溜息を吐く。


「私は勇者アキのように心臓に毛が生えた無頓着とは違うのだ」

「な、ちょっと何それ! 私に失礼だろ! 気にしたって仕方ないこと気にして繊細ぶるなっての!」


 大声を出す私を振り向きもせず、長ちゃんはすたすたと先を行き、「バスに間に合わなくなるが」と返してきた。


「ほんっと長ちゃんてムカつくわー、ほんとムカつくわー……なんでよりによってこっちに来たのが長ちゃんなんだろうな。よりによって王子様の半分も可愛げのない奴が、ほんとなんで来ちゃったんだろうな」

「それこそしかたなかろう。召喚も送還も、あの四人の中では私だけに使える術式なのだからな」

「ああもう、わかってても腹立つってことだよ!」


 こいつに春が来れば、もーちょっと性格丸くなるんじゃないかと思ったのに。

 ああムカつくムカつくと考えながら、私はバスのタラップを上がった。




※長ちゃんはいつものローブ着用に目眩しのシャツ&綿パンスタイルです

※安達さんは長ちゃんにちょっかいかけるととても楽しいことに気づいています


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