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事件2.黒歴史なんて笑い話にすればいい/後篇

「おそーい!」

 ずんずんずんと棍棒を振り上げながらやってくる一つ目鬼の横をすり抜けて、私は思い切り膝裏を蹴り飛ばす。

 要するに膝カックンってヤツだ。

 効果はてきめんで、鬼はバランスを崩して派手にすっ転ぶ。

 その隙に私はいっちゃんにちょっかい出そうとする影を斬り……。

「ヤバイ。むちゃくちゃ忙しい」

 どうしようかな、と考えて、私は蛇神斬りを正眼に構えた。

「いっちゃん、痛くないようにするから、鬼片付けるまでがんばって!」

 集中したままこくりといっちゃんが頷くのを確認して、私も集中する。

 といっても、ほんのちょっとの間だけど。

「“混沌の海にたゆたう力よ、我が命を聞け。彼の者の受けし災いを全て我が身のものとせよ”」

 いっちゃんの身体が淡い光に包まれて、私はよしと頷く。

 とたんに、ぴりぴりとするような何かが吸い取られるような感覚がくるけど、この程度ならしばらくもつだろう。

「鬼に集中するよ。さっさとなんとかしよう」

『はあい、勇者(マスター)がんばってくださいね!』

「もっちろん!」

 のっそりと起き上がる鬼の前に対峙する。鬼というのは妖の中では結構上の部類に入るはずだし、強さと身体能力だけで言えばピカイチだ。なのに、その動きは精彩に欠けていて……。

「やっぱあれだね、瘴気に意識持ってかれてるっぽいね」

『勇者どうしますか?』

「うまくいくかわかんないけど、まあ、いつも通りかな」

『じゃあ、ボコって退魔ですか?』

「そう、それ」

『はあい』


 実は私にも退魔の真似事はできる。できるが、あまり得意じゃない。対象は単体に限るし、たいして強くもないのだ。

 なんせ勇者なもんで、身につけた能力は対魔王に特化したものばかり。強い単体相手ならどうとでもなるけど、広範囲やら集団が相手になると微妙というのが私の持ってる能力か。

 だから、いっちゃんみたいにこのあたり一帯のお清めみたいなことは、どう転んでも無理。できない。だから、こういう場合、ひたすら強そうなヤツから順番にボコって護衛をするのが私の仕事となる。

 今回で言えば、いっちゃんのダメージを引き受けつつ、鬼をボコってなんとか正気にするのが優先度Aの私の仕事というわけだ。


「おりゃあ!」

 そうはいっても、この鬼は今回の犠牲者なので、殺さない程度に弱らせて退魔しなきゃならない。なかなかに難しい注文だ。

 やっていいのは半殺しまで。殺しちゃだめ、絶対。

「勇者やってた時は、特に考えないでやっちゃえばよかったんだけど」

『はい』

「今はそういうわけにいかないから大変だよねえ」

『でも、勇者、今のほうが楽しそうですよ』

「そんなことないよ」

 剣の平でぱこーんと景気良く鬼の頭を叩いて、鬼パンチだの鬼スイングだのを掻い潜る。これ当たったら絶対痛いやつだと考えながら。

『あっちで斬り合ってるときの勇者、なんかすっごく殺伐としてましたもん。今はあんまりしてませんけど』

「まあ、そりゃそうだ」

 殺せ、より、殺すな、って言われるほうがいい、絶対。


 何度も何度も転ばして殴り倒して、それでも起き上がってくるのはさすが鬼か。並の魔物や妖よりもはるかにタフっていうかタフすぎる。

「あーもう、いつになったら倒れるのかな」

『もうちょっとですよきっと! だから勇者がんばって! ……あ!』

 あ?

 急に、ぱしゃんという水音と酒の香りが漂ってきた。

「終わった!」

 鬼の後ろにいっちゃんが現れて、パァンと鬼の背中を派手に叩いた。

 やった。苦手な退魔をやらずに済んだぞ。

「“天清浄 地清浄 内外清浄 六根清浄 心性清浄にして 諸々の汚穢不浄なし……”」

 いっちゃんの祝詞とともに、鬼の表情がはっきりとしてきて……。

「あ、う?」

「さすがいっちゃんの祓だ」

 やっと私もほっとした。

 ぺたんと尻餅をついてきょろきょろと辺りを見回す鬼に、私はびしりと剣を突きつける。

「いい? ここから絶対動くな。次こうなったら、命の保証できないからね? わかった?」

「亜樹さん、結界張って半日は出られないようにしたから、もう行こう」

 わけがわからないという顔で驚き頷く鬼に、わざわざ説明する時間も惜しいと私たちはすぐに歩き始める。

 やっと我に返った鬼が騒いだが、面倒だから後だ、後。


 その先も、鬼こそいないものの、次々湧き出る影を斬りながら進む。

「ここまで澱む前に呼んでくれればよかったのになあ」

 思わず愚痴る私に、いっちゃんがくすりと笑う。

「そうだけど、鎮守の祠を移してあっという間だったらしいから。それに、澱んだのも祠の場所とはちょっとズレてるし」

「え、そうなの?」

 それは気付かなかった。

「うん。地図確認したけど、やっぱり少しズレてる。たぶん、もともとの祠の場所がだんだんズレてったんじゃないかな。結構古いものらしいから。山の形も、石切場のおかげで昔とは変わったって聞いたしね」

「そうだったんだ」

 さすがいっちゃん。そこまで調べてから来たのか。

「だから、まずはこの澱みを全部祓って、それから原因探しかな。こんなに澱みが溜まってちゃ、原因なんて紛れてわからないし」

「了解!」

 それからも私が影をどうにかする間にいっちゃんがお祓いをするという、簡単なのにたいへんな仕事を延々と続けた。

 たぶん私たち、1週間分くらいは働いてる。終わったら白妙さんに言って、3日くらい有休もらおう。


「これで、だいたいかな」

「うん……」

 目立つ澱みをあらかた祓って、今度は元を絶ちに行くことにした。たぶん、大元を無くせば、あとは自然に薄れていくはずだ。

 いっちゃんはぶつぶつと何かを唱えながらじっと集中する。その邪魔にならないように静かにしながら、これが終わったらおいしいもの食べに行こうかな、なんて私は考える。

 やっぱりオンとオフの切り替えをきちんとしないと、仕事のモチベーションは保てないものだし。

「あった」

「お、どこ?」

「あっちかな」

 いっちゃんとふたり、見つけた場所に向かって大急ぎで走る。これでようやく〆だやったあ!


「たぶんこれかな? もうちょっと視てみる」

 また集中するいっちゃんの横に立ち、私は周囲警戒だ。


 見つけたのは、ずいぶんと古い石碑だった。高さは膝くらい。もしかしたら、昔はもっと大きいものだったのかもしれない。恐らくだけど、ここには道も通ってたのだろう。

 けれど、もっと通りやすい道ができてこっちは廃れ、石碑も忘れられてしまった……ってところだろうか。あの鎮守の祠、もしかしたらもともとはこの石碑を鎮めるためのものだったのかも。

 私にもほのかに感じるほどに、悪意のような怒りのようなものが感じられて……気持ちはわかるけどもう少し落ち着こうよ、と思う。


「やっぱりこれで間違いないね。たぶん……何か封印。文字が読めればわかるはずなんだけど」

「うん、これはちょっとわかんないね」

 苔だらけなうえ、風化で判別できなくなった文字をちらりと見て、私も肩を竦める。

「それと、これ、解けかけてるよ。でも、場所移さないとまた元の黙阿弥だし……どうしようか」

「じゃ、解いて、出てきたものしばこうか」

「え?」

「元がそこまで悪い奴じゃなきゃ反省させればいいし、もうダメダメなやつなら滅ぼすか再封印の方向でいこう」

「え、ちょ」

「おりゃ、行くよ蛇神斬り!」

『はあい!』

 かろうじて立っていた石碑を、私はフルスイングで吹っ飛ばした。

 とたんに、ここを閉じてたものがぷつんと切れる気配がして、ぶわっと出てきた何かが嬉々として身体を伸ばす。


「おおう、何百年ぶりか。ようやっと窮屈な場所から出られたぞ。娘、礼としてお前は痛くないよう丸呑みにしてやろう」


 めっちゃどでかい蛇だった。あれか、こいつはうわばみというやつか。

 体の太さは人間の腰くらいはあるだろうか。小山のようなとぐろを巻いて、しゅるしゅると威嚇するように鎌首をもたげ、先の割れた舌をちょろちょろと出し入れしている。


「いっちゃん、お祓い頼む。私はこいつ叩くから」

「了解。気をつけてね」

『勇者、勇者、斬っていいの?』

「一応殺さないようにしよう」

『はあい』

 いっちゃんが祝詞を唱え始めるのを合図に、私はうわばみに飛び掛った。




「くっ、殺せ。この俺が人間なんぞにこのような屈辱を与えられるとは」

「偉そうに言ってるけど、2度目だよね。あと、死んだら痛いよ?」

 いっちゃんの祝詞で澱みから得た力を奪われ、すっかり小さくなったうわばみの首を掴み上げると、くったりと身体を伸ばしたまま涙目で私を睨んだ。あまりかわいくない。

 ちなみに、今の長さは雛倉さんくらいだろうか。

「亜樹さん、樹さん、無事でしたか」

 澱みが薄れて入れるようになったからか、背中にタマちゃんを乗せて白妙さんが現れた。山の中だから狐のほうが走りやすかったのか、白狐姿だ。あのたくさん生えた尻尾モフりたい。

「いっちゃんもあっちゃんも、ほんとにご苦労様!」

 タマちゃんにはあとで肉球触らせてもらおう。

「うん、いっちゃんの見立てでは、元凶はコレだろうって」

「うわばみですか」

「こいつの話だと、ずいぶん昔はここらいったいのボス妖だったみたいだね。やり過ぎて襲いまくったから、坊さんに封じられたんだってさ」

「はあ……」

 昔話あるあるな説明に、白妙さんが微妙な顔でうわばみを見る。もう少しうまくやればいいのに、という呟きは聞こえなかったことにした。

 いっそ殺せと、またじたばた暴れ始めるうわばみの処遇は、いったいどうしたものか。じっと見つめていて、ふと、思いついた。

「ね、蛇神斬り」

『何、勇者。こいつ斬るの?』

「そうじゃなくて、ひとつ確認したいんだけど、こないだ来たっていうお使い蛇、こいつと比べてどうだった?」

『ええと、もっと小さい白蛇で……あっ!』

「どうしましたか?」

 じっとりとうわばみを見つめたままにやりと笑う私を、白妙さんは気味悪そうに引き攣った顔で見上げる。タマちゃんも首を傾げる。

「いいこと思いついたぞ、うわばみ」

 びしっと剣を突きつけて、私はうわばみに言い放った。

「いいか、うわばみ。お前の処遇を選ばせてやる。この蛇神斬りでずんばらりんと斬られるか、いっちゃんに爽やかに再封印されるか、うちの雛倉さんの神使になるかの三択だ。どれがいい?」

「なんでそんな三択なんだよ!」

 思わず怒鳴り返すうわばみに絶句する白妙さん。タマちゃんがひゅうっと口笛吹いて、「あっちゃんやるぅ」と尻尾をぱたぱたさせた。いっちゃんはぶふっと噴き出し、げほげほとむせている。

「くそ、なんだそれ! どれもこれもどうしようもねえ選択肢じゃねえか! だいたい神使なんて、俺にどんな得があるんだよ!」

「得ならあるよ?」

「ああ?」

 身体をバタつかせて怒鳴り散らすうわばみに、私はにっこりと笑う。

「いい? 神使として品行方正に生活し続けた暁には、超ドヤ顔で、俺も若い頃はヤンチャしたもんだぜ──なんて語れちゃったりするんだよ、いいじゃないの」

「あああ?」

「まあ俺のちょっとした黒歴史ってヤツだ、なんて語って、かわいい雌蛇に、“やだあ、うわばみさんてば、もう冗談ばっかり!”なんてキャッキャされるんだぞ。やばいくらい良いと思わない? ん?」

「う……」

「ちょっとその気になってきたでしょ? ね、こんなとこにまた何年も何百年も封印されるのはつまらないし、だったらドヤ顔でかわいい雌蛇に黒歴史語るほうがいいって! 絶対いいって!」

「う、うう……」

「だからなっちゃおうよ、神使に! 昔ワルだったけど今はこんなにイケ蛇! うわばみさんやった!」

「あ……どうしよう、かな」

「そんで、うちの近所のいけ好かない小蛇神使が来たら、雛倉さんと一緒にドヤ顔でプレッシャーかけてやってよ。蛇神斬りも喜ぶからさ」

『喜ぶよ! すごく喜ぶよ!』

「じゃ、じゃあ、なってもいいかな」

 うわばみはなんだかちょっと照れ臭そうに顔を赤らめてぷいっと目をそらし、尻尾を揺らした。

「よし、話は決まった!」

 私は白妙さんにウィンクして見せた。

 白妙さんはすっかり呆れてぽかんとしていたが知るものか。要するに、ここに二度と澱みが溜まらないよう、原因を元から断てればいいんだから。何もなければ何も集まらないのだ。




 いっちゃんタマちゃんと別れて帰りの車の中、とぐろを巻いてうつらうつらと居眠りするうわばみを後部座席に乗せて、一路アパートへと向かった。

 労働した後のビールはおいしいなあと、運転する白妙さんをよそに、私はロング缶の缶ビールを堪能している。

「あんな風に勝手に神使を決めてしまってよかったんでしょうか。そもそも、雛倉様の了承はあるんですか?」

「ああ、大丈夫。そこは説得するから。またどっかの銘酒を買ってお供えしてあげるし、オマケでブランド米も1升ばかり盛ってあげるからって言えば、たぶんオッケーじゃないかな」

「はあ……そんな方法で竜神を懐柔する方なんて、初めてですよ」

「だって私が家主だし、雛倉さんは居候の身だからね。いかに神様でも、そこは弁えてもらわないと困る」

「そうですか」

「それに、とにかく神使が欲しくて仕方なかったみたいだし、竜神に蛇の神使ならお似合いじゃない」

「いやまあ、そうですけど」

「で、まあ、ものは相談なんだけど、白妙さん。竜神手当とか出ないかな。なんか祀り上げるのも結構お金かかるんだよね」

 白妙さんはさらに呆れた顔でこちらをちらりと伺った。

「さすがにそんな手当はありませんよ。亜樹さんが教祖になって竜神教でも興して、宗教法人を作ったらどうですか」

「やだ、それは面倒臭い。せめて竜神とか扶養家族にできたらなあ」

 所得税とか高すぎだよと、私は愚痴りつつ缶ビールをあおる。




 帰宅してさっそくうわばみを紹介すると、雛倉さんは大喜びで彼に“(けい)”という名を与え、神使として召し上げた。ひとつ誤算だったことは……。

「この部屋に私が帰ってる時は、基本人型禁止で」

「えっ、なぜだ。それでは不便であろう」

「俺はどちらでもいいですよ」

「こんなにでかいおっさんだと思わなかったし! 部屋が狭くなる!」

「このような(おのこ)はでかいおっさんではなく、偉丈夫と称するのだ」

「どっちも同じだよ!」

 うわばみが人型になってみると、身長180cmはゆうに超える、明らかに鴨居に頭ぶつけそうなマッチョのおっさんだった。聞いてない。細マッチョならまだ許せた。美少年でも許せた。だがマッチョはない。絶対ない。私の好みじゃない。

「いいからとにかく禁止で。家主の意向は絶対だから」

「むう」

 竜神とふたり並んで床にとぐろを巻きながら、うわばみは「もう何でもいい」と欠伸を漏らしていた。




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