事件13.人の都合と妖の都合/前篇
新規案件だ、と連れて来られたのは、都心から電車で一時間余りの最寄り駅からさらにバスで十五分、とかいう造成中のニュータウンだ。
ニュータウンといっても、開発が始まったばかり。ほとんど見渡す限りの更地で、まだ住宅の一件も建っていない場所である。
山からは離れていて、もともとは雑木林や畑地だった場所だ。大手企業やら第三セクターのナントカやらがまとめて買い上げて整えた後、マンションやら住宅やらを建てて、人を呼び込むのだという。
今のところ、掘り起こしたり土を入れたり杭を打ったりの段階だけど――人口は減少方向だってのに、そんなに売れるものなのだろうか。
「ええと、場所は……」
白妙さんに教えられた場所を、スマホの地図で確認しながら歩く。
今日の仕事は、この宅地造成中に掘り当てられちゃった何かの封印をどうにかすることなのだが、その何かがよくわからない。おまけに、白妙さんは不在だ。なぜなら、白妙さんが遭遇するとちょっと面倒なことになる同業他社が、この案件でバッティングしているからだという。
「それにしてもさ」
『どうしましたか、勇者』
「拝み屋? お祓い師? そんなのを同業他社って呼んでいいのかね」
『よくわかりませんが、魔法使いや司祭のような職だと言ってましたね。勇者と同業とは言えないのでは?』
「やっぱそう思う? というかその同業他社ってどう考えても人間だよね。むしろうちのライバル会社じゃない? 私もなんか嫌だなーって思ってるんだけど、まあ、依頼があったんじゃ仕方ないよね」
掘り起こされた封印とやらは、この近隣に棲む妖にも不明らしい。単に、相当な昔からあるもの過ぎて、誰も詳細を覚えてないせいだ。
ただ、何かものすごく嫌な気配と強い力を感じるので放置したらろくなコトにはならないと、全会一致でサポセンに依頼することにした、と聞いた。
「斬って済むなら簡単なんだけどな」
白妙さん曰く、拝み屋みたいな人間が来ると白妙さんの正体が秒でバレて、だいたい祓うの祓わないのという揉め事に発展するのだそうだ。
私の立場からすれば、別に白妙さんが祓われたところでどうとも思わない。だが、あれでかなり有能な職員らしく、いなくなるとサポセンが困るらしい。
ゆえに、一見普通の人間の私が行って、適当に馴れ合うなり掻っ攫うなりしつつ処理することになったのだ。
封じられた“何か”と話が通じなければ滅殺しても構わないし、再封印が可能ならそれでもいいと、状況に応じて私の判断でやって構わないとお墨付きももらった。
* * *
ようやく到着した現場でくだんの“封印”を確認すると、夏に見た“真津”の封印の大岩よりもさらにでかい岩だった。
誰が封じたのかは知らないが、修験者だの高僧だのというのは、とりあえずでかい岩で抑え込めば何でも封印できるものだと思っているものなのか。
「――“蛇神斬り”、何か感じる?」
『魔王の気配がしますね』
「魔王、か」
何しろ、近隣の妖にも由来がよくわからないというものである。魔王ということは、また、瘴気とかそういう類の何かだろうか。
この岩を切り崩してしまうのは簡単だけど、うかつにやって取り返しのつかない事態になったら、白妙さんや長ちゃんから大目玉どころの話じゃない。
――なんて考えたところでほかに妙案があるわけでもなく、結局は蛇神斬りのパワーで力押しでもなんとかなるだろう、という結論に至る。
「面倒くさいなあ」
私ははあっと大きく息を吐くと、「“蒸着”」とつぶやいてひさしぶりの全身甲冑姿になった。何が出てくるかわからないので念のために、だ。
「とりあえず岩砕いてみて、それから出てきたものを叩くってことにしようか」
『はい!』
「“蛇神斬り”、いい返事だ」
長ちゃんあたりに「雑だ」と怒られそうだけど、私にそれ以上を調べる手段はないので仕方ない。
これで問題があるなら、それなりの手配をしなかった白妙さんのせいである。
「さーて、と」
すり鉢状になった大穴の下へ降りようかと鎧の“飛天”を発動……というところで、人の気配を感じて振り返った。
なんでこんな時間のこんな場所に一般人が? と考えたのは、その人が場違いなコートに背広姿のおじさんだったからだろう。
いかにも通りすがりのサラリーマンといった風体の男は、眼鏡をくいっと上げてじろじろと私を舐めるように見ると「どちらの依頼でしょう?」と首を傾げた。
「え、いや、どちらのと言われても」
「ああ、日本語は通じるようで。少々変わった恰好ではありますが、教会所属の退魔師といったところでしょうか。
今回、同業のバッティングは無いと聞いていたのですけどね」
「はあ」
教会所属ってなんでだと思ったけれど、考えてみたら、今の私はいかにもな西洋甲冑に片手剣という出立だ。
とても日本の退魔師だのお祓い屋だのには見えなかっただけだろう。別に否定する必要も感じなかったので、そのまま聞き流す。
それに、この人が白妙さんの言ってた同業他社というやつなのだろうし。
「まあ……依頼主がどこかというのはどうでもいいです」
「そうですか」
「肝心なのは目的ですから」
「それは、たしかに」
目的が反するならまずいけど、そうで無いなら協力できるということだろうか。
「ええと……私は、この岩の下にあるものを無害化できればいいんだけど」
「なるほど、概ね合致していますね」
「概ね?」
「ええ。私の受けた依頼はこの現場の怪異現象をなんとかしてくれ、ですから」
「はあ」
協力できたら楽だけど、どうも捉えどころのない胡散臭さを感じる。
「あなたは、“拝み屋”さん?」
「――そのようなものですね」
「目的が概ね一致してるっていうなら、お互い邪魔にはならないほうがいいと思うんだわ。できれば協力なり共闘なりしてさっくりやっつけたいんだけど」
「効率を考えるに、それが妥当でしょうね」
拝み屋は肩を竦めると、穴を覗き込んだ。
「拝み屋さんは、ここにいるの、なんだと思う?」
「さあ。いわゆる“鬼”ではないかと考えていますが」
案外あっさり教えてくれた。
とはいえ、“鬼”というのは実にさまざまなものを包括して称する呼び名なので、全部が全部、安達さんや真津の同類とは限らないのだけど。
「鬼、かあ」
「あなたの見解は?」
「見解って言われても、私はそういうの見分けるのは不得意だし、この岩割って出たとこ勝負だとしか」
「教会の退魔師っていうのは、ずいぶんと勇ましいんですね」
暗に雑だと言われてる気がするけど、たぶん気のせいじゃないだろう。
けれど、白妙さんからもそれでいいと言われてるし、蛇神斬りはなんでも斬れるんだから問題はないはずだ。
なんとなくスッキリしなくて、私は小さく息を吐く。
それに、人間がいるなら魔法は無しか。
“拝み屋”を一瞥して、穴の縁から滑り落ちるように岩のそばへと降りる。
ついでに、蛇神斬りにも男に聞こえる声で喋らないように言うと、『わかりました』という思念が返ってきてホッとする。
「完全に信用できない相手には、手の内全部を見せないほうがいい……って、騎士くんも長ちゃんも言ってたしね」
確実を期すなら、この封印された何かを自分で潰すほうがいい。蛇神斬りなら、余程のことがない限り、即殺してくれるはずだ。
いざとなれば魔王モードだってあるし。
「拝み屋さん、いきますよ!」
とりあえずひと声かけて、返事は待たずに蛇神斬りを振り上げる。戸惑う気配は感じたけれど、気にせず振り下ろした。
もちろん、岩は真っ二つだ。
「蛇神斬り、ここからは時間勝負だ」
『はい、勇者』
割れた岩の隙間から、ブワッと黒い何かが吹き上がる。
魔王の時のようなねっとりさは無いけれど、それでも、社宅掃除や幽霊スポットみたいな薄い瘴気よりずっとパワーに溢れている。
呑み込まれないように一歩飛び退るけど、さすがに足場はよくないので、あまり下がり切れてはいない。
「予想はしてたけど、こうも実体がないのはやっぱり斬りにくいな」
手応えはあるけれど、それなりに、だ。
煙というか、綿アメでも斬ってるような感覚に、思わず顔を顰めてしまう。
あの“拝み屋”は何をしているのかと目をやるけれど、面甲のせいで視界には入らない。ただ、何かぶつぶつ唱えている声だけ微かに聞こえる。
『勇者、結界です』
急な息苦しさを感じたところに、蛇神斬りが小さく囁く。
この何かを逃がさないための処置……だと思う、たぶん。
以前、長ちゃんも似たような魔法を使っていたし、“拝み屋”というくらいだから、魔法使い系なんだろう。物理はあんまり得意じゃなさそうだった。
それにしても……。
「蛇神斬り、切れ味落ちた?」
手応えまで弱くなったように感じる。
煙みたいな何かが薄くなったというより、蛇神斬りのパワーが落ちたみたいな。
『勇者……』
蛇神斬りの声がぼそぼそと不鮮明になったことに、ギョッとする。
まさか、まさか――
「――あの拝み屋、まさか私と蛇神斬りごと封じやがった!?」
敵の敵は味方……とか能天気に信じるつもりはなかったけれど、案の定なのか!